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攫われたわたしの6日間 4

捕り物の騒ぎの中からディーナ様を連れてきたその人は、木に寄りかかり、腕を組んで、無遠慮な目でわたしを見ていた。


頬や鼻下に散らばる髭。

こんもり広がる茶色の髪。

ぼろぼろでみすぼらしい身なりは人攫いよりも浮浪者という感じ。

この小汚い中年男性は確か。

どこかの家に泊まった次の日の朝にディーナ様を連れてっちゃって、フラン様を激怒させた人。


「……右軍の副団長、様ですか?」

ディーナ様からその正体を聞いて、思わず聞き返した。

この人が実は騎士様?

さっきの黒髪の騎士様と一緒に、人攫いたちの中に紛れていた?


「奴ら、人数も拠点もやたら多くて、長年イタチごっこやってたんだ。それでもう一気に潰そうってんで、右、中央、国境騎士団で一斉に捕り物を行うことになったんだ」

「副団長ともあろう者がなぜ潜入役だったんだ?」

ディーナ様の質問に、彼は肩を竦めた。

「俺は国境軍と縁がある。連携役として適任だったし、今回どうしてもテルニア側の人間も一緒に捕まえちまいたい、ていうのがあって」

「人攫いたちの中にあって、あれこれ指示を出していたと」

「そういうこと。おかげで無事目的は果たせた。あんたらを餌にして悪かったな」

彼は軽い口調で言い、手のひらを合わせてみせた。


……餌ってなに?あんたらって!?

この副団長様とやら、汚らしいし、気安いし、無礼だし、最低な人だわ。


なのにディーナ様は、全く気分を害した様子もなく、

「任務では仕方あるまい。難しい役目だったようだが、任務達成なによりだ」

とねぎらうようなことを言った。

副団長様の髭が嬉しげに持ち上がる。

「そう言ってもらえると、頑張った甲斐があるな」

ディーナ様はふんと鼻を鳴らした。

「攫われて、誘拐犯たちの中にお前を見た時は、どうしてくれようかと思ったが」

「俺だって捕まってるあんたら見て、ひっくり返りそうになったわ」

そして二人はフッと同時に、笑みを浮かべた。

その親密な様子に、頭に岩が降ってきたような衝撃を感じた。


そうか。ディーナ様はずっと、人攫いたちの中に騎士様が潜入してることを知ってたんだわ。

いつかはちゃんと助けてもらえることもわかってた。

きっとフラン様も。

わたしだけが知らなかった。

そんなのって…。



ディーナ様と副団長様は笑みを交わし、ディーナ様はすっと白い手を差し伸ばす。

副団長様はその手に呼ばれるように、足を踏み出しかけ、ぴたりと止まった。

次の瞬間ばッと後ろに振り向くと、キン、と鋭い金属音が響き、びゅんと空気が鳴った。


「この、アホ!気配消して飛びかかってくんな。咄嗟に手加減できないぞ!」

手に剣を握った副団長様が叫んだ。

「誰が手加減しろって言った!本気でやれ。今日こそ息の根止めてやるから」

そう言いながら剣を振り下ろしたのは、騎士服を着た赤髪の……フラン様?え?


「よくも攫ってくれたな、よりにもよってサラディナーサといる時に!この誘拐魔(・・・)!」

キーンと刃がぶつかる音が木々の間に響く。

今回は(・・・)ちがーう!俺は組織の下っ端やってただけで、ターゲットがあんたなんて知らなかったんだ!」

副団長様が木の幹の裏に回るのを、フラン様が追いかけ、剣を突く。

「自分の妻も守れない大まぬけ!」

「……っ」

「大事な体を6日間も揺らして!」

「だから途中で帰そうとしたのに、拒否されたんだろうが。フランだって、どこかで逃がせたはずだろう?」

「拒否されたんだよ、サラディナーサに!」


話の内容はよくわからないけど、この二人も知り合いのようだ。

それも険悪な。

剣が鳴る。空気が鳴る。

恐ろしくて、見ていられない。


「リリアン、おいで」

ディーナ様がわたしを引き寄せてくれる。

もや〜としてた気持ちも吹き飛んで、ディーナ様の腕に縋ってしまった。

「心配するな。あれはいつもの二人の遊びだ」

いつもの遊び!?

