攫われたわたしの6日間 1
本編3年後くらい?
お母様、わたし、誘拐されちゃったみたい。
人攫いたちはわたしたちを国境に連れて行って、敵国に売るつもりらしいわ。
どうしよう?お母様。
誘拐されたら、どうしたらいいの?
とりあえず、かわいそうな感じで泣いてみる?
ダメ元で“誰か助けて!”て叫んでみる?
それとも…
馬車の中ですることもなくて暇だから、お昼寝でもしちゃう?
どれもちょっとみっともないわよね。
やっぱりここは、行儀よく、品のある感じで座って、騎士様の助けを待つのが正解よね?
そして騎士様が現れた時には優雅に微笑んで、こう言うの。
“貴方がいらっしゃるのがわかっておりましたから、怖くはございませんでしたわ”って。
どう思う?お母様。
箱馬車っていうのかしら、荷馬車っていうのかしら。
屋根まである馬車の荷台に、攫われ仲間であるわたしたち三人は閉じ込められている。
時折、人攫いたちが御者の覗き窓から覗き込んでわたしたちがちゃんと生きているか確認したり、パンとかを投げ込んできたりする。
それを食べる以外は、特にすることもない。
ひたすら揺られて、運ばれる。
毛布に包まり、クッションを占領してすやすや眠っていたディーナ様が、目を開けて長いまつげをぱちぱちさせた。
「ん…私はまた眠っていたな…」
ええ、本日二度目のお昼寝でした。
この揺れる馬車の中で、よくそんなに眠れるものだわ。
「いいんだよ。こんな車の中じゃすることもないんだから。寝てるのが正確だ」
フランシーヌ様ことフラン様がそう言いながら、ディーナ様の背中に手を当てて、体を起こすのを手伝う。
クッションを整えてディーナ様を良い具合に寄りかからせてから、荷台の端に置いてある樽のところへ行って、コップに水を入れた。
「ほら、お水飲んで」
「ん」
ディーナ様は差し出されたコップを気だるげに受け取り、4、5口飲んでコップをフラン様に返した。
「もういい」
「水分は多めにとった方がいいんだぞ」
フラン様はそう言いながら、残りを自分で飲み干す。
わたしは細長い木箱に座って、呆れたような、もやもやしたような気持ちで、ディーナ様とフラン様のお二人を見ていた。
…だって他に視線を向けるところがないんだもん。
昨日聞いた自己紹介によると、お二人は幼なじみの友人同士なんだって。
けど、どっちかと言うと主と従者じゃない?
それとも過保護な乳母と幼子かしら?病人と介護人?
お二人とも、刺繍が美しいひらひらした布を重ねた衣装を着ていて、それだけ見るとどこか良い家の御婦人方だと思う。
けれど言葉使いは男の人みたいで乱暴だし、ひとりは寝てばかり、ひとりはひたすらお世話。
一体どういう方たちなのかさっぱりわからない。
ぼんやりとお二人を見ているわたしにディーナ様が声をかけてくる。
「リリアンは喉が乾かないか?お水を飲む?」
「…いいえ、大丈夫です」
「そう?」
ディーナ様は毛布を体に巻き付けたまま、わたしの横に移動してきて、わたしの顔を覗き込んだ。
ちょっと見たことのないくらい綺麗なお顔が間近に来て、わたしはびくりとした。
綺麗なだけじゃなくて、どことなく迫力があるのよ、ディーナ様のお顔って。
「リリアン。体が辛いんじゃないか?」
「…そんなこと、ないです」
突然の質問に首を振る。
…本当はすごく辛い。
2日間も馬車の荷台で揺れてれば当然でしょう?
