既定路線
今、彼はなんと言った?
婚約? 『僕の婚約者』と言った? ……私と殿下の婚約はもう決定しているの?
知らない、そんな話聞いてない。
だって、だってゲームの通りなら彼は学園で絶対にヒロインに出会う。そしてメインヒーローである彼は、どのルートでも少なからずヒロインと仲良くなって、そして。
程度の差はあれど、ヒロインに対して『好意』を持つのだ。
私には目もくれず。
「……」
「……リーシャ?」
ぐらりと視界が揺らいできた。踏みとどまろうとしたけど、上手く足に力が入らなくて。
「っ、大丈夫?」
ふらついた私を、殿下が支えてくれた。
ああ、もう、目の前がクラクラする。
「大丈夫です、ごめんなさい……」
「……貧血、かな。少し座ろう」
そう言って殿下は優しく私の手を取り、近くのベンチに導いてくれた。王子になんてことをさせているんだろう、私は。
足元がおぼつかない私を支えつつ、殿下が少し離れたところに居た護衛になにか合図を出した。
その後近くのベンチに私を座らせた後、彼も隣に腰を下ろす。
「すぐに人が来るから」
「ごめんなさい……」
急に体調を崩すなんて、絶対に困らせた。ああでも、婚約なんて話が急に出てくるから……。
……婚約、するのか、やっぱり。もしかしてこれが世界の強制力というもの? 最後にはやはり同じ結末に収束するの……?
私はただ、恋心を拗らせず、良き相談相手くらいのポジションに収まれれば良かったのに……。
「……嫌、だった?」
私が一人うんうんと唸っていると、不意に隣からそんな声がかかる。
「え……?」
嫌、とは、何の話だ。私はなにか嫌なことをされたのだろうか。
「……あっ、庭園を案内してくださったのはとても嬉しかったです。ただ、まだ本調子ではなかったようでご心配を……」
「いや、そのことじゃ……」
私が深々と謝罪を述べると、殿下は少し何かを言いかけて。それから柔らかく微笑んだ。
「……また元気になったら、一緒に回ろう」
「あ……」
間違えた。今、彼に何かを“飲み込ませた”。
ああ、もう、全部ダメだ。こんなんじゃ信頼関係も築けないじゃないか。
せめて、気まずい関係になるのは避けたかったのに。せめて円満に別れられるような、そんな相手を目指していたのに。
「……」
……上手く、いかないな……。
「リーシャ、まだ怒っているの?」
「怒ってません……」
悩んでいるんです、お母様。
あの後、お母様達の元へ戻った私は、体調を考えて早めに帰ることになった。
それは当然と言えば当然なのだが、私にはどうしても確認しなければいけないことがある。
もしかしたらラプラード殿下の間違いかもしれないと思って、あの後、それとなく二人に聞いてみると、口を揃えて「ええ、そうよ」と言われた。気を失うかと思った。
馬車に乗ってから「聞いてません」と言ってみても「言ってないもの」と返された。
「前から決まっていたことなのよ。お茶会で初めて顔を合わせてから伝えるつもりだったんだけど」
「うぅ……っ」
「……あなたは絶対ラプラード殿下のことを気に入ると思ったからサプライズをと思ったのに、まさか殿下から聞いちゃうなんて」
「それは……」
「嫌?」
「い、嫌では、なくて……」
あの王子様の婚約者なんて、……一目惚れした相手の婚約者なんて、嬉しいに決まっている。
でもそれは、何もなければの話で。
ヒロインが現れたら、たとえ結婚したとしても上手くいかないことはわかっているのに。それなのに、好きな相手を取られるとわかっているのに。
「……」
私は何も言えず、車窓に目線を逃がす。来るときとは逆再生の景色が、私の視界に拡がっていた。