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イエローマダー  作者: 沖 晶
第一章
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第六話 「心蝕むもの」

「本日この時をもってキャロル・レベッカを王女と認め、リベルと名乗ることを八十一代目国王としてここに許す」


 祖父の威厳ある声が聖堂に響き渡り、私は型通りに膝を曲げてかがむ。ゆっくりとトークハットを取り上げられ、チュールで霞んでいた景色が鮮やかになった。


 々とした姿で祖父へと母が近づき、手のひらに乗せた包みの布を広げ、露わになったティアラを差し出した。


「わたくしキャロル・レベッカは、リベルの名をけがすようなことのないよう、真摯に努めることを誓約いたします」


 ティアラが乗せられたと同時に、今度は私の声が響く。曲げていた膝を伸ばし、真剣な面持ちをした二人が目に入った。


 疑い、そしてなにかを懸念しているように見えるその顔に、私の顔は強張ってしまう。


 何度も練習した言葉は間違っていない、舌を噛んで言葉に詰まったわけでもない。母も父も同じ言葉を言い、同じように祖父に誓ったはずだ。


 なぜそんな顔をするの、心からの言葉なのに。


 腹の前で重ねた手に力が入り、眉をひそめたことに気づいた祖父が、私の頬を手の甲で撫でる。

 母に撫でられたときとは違う、骨ばっていて深く刻まれた指の皺が硬く、少し痛い。


「もし、リベルの名にふさわしくないと断定したその時は」


 頬を撫でていた手を離し、私の目を見つめて祖父が言葉を切る。冷酷という言葉が似合う祖父が、私は幼い頃より苦手だった。


 そんな祖父が私に励ましの言葉をくれるのだろうかと、わずかに期待を寄せる。


「そなた自ら、その命を神に捧げよ」

「……」


 目を見開き、私は押し黙った。


 仮にも血の繋がった孫へ、祖父は自決せよと言う。これが国王としての言葉なのか、祖父自身が私へ向けた言葉なのかわからない。


 どちらにせよ、本当に王族として認められる日というわけではない、ということか。あまり多くない親族たちを一瞥いちべつするも、やはり祖父たちと同じような目の色だ。


 私はこの先、この疑りの視線を耐え忍びながら、上手く生きていくしかないのね。


 人に取り入る、なんてことは今までしたことがない。そんな方法で母たちに気に入ってもらえる確証もなく、まさに四面楚歌。


 この身一つでやっていくしかないと、不安を押し殺すように下唇を噛んだ。



 笑っていてもどこか値踏みするように私を見る親族たちへ、貼り付けた笑顔で挨拶をして回り、やっと正装からお色直しのドレスへ着替える時間になった。


「ご立派でございました。ささ、早く脱いでしまいましょう」


 正装を着た部屋へ戻り、ヴェロニカへの返事もできないほど私は疲れ切っていた。笑い続けた頬は未だ引きつっているのに、化粧が落ちてしまうからとさすることもできない。


 なんだかどっと疲れたのに、不思議と落ち着いている。あの視線に晒されることがしばらくはないとわかっているからだろうか。


 ヴェロニカが編み上げられた背中の紐を手早く解き、私を椅子に座らせて窮屈だったヒールを脱がせる。正装を傷つけないように先にヒールを脱ぐのだが、これだけでも解放感を感じられる。


 袖から腕を引き抜き、立ち上がって重い足を上げれば、ずっしりとした正装が体から剥がされた。

 体重さえ気にならなくなるほど身軽になり、椅子に腰かけなおして呻きながら肩や足を回し、みしみしと鳴る体をほぐす。


 冬も近いというのに、緊張のせいかじっとりと汗をかいていたようだ。汗を吸った肌着一枚では少し寒く、腕をさすっているとふわりとブランケットが肩にかけられる。


「レベッカ様、着替えのドレスをご用意致します。その中よりお選びください」


 微笑んだヴェロニカに、ええとだけ返し四着ほどドレスが並べられる。


 桃、青、紫、と右から順に並べられ、最後に並んだドレスは、雲のような白。今までヴェロニカが選ぶことがなかった白色に、私は首を傾げた。


「ロニー、どうして白を選んだの? 今まで白いものを着たことがないわ、私」

「ええ、ヴェロニカも選んで参りませんでした。ですが、レベッカ様の明かるい黄金こがね色のおぐしには、白がぴったりでございます」


 目をきらきらと輝かせながら語ったヴェロニカは、これを選べと言わんばかりにずいっと白いドレスを私へ押し出す。


 その圧に押された私は、戸惑いながらも人生で初めて白いものを身に着けた。ヴェロニカは楽しそうに着付けていくが、ドレスの袖から覗く自分の白い肌が、桃色がかって見えるほどだ。


