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真相

元芸能プロデューサー殺しは、『とわの恋人』高原翔を殺された身内かファンの報復だったのか? 今、女探偵、上条翼によって暴かれる真相。

   6


 翼が沖縄から戻ると、刑事の宇佐美から電話がかかってきた。

「上条さん、あなたの教えくれた線にそって、『とわの恋人』高原翔の身内を探ってみたわ。馬場さん殺しの容疑者としてね」

「どうでした?」

「それが全然ダメ、完全に家庭崩壊してる。ひどいもんよ。もうこれは完全に対象外だ。他にね、高原翔に彼女がいたこともつきとめた。ところがね。これも白だった」

「とおっしゃいますと?」

「その女性は、高原翔が死んだ10日後にあと追い自殺したから」

 翼は驚いてたずねた。

「その女性の名前は?」

「えっと……二木直子」

「二木? 三木じゃなくて?」

「二木。一二の二よ。三じゃない」

 刑事は、探偵側の新しい情報を所望した。探偵は、高原翔の所属していた元芸能事務所社長、ケイリー大和田が2年前、麻薬中毒でマカオで死んだということを告げた。

「へえ、そうなの? やるわね、上条さん。しかしそれなら、その人も白か。容疑者リストがちっとも埋まらないわ。やっぱり自殺なんじゃないかって思えてきた」

「かもしれませんね」

 刑事と探偵は、お互いため息をつきながら、礼を言いあって、電話を切った。


    7


 翼が沖縄で知念に会った1週間後、再び依頼人の三木直美が、その姿を上条探偵事務所に現していた。目の覚めるようなツヤのある青のカシミヤのセーターの中央に、この前と同じ赤いルビーをふんわりとおさまらせている。

「楽しみにして来たわよ。会ってから全部話すって言うから」

 ソファーに腰を下ろしながら三木直美が訊いた。

「で、ケイリー大和田は見つかった?」

「2年前になくなってました」

「本当?」

 三木は驚くほど目を大きくした。探偵が続けた。

「本当です。10年前に芸能プロが倒産したあと、マカオに移住して麻薬の密売を生業とし、自身その中毒になってそこで死んだんです。私はおととい、マカオでそのことを確認してきました。指名手配の写真もヒゲこそ生やしていたものの、ケイリー大和田さんに間違いありません。こちらが持参した写真を当時の担当官に見せても、間違いないと言われました」

「あー、残念!」

 三木直美は万歳をしながら、ソファーの背もたれに背中をたたきつけた。

「これで、高原翔が同性愛者だったという証明は難しくなっちゃった!」

「そのようですね」と探偵はすげなく言ったが、三木直美は、はじかれたように身を起こすと、敏腕ジャーナリストらしい目でこう訊いた。

「でも、上条さん。あなた、今回調べている過程で、高原翔が同性愛者だという噂は聞かなかった?」

「少しも」

「高原翔に変な言動があったとかも?」

「悪いことをした話なら見つけましたよ」

「悪いことって?」

「殺人」

 三木は、ぽかんと口をあけた。翼は無表情に言い放った。

「馬場明文を殺したのは、高原翔です」

「あなた、何言ってるの?」

「15年前、馬場明文が、自分をふった高原翔を伊豆で交通事故に見せかけて殺そうとしたのは本当だったんです。でもその事故で、高原翔は重傷こそ負ったものの、死ななかった。高原翔は美容整形のアフターケアのために伊豆に住む天才といわれたもぐりの整形外科医のところへ逗留していたんですが、その医師に助けられたからです。葬儀には、ほかの人間の死体を使ったんじゃないですか。死に顔などは、天才医師の整形ででっちあげれたでしょうし」

「そ、その外科医が、高原翔にそこまで力を貸す理由は何よ?」

「自分の生んだ最高傑作として高原翔に恋していたからだと考えられます。芸術家を自認していた人だったらしいですからね。自分の作った彫像に恋したギリシア神話のピグマリオンと同じです。でも、その外科医も、もうこの世にはいません。多分、この人も高原翔に、口封じのために殺されたんだと思います。そして生き延びた高原翔は、自分を殺そうとした馬場明文を、自分の男性としての能力をも奪ってしまった馬場明文を、いつか殺してやろうと機をうかがっていたんです。15年間もね」

 しばしの沈黙のあと、三木が小さな声で尋ねた。

「本当にケイリーさんは死んだの?」

「さっき言ったとおり」

「嘘! じゃあ、誰に聞いたのよ? 今の医者と整形の話!」

「言えません。馬場さんの次に、その方が高原翔に狙われてしまいますから」

 翼が冷たく言った。二人はにらみあった。やがて、三木は諦めたように、ふたたびソファーの背もたれに身を投げると、大きくため息をついて、天井を見あげ、こう言った。

「どうして分かったんだい?」

「かつてのケイリー・プロのいた方々に聞いても、誰も高原さんとケイリー大和田さんの関係については気づいていなかったようですから。つまり、高原翔とケイリー大和田さんの関係は、注意深く秘匿されていた。にもかかわらず、あなたがそれを知っていた」

「なるほど、さすがだね。上条さん」

「というのもあるんですが、それより、そのあなたの胸のルビーのペンダントです」

 天上に顔を向けていた三木は見下ろす角度で探偵を見た。

「この写真と同じものですよね」

 翼は、1枚のカラー写真をテーブルに置いた。雑誌編集長は体を起こし、その写真じっと見つめた。

海岸のリゾート地らしきところで、上半身裸の青年が、ビーチベッドの上で日光浴をしている。高原翔である。その華奢な胸には、三木の胸にあるのと同じルビーのペンダントが光っている。