どう見てもフラン様は殺しにかかってるけど。

「副団長様、死んじゃいません?」

さすがに目の前で人が死ぬのは嫌だ。怖い。


「大丈夫大丈夫。ああ、私としてはそろそろ、フランに1勝を上げてもらいたいものだが」

ディーナはなんでもないように笑った。

「あの男ときたら、馬鹿みたいに強いのだから」

その声に何だか嬉しそうな響きを感じて、顔を見上げる。

ディーナ様はキラキラした目で、副団長様たちの方を見ていた。

「全くあの男には困ったものだ。剣を向けられると、勝たずにはいられない」

“あの男”という言葉が、すごく親しげで、誇らしげに聞こえた。

「ディーナ様は、あの副団長様とどういう…」


その時、ドサッという重い音がした。

はっと見れば、フラン様が仰向けに倒れていて、副団長様がフランの顔の横の地面に剣を突き刺している。

「ああ、負けた!」

倒れたフラン様が叫ぶ。


「やっと終わったか」

ディーナ様はのんびり呟き、とたとたと二人の方に歩いていった。

「お前たち、手合わせはいいが、時と場合を考えろ。リリアンが怖がってるじゃないか」

「だって、フランが」

副団長様がふてくされたように言いながら、地面から抜いた剣を腰の鞘に返す。

ディーナ様は腰に手を当てた。

「だってじゃない。お前、フランの相手をする前に、自分の妻をいたわるべきではないか?」

「……ああ、本当そうだな。ごめん。体調はどうだ、サラディナーサ?」

「正直この場で倒れ込みたいほど、だるくて眠い」

「そうだよな。そうだよな。我慢させてごめん」

慌てたように言うと副団長様はディーナ様をひょいと抱え、横抱きにした。

腕に収まったディーナ様がほっと息をつくのが、わたしにもわかった。


「全くどうしようもない夫だ」

「本当に本当に無事で良かった。俺の大事な奥さん」



✼✼✼



地面から体を起こしたフラン様が吐き捨てるように言う。

「言っとくけど、この6日間、サラディナーサを守っていたのは私だからな、このろくでなしの誘拐犯!」

「……はいはい、感謝してるさ、フラン」

「世話になったな、フラン」

副団長様とディーナ様が返す。


フラン様は服の土を軽く払い、束ねた赤毛をうっとおしげに解いた。

「じゃあ私は帰る。うち(アルセイユ)の迎えが来てるからな」

「マジ?しっかり手筈整えてたんだな」

副団長様が驚いたように言うと、フラン様はふんと鼻を鳴らした。

「当たり前だ。この私が他人任せで助けを待ってるとでも?」

「さすがだ。そういうとこ、尊敬するよ」

「ふん。……じゃあな。首都に戻ったらまた息の根止めに行くから」

「頼むからせめて玄関から来てくれよー」

副団長様が疲れた声で言う。

「フラン、帰ったらお母様に“問題ありません”と伝えてくれ」

ディーナ様が副団長様の腕の中から手を振った。


フラン様は軽く片手を上げると、身を翻した。まだざわめいている捕り物の方向とは逆に走り出したと思ったら、木々の間に姿を消した。


目をぱちぱちさせて木々を見回してみるけど、本当にどこにもいない。

本当に消えたようだわ。

……帰ったの、首都に?

わたしには一言もなしに?

6日間も一緒だったのに、フラン様、薄情過ぎるわ。



✼✼✼



お父様やお兄様、おば様たちが暮らす厳ついお城がガルーシア城。

ガルシャ領を守る国境軍の拠点でもある。

わたしは5歳までここで暮らしていたから、馬車の窓から城壁が見えてきた時には、そうそうこんなところだったわ、と懐かしい気持ちになった。


わたしの前の座席には、副団長様とそのお膝で眠ってしまったディーナ様がいる。

汚らしい中年男が眠れる美女といった風情のディーナ様を抱いているのは、見てて不快でムカムカして、離れて!と叫びたくなる。

けどこの二人は夫婦。

……本当に?本当にこんなつり合わない二人が夫婦なの?

