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優しさと弱み

 ラプラード殿下に連れられてきた庭園は、流石王城と言うべき見事なものだった。色とりどりの花が咲き乱れ、その合間を縫うように水路が引かれている。


「綺麗……」

 思わず呟いた私を見て、ラプラード殿下も満足気に目を細める。

 ラプラード殿下は、私が立ち止まったり、しゃがみこんだりしていても何も言わずに合わせてくれた。


「すぐそこにベンチがありますが、座って見ますか?」

「ふふ、私は大丈夫です。近くで見たくて」

 そう返す私に、殿下は驚いたようにぱちりと瞬いて、そしてふっと穏やかに笑う。

「向こうにはバラも咲いているんです。お好きですか?」

「ええ、とても」


 私は幼い頃から本と同じくらい花が好きだった。

 今より幼い頃、ベッドにいる時間の方が長かった私は、公爵家で一番庭園が綺麗に見える部屋を与えてもらった。

 花はいいものだ。季節によって顔を変える庭園を見るのは、私のお気に入りだった。


 そういえばキャラクター紹介文にも『好きなもの:ラプラード殿下、花、本』と書いてあったな。それでも先に殿下の名前が出てくるあたり、私もブレない。


 ……あれ、そういえばゲームのラプラード殿下って……。


 私は庭園を見る振りをして、そっと殿下の方を盗み見る。

 私と話しているときは穏やかに微笑んでいたけれど、今庭園を見つめる彼の表情は少し硬い。


 それはどこか、緊張しているような面持ちで。

 私がしばらく見つめていると、殿下に気づかれてしまった。


「どうかされましたか?」

「いえ……」


 そうだ、思い出した。ゲームの中のラプラード殿下の『設定』を。

 なんで、忘れてたんだろう。やはり思い出したとはいえ、前世の記憶は所々ぼんやりしている。隅から隅まで全てを鮮明に覚えているわけではない。


 たしか彼は本来人見知りで、自分に自信がなくて、何とかギリギリ取り繕って生きてるような、そんな人物だった。ゲーム内での彼のルートは、そんな自罰的になりがちな殿下を、ヒロインが支えて助け合っていく、みたいな感じだった。


 ラプラード殿下は、自分に向けられる期待全てに応えようとする──いや、応えなければならないと思っている。

 ……だから、もとより『ゲームの私』との相性は悪かったんだ。思い出される限りでは、ゲームの中の私はどこか夢見がちで、ラプラード殿下にたいそう自分の期待を押し付けていた。


 物語に出るような王子様を求める『私』の期待に応えようとしていた。

「……」


 私が花好きだという話は、おそらくお父様に会ったことのある人物なら誰でも知っていると思う。あの人は子煩悩だから、暇さえあれば私の話かお兄様の話をしていると聞いたことがある。

 ならば、もしかしたらラプラード殿下はそのような伝手で得た情報で、私をここに連れてきてくれたのだろうか。


 思えば、彼は今日ずっと私の様子を気にしていた。体調は悪くないか、疲れていないか、気に入ったか。

 歩調を合わせて、体調を気遣って、私の好みに合わせて。

 なぜ、そんなに私の様子を気にしていたのか。


『何も出来ず申し訳ない』


 私が倒れたのは、彼が口上を述べている最中だった。倒れた理由に殿下は全く……いや、関係無くはないんだけど、ともかく殿下のせいではない。

 けど、もしかして。


 彼はそれを、自分のせいだと思っていたりはしないだろうか。


「大丈夫、ですか?」

 ずっと黙り込んでいる私を、紅の瞳が覗き込む。不安と、少しの心配の色が浮かんでいて、喉の奥がじわりと暖かくなる。


「……大丈夫ですよ」

 そう答えた私に、殿下は一瞬、息を飲むような仕草を見せた。


「殿下のせいじゃありませんから」


「……え」

 思わず漏れたというようなその声は、風に乗って掻き消える。

 余計なことを言っただろうか。けど、これだけは伝えたかった。


「むしろ、たくさん気遣ってくださったじゃないですか」

 私に庭園を案内してくれたこと、歩調を合わせてくれたこと、体調を気にしてくれたこと。

 全部、彼の優しさだ。


「殿下はお優しいんですね」

 そう口にすると、ぴくりと彼の表情が動いた。そして次の瞬間には口元がむにゅりと不器用に結ばれる。

 照れているのだろうか。なんだか年相応で可愛らしい。


「その、僕は優しいわけではないんです」

「そうですか?」

「……臆病なだけです、僕は」


 そこで、ふいと視線が外される。私の視線から逃げるように顔を逸らされた。


「臆病、ですか」

「敵を、作りたくなくて。当たり障りないことばかり言って、踏み込むことも距離をとることも上手くできなくて」


 ゲームでは『設定』としてあった彼の本質。でも目の前にいるのはゲームのキャラではなく、一人の人間で。ラプラード殿下は、その自分の本質を、とても気にしていて。


 ヒュッ、と頬を冷たい風が撫でる。私の銀髪が風に乗って靡いた。

「僕は……」

 静かに、ラプラード殿下が口を開く。


「僕は、ダメなんだ」


 それは独り言のような、か細い声だった。風の音で掻き消えてしまうような。

「え……?」

 殿下はゆっくりと深呼吸して、震える声を抑えながら続ける。


「期待されることが怖い」


 きっと、誰にも見せたことのないであろう弱み。私なんかが聞いていいとは思えない、王子の弱音。


「……ダメですね、こんなんじゃ」

 殿下は自嘲気味に笑う。


「こんな僕じゃ、王になんかなれない……」


 ダメだと言った。彼は自分のことを、ダメだと。

 違う。あなたのそれは弱さかもしれないけど、それは違う。


「ダメじゃありません」

 気づけば私は、彼の手をギュッと握りしめていた。

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