 落ち着かないわ。……お父様は、似合うとおっしゃってくださるかしら。


 正装した姿を見たのは父以外の親族たちだが、誰も似合うと言ってはくれなかった。唯一口に出してくれたのはヴェロニカだけ。


 明日、私の肖像画を描かせに来させるらしい。その絵描きは手を揉んで、私を褒めそやすのだろうか。


 その絵を見た父は、何と言うのだろうか。


 聖堂で祖父に言われた言葉が頭から離れず、親族たちの目の色を思い出し胸が苦しい。

 父は今までに、私を否定したことがない。怒られたことはあっても、放っておかれたりしたことはない。


 わかっている。否定などせず、きっと似合うと言ってくれる、そう心の奥で理解している。

 だが、そうではないかもしれないと、怯えている別の私が囁く。父の愛を疑うような考えを払拭できない、こんな私ではますます失望されるかもしれない。


「……様、レベッカ様」


 聞こえたヴェロニカの声に、知らぬ間に考え込んでしまっていたと気付く。いつの間にか姿見が目の前に置かれ、自分の姿が目に入る。


 裾の方からたくさんの白い花の刺繍が刺してあり、散りばめられた小さな宝石が光を反射して、まるで朝露に濡れているようだ。


 結っていた髪をおろし、ティアラの位置が変わっている。イヤリングやネックレスも外され、ドレスと同じ刺繍のチョーカーを付けている。


 とても綺麗、こんなドレスは初めて見たわ。


 ふんわりとした布で作られているのか、見た目より重量があるようには感じない。


 だが、やはり自分の肌や髪色が浮いているように見え、これで民たちへ花を配りに行くことが不安になる。


「たいへんお似合いでございます。やはりヴェロニカの目は間違っておりませんでした」

「そう? 王女になったというのに子どもっぽくないかしら、それに肌の色が浮いているように見えるの」


 体をひねり後ろ姿も見てみるが、どうも幼く見えてしまう。ドレスは素敵なのに、それを着る私がドレスを邪魔しているようだ。


 眉尻が勝手に下がり、泣き出しそうな顔の自分が姿見に映り、ますます子どものように見える。これでは父に会いに行けない、こんな姿を見せられない。


 すぐ後ろにいたヴェロニカが椅子を持ってくる、それは座れという合図だ。

 だが、どうにも落ち着かなくて、立ったまま自分の姿を何度も確認する。こんなにも自信を無くしたのは初めてだ、ヴェロニカの言葉さえ素直に受け取れなくなっている。


「レベッカ様、靴を履いておりません。王女が裸足では笑われてしまいますよ」


 そう言われてしぶしぶ座った私に、ヴェロニカはゆっくりと一足ずつ靴を履かせる。


「レベッカ様は、どんな女性が美しいと思われますか」


 質問を投げかけられ、少し面食らったがすぐに母のように、たおやかな人だと答える。


「そうです、一般的に顔の良し悪しよりも気品があるほうが良いとされています。ですが、気品とはどこから出てくるかお分かりですか」


 続けざまに質問をされ、私は言葉に詰まってしまう。々しさや、知慮に富む人などが当てはまるのだろうか。

 うんうんと頭を抱える私の足を撫で、ヴェロニカは微笑んだ。


「ヴェロニカも正解はわかりません。ですが、質もかかとも高い靴を履きこなす自信あふれる女性が、ヴェロニカは美しいと思うのです」


 ヴェロニカが私に履かせた靴は、髪色と同じような黄色の布に高いかかとが付いている。これを履きこなし堂々と歩くことができれば、私も母のように美しいと思われるというわけだ。


 正装のときに履いていたヒールと同じくらい高いかかと。靴擦れと捻挫を繰り返すほど、歩く練習をした私に履けない靴ではない。


「わかったわ、ロニー。花の準備を」

「かしこまりました、レベッカ様」


 椅子から立ち上がった私に、粛然と頭を下げるヴェロニカ。

 うわべだけの慰めではなく、私の不安を一蹴することもない。


 優しいだけでなく、私の扱いをわかっているもう一人の母に付き添われ、大きな城の門をくぐった。

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