わたし何か聞き間違えたんじゃないかしら。


ガルーシア城に入った馬車に走り寄ってきたのは、顔の記憶もおぼろだったお父様。

まさか、城主であるお父様がここまで出迎えて下さるなんて、意外にわたし愛されているのね…。

なんて思っていたら、お父様はわたしを視界にも入れず、副団長様にしきりに話しかけ、馬車から降りた彼と一緒にお城に入っていった。


……ちょっと?

まさかと思うけど、わたしが馬車にいることに誰も気づいていない?

呆然として座ったままでいると、馬車を片付けようとした御者に“なんでまだここに?”とびっくりされた。


──数刻後。

「いやあ、リリアン。なんと大きくなったものだ。まるで別人のようで、全然わからなかったぞ。アハハアハハ」

やっぱり娘に全然気づいてなかったお父様は早口でそう言い、誤魔化すように笑った。

「聞いていたよ。大変だったみたいじゃないか。無事でなによりだ。ヴィレミナにもすぐに無事を知らせる馬を走らせるからな」

ヴィレミナというのはお母様のお名前。

ああ、どんなに心配してるかしら、お母様。


「リリアンはしばらくこの城に滞在し、心と体を休めてから、首都に戻りなさい」

「はい、ありがとうございます。お父様。それで一緒に来たお二人は……」

「奥方が体調を崩されているというので、止まり木をお貸しした。しばらくの間この城に滞在されるだろう」

今、お父様が奥方って言ったわ。

ああ、やっぱりディーナ様はあの副団長様の奥方なんだわ。


「高貴な方を準備もなしにお迎えすることになって、今、城中が大わらわだ。

リリアンには少し不便をかけるかもしれん」

「それほどに高貴な方なのですか?」

あの汚らしい副団長様が?へえ?

お父様はちょっと興奮したように言った。

「当然ではないか。降嫁され身分は伯爵夫人となられても、高貴な血は消えない」

「……はい?降嫁って」

「それに、我が国唯一の土地を与えられた女性であり、いくつもの事業や組織を抱える女主人。女王の代理人とも呼ばれる御方だ。ただの伯爵夫人とは扱えまい。これほど異例尽くしの御方をどうもてなしたものか。ああ、ガルシャは噂どおりの野蛮な地でまともなもてなしもできない、なんて言われた日には……っ」

途中からさっぱり話についていけなくて、ぼぅとしてしまう。

「あのあの、それはディーナ様のお話です?」

「は?ディーナ様?ああ、なるほど。高貴な方の長い尊名は、気安く呼ぶべきではないからな」

「……尊名っていうのは、」

「ああ、リリアン。あの御方の前では畏まって頭を低くするのだぞ。そなたの名誉はあの御方のおかげで守られたのだから。……ああ、元からリリアンの頭は低いか、アハハ」

「あの、ディーナ様は…」

「決して決して決して無礼はならんぞ。その上でこの機会に出来る限り親しくなっておくといい。こうしてせっかく奇遇な縁ができたのだから。誘拐されるのも悪いことばかりではないな。アハハハ」


……お父様と会話が出来てる気がしない。

お母様が“リリアンが人の話を聞かないのはお父様に似たのね!”て言ってたのが、少しわかった気がするわ。


……じゃなくて。

ディーナ様は降嫁なさった伯爵夫人?

降嫁ってことは、元々は王女様?

わたしだって首都で暮らしてたんだから、女王陛下の愛娘である王女様が数年前に降嫁された噂くらい知ってる。

その噂の元王女様というのは、もちろん月の姫のことだけど……。

は?どういうこと?


「奥方だけでなくな、ヴァン殿もこのガルシャの英雄であるからして……。リリアン?リリアン?話を聞いているのか?

