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芸能界の闇のなかで

夭折した美男スター高原翔の秘密を探る過程で、探偵上条翼は芸能界の裏にはこびる意外な事実につきあたる。

   3


 翼は次の日、静岡県伊豆半島の根元に広がる市の警察署に来ていた。受付に「捜査課の宇佐美刑事を」と告げた。少し待たされてから、ウインブルドンにでも出るかのようなたくましく若い女刑事が現れた。

「ひさしぶりね。上条さん」

「おひさしぶり」

「探偵になってるなんて知らなかった。二人になれる部屋行きましょうか」

 宇佐美はそういうと、きびすを返して、長い廊下を歩き始めていた。翼もあとを追った。

「警察学校以来10年ぶりか。しかし私は、あなたのこと、中退したからよく覚えているけど、あなたは私のこと覚えてる?」

「もちろん。喧嘩になったら一番強そうな人ってことでね」

 宇佐美は苦笑した。

 宇佐美は小さな応接室に翼を招じ入れた。二人はテーブルをはさんで向かい合った。

「で? 電話じゃ、馬場明文さんの死について訊きたいということだったけど」

「海の崖から投身自殺ってことになってるけど本当ですか?」

「なるほど。どうやら情報交換ができるみたいね。サービスで言ってしまうわ。他殺と断定しました。実にチープなトリックでね。飛び降りようとしたところにあった遺書がね、映画の『太陽がいっぱい』よろしく本文はワープロで、サインだけ肉筆だったんだけど、筆跡鑑定の結果、偽物であることが分かった。多分、突き落とされた」

「犯人の目星は?」

「ちょっと待ちなさいよ」宇佐美は笑みを浮かべながら探偵をにらんだ。「今度はそっちが手持ちのカードを見せる番でしょ。どういうかかわりで馬場さんのこと知りたがってるの」

「高原翔って知ってる?」

「もちろん。私、ファンだったもの。中学生のときね。で? 10年以上も前に死んだスターが何か関係あるの?」

「馬場明文さんが、高原翔を殺したかもしれないという噂は知ってる?」

「初耳」

 翼は、馬場が芸能プロデューサーだったとき、高原を引き抜こうとして断られたという噂を話した。

「それくらいで殺す?」

「馬場さんが、同性愛者だったという噂もある」

「ほう。それで、あなたが馬場さんの死の原因を追いかけているわけは?」

「芸能界のゴシップを好きな人たちが、そこらへんの愛憎劇を興味半分に知りたがっているの」

「大変ね、探偵も。でも、その馬場明文が高原翔を殺したかもしれないという噂は知らなかったな。もしそれが事実となると、馬場さんを殺したのは高原翔を失ったがための復讐をした人物って線も浮上してくるわね」

「誰が容疑者にあがってるの?」

「実はまだ誰も。馬場さんは借金だらけでね。むしろ死んでもらったら困る人のほうが多かったらしくて、まだ容疑者はゼロ。あなたに助けてもらったかもしれない。高原翔の身内、あるいは恋人か、ファンか、洗ってみる必要があるかも」

 用事が済むと、宇佐美は翼に結婚の予定はないのか、恋人はいるのかなどと軽く世間話を向けてきた。

「『とわの恋人』なんてのは、実際にはなかなか現れないわよ」

 翼が手を広げて言うと、宇佐美も苦笑して同意した。

 探偵は、与えあった情報の源を互いに秘密にすることを約束しあって、地方の警察署を辞した。


   4


 翼が宇佐美刑事のところに行った翌日、江本佐智子から電話がかかってきて、ケイリー大和田について、会員にメールで聞きまわってみたら、知念良彦という高原翔と同じケイリー・プロにいた者が知ってるんじゃないかという情報を伝えてきた。知念義彦は高原翔が出てくるまでは、ケイリー大和田のイチおしだったらしいのだが、どこか地味なので、テレビドラマの脇役とか、歌手の後ろで踊ったりしただけで引退したのだという。

「その人が、ケイリーさんと結構、親密な仲だったらしい。その人に訊いてみるのが一番早そうだよ。住んでるところは那覇。沖縄だね。本人の出身地。そこで今、ダンスの先生やってる」

「ありがとうございます。ところで江本さん。あなたは翔様の写真をたくさんお持ちですよね?」

「もちのろん」江本は自慢げに言った。「非公式のスナップ写真も持ってるよ」

「ちょっと見せていただけないかしら」

 

    5


 那覇空港を降りると、やはり暖かかった。

 翼は空港を出ると、モノレールに乗った。高い角度にある太陽の下に椰子がたくさん散見できた。

 牧志という駅で降りた。十分ほど歩いて、二階の窓ガラスに『チネン・ダンス・スクール』というシートを張った三階建ての真新しい白いビルの前に着いた。

 二階にあがると、ガラス戸の向こうにマイケル・ジャクソンの歌声に合わせて、5,6人の少年が踊っていた。そのまわりを、サイドに白いラインの入った赤いつなぎのタイツを着た先生らしき三十台後半の男性が注意を投げながら、手拍子をして回っている。

