ヒメナとディート
――――side:ヒメナ
ロザリア帝国帝都。あの時は急いで出立したものだから帝都をゆっくり見て回ることはなかった。やはり帝都だけあって賑わっており店もたくさんある。
「いてててて」
「大丈夫か?」
「大祭壇は……?」
「く……っ!お布施が払えねぇんだったら、お役御免だとよ……」
「くそっ!何のための精霊士だよ!」
街の人が集まっている……?人ごみを掻き分け前に進むと、足を怪我した男性が倒れている……。それなのにお布施がないと治療をしないだなんて。
「あの、私精霊士ですからヒーリング魔法が使えます」
「えっ!マジか、嬢ちゃん!」
「でもよ、祭壇に睨まれるぜ。奴らの商売の邪魔になるわけだから」
「関係ありません。祭壇のヒーリング魔法は商売じゃありませんから」
パアアァァァァッ!!!
「あっという間に治っちまった……」
「まるで聖女じゃねえか!」
「そうだ!あのドケチ聖女なんてもういらねぇ!」
「嬢ちゃんは聖女だ!」
「いえ……そんなことは……」
いや、ジョブは聖女だけれど……。
聖女という名が広まったらロザリア大祭壇や第2皇女に目を付けられるかも……。
「では、私はこれで」
「あ、嬢ちゃ~んっ!!!」
騒ぎにならないうちにその場を後にして……少し離れた通りでひとまず昼食をとることにする。
入ったのはごくごく一般的な大衆食堂。いい匂いがするし、中には人族の他に獣人族もいるから入りやすい。
「一人かい?相席でいい?」
「えぇ。大丈夫です」
店員さんに案内され席に着くと、そこにはすでに2人座っていた。
「お邪魔してごめんなさい」
「いえいえ、お構いなく」
1人は藍色の髪の好青年だ。
「ふんっ!別に」
もう1人は私と同い年くらいの少年で目深にかぶった帽子の下から紫がかったきれいな銀髪が見える。
「ご注文は?」
「お勧めをお願いします」
店員が注文を取りささっと去っていく。
どうやらお薦めはロザリア帝国北部にある帝都で庶民がよく食べるお肉と野菜が上に乗ったうどんのような麺料理らしい。
シルヴァリーはチャパティやナンと合わせて食べるカレー料理が多かったから麺類は久々だ。
「お嬢さんはどちらから?その格好、旅装束でしょうか」
と藍色の髪の好青年が問うてくる。
「えぇ……シルヴァリーからです」
「へぇ……シルヴァリー……。シルヴァリーの方なのでしょうか?珍しい耳としっぽですねぇ……」
……まぁ……確かにロザリアでは珍しいから。
「おい、兄ちゃん、そりゃ野暮ってもんだぜ。シルヴァリーの獣人族は雑種が多いんだから」
「俺らは嬢ちゃんみたいな別嬪さんなら文句はねぇ!」
店にいる数人の獣人族が話に割って入って来た。
兎耳と……犬耳だろうか。
「まぁ、そうかもしれませんね。キレイな方ですし」
「あ……いえ……私は……」
と、言いかけたところで……。
相席になった2人や私の元にも麺料理が届き、早速いただきま……。
「ここに聖女を語る偽物がいるそうだな!」
それはロザリア大祭壇のエンブレムをつけた聖騎士たちが店に乗り込んでくる。
「何だ、てめぇら!」
「聖騎士は帰れ!ここは庶民の店なんだよ!」
「うるさい!大祭壇への反逆罪で牢屋にぶち込むぞ!」
「ひっ」
店の客たちが短い悲鳴を上げる。
だ……大祭壇への反逆罪って……?そんなバカみたいな法、あるわけが……。
「正式に大祭壇から出された御触れだ!第2皇女であり真の聖女様からのお墨付きのな!」
フロレンティーア……!
きっと、また自分以外の……しかも獣人族の聖女がいるのが妬ましいんだ……。
「さっさと、どきなっ!」
がっちゃん。
聖騎士が大きく腕を振ったため向かいの席に座る小柄な少年にぶつかりどんぶりが倒れてしまった。
「いけない……!」
慌てておしぼりをあてる。
「お前は……っ!」
「その耳、変なしっぽ!」
いや、へんなしっぽって何?
「わすれやしねぇ!あの時大祭壇に召喚され、我らが聖女・ロレンティーア皇女殿下を汚した偽聖女!よもやお前だったとはな……」
こいつら……召喚の間にいたってこと……!?そりゃぁ耳は似たような形の種族もいるのでともかく、珍しいしっぽには違いない……。ここは大人しくしておくべき……?でもそれじゃぁ周りの人たちが……。
「何が偽聖女だ!お前らのところの聖女は金がないからって治療を断りやがる!」
「その子が無償で傷を治しているのを見たぞ!」
「どっちが偽聖女だ!」
周りから怒声が響く。
「うるさいっ!第2皇女殿下への侮辱罪で投獄するぞ!」
「汚ねぇ!」
「都合が悪くなったらそれか!」
「いいから、大人しくしろ!この店にいる全員、残さず投獄してやるからなぁ……」
何という横暴……!
「あの……っ!」
声を上げようとしたのだが、向かいに座っている少年が静かに立ち上がる。
「……おい……」
「ディート様」
隣に座っている青年がその少年の名を呼ぶ。
……ディート?
あの時聞いた名前と……同じ……?
