第一話
はらはらと降る雪の朝は、雲に覆われどんよりと薄暗い。足首まである白い絨毯を踏みつぶし、少しの間目を凝らす。風のない森の中で木々たちは息をひそめ、なんの音も聞こえない。
「仕方ない」
このままでは埒が明かない。少し歩いた先にある、今にも抱えきれなくなった雪を落としそうな木に近づき、ふんと力を入れて蹴りつけた。
どんという木が揺れた音と共に落ちてきた、分厚い雪をひょいとかわして見落としがないように左右に頭を振る。
見つけた。
白い雪の中でわずかに動いた尻尾の位置を覚え、位置を悟られないようすり足で近づいていく。進んでは止まり、ゆっくりと獲物へ近づいていくが、向こうも警戒しているようだ。
きょろきょろと左右を見回しては、雪の中へ鼻を突っ込む。餌を求めているが、それよりも命を危機を感じ取っている、そんな動物は狙いにくい。
少し離れているが問題ないだろう。
獲物の斜め後ろでしゃがみ込み、左手に持った短弓の弦に箙から取り出した矢をかける。矢をかけた右手を胸に引きつければ、弦がぎぎと唸った。
その音が聞こえたか否か、獲物が雪の中から顔を出してじっと前を見据えている。
この好機を逃さないように矢を放ち、悲鳴のような鳴き声をあげた獲物はぴくりとも動かなくなった。
「これで三匹。食うには困らないな」
大きく息を吸って集中していた体をほぐし、仕留めた獲物へと近づく。雪が長く続けばそれだけ獲物も少なくなり、今度はこちらの命が危うくなる。先日が一匹、その前の日が五匹だったが、今日の三匹で二月は安心できる量になった。
雪と同化してしまうような白い獲物は、近くで見れば大きな狐だった。運よく頭に当たったようで、雪に惑わされずに当てられたことが自分でも嬉しくなる。
「さっさと血抜きをするか」
冬の温度で腐りにくいとはいえ、血抜きをしなければ臭くて食えたものではない。腰に差していたナイフで早速処理にかかった。
首の中心から体を割き、内臓などをその辺に放り投げて木に吊るし、滴り落ちる血の量が減ってくるまで短弓の具合を見る。
決まって獲物を仕留めた後にするこの日課のおかげで、この三年ほど弓を壊すことがなくなった。見習いの頃は力加減がうまくいかず、いくつもの弓を無駄にして叱られるのがお決まりだった。
ふっと自嘲したが、これ以上思い出さないように頭を小さく振る。吊るしていた狐を見れば、大方血が抜けきったようだ。肩にかけていた他の二匹と同じように足を糸で結び、今度は背中にかけなおす。
「帰るか。もうすぐ雪も止むだろう」
降っている雪がまばらになったのを見て、これならなんなく家へ戻れると踏んで歩きだした。
森の木には一定の間隔で目印がつけられている、獲物を追い回して帰り道がわからなくなった狩人がつけて回ったのだとか。
おかげですんなりと村の皆は帰ってくるし、幼い子どもらも迷ったことがない。
この銀世界を抜けるためには、あの目印がお守りのような存在だ。一つ、また一つと目印を通り過ぎて上へと登っていく。
三つ目を通り過ぎるあたりで、自分のものとは別の足音に気づく。この山には曰くつきの人間しか入ってこない。何者かわからない焦りに、急いで振り返り短弓を構えた。
村の人間かとも考えたが、今日は自分しか狩りに出ていないと思い出し、強く弦を引きつける。音のする方へ目を凝らし、見えたものは。
「金髪……」
質の良さそうな青いロングコート、コートに映える茶色のブーツと手に持ったトランク。その姿は少女のようだが、フードからは長い金髪がこぼれ出ている。
かっと頭に血が上り、気づけば右手から矢を放っていた。
だが、怒りで手元がぶれ命中したのは少女の隣に生えていた木。
外れたか。射ってしまえればよかったものを。
舌打ちをして、もう一度矢を弦にかける。ぎぎと唸った弦を胸へ引きつけ、今度は外さぬよう獲物を睨みつけた。
驚いている様子の少女が、木に刺さった矢から目線をこちらに向け、視線が絡み合う。
仕留めた狐のように白い肌に、色の薄いそばかす、そして翡翠色の瞳。
昔話通りの整った容姿、金持ちの服に高そうな装飾品。それらすべてに血液が沸騰しそうな憤りを感じ、むき出した歯をかみしめた。
「立ち去れ! 金髪である貴様が赤毛の地へ何用か!」
みしみしと軋むほど強く弓を握りしめ、怒りに顔を歪めたまま少女へと声を荒げる。
緊張した面持ちになった少女は、フードをおろして優美な動きでこちらへと頭を下げた。