 先生の目と、扉の外の来訪者との目が合った。

「そのまま続けて」と言ってから、先生は扉をあけ、赤いタイツの半身を出した。マイケル・ジャクソンが途端に大きくなった。沖縄人らしい色黒のめりはりのある顔立ち、なかなかの好男子。

「何か御用ですか?」

 先生は黒服の背の高い女に、軽やかな声で尋ねた。

「知念良彦さんですね」

「そうですが」

「先日、お電話しました。探偵の上条です」

「わざわざ沖縄まで来られたんですか!」

 知念は、レッスンが終わるまで待ってくれと言って、女の探偵をなかに招じ入れた。

 生徒たちは、入ってきた女に目を向けず、真剣に踊り続けていた。翼は隅においてある丸いストールに腰掛けた。最後に知念先生は、教え子たちに身振りをいれながら、注意を与え、それが終わるとレッスンは終了した。

「熱が入ってますね」

「コンテストが近いもんで」

 着替えを終えた生徒たちが、順次あいさつをしながら帰って行った。最後のひとりが扉を閉めると知念が言った。

「上条さんでしたか。電話でお断りしたのに、ここまでこられるとは……」

「電話で『どうしても知りたい』なんてお願いしても効果ありませんから」

 探偵は菓子折りを渡した。知念は降参したというようにうなずいた。

「なるほど、どうしてもケイリー大和田のことが知りたいと。でもいったいどういうことで?」

「馬場明文という元芸能プロデューサーの方はご存知ですか」

「ええ、驚きました。先月、なくなられたらしいですね」

「その馬場さんが15年前、高原翔さんを事故に見せかけて殺したという噂があるのはご存知?」

「え?」

「それを恨んでケイリー大和田さんが馬場さんを殺したかもしれないという噂は?」

 知念はしばらく口をぽかんとあけたまま、相手の矢継ぎ早の言葉の意味を考えていたが、やがて苦笑とも泣き笑いともつかぬ表情を浮かべるとこう言った。

「馬鹿馬鹿しい。馬場さんが高原君を殺したとしても、なんで15年間もたってから、ケイリーさんが馬場さんに復讐しなくちゃならないんですか」

「愛のため」

「馬鹿なこと言わないでください! それとも、そういう噂でもあるんですか」

 翼は首肯した。知念は軽く首をふると言った。

「ケイリーさんなら日本にいませんよ。マカオに行っちゃいました。3年ほどまえ、一度ここに来たことがあります。しかし、あの様子じゃ多分……」

「多分?」

「もう、あの人も生きてないんじゃないかなあ」

「どうして?」

「だってどう見ても麻薬をやってる顔つきでしたもの。芸能プロが倒産したあと破産して、それからそういう商売をしてたんですよ。実は僕も仲間にならないかと誘われたんです。もちろん断りました。もう僕は怖くてそれ以来、会ってない」

 翼は考え込んだ。すると知念が続けた。

「ケイリーさんが高原君と関係があったなんて、誰が漏らしたのか知りませんが、あれは愛ではありませんよ」

「では、おふたりに関係があったこと自体は本当だったんですね」

「え……ええ」

「しかし愛でないというといったい何だったんです?」

「虚栄心です」

 探偵がどういうことかと問うと、知念は目をそらして、ためらいを見せたが、やがて自分が情報の源であることを秘密にするという条件をつけて話しはじめた。

「人は簡単に同性愛とかホモとかゲイとか言いますが、いろんなタイプがいることをご存知ですか。まず一つめはね。女の体でなく、男の体に性がいやおうなく反応してしまうタイプです。実は本当に同性愛者と呼んでいいのはこのタイプなんですね。次にはね、女のような男を愛するタイプがいます。しかしこのタイプは基本的に異性愛者なんですよ。それが、もう女には飽きたとか、女が怖いとか、変わった刺激が欲しいとか、あるいは軍隊や刑務所のように女がいないとかの理由で、女の代用、女のバリエーションとして美少年や美青年を愛でるんです。ほかにも、いろんなタイプがいますがね。ともかく二番目のタイプと一番目の本当のゲイとは一線を画しているんです」

「つまり、ケイリー大和田さんは二番目のタイプだったと?」

「そうですよ。学生時代なんかは、女好きで有名だったそうですから。馬場さんもそうです。あの人はロリコンで有名だったんですが、それに飽きて、今度は美少年に、つまりは高原君に手を出そうとしたのです」

「では、馬場さんが高原さんを引き抜こうとしていたのも事実なんですね」

「ええ」

「しかし虚栄心とおっしゃるのは?」

「ケイリーさんの場合はね。自分は天才、何の天才かよく分からないのですが、自分は天才である。すなわち普通の人間とは違うということを自分に証明したくて、男に手を出したんですよ」

「ケイリー大和田さんは、他にも男の子と関係をもたれたんですか?」

 この質問に知念は目に見えて動揺を示した。

「いや、そんなには……。ケイリーさんは、自分がスキャンダルのネタになることは嫌ってましたからね。自分を普通じゃないと信じたがっていた割には、いつも自分を安全な場所に身をおきたがる性格だったから。それと好みにうるさい人でしたからねえ。せいぜい高原君のほかには……」