クッションひとつくらいじゃ、お尻は守れないのよ。
それに背中も肩も足もすごく痛い。
でも弱音を吐きたくない。
「リリアンは我慢強い子だな。立派なものだ。でもあまり我慢するとますます辛くなってしまうよ?」
「…子ども扱いしないでください」
昨日からもう何度言ったかわからない台詞を言うと、ディーナ様は苦笑した。
「リリアン。10歳は子どもだ。大人のように振る舞うのは立派なことだが、辛い時には大人を頼っても良いのだよ」
「…わたしは平気です」
わたしは国境ガルシャ領を守るガルーシア家の娘。
今は首都で暮らしているけど、すぐ泣いてすぐ倒れるそこらの令嬢みたいには、弱々しく育てられていない。
10歳だからって、心は大人と変わらないんだから。馬鹿にしないでもらいたいわ。
フラン様が冷たい声で言った。
「ディーナ。平気と言うのだから、放っておけばいい。いいじゃないか。そのまま足がパンパンに腫れても、胸が苦しくなったりしても。死んだりはしない、たぶん」
「なんだフラン、その具体的な症状は?」
「ずっと馬車でお行儀よく座ってると、血が凝ってそうなる奴がいるんだ。たまに呼吸止まったりするけどな、たま〜に」
フラン様がどうでもいいような口調で言う。
呼吸が止まる?そしたら死んじゃうじゃない。
…嘘よね?いじわる言ってるだけよね?
「こら、馬鹿フラン。だったらリリアンがそうならないようにしてあげなさい」
わたしの横でディーナ様が呆れたように言う。
「だって本人が、大丈夫って言ってるし。頼りたくないみたいだし。私の出る幕じゃないよ」
「だから大人げないって言うんだ、お前は。どう見ても強がってるだけだろう」
「強がってる子どもなんて放っとけって言ってるんだ」
二人に揃って強がってるって断言された!
「あの、わたしは…」
頑張って言い返そうとすると、ディーナ様はにっこり笑ってわたしの頭をよしよしと撫でる。
……だから子ども扱いやめて。
「じゃあ、フラン。私がリリアンにするから、どうすればいいか教えろ」
「お前は人の面倒見てる場合?」
「お前にずっとベタベタ世話されてるより、気が紛れる」
「は?ベタベタって?人が精一杯やってるのに!そりゃ侍女のようにはいかないよっ」
「あ。悪い、言い過ぎた。けどお前も悪いんだぞ。あんまりにも…」
言い合いが喧嘩みたいになってきちゃった。
このお二人、わたしよりよほど子どもみたい。
「あの、あの!喧嘩は良くない、と思います!」
目の前で大人二人に喧嘩されるのは耐えられない。わたしは声を上げた。
おや、とディーナ様が目を丸くする。
「リリアン、喧嘩ではないんだよ。怖がらせたか?」
そう言ってギュッと抱きしめられた。
「リリアンはかわいいことだな。大丈夫。何も問題ない」
“リリアンはかわいいこと”
お母様と同じこと言わないで欲しい。
ディーナ様はお母様じゃないんだから。
こうしてディーナ様に小さな子どものように扱われると、すごく泣きたくなるのよ。
頑張ってる心がへにゃん、てしちゃいそう。
だから、やめて欲しいのに。
「リリアン。じっと我慢している貴女は立派だし、かわいいけれど、そろそろ我慢だけではいけない。心も体も壊れてしまう」
ディーナ様が優しく言い聞かせるように言う。
素直に、はいって言いたくない。
けどディーナ様がわたしのことを思って言ってくれてることくらいは、わかってるの。
「あの、わたしは…」
「リリアン。体が辛いな?もっと苦しくなるのは嫌だな?」
迷って、こくんと頷いた。
「うん。そうなら少しフランに助けてもらおうな?」
もう一度頷く。
「ほら、フラン?」
「…わかったよ」
フラン様は毛布を荷台の床、木箱が並んでいる隙間に敷くと、ディーナ様の腕の中からわたしを引っ張り出した。
「あの、あのっ」
「ほら、ここに寝転がって」
「ね、寝転がる?」
訳わからなさにおろおろしている間に、本当に毛布の上に仰向けに寝かされてしまった。
馬車の揺れに体が跳ねる。
「あ、あの?」
「足を抱えて、こうして、はいそのまま」
「え?え?」
「次はこっち向いて、手をこっち。はい、足曲げて、いち、に、いち、に」
「え?う?」
「うわ、腹筋ないな。これでよくずっと座ってたね。はい、こっち押すよ」
「ぎうっ、やめっ」
「足はよーく揉んどこうな」
「服!服捲らないで〜。御者の窓から男の人に見られちゃう〜」
わたしは変なポーズをとらされ、こねくられ、絞られた。
なにされてるのこれ?いじめ?
