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愛情の行く末

「聞いてません!」

 フローベル公爵邸に到着し、馬車を降りた途端にそんな声が飛んできた。


 ああ、すっかり忘れていた。


 声の主は我が兄ヒース・フローベル。こちらを睨みつけながら……というか、お母様を睨みながらずんずんと近づいてくる。


「あら、何のことかしら」

「リーシャを勝手に王城に連れて行ったことです!」

 とぼけるお母様に詰め寄る兄様。その後ろではロゼットが困ったように眉を下げている。おそらくそれなりの応酬があったであろう事が把握できた。


「あら? どうしてヒースに伝えなければならないの?」

「僕が心配することくらいわかるでしょう!?」

「婚約者と顔を合わせただけじゃない」

 むう、と頬を膨らますお母様の言葉に、ヒース兄様が硬直する。


「き、聞いてません……!」

「言ってないもの」

「…………」

 お母様の返しに、ヒース兄様は絶句して言葉を失った。


 そしてそのまま私に視線を向けると、ゆっくり近寄ってきて私の肩に手を置く。

「……大丈夫だったかい? 何もされてない?」

「ヒース、失礼じゃない。あなたもこの前見たでしょう? ラプラード殿下を……お優しい方よ」


 お兄様はお母様を無視して、じっと私のことを見下ろしている。無言で。


「……」

「……? お兄様?」

「ヒース?」


 お兄様、見た目だけはクール男子だから、無言で見下ろされると少し怖い。お兄様に限って、私に冷たい態度を取ったりはしないだろうけど。


「……リーシャ、体調悪い?」

「え」


 ……わーお、びっくりだ。シスコンって肩に触れただけで妹の体調がわかるんだ……。

 やっぱりここまで来るとちょっと怖いな。


「貧血気味なのよ。それで早めに帰ったの」

「……なら、部屋に戻ろう。僕が運ぶ」

「えっ、いや自分で歩け……っわ……!」


 さすがに十三歳にもなってそれは、と私が遠慮しようとしたところで、ふわりと地面から足が離れた。お兄様は私を抱き上げて、当然のような顔で屋敷に戻っていく。


 お兄様の腕の中からお母様に助けを求めるが、お母様は呆れたように肩を竦めてお兄様の後に続くだけだった。


「兄妹仲が良いのは良いことだけどね、ヒースは少しくらい妹離れなさい」

「……嫌です。リーシャは僕が一生守ります」

「ラプラード殿下と結婚してもそんなこと言うつもり?」

「僕は認めない」

「だからねぇ、あなたも見たじゃない、ラプラード殿下のこと。お優しくて聡明な方よ」

「擬態なんて貴族はいくらでもできます。十三歳の男がいきなり婚約者と言われて連れられた女の子に優しくできると思いません」


 私をぎゅっと抱き締めながら、お兄様はそんなことを言った。……えっ、泣いてる?


「あらあら、自己紹介かしら」

「お、お母様……」

「あんな媚びを売ることしか知らない令嬢に構う時間があるならリーシャと話していた方が有意義だと思ったんです!」

「お兄様……」


 どうしよう。喧嘩が始まってしまった。この二人、親子仲は悪くないはずなのに、顔を合わせるといつも嫌味やお小言の応酬になってしまうのだ。大体私を挟んで始めるのでそれだけは他所でやって欲しい。


 というか、もしかして兄様は縁談を破綻させていたのか? 十五歳で既に? 早すぎないだろうか。何をしたのだろうか、この兄。


「ラプラード殿下はとっても紳士的で優しかったわよ。あなたと違って」

「そんなのわかりません……」

「王妃様が使用人の間でも評判の良い子だとご自慢されていたわ。あなたと違って」

「……」


 私を抱きしめる力が強くなった。

 残念ながら親子喧嘩の勝敗は決してしまったらしい。こういうのを前世ではレスバトルと言っただろうか。私の知る限り兄様が勝ったことは無い。


「……さて! リーシャの婚約も決まったことだし、次はあなたね。ヒース」

「嫌です……」

「ダメよ。わかるでしょう、自分の立場が」


 ……そりゃまあ、公爵家の長男が独り身というわけにもいかないだろう。しかし、私の婚約が決まるまで一体いくつの縁談をダメにしたのだろう、この兄。


 そんな話をしているうちに、私の部屋の前まで到着した。


「お兄様、ありがとう」

 運んでくれと頼んだわけではないけど、お礼は言う。お兄様は私ににこりと笑みを返すが、下ろす気配がない。


「お、お兄様……」

「ヒース様、お嬢様は部屋で休まれた方がよろしいかと」


 私が困り始めたのを察して、行く末を見守っていたロゼットがここでようやく口を挟む。お兄様は名残惜しそうに私を降ろし、「ゆっくりおやすみ」と額にキスをした。


「……」

 記憶が戻る前から薄々思ってはいたけど、やっぱりちょっとシスコンの度が過ぎてると思う。物心ついたときからこれだから慣れてしまったけど、異常……ではあるよね。


「じゃあね、リーシャ。また明日」

「はい、お兄様。お母様も、おやすみなさい」


 ロゼットと共に部屋に入る。その瞬間、どっと疲れが押し寄せてきた。


「大丈夫ですか?」

「大丈夫、疲れただけ……」


 そう、今日は本当に疲れた。婚約のこととか、自分の気持ちのこととか、早いうちに折り合いをつけないといけない。


 ……でも、今日はもう。

「ゆっくり、眠りたい……」

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