「この写真は?」

「ファンの方が盗み撮りしたものです」

「そうか……うかつだったよ」

 三木は、胸のルビーをそっとつかみながらこう言った。

「このルビーはね。死んだおふくろの形見なんだ。僕の人生でただひとり僕が愛し、そして僕を愛してくれた人のね。8歳のとき、親父と離婚したあと、病死してしまったんだけど。それで上条さん。君はどこまで知ったの。『とわの恋人』の秘密を。今、しゃべったことだけじゃないんだろ?」

「いいえ、それだけです」

 高原翔はしばらくうつむいたままだったが、やがてこう言った。

「じゃあ、僕が、君に教えてあげよう。いかに僕がゲスな人間だったかをね。言ってしまったほうがせいせいする。あらゆる意味で最下層にいた、何ももたなかった人間が僕さ。だから、スターになりたかった。出世したかった。頂点に上りつめたかった。そのために、あらゆる醜い、汚いことをやった。だから15年前、馬場に殺されかけて、こんな体になってからは、僕のその汚さ、醜さ、そして整形したこと、今は男性でなくなったことが世間に暴露され、おもちゃにされることを恐れたんだ。正体がばれることに、僕は耐えられなかった。ゴシップ雑誌の編集長になったのも、それを扱われないように先手を打って監視するためだった。僕はどうしても、高原翔のイメージを守りたかった。そのために、僕は世話になった医師まで口封じのために殺し、そして最大の恩人でもあるケイリーさんまでも見つけだして口を封じようとした。これが高原翔という人間の正体だよ。さっき君の口から、ケイリーさんが死んだと聞いた瞬間は、これでばれることは永遠にないと、歓喜したんだが」

 高原はまたため息をついた。

「しかしバカであさましいのは僕だけじゃない。現代人みんなだよ。顔の良し悪しにみんなこだわって。みんな幼稚に、虚栄心のかたまりになってしまったんだよ」

 高原はここでやっと顔をあげた。

「でも、ひとつだけ信じてほしい。僕が本当に欲しかったのは、美しい顔でも、スターの座でも、ましてやお金でもなく、一人の恋人、たったひとりの生涯の伴侶だったってことを。スターになって女の子に取りかこまれたかったのも、そのなかから一人の伴侶を見つけたいがためだった。そう、僕こそが『とわの恋人』が欲しかったんだよ。実際、僕は当時、一人の女の子とつきあいかけていた。僕はまだ、その女の子でいいのか確信が自分で持てなかったので、曖昧な態度を取り続けていたが、それがいけない結果を生んだ。その女の子は、高原翔の死が報じられた直後、あと追い自殺してしまったんだ。僕はせめてその子を高原翔といっしょに居させてやりたいがために、その子の名前に近い三木直美という名前を名乗ることにした。しかし、最後に、一番知られたくなかった君にすべてを知られてしまった。本当に皮肉にできてるね。世の中は」

 翼は目を見開き、口をかすかに開けた。

「君に一番知られたくなかったんだよ」 

 高原はもう一度言うと、ゆっくり立ち上がった。

「探偵料は、あとで振り込んでおくよ」

 高原は、扉の前まで来てから、半身にふりむいて、こういった。

「上条さん、ひとつだけお願いがある」

 探偵は高原のほうを見ないまま、強い調子でこう返した。

「依頼人の秘密を守るのは探偵の義務です」

「すまない」 

 そのひとことを最後に、扉は静かに閉められた。翼は透明な日差しの差し込む事務所の部屋の中に、ずっと座っていた。


    8


 数日後、雑誌編集長、三木直美は行方不明になった。

 さらに数日後、伊豆半島のとある海岸に、おそらく男性と思われる遺体が打ち上げられたことが新聞に載り、情報が募られた。顔は海水でふやけて、すでに判別がつかず、赤いルビーのペンダントが、体からとれてしまわないようにしっかりと首に結わえられているのが唯一の特徴であると記されていた。

「ああ、その遺体なら、もう荼毘にふされたよ。うん、誰も、身元確認に来なかった。まったく、身投げばかりでうんざりだわよ。え? 馬場さんの件? ああ、それも、全然進行なし。どうも迷宮入りくさいよ。やっぱり自殺だったのかも」

 電話で宇佐美刑事は、翼にそう愚痴った。

 江本佐智子が近くを通ったからといって事務所に顔を出したので、翼は礼を言って、写真を返した。

「やっぱり、美しいわ」

 あらためてその写真を見ながら、高原翔ファンクラブの会長はため息をついた。

「ところで上条さん、ケイリー大和田さんは見つかったの?」

 翼は首を振って、2年前に死んでいたことを告げた。

 江本は目を丸くした。

 さらに探偵は、高原翔につきまとっていた女性というのも、後追い自殺していることを教えた。

「どうして、そんなにみんな、死んでしまうのさ……」

 江本は出されたコーヒーに目も向けないまま、しばらく呆然としていたが、やがて、持っていた写真にふたたび目を向けると、つぶやいた。

「そっか、みんな、きっと、美に人生を狂わされてしまったんだね……」

 探偵も静かにあいづちを打った。

「ええ、みんなね」 

                   ——とわの恋人——終

読んでくださいまして、ありがとうございます。次は、上条翼シリーズの長編のアップを考えております。またお立ち寄りくださいませ。ブックマーク、ご評価、ありがとうございます。

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