「よし、とりあえず、こんなもの?」
フラン様の妙に肉厚な手から解放されて、わたしはそのままうつ伏せで毛布に倒れた。
ああ、こんなだらしない姿。助けにきた騎士様にもし見られたら、わたしは死ぬわ。
「リリアン、どうだ?痛いか?」
やめてと言ったのに、笑うばかりで助けてくれなかったディーナ様が言う。
「痛くないけど、じんじんして熱いです…」
フラン様にこねくり回されたところが、体の中から熱を発してるみたい。
それに体が重くてだるい。
「そうか。それは良かったな、リリアン」
良くないです、ディーナ様!
「ディーナ。お前の足もそろそろまた揉んでおこうか。お前は特に血を巡らせておかないと」
「そうか?では頼む」
ディーナ様が躊躇いもなく靴を脱ぎ、白い足を出す。
フラン様がその足元に膝をついて、もみもみこねこね始めるのを、床に転がったままぼぅと見る。
フラン様、わたしにしたよりどう見ても手付きが優しいわ!
そんなことを思ってたら、気分がふわふわして霞んできた。
どうしてかしら。
眠い。すごく眠くなってきたわ…
「おや、リリアンは眠ったか。寝顔はますます幼いな」
「普段体を動さない子どもには、あんな程度のほぐしでも、効いただろう」
「昨日はほとんど寝てないみたいだからな、眠れて良かったよ。国境まではまだ遠い。お前は死なすことはないと言うが、私はこの子の心が心配だ…」
夢うつつにそんな声が聞こえる。
わたしのことを案じる、優しい優しい声。
……お母様、わたし、まだ帰れなそう。
すーと入ってきた風に目が覚めると、辺りは暗かった。
馬車は止まり、しんと静まっている。
風の入ってくる方を見ると、荷台の入口が開いていた。
ここに閉じ込められてから、入口が開いているのを見るのは初めて。
……あら、これって今、逃げられるんじゃない!?
体を起こして荷台の中を見ると、わたしの横で寝ているフラン様の背中。
そしてディーナ様がどこにもいない。
と、外から男の人の声が聞こえてきた。
「いい加減にしろよ!だったら力づくで…」
「誘拐犯らしい台詞だな。やってみろ、私は全力で暴れてやる」
……ディーナ様の声!
「フラン様、フラン様!起きて!」
寝ているフラン様の背中を掴んで、揺り起こした。
「うん、起きてる起きてる」
フラン様はゴロンと転がって、わたしを見た。
「フラン様、ディーナ様が大変なんです!」
「ああ、平気平気」
何が平気!?
「フラン様ぁ!寝ぼけてないで起きて!」
必死にフラン様の肩を掴んで起こそうとする。
フラン様、肩ふっとい!
「起きてるって。ディーナは平気だ、ほら」
言われて見ると、入口にディーナ様が何事もなかったように、立っていた。
「リリアン。起こしてしまったか」
「…ディーナ様!大丈夫だったの?」
「ああ。大丈夫。心配させたようだな」
ディーナ様は荷台にゆっくり上がってきて、わたしの頭をぽんぽん叩いた。
……本当に大丈夫そう。
「何があったんですか?」
「あー、えっと…。誘拐犯に誘拐するなって叱ってたんだ」
わたしはぽかんとしてしまった。
「……ディーナ様って勇気あるんですね」
誘拐犯を叱るなんて、一度も思いつかなかったわ。
「そのまま逃げてしまえば良かったのに」
フラン様がボソッと呟くのに、はっとする。
「そうですよ、ディーナ様!逃げましょう」
今なら荷台の入口が開いているんだから。
そうディーナ様に言った途端。
「寝ろ!」
車の外から男の荒れた声がして、入口がガンと閉まった。
閂がガチャンと降りる音。
「あ…」
「……残念だったな、リリアン」
グダグダ話してないで、すぐに馬車を出れば良かったのに。
わたし、ものすごいチャンスを逃しちゃったわ…。




