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イエローマダー  作者: 沖 晶
第一章
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第五話 「違和感」

 朝食を終え、正装へと着替えるための部屋へ入る。


 ヴェロニカが扉を開け、すでに待っていた三人ほどの侍女の元へ歩く。三人は失礼しますと言って、早々に私のドレスを脱がせた。


 無理もない。正装はただのドレスとは違い、重たく着せづらい。それだけ時間もかかり、侍女も私も気力が削がれる。


 私にぴったりと合うように修繕するために着せられたときは、内側の布を踏んづけてよろけたり、腕を通した袖すらも宝石やらで重たいうえに、腕を上げていなければならなくて本当につらかった。


 開いている背中の部分から足を通し、次に腕を通す。


 私の体に合うようになって少しはましになったが、それでもやはり重たく感じる。


 開いている背中に紐を通し、編み上げるように腰から引き絞っていく。ぎゅっと力強く締め上げられ、先ほど食べた朝食がこみ上げてきそうになった。


 唾を飲み込んでやり過ごすが、吸い込む息の量がとても少なく肩も上がらない。まだ上に来るのかと、嫌になりそうな気分に苛まれる。


 終わりましたと声をかけられ、深呼吸もできない圧迫感に細くため息をつく。


「レベッカ様、よくお似合いです」

「ありがとう、ロニー」


 少し汗の滲んだ額を拭いながら、ヴェロニカが私へ微笑む。ヴェロニカ以外の侍女は私へ頭を下げて部屋を出ていった。

 それを見送りながら椅子へ腰かけ、正装と同じような装飾のヒールをヴェロニカに履かされる。


 椅子に座る私の前に姿見を持ってきて、いかがですかと問われた。


 そこには凛と背筋よく座る私が映っている。廊下にある成人した母の肖像画と、瓜二つの私。


 夜に見れば黒色と見間違えてしまいそうなほど深い緑の布地に、小さく白い宝石が裾に向かって大量に縫い付けられ、胸の中心には同じ布で作られたリボンがある。


 手の甲を覆うように三角形になった先端を中指に留め、両手の小指にはゴールドのリングをつける。

 白い肌に異様に光るリングに少し違和感を覚えるが、そんなところも肖像画の中の母に思ったことと同じだった。


「驚いたわ。私、お母様にそっくりね。……なにか違う気もするけれど」

「本当に生き写しのようです。レベッカ様が感じていらっしゃる違和感の正体は、きっとティアラですね」


 そう言われて気づく。そうだ、確かに絵の中の母はティアラとジュエリーをつけていた。イアリングやネックレスもしていないが、これからヴェロニカが選ぶのだろうか。


 そう疑問に思っていたとき、扉が控えめにノックされる。


 こんなときに、いったい誰?


