距離を詰めて
王城に着くなり、私達はそのまま王城内にあるサロンに連れてこられていた。
「……」
帰りたい。
円卓を囲んで座るのは、王妃様、ラプラード殿下、お母様、私だった。私の視界に王族が二人もいる。緊張しすぎて吐きそう。
「……あの、もしかして、まだ体調が?」
私の向かい側に座るラプラード殿下が、手付かずのスコーンを見て言った。不安げに揺れる赤い瞳が私を見つめている。
「あ、い……いえ、いただきます」
「……ご無理はなさらないでくださいね」
正直緊張でそれどころではないのだが、出されたものに少しも手を付けないというのは失礼すぎる。ましてや、簡易とはいえ王妃様主催の茶会で。
せめて一口だけでも、と家庭教師の先生から教わったマナーを思い出しながら、目の前の皿に置かれたクリームを塗る。
「……とっても美味しいです」
嘘だ。全く味がしない。
「それは良かった」
ほっとして嬉しそうに笑う殿下を尻目に、私はそそくさと次のお菓子をつまんだ。
ちなみに、お母様と王妃様はというと。
「久しぶりね、オリアーヌ。元気にしていた?」
「ええ、おかげさまで。王妃様こそ、ご息災で何よりでございます」
「うふふっ、他人行儀ねえ。今日はそんなに固くならないで」
……きゃっきゃしてる。私が破滅の道を何とか避けようとしている横で、楽しそうにガールズトークに花を咲かせている。
もしかしてこれ、今回はラプラード殿下の婚約者候補を見定める場……というのが建前で、本当はこの二人がおしゃべりしたかっただけなんじゃ。
……ありえる。王妃様、見たところものすごく気さくな方だ。リーシャに会いたいという息子にかこつけてお母様諸共呼び出したのだろうか。
なんだかどっと力が抜けた。
その様子を感じ取ったのか、ラプラード殿下と目が合うと苦笑いされた。
「なんだか置いてけぼり、ですね」
「……そうですね」
ふふ、と思わず笑顔が漏れる。
「あら、緊張は解けた?」
そんな私とラプラード殿下の様子を察知したのか、王妃様がにこりと微笑みながら言う。
解けてない。全く解けていないけれど、そんなことは言えない。
「……はい」
私が頷くと、王妃様はぽんと手を打って名案を思い付いたというふうに笑う。
あ、嫌な予感。
「だったら二人で庭園を回ってみたらどう? 親睦を深める意味も込めて!」
体良く追い出された。
「お母様……」
中庭に出てすぐ、私は恨みを込めて、サロンで王妃様と楽しそうにおしゃべりに花を咲かせているお母様を睨む。
「仕方ありませんよ。お二人が会える機会なんてそうそう無いから……だから、僕たちを利用したんでしょう」
「利用って、ラプラード殿下まで」
「ふふっ、すみません。つい」
上品に笑うラプラード殿下の横顔は、とても十三歳の男の子とは思えない。
……大人びた笑顔に、心臓が鼓動を早める。ああ、もう、なんでこんなに。
ダメダメ、落ち着かないと。意識しすぎよ、私。
「リーシャ嬢、その後体調は?」
「あ……ええ、おかげですぐに元気になりました。その、先日はとんだご迷惑を……」
というか、この前も別に体調が悪かったわけじゃない。とんでもない高熱は出たけど、あれは脳の処理が追いつかなかっただけで……。
まあこの体が貧弱なのは本当なのでそんなことは言わないが。
「迷惑だなんて。僕の方こそ何も出来ず申し訳ない」
……優しいことを、言わないでほしい。二人きりというだけで、相当なのに。
「……あ、そうだリーシャ嬢。お疲れでなければ、良かったら庭園を見てみませんか?」
話題が途切れそうになったところで、ラプラード殿下は提案してくれた。
おそらく私が二人きりで話すのはハードルが高いと踏んだのだろう。気を使わせてしまった。
「……ぜひ、お願いします」
私が笑顔で答えると、彼は嬉しそうに笑った後、私にそっと手を差し出した。
「あの、良かったら」
「え……」
「えーっと……エスコート、のつもりで」
ラプラード殿下は少し気まずげに目をそらす。それでも私ははっとして、ゆっくりと自分の手を重ねた。
彼の温もりが指先を伝ってきて、私の体温と混ざっていく。しなやかで滑らかで、けれど異性の手。
ああ、先生にエスコートの受け方を学んでおくんだった。