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初恋、散る

 見慣れた天井が視界に入るや否や、私は飛び起きた。

 私は、私……リーシャ?


「リーシャ! 良かった目が覚めたんだね……!」

 私が室内を見回すと、ベッドの横に置かれた椅子に座っていたヒース兄様がギュッと私の体を抱きしめた。


「お、おはようお兄様、ちょっとごめんね……」

 今までの私ならばひとしきり甘えていたところだが、今はそれどころでは無い。頭の中にあるこの記憶が正しければ、とんでもない事態になってしまったのではないか。


 私は兄様の腕からするりと抜けて、ドレッサーの椅子に飛び乗り、三面鏡を開く。

 そこに映っているのは、十三歳の少女だった。兄と同じ銀糸はボブに切り揃えられて、綺麗なスカイブルーの瞳。透き通った陶器のような肌。


 私だ。リーシャ・フローベルだ。私は自分の頬をむにむに揉んだり、髪を指先に巻き付けたりしてみる。

「り……リーシャ……?」


 三面鏡に映る私の背後から、恐る恐る覗き込むヒース兄様が見える。

 飛び起きるなり奇妙な動きをする妹を怪訝そうに見つめていた。


「ごめんなさい、お兄様……私どれくらい寝込んでたの?」

「半日くらいだよ。最初は熱も凄くてね……医者も原因不明だって言うから本当に心配したんだよ……」

「そう……」


 そりゃあ原因不明だろう。おそらくそれは前世の記憶を思い出して脳がキャパオーバーしてしまったことが原因だろうから。

 そんなことがわかったら、その医者は紛れもなく我が国一の名医だ。


「ああ、熱が下がっても中々目覚めないし……もう少し眠っていたら、世界中から名医をかき集めようと父上に提案するところだった」

「やめて……」


 私は大きく息を吐きながら、ヒース兄様の顔をちらりと一瞥する。私と同じ銀髪に、スカイブルーの瞳。可愛い妹を前に表情が緩みきっているこの少年。

 ヒース・フローベルはゲームではライバル令嬢の一人であるリーシャ……つまり私の兄だ。そして攻略対象の一人だった。


 王家直属の騎士団の統帥権を持つフローベル公爵家の息子であり、次期当主でもある。そのためゲーム内のキャラクター紹介ページでの紹介文はこうあった。

『クールで常に冷静沈着。剣技に長けており、その実力は王都随一と言われる。使用魔法は氷。また、彼の持つ氷のように冷たく美しい容姿に魅了された女性は数知れず』……とまぁ、こんな感じだ。


 しかし、彼の実妹である私からすると、これは全くもってお兄様の本質ではない。……良いように言い過ぎだ。


「いやあ良かった良かった! もし名医を集めてもリーシャを治せないなんてことになったら一人残らず切り捨てるところだったね!」

「や、やめて……」

 そう、これだ。私のことになると、お兄様は途端に様子がおかしくなる。

 前世の私はかなり盲目的なシスコンだと言っていた。齢十五歳にしてもう既に『出来上がって』いる……。


 そうだ、前世の私はお兄様のルートもプレイしていた。そして、相当苦戦していたのも夢で見た。だってこの人、好感度が低いと全くヒロインのことを気にとめない。何があっても私優先、リーシャ至上主義。私が近くに居る時に声をかければ何邪魔してくれてんだと勝手に好感度が下がる。かと言って、私が居ないタイミングで話しかけすぎると今度は私のことが嫌いだと勘違いされて勝手に好感度が下がる。

 我が兄ながら、面倒くさい。


 だからお兄様のルートでは、サブキャラクターである私を絆すことが必須条件だったらしい。攻略対象キャラのように可視化されているわけではないが、一応ライバルキャラやサブキャラにも好感度の概念はあった。

 なので、お兄様ルートに進んだプレイヤーはヒースと話した時間よりも私と話した時間の方が多い。『実質百合ルート』とはなんのことかわからないけど、多分揶揄されているのだろう。


「リーシャ……大丈夫? まだ具合悪い?」

 私がぼんやりと前世の記憶に思いを馳せていると、ヒース兄様が心配そうな顔でこちらを見つめていた。ちょっと行き過ぎているところがあるけど、私からすると基本的に妹想いの良いお兄様だ。