「ほかには?」

「僕ぐらいだったですかね」

 そういって知念は、赤らめた顔を伏せた。そしてふたたび顔をあげると、今までそれを話すのをずっと我慢していたかのように突然、一気呵成にしゃべりだした。

「ケイリーさんもね。最初は僕を買ってくれていたんです。ダンスもいろんな有名な先生をつけてくれて、それは今でもこうして続いているわけですから、このことは今もケイリーさんに感謝してるんですけど、ケイリーさんは高原君を見つけてくると、すべてのエネルギーを高原君につぎこみはじめたんです。つまり早い話が僕は捨てられたってわけですよ」

 知念はひきつったような苦笑を見せて続けた。

「でもね。僕はそれで結果的によかったと思っている。僕は高原君のように、俺が俺がという出世主義者じゃないから。地味にこうしてダンス教室をやっているほうが性にあっているのが分かりましたから。故郷で自分の人生を見つけられて今、幸せなんですよ。僕は」

「高原さんは、そんなに出世主義者だったんですか?」

「ちまたでは、いまだに『とわの恋人』なんて呼ばれているようですけどね。あんなに浅ましい奴はいなかったですよ。高原君も、もちろんゲイじゃなくて、ただ自分がスターになりたいから、出世したいからケイリーさんに体を売っていたにすぎないんです。つまり彼ら二人とも、愛や恋どころか、肉欲ですらなくて、ただ虚栄心のためにいっしょに寝ていたんですよ」

 知念はほとんど憤っていたが、息を吐いて肩を下げると、言い過ぎたかなという後悔を眉のあたりに漂わせながら、こう言い添えた。

「ま、高原君も、いろいろ恵まれない生まれ育ちだったそうで、それでああいう人間になったんでしょうから、同情すべき部分もないわけじゃないですけどね」

「恵まれない生まれ育ちというと?」

「両親も小学生のときに離婚して、継父か継母かに虐げられて、またいろいろ……ね」

「ケイリー大和田さんと高原さんに関係があったという証拠はあるのですか」

「この目で見ました。…… 一度つけたんです」

「…………」

「しかし高原君がゲイでないという証拠もありますよ。当時、彼は女の子とも付き合っていましたもの。僕は一度いっしょにいるところをばったり出会って、高原君のほうから紹介されたんです」

「その女性の名前は?」

「さあ、覚えてませんね」

「名字は三木じゃありませんでした?」

「ああ、そうだったかもしれない。そうだ。そんな名字でした」

「どんな感じの人でした?」

「会ったのは一度だけですからねえ。ただ、高原君を神様のように崇拝しているようなところがあった。ちょっと頭が弱かったのかな。簡単にだまされちゃって」

「だまされたと、おっしゃいますと?」

 知念は黙った。その問いに答えたい気持ちと、言ってはいけないという気持ちとを内心で戦わせている様子だった。が、やがて言いたい気持ちが勝った。

「高原君は、容貌に劣等感を持っていたんですよ」

 翼の目が見開かれた。

「整形手術を勧めたのは、ケイリーさんのほうだったのか、自分から言い出したのか、ま、高原君の性格からすると、自分から受けたがっていたんじゃないですかねえ。僕も高原君が入ってくるまえに、ケイリーさんに勧められて、有名なもぐりの整形外科の先生のところまで行ったんですけど、怖くなってやめました。もしそこで整形してたら、僕が『とわの恋人』になって殺されてたのかもしれない」

 知念はひきつったような笑いを見せた。

「そのもぐりの整形外科医というのは?」

「名前は知らないんですが、裏の世界じゃ世界的に有名な天才外科医らしいですよ。ブラック・ジャックみたいなね。なんかマッド・サイエンティストというか、狂った芸術家といった風の人でしたね。なんでも神のように美しい人間を創造するのが自分の生きがいとか、芸術だとか言うんですよ。もう僕は飛んで逃げましたよ」

 そのとき、レッスン場の扉がノックされた。知念をさらに筋肉質にした感じの、セーター姿の若い男が、ガラスの向こうに立っていた。

「ちょっと失礼」と言って知念は、立ち上がると、開いた扉のところで男と二言、三言、言葉をかわしていたが、相手が納得したようにうなずくと、戻ってきてこういった。

「僕の恋人なんです。今日、これからデートなんです」

「それはお邪魔様でした」

 翼は立ち上がると、最後に、その外科医の診療所はどこかと尋ねた。

「伊豆のほうですよ。それこそブラック・ジャックみたいな海に向かった崖の家みたいなところに住んでました。ああ、高原君の死んだ近くですよね。高原君はその医師のところへ赴いたときに事故にあったんじゃないですか。整形後のアフターケアでも受けるために。でもね。その医師ももうなくなってますよ」

「いつごろに?」

「さあ、もう10年くらいたつのかなあ。妙な話ですが、これも海の崖から投身自殺。僕も又聞きですからよく知らないですけど、とうとう本当におかしくなっちゃったんじゃないですか」

次回、15年前の真相が明かされるせつなき最終回。

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