「言いたいことはそれだけか?」
「なんだぁ?ガキ!てめぇを真っ先に投獄してやるよ!」
聖騎士がディートの帽子を弾き飛ばす。しかしその瞬間黙りこくる。
「……で?ぼくをあいつへの侮辱罪で投獄するのか?」
『ディートハルト殿下!!?』
聖騎士が一斉に驚愕する。
「いい度胸だ。一応、序列的にはぼくのほうが上なんだが。まずはあいつを不敬罪で訴えるが、いいか?」
「ひ……っ!実の妹君ですよ!?そんなことを……っ」
「お前らだって、あいつの実の兄であるぼくを投獄だの何だの言ったろ?」
「それは……知らなかったからで……」
「では、ここの者たちも第2皇女だと知らなかったのであれば関係ないな」
「そんなぁっ!」
聖騎士たちが驚愕する。
「そうだそうだ!」
「ディートハルト殿下!ただのわがまま皇子かと思えばやるじゃねぇか!」
「つーか、よく見るとかわいい顔してんなぁ……」
周囲がディートに加勢し出す。
「そうでしょう、そうでしょう!ウチのディート様はかっわいいんです!!!」
「イェリク、ちょっと黙ってろ!」
いきなり叫びだした隣の青年の名前はイェリクというらしい。
……というかわがまま皇子は侮辱罪にあたらないのだろうか……?本人は気にしてなさそうだけど……。むしろ目の前のことが気に食わないようである。
「ではその偽聖女は!」
聖騎士は私を指さす。
「その偽聖女は捕らえさせていただく」
「ダメだ」
「それは……何故です……?ディートハルト殿下」
「うん、コイツは今から俺の侍女にするのでその偽聖女という侮辱や無理矢理冤罪をでっちあげるのなら主人のぼくに対する侮辱も同然!」
「そんなこと認められるわけ……」
「ぼくのお付きに関しては、城で仕える以上父上と母上の了承を得る必要がある。つまりお前は皇帝陛下や皇后陛下と同等だと言いたいのか?」
「あ……いえ……それは第2皇女殿下の命ですので……」
「たかだか第2皇女が皇帝陛下と皇后陛下よりも上だと?それなら立派な謀反だな。いくら聖女でも謀反はさすがに許されないぞ」
「……っ」
全員押し黙る。
「でてけ!ぼくの食事の邪魔をするなっ!」
『ひいいぃぃっ!はいっ!』
聖騎士たちはおびえたように店を出ていく。
「すげぇ!」
「やるじゃんディートハルト殿下!」
「スカッとしたぜ!」
周りは大盛り上がりで、店の人がディートハルト殿下に変わりの椀とサービスでデザートをつけてくれた。
「ディート様は第2皇女が絡むと感情的になりすぎです」
「ふんだっ!」
何だかかわいい……?
「でも、ありがとうございます。私のために侍女にするだなんて嘘まで……」
「嘘ではない!お前は今からぼくの侍女だぞ」
へ……?
「り……理由をお伺いしても?」
「ん……獣人とのふれあいをしてみるのもやぶさかではない」
は……はぁ……。
「殿下、それってプロポーズっすか?」
「え?でも侍女だよな」
と周囲も呆然としていた。
「ずるいです!私だってまだプロポーズされてない……っ」
いぇ……イェリクさんは何を悔しがっているんだろう?
「店主、白湯3つ持って来い」
「白湯……ですか?えぇ、ただいま」
店主が持って来た白湯にディートハルト殿下が袋から出した茶葉を浮かべていく。
「これは……」
「花茶」
シルヴァリーで知った。ロザリアは花の帝国と言ってもいいほど花が有名で、特にお茶に花を浮かべるお茶はロザリア特産の花茶と呼ぶ。湯に浮かべるとまるでつぼみが開花するように
花開いて行くのがわかる。
花茶にはいろいろな種類があるが、この匂いは……あの時の……。
「うぅ……っ」
私の目からは何故か涙がこぼれていた。
「お……お嬢さん!?」
「ご……ごめんなさい……いろいろ思い出しちゃって……」
これも何かの縁だろうか?
「本当にお仕えしてもよろしいので?」
「もう決めた。光栄に思え」
何だかやけにつんつんしているけれど、やっぱりちょっとかわいらしいとも思う。
私はその日からディートハルト殿下にお仕えすることになった。
「ディートハルト……殿下……」
「ディートでいい」
「……ディート殿下?」
「殿下はいらない……ただのディートだ」
「……はい、ディート」
何故かはわからないけれど、自然と頬がほころぶのがわかった。
あれ……?何だかディートの頭にぴょい―んと伸びているのは……アホ毛……?
あれは……最初からあったっけ……?
後に私がディートの侍女になったと聞いたヴィクトリア皇后様がくらっときていたのだが。その後息子をよろしくと頼まれた。
そしてしばらくして……。
何故かツンツンしながらも第2皇子であるフェリクス殿下をフェルお兄様ともじもじしながらかわいらしく呼ぶディートを微笑ましく眺めながら過ごしていたある日の朝のこと……。
「エストレラに行くぞ!!!」
え……エストレラ!?
ディートは朝ベッドから起き上がると、私が首から下げていたたぬきのマスコットを首にかけるなり一番にそう告げたのだ。
ヴィクトリア皇后陛下からもらった言語変換魔法が織り込まれたたぬきのマスコット。
お守り代わりに持っていたのだが、ディートのマスコットへの熱い視線を度々感じていたので良ければどうぞ……と渡した。すると頭の上のかわいらしいアホ毛をゆらゆら揺らしながらいつもの通りかわいらしく喜んでくれたのである。
そして……。
「はい、どこまでもおともいたします」
そう言ってディートの頭をなでなですると、今日もツンツンしながらも嬉しそうにアホ毛を揺らしている。頬を赤らめるディートを微笑まし気に眺めながら、イェリクさんと一緒に支度を整え私たちはエストレラ王国へと向かったのだった……。