「ううん、もう平気。ありがとうお兄様」

「そう、良かった……」

 安堵の表情を浮かべる兄様に、私はにこりと笑いかける。


「ああそうだ。リーシャに父上と母上から伝言を預かっているよ」

「伝言?」

「まず、今日のことは気にしなくていいってさ」

 ……今日のこと? 私が首を傾げると、ヒース兄様は苦笑しながら説明してくれた。


「今日は王家主催のお茶会だっただろう? まあ名目上はお茶会ってだけだけど……そんな場で倒れちゃったからリーシャが気に病むんじゃないかって二人とも心配してたんだ」

「ああ、王家主催の……お茶会……」


 兄様の言葉を復唱しながら、私は倒れる直前の光景を思い出す。


 金色の髪、深紅の瞳、高貴な佇まい……。

 恋に落ちる音。

 ……あ。

「ら、ラプラード殿下……!」


 思い出した途端、ぶわりと汗が吹き出す。ラプラード殿下もとい、ラプラード・フォートリエ王子は、我が国の第一王子──つまりは次期王だ。

 そして当然、『Heart of Magic』の攻略対象キャラクターでもあった。何より彼は、ゲーム開始時点では私の婚約者だった。


 一番簡単とされる第一王子ルート……しかしそれは、一番悲惨な結末が多いルートだった。少なくとも、私の視点では。

 ゲームでの私は、前世の私評でラプラード殿下ガチ恋令嬢だった。おまけにメンヘラでヒステリック女だった……らしい。メンヘラが何かわからないけど、多分あんまりいいことじゃないと思う。


 だから、お兄様のルートでは友人関係を築けた私だが、ラプラード殿下ルートではライバルだった。

 とはいえ、私は体が弱いため、私本人が主人公に直接何かをできたわけではない。大体は私の取り巻きが勝手に主人公をいじめ倒したり嫌がらせをしたりしていた。


 私本人がやったことといえば、主人公とラプラード殿下が仲睦まじくしているところに割り込んできて泣き喚くくらいで。……こういうところが『メンヘラ』たる所以なのだろう、おそらく。


 しかし、お優しい殿下にはそれが罪悪感の種になってしまったようで、努力の甲斐あって(?)一部のバッドエンドとノーマルエンドでは私たちは当初の予定通り結婚するのだが。


 バッドエンドを迎えたとき、中途半端に主人公への好感度が高いと、殿下は私に向き合えず夫婦仲は最悪。逆に好感度が低くても私の方がラプラードの心が自分に無いと思い込んで心を病んでしまう。ノーマルエンドも私の結末に関してはほとんど同じ。ハッピーエンドでも婚約を破棄された傷心による自殺未遂で、トゥルーエンドでは何も語られなかったけれど、あの執着心から察するに良い結末ではないだろう。


 ……私と殿下が結婚しないバッドエンドもあるのだが、それらなんかもれなく酷い。殿下を繋ぎ止めるために主人公を亡き者にしようとして自分の側近に殺される、とか。


 他にも色々あるけど、とにかく、どのエンドを迎えても私にとっては破滅しかない。

 そこまで思い出して、今度はすうっと血の気が引いていく。


「リーシャ? ……本当に気にしなくていいんだよ? いくら殿下の婚約者候補を見定める場とはいえ、名目上はお茶会だ。体調を崩して倒れたんだからそれで家が揺らぐことは無いから……」

 そうは言っても入る教室を間違えただけで殺害エンドに向かうゲームである。何が破滅への道かわからない以上──


「……ん、お兄様今なんと?」

「え?」

「見定める場って……」

「あ、ああ……お茶会ってのは名目上で、あれはラプラード殿下のお見合いみたいなものだよ。ほら、リーシャと同じくらいのご令嬢が何人か呼ばれていただろう?」

「……お、お見合い!?」

 ああそういえばゲームでそんなことを……言っていた気もしなくもない。


「うん。だから、リーシャが倒れてしまったのを見てみんな驚いていたよ。まさか殿下の婚約者を決めるためのお茶会で倒れるとは思わなかったからね」

「そ、そうなの……? あ、じゃあもしかして、お茶会は私抜きで進められた?」

「……まあ、うん。そのはずだよ。僕はリーシャを連れて帰ったから詳しいことは聞いていないけれど」


 ……ということはつまり、お見合いは終わった? 私が彼の婚約者になることは無い?

 危機は去った?


「…………」

「リーシャ? どうしたの?」

「……あ、いえ、なんでも……」

「そう?」

「ええ」


 笑みを向ける私に、兄様はパチリと目を瞬かせる。


「そう、良かった……。僕もリーシャに縁談は早いと思ってたんだ」

 そうですね、お兄様。前世の感覚からしたら確かに早いですけど……多分、そういうことじゃないですよね。


「じゃあ、僕は父上に報告してくるよ。リーシャはとりあえず今日のところは安静に、ね?」

「はい、兄様」


 兄様が出て行った後、私はベッドの上でごろりと横になった。


 天井を見つめながら、私は倒れる直前の光景を思い返す。脳に焼き付いて離れない、あの美しい人。

 ……そうか、あの人は私の婚約者にはならないのか。


「……いいじゃない、どうせ取られてしまうんだから」

 毛布の中に潜り込みながら、私はそんなことを呟いてギュッと目を閉じた。

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