王子の憂鬱
「……疲れた」
ぼふん、と自室のベッドにダイブした僕……ラプラードは、か細くそんな声を漏らした。
一人になって思い返されるのは、昨日のこと。
ああ、昨日のお茶会は失敗だった。もっと、上手く立ち回れたはずなのに。
僕が喋っている間に倒れたのは、あのフローベル公爵家の令嬢だったそうだ。しかも参加者が倒れたというのに主催側の僕が一言も声を掛けられなかったし。
フローベル公爵令嬢の体は大丈夫だろうか。熱が出たと聞いたけど、大丈夫かな。僕の話が長すぎたのだろうか。もっと、僕がもっとちゃんとしていれば。
「……」
僕に挨拶に来てくれた令嬢や子息にも、大したことを言えなかった。後半なんかほとんど服を褒めていただけな気がする。もっとちゃんとしないと。僕は両親と違って口下手で、話術に長けている訳じゃないから。
今のうちから、色々な相手と仲良くなって、味方を増やしておかないと。僕は父の後を継がないといけないんだから。
……できる? 僕に、そんなたいそれたことが。
「……日記」
書こう。頭の中のモヤモヤを全部紙に書き出さないと、眠れない。
僕はもそもそベッドから這い出て、机の上に日記帳を開く。ペンを持って、まっさらなページにペン先を乗せたところで。
「ラプちゃーん」
と、呑気な声が部屋に響いた。
「っ……! は、母上……!」
僕はぴしゃりと背を伸ばし、慌てて日記を閉じた。見れば、部屋の入口で母がヒラヒラと手を振っている。
「何か御用で……?」
母のことだから何も用がなくても来そうだけれど、僕はそう尋ねた。母はマイペースな自由人で、よく僕や父、使用人までも振り回している。一昨日なんか、『昔話を語りたくなって』と言いながら僕に父との馴れ初めを語っていた。その日はよく眠れた。
だからてっきり、今日もそういう類いの用件だろうと思った……のだが。
「近々暇な日あるかなーって」
「暇な、日……明日なら、特に何の予定もありませんが」
学園の入学に向けて色々と準備をしようと思っていたのだけれど、公的な予定は直近では何も入っていない。僕が言うと、母はにっこり笑った。
「なら、明日フローベル公爵夫人とそのご令嬢を呼ぶから、四人でお茶会よ。それじゃあおやすみ」
「……えっ?」
聞き捨てならないことをさらりと言ってのけた母上は、戸惑う僕を気にもとめずにぱたりと扉を閉めて行ってしまう。僕は慌てて立ち上がって、廊下に顔を出す。
「ちょ、ちょっと待ってください母上」
「あら、なあに?」
「意味がわかりません。理由を」
「だって、リーシャちゃんせっかく来たのに倒れてしまったでしょう? 昨日のお昼にはもう元気になったみたいだから、明日に会いましょってことになったの」
いやでもそんな急に。
僕が文句を連ねようとすると、母はくすくすといたずらっ子のように笑う。
……嫌な予感がする。
「だって、ラプちゃんも婚約者には会っておきたいでしょう?」
「は……は!?」
「ふふ、おやすみー」
長い髪を揺らして、母は今度こそ去って行った。一人残された僕は、何とか扉を閉めて、ずるりとその場に座り込む。
「こ……婚約者……? 話したこともないのに……? しかも同い年の女の子……?」
……無理だ、何を話せばいいんだ? 他に令嬢が大勢いるならまだしも、あの母上のことだから絶対に僕たちを二人にする……。お、同じ歳の女の子と二人きりで話したことなんて無いぞ……!?
僕が同性の友達すらいないことをわかっているだろうに、なぜそんな大事なことを早く言わない?
「う、うぅ……!」
薄暗い部屋の中、僕は頭を抱えてしばらく呻いていた。