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イエローマダー  作者: 沖 晶
第一章
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第四話 「レベッカ」

 十四歳の誕生日。

 それは成人として民にお披露目をする日でもある。


「レベッカ様、おはようございます。ささ、こちらへ」


 侍女であるヴェロニカに促されるまま鏡台の前へ座り、横幅のあるブラシを少しずつ丁寧に動かして、私の髪をゆっくりと整えていく。

 少しぼやけていた頭が覚醒していくのを感じながら、ヴェロニカの楽しそうな顔を鏡越しに見つめた。


 少し、老いたわね。


 私が母から生まれ落ちた日から、今日で十四年。肌寒くなり冬が近づく季節に生まれ、周りの赤ん坊よりも小さかった私を、母と二人で必死に育てたヴェロニカ。

 そんなヴェロニカを侍女というより、私はもう一人の母のように思っている。


「レベッカ様が成人なされて、このヴェロニカは大変嬉しゅうございます」

「なにを言ってるのよロニー。明日から雇うのをやめるとでも言われたの?」

「いえ、ただ口にしたくなったのでございます」


 まるで花を愛でるように微笑みながら髪を結うヴェロニカに、くすくすと笑いながら冗談を言う。

 鏡台の中で目が合うことはなく、手を動かし続けるヴェロニカの顔は、優しい母そのもの。


 実際に母に髪を結われたことはないが、穏やかな母が結ってくれるときは、ヴェロニカと同じような顔をするのだろうか。


 この国の王である祖父、そしてその娘である母。


 祖父の次は直系である母が女王になる。そんな位の高い母に話しかけることは、実の娘であっても難しい。

 祖父の補佐として、後継者として学ぶことの多い母との記憶はあまり多くない。


 だが、記憶の中の母に言われた言葉を、いつも心に留めている。


「本日はエルドリッジ様より、レベッカ様にと預かっているものがございます」

「お父様から?」


 化粧筆に頬を撫でられながら、父からの贈り物に胸を弾ませる。腰を下ろしているところを見ない母とは違い、城にいないことさえある父は何かと私を気にかけてくれた。


 どこで仕入れてきたかわからない、嘘のようなおとぎ話。

 魔よけにいいそうだと渡された、不気味なお面。

 私の瞳だと感じて買ってきてくれた、エメラルドのブローチ。

 流行りの靴職人を連れてきて、細かく採寸された数日後にもらったブーツのことも、よく覚えている。


 父にもらったものはそれだけではない。


 父の笑顔が、私にとっては何よりのプレゼントだった。


 母に甘えることができない私にとって、心の拠りどころとなるもう一人の人物。私に会いに来る日はいつも突然で、その驚きも私には喜びも一入ひとしおだった。


 贈り物だけで本人は姿を見せないが、父もお披露目のために準備をしている。ならばとヴェロニカに預けたのだろう。


 薄い化粧を仕上げたヴェロニカは入り口へと向かい、扉の向こうに置いておいたのか、すぐに大きな箱を持って部屋へ戻ってきた。


「まぁ。そんなに大きいものは初めてね、何かしら」


 小躍りしたくなるような気持ちを抑え込み、椅子に腰かけたままヴェロニカが中身を見せてくれるのを待つ。


 木箱の蓋をゆっくりと倒し、プレゼントをヴェロニカがゆったりと持ち上げた。


 それは上等な革でできた四角い何かだった。取っ手のようなものをヴェロニカは掴んだまま、手紙が入っていると言う。

 そばへ行き手紙を受け取り、ベッキーへと書かれた白い封筒を見つめる。


 お父様からの手紙なんて初めてだわ。


 今まで数えきれないほどのプレゼントをもらったが、手紙が添えられたことはない。

 だが、私をレベッカでなくベッキーと愛称で呼ぶのは父だけだ。これを書いた者は間違いなく父だろう。


 なぜか、少し胸騒ぎがする。言いようのない不安感が、腹の中に溜まっていく感覚に眉根を寄せさせる。


「レベッカ様、ヴェロニカは朝食の用意を料理人に確認してまいります。ゆっくりとお手紙をお読みください」


 手紙を見つめる私に何を思ったか、ヴェロニカは私を一人にしてそそくさと部屋を出ていった。


 手紙を読むのを躊躇していたが、ヴェロニカに言われた通り読むことにする。誕生日だと言っても、ゆっくりとそれを楽しんでいる暇はないのだ。


 成人のお披露目が終われば、今日のために来られた親族たちへ挨拶に回り、お色直しをしたあとに集まった民衆たちへ、私自ら花を配らなければならない。


 今日だけは、私も母と同じように腰を下ろす暇はない。疲れてベッドへ倒れこんでしまう前に、ゆっくりと手紙を読む余裕はきっとないだろう。


 手紙の裏にある封蝋の上を少しだけ破り、二つに折られた便箋を開いて目を通していく。



 ベッキー、成人おめでとう。私もお前の成長を嬉しく思うよ。

 残念なことに父は今日、お前に会いに行けないんだ。私は婿養子であり、リベル家の血筋ではないからね。

 今日は親族たちへ挨拶に回るだろう。だが、そのときも私はいない。私に会えるのはお前が花を民たちへ渡すときだ。

 私の出自は栗毛ブルネット、いわゆる平民だ。だが、生まれたときに髪が今と同じように白に近い金色だった。

 だからお前の母と結婚することになったんだよ。

 美人で頭の良いお前の母は、私に優しくしてくれた。今は忙しいようだが、きっとお前のことを愛しているからね。

 なに、私もお前のことを愛している。私に花を渡してくれるときに、私からも花を贈るよ。

 期待していてくれ。お前に似合う、世界一の花だ。



 少し癖のある横に倒れた字で、便箋を丁寧に埋められた文章。少しおどけた口調の父が書いたものとは思えないほど、優しい言葉たち。


「お父様……」


 私も愛していると心の中で父へ投げかけ、便箋をそっと胸へ当てる。大好きな父からの、思わぬ手紙が一番のプレゼントだ。

 すぐに会えないのは寂しいけれど、今日の内に会うことはできる。


 ゆったりと、角が丸まったりなどしないように封筒へ入れ直し、父のくれたオルゴールボックスを開ける。


 あのエメラルドのブローチが入っている引き出しを開き、手紙をしまってブローチを少し撫でてから引き出しを閉じた。


「レベッカ様、朝食の準備が整いました。お召し物を」

「ええ」


 ヴェロニカが選んだドレスに着替え、誰とすれ違っても恥ずかしくないように背筋を正して部屋を出た。

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