……聞いてないな?うーむ。ヴィレミナが言ってた、リリアンが人の話を聞かない、というのはこういうことか」

お父様の声は遠くから響き、耳を通らず消えていった。



✼✼✼



ちょっとお熱を出してしまった。

わたし、思ってたより疲れてたのかも。

おば様が、わたしのベッドの横に付き添い、6日間にあったいろんなことのお話を聞いてくれた。

おば様は、お父様のお姉様だけど、雰囲気はお母様に似てる。

じっとお話を聞いてくれて、時々、それはこういうことね、と教えてくれる。

それで、わたしはすっかりいろんなことを知ったの。


例えばディーナ様が、わたしが気づいていた以上に、いろいろ助けていてくれたこと。

フラン様が実は、一部では有名な“女性衛兵”だってこと。

それから、人攫いの中に騎士様がいた事を教えてもらえなかったのは当然だってこと。

“子どもに教えられる訳がないでしょう。

下手に知って、何かのはずみで、あ、騎士様、なんて言ってしまったら、全てが駄目になってしまうわ”

と言われて、勢いで口から言葉が出てしまう自覚のあるわたしは納得した。


あと他に、すごく悲しい事実も知ったわ。

物語は物語なんだって。




ディーナ様が滞在しているお部屋を訪ねることができたのは、この城に帰って5日目。

お部屋の長椅子の上、クッションに埋もれてひざ掛けをかけてディーナ様は座っていた。

……フラン様に世話されていた荷台でのディーナ様を思い出すわ。


まずは、とわたしはディーナ様の足元に跪いた。

「あの、ディーナ様、じゃなくてサラディナーサ様。ありがとうございました!」

「おや、どうした?何の礼だ?」

顔を覗き込まれてドキッとしたけど、頑張って5日間でまとめた言葉を言う。

「あの。わたしここに帰ってから、攫われてた時のことを思い出したり、おば様にお話を聞いてもらったりしたのですけど」

「うん」

「あの、ディーナ様がすごくわたしに気を配って、いろんなこと言ってくれてたんだってわかったんです」

「……うん」

「それに、馬車にあったクッションとか毛布とか、あと途中で泊まったどこかのおうちも。

ディーナ様の為に騎士様たちが用意したものだったんじゃないか、ておば様が言ってて。なのにわたし普通に使ってて」

ディーナ様は否定せず、ただふっと笑った。

「そんなこと、気にするな」


ああ、やっぱりそうだったんだ。

つまり、ディーナ様がいなければ、馬車には木箱もクッションも水もなくて、6日間荷台に閉じ込められっぱなしだったかもしれない、てこと。

そしてもちろん、そこには優しい気遣いのおしゃべり相手もいない。

想像するとぞおっと胸が冷たくなる。


人攫いに合いはしたけど、ディーナ様が一緒だったわたしはとんでもなく幸運だったんだわ。

……ああ、違う。もしかするとそれはただの幸運ではなくて。

「あの、副団長様やフラン様がディーナ様を途中で逃がそうとしたけど、拒否されたって言ってたじゃないですか。

それもしかして、わたしの為ですか?」

ディーナ様は曖昧に微笑んで、

「もういいから立ちなさい」

わたしの手を引いて長椅子の横に座らせてくれた。

そしてわたしの手を優しく撫でる。

「リリアン。何にも礼など言う必要はない。私がリリアンと一緒にいたかっただけなんだから」

胸がじーんとした。

ディーナ様が言うのはいつもいつも、優しくて、気遣い溢れる言葉ばかり。

だから、わたしはなんにも気づけなかった。


「でも。ディーナ様は妊娠されてませんか?」

ディーナ様はちょっと目を見張り、それから苦笑した。

「それもリリアンのおば様が?出産経験者にはわかってしまうものだね」

認めた!

「やっぱり!じゃあ、お体を悪くしてるというのは」

「体を悪くしてた訳じゃないよ。ただ、妊娠してからひどくだるくて眠い日が続いていて。リリアンにも面倒かけたな」


面倒かけたのはわたしです、ごめんなさい!と言いたくなった。

フラン様の過剰なお世話も。

副団長様があれこれ用意したり、大事そうに横抱きして運んでたのも。

全部、ディーナ様が妊娠してたから!

