王子の憧憬
「ダメじゃありません」
そう言って僕の手を握った彼女の目は、まっすぐ僕を見つめていた。
「え、と……」
突然のスキンシップに、僕は考えていたことが全て吹き飛ぶ。エスコートのときは気にする余裕も無かったけど、彼女の手は僕のものより小さくて柔らかい。……じゃなくて。
えっと、何考えてたっけ。
伝わってくる温度や感触を意識の外から追い出したくて、僕は思考を再開させる。
──ダメじゃありません。
まっすぐな瞳で、リーシャ嬢はそう言った。澄んだ青空のような瞳が僕を写している。
「殿下の優しさは、間違いなく利点です」
「いや、だから優しいわけじゃなくて」
僕のはただの八方美人で。
「偽善も善も傍から見たら何も変わりません。私は偽善者だろうと善人だと讃えます」
「……」
唖然とした。言っていることに、というよりも彼女があまりにもまっすぐ僕を見つめてくることに。人見知りだと聞いたのだが、誤情報だったのだろうか。
「……それに、あなたは一人で国を収めるわけでも、明日から王になるわけでもないですから」
「え……」
「自分では難しいことなら、周りの人に投げてしまえばいいんです」
そんな無責任な。
僕の心の声が届いたのか、それとも顔に出ていたのか。彼女はふわりと笑う。……初めて正面から笑顔を見られたかもしれない。
「大丈夫です。むしろ出来ないことを一人で抱え込む方が無責任です」
「……それは、……たしかに」
見た目によらず、あまりにもあけすけに物を言う。彼女のその性質は、爵位の高い貴族にほど珍しい。
……羨ましいな。
「焦らなくても、きっとあなたを支えてくれる人は現れますから」
なぜそんなに自信を持って言えるのだろうか。僕にはこういう考えはできない。しかし不思議なことに、いつもなら「でも」と考え込んでしまうのに、今日は彼女の言葉がストンと胸に落ち着いた。
彼女が言うなら大丈夫、と柄にもなく信用してしまう。
支えてくれる人が現れる、か。
「……ありがとう、リーシャ」
願うならその存在はあまりにもまっすぐ僕を見つめる君がいい。
「……君が僕の婚約者で良かった、と思うよ」
独り言のつもりだった。思わず漏れ出た本心と言ってもいい。僕の両手で混じり合う体温を感じながら言うと、「えっ?」という素っ頓狂な声が飛んでくる。
「え?」
「え、えっ、こ、婚約……?」
まるで、今初めて婚約の話を聞いたかのような反応。僕がこくりと頷くと、リーシャはぽかんと呆気に取られたような顔をした後。
「……っ」
すっ、と静かに青ざめた。