 扉の先には、母がいた。


 目を見開いて驚く私に微笑む母が、薄い箱を持って私の目の前までやってくる。はっとして立ち上がろうとするも、それを母が手で制した。


「お母様、どうしてこちらに? お母様も忙しいでしょう、お爺様の側にいなくて良いのですか」

「今はいいの。愛しい娘に贈り物をするためだから」


 心配したが、許可をもらっているらしいとわかった。続いた母からの、贈り物という言葉に私はいつになく緊張する。


 今まで父にプレゼントをもらったことはあっても、母からは一度もない。


 時期女王として生きている母が、私に割く時間は少なくたまにすれ違うくらいだ。


 プレゼントではなく、私の自室へ足を運んでくださった母と少しだけ話する。それが私が小さかった頃の、母と過ごした誕生日の思い出。


 あの時間がとても嬉しかった、大好きだった。けれど、それもここ数年はしていない。


 そんな母からの贈り物に、喜んでいいのかと私は冷や汗をかく。

 強張った顔のまま母が差しだした薄い箱を受け取り、私は母を見上げる。微笑んだ母はうんと頷き、私はおそるおそる箱を開けた。


 布張りの箱の中に入っていたのは、あの肖像画の中で母がつけていたジュエリー。窓から差し込む太陽の光に照らされ、きらきらと輝く様はため息が出るほどだ。


「これは代々リベル家の女子が使うものでね、成人のお披露目と結婚式のときだけにつけるものよ」


 だからわざわざ渡しに来てくれたのか。もう母が使うことはなく、今日から私が持つべきものになる。

 母と、そしてその母たちもつけてきた伝統の品々に、指先で少しだけ触れた。


「綺麗……」

「ええ、ほんとうに。なんでも、遠い昔の女王が愛した宝石でね。貝が愛するように腹の中で育てたもの、らしいわ」

「では、鉱石ではないのですか? こんなにも大きく丸いものが貝の中で育つなんて、驚きです」


 感嘆の声をあげ、貝の愛した子をまじまじと見つめる。薄く桃色がかったそれは不透明で、小さいへこみがあるものもちらほら見受けられた。


 それはまるで、ひとりひとり違っていて同じ人がいない、人間のようで。


 首の後ろから前にかけて大きい粒になっていくネックレス。三つほど連なって垂れ下がったイヤリング。


 そのどちらもひび一つ入っておらず、大切に扱われてきたのだとわかる。その重みと伝統を受け継げるようになろう、そう考えさせられる。


 イヤリングを持ち上げて、揺れる粒たちを眺めた。ふわりと母が私の手からイヤリングを受け取り、つけてあげるからと横を向くように言う。


「ありがとうございます、お母様。私、お母様の誇りとなれているでしょうか」

「なにを言うの」


 目の前で身を屈めた母に問えば、笑みを含んだ声で母が応える。少し呆れたような、不思議に思うような言い方だ。質問を間違えたのかと口を結ぶ。


 私の後ろへ回り、母がネックレスを首にかけ留め具をひっかけている。その様子を姿見の中で、不安げな顔になって見つめている私が映っていた。


 私の頬を手の甲でさらりと撫で、一層愛しそうに優しく微笑んだ。


「レベッカ、あなたを愛しているわ」


 短く、けれども力強い母の言葉。横にいる母を振り返り、その瞳に映っている私の顔はなんだか泣きそうだ。


 ずずと後ろから鼻をすする音が聞こえ、そちらを見やればヴェロニカが号泣していた。ぎょっとしてどうしたのと声をかける。


「レベッカ様の成長が嬉しく、親子の愛に感激から泣けてきてしまったのです」


 お見苦しいものを、と言いごしごしと袖で顔を拭うヴェロニカに、私と母との笑い声が重なる。

 涙を拭いたヴェロニカも笑い出し、ひとしきり笑ったあとに母は後でね、と言って出ていってしまった。


 少し寂しいけれど、幸せで満ち足りた気分だわ。


 母が出ていった扉を見つめ、時間を割いてくれたことがとても嬉しく、幸せなのだと久しぶりに感じた私は、枯れかけた心の庭に水やりができた気分だった。


 急に慌てた様子でヴェロニカが正装の中で帽子が足りないと、真っ青になって帽子が入った箱を探し出している。壁や床まで撫でまわしているヴェロニカが面白くて、気づかれないように小さく笑う。


 ヴェロニカが見つけるまでにまだ時間がかかりそうだと、母から譲り受けた空のジュエリー箱を眺めた。

 角の布が少しはげ、内側の木が見えてしまっている。赤子だけでなく、それを包む母も大切にしていかねばと、少しくたびれている箱を撫でた。


 しゃら。


 勢いよく右側を振り返った。


 ここは地上より高い部屋、青々とした山が見える窓があるだけでそこには何もない。


 誰かにイヤリングを触られた……?


 耳たぶに挟んだイヤリングが小さく爪弾かれたように揺れたのだ、気のせいや勘違いではない。


 自分でも人差し指で揺らしてみる。しゃらしゃらと同じような音が耳元で聞こえ、耳たぶに伝わる感覚も同じだ。


 確かめて気づく。では、誰がイヤリングに? 何のために?


 腹の中にぞわぞわと恐怖が蠢き、手足の先から寒気が上ってくる感覚に、私はいつの間にか呼吸を荒げ身震いしていた。


「レベッカ様、お待たせいたしました」


 嬉しそうなヴェロニカの声に体の震えが止まり、ふっふっと短く息を吐く。小走りで近づくヴェロニカに悟られないよう、私は何食わぬ顔で見つかったのねと微笑む。


 丸い筒のような箱から出てきた帽子は、顔を覆うようなチュールの付いたトークハット。正装の修繕をしたときに頭の大きさ、顔の縦幅まで測られたのはこのためだったらしい。


 先ほどまでの恐怖は腹の底へ消えてしまい、寒気でかじかんだ指先もなんともない。


 なんてことはないわ、大丈夫よ。


 そんな風に言い聞かせているうちに、素早い手つきでヴェロニカに帽子を頭へ乗せられていた。


 全ての用意が整い、ヴェロニカが扉を開けて待っている。


 今日までの子どもだった私と別れを告げ、王族の一員として認められる日。

 どんなことがあってもリベル家の名に恥じぬよう生きて死ぬ、それをお爺様と今までの王に誓うのだ。


 神の血筋であるリベル家の子孫として。

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