みんな、心配で仕方なかったはずだわ。

わたしだって女王陛下の血を引く子が産まれることの重大さはわかるもの。

なのにディーナ様はわたしの為に、わたしの側にいてくれたんだ。

こんなすごいことに、どうお礼を言ったらいいのかしら。

わたしが言葉を探していると、ディーナ様は目を伏せた。


「私はリリアンに謝らないといけないことがいくつもある。例えば……“星の騎士と月の姫”のこととか……」

わたしはパチンと手を叩く。

「そうでした!ディーナ様は本当の月の姫だったんですね。びっくりしちゃいました!」

「ああ、リリアン。もう聞いているのだな」

ディーナ様はホッと肩を落とした。

「はい!ディーナ様は元王女様で、月の姫のモデルになった方だって!それを聞いて、なるほどって思いました。だってディーナ様はあの時、本当に月の姫みたいに見えたから」

「そ、そうか。いや、無責任にリリアンを煽ってしまったことを後悔していたんだ」

「後悔なんて!わたし、月の姫ご本人に正しい月の姫の姿を教えてもらったこと、一生忘れません!」

ディーナ様はちょっと引きつった顔で頷くと、

「では、夫を呼んでもいいか?」と尋ねた。


ああ、そうだわ。忘れてたけど、あの小汚い副団長様=ディーナ様の旦那様も一緒だったのだわ。

「ヴァン、来てもいいぞ」

ディーナ様の呼びかけで仕切りの向こうから出てきた男性を見て、わたしはきょとんとした。

副団長様が出てくると思ったら、姿を見せたのは柔和な顔をした若い男性。

栗色の髪をひとつにくくり、紺一色のさっぱりした服を着ている。うちの家人かしら?


「ディーナ様。どなたですか?」

わたしの質問に男性はのけぞり、ディーナ様は吹き出した。

「そ、そうか。わからないか。無理もない。あの時はひどい格好をしていたからな。

……あー、紹介しよう。私の夫、ダーラ伯爵ヴァンだ」

「ええええ!?」

これがあの副団長様?

あの髭を剃って?髪を整えて?服を替えたらこうなるっていうの?


「あー、リリアン嬢。先日は失礼した。サラディナーサの夫のヴァンだ」

人の良さそうな顔で挨拶される。

あんまりの驚きにその顔をじぃと凝視してしまった。

そしてはっとして目をそらす。


いいえ、見た目だけ整えたって、中身が違う訳でもないし。

それにさっぱり清潔っぽくしてても、見目はすごく普通だし。

やっぱりディーナ様の横には合わないわ。


「……ガルーシアの娘、リリアンです。先日は助けてくれてありがとうございました」

一応淑女として恥ずかしくないお礼だけを言う。

「いやいや。6日間も不自由を強いて申し訳なかった。ずっと謝りたいと思ってたんだ」

そんなこと言われてもなんて返せばいいかわからない。

国の大事で、騎士の任務だったのだから理解しなさい、とおば様には何度も言われている。

「別に気にしてませんけど」

「あのな、リリアン。ヴァンは…」

ディーナ様が取りなすように言うので、わたしは本当に気にしてない、と笑顔を作ってディーナ様を見た。


「……あの、ディーナ様の旦那様は英雄ヴァン様と同じ名前なんですね」

「……うん?」

「よくあるお名前なんでしょうか。わたしの回りにはいないんですけど」

「……リリアン?ええっと。私が元王女で、その、月の姫のモデルだと聞いたんだったな?」

「はい」

「ああ…、それで、その夫は…」

「おば様が言ってました。物語っていうのは、現実を少し美しくしたものなんだって。だから、月の姫が星の騎士と結ばれましたっていうのは。えっと、なんて言うんでしたっけ、そう。夢物語、なんですよね……」


「………」

「………」

ディーナ様と旦那様は目を見合わせ、こそこそと言い合った。

「お前があんなひどい格好で、子どもの夢を壊すから……」

「俺が悪いの?はいはい、どうせ俺は美しい月の姫の隣には不相応ですー」

「拗ねてる場合か。お前、どうにかリリアンの心をほぐせ。私たちはここに世話になってる身なんだからな」

「えー。無理じゃない?どうやったって俺、星の騎士とかガラじゃないし。あー、本当迷惑な妄想物語だよなー。どこ行ってもからかわれるし、うんざりだ」


お二人のこそこそ声は、こんなに近くにいるのに全然聞こえない。

これっぽっちも、まーったく聞こえない。

わたしは顔をそむけ、耳に指をつめた。


絶対絶対。

この人が星の騎士様だなんて、絶対に!

わたしは認めないんだから!

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