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第4話 無意識に相手を意識できているのは、ベテランカップルの証拠

 真琴が実は女の子で、やんごとなき理由があるために僕とルームシェアをすることになったということが判明してから数日。

 秘密を打ち明けるまでの二週間程度、僕ら二人は何事もなく暮らしてきたこともあって、何か生活習慣に異変が起こるかと思ったけれども結局目立った変化はなかった。



 朝、僕は眠い目をこすって起き上がると、共用スペースであるリビング兼ダイニングには真琴がいて、もう既に出かける準備を終えていた。


「あっ、おはよう祐太郎。ボクはこれから朝の稽古に行ってくるからあとはよろしくね」

「……おはよう。毎度毎度早起きして朝ごはん作るなんてすごいね」

「そんなことないよ?一人暮らしのときは片付けが面倒で作らなかったし。祐太郎が片付けをしてくれるから助かっているよ」

「そ、そうかなあ?」


 僕としては真琴と全くの逆で、黙っていても飯が出てくるならいくらでも片付けや皿洗いをしてもいいと思っている。お互いがお互いを補完しているあたり、この辺のことはなかなか上手くいっているだろう。


「それじゃあ行ってきます。今日は夕方には帰るけど、祐太郎は?」

「バイトがあるから夜十時ぐらいかな。晩飯は適当に食べるからいらない」

「おっけー了解。それじゃあ後片付けよろしくね」

「行ってらっしゃい」


 真琴はジャージを身に纏って家を出ていった。朝から演劇の稽古とはなかなかハードなはずなのに彼女はいつも元気だ。多分体力の最大値が僕とは比べ物にならないぐらい高いのだろう。


 改めてダイニングテーブルについた僕は目の前に用意された朝食に手を付ける。

 目玉焼きとご飯と味噌汁という普通の朝ごはん。真琴と一緒に住み始めた当初、ボソっと『目玉焼きの黄身は固いほうが好き』と言った事を彼女は覚えていたようで、目玉焼きが出てくるときは必ず黄身に火が通っている。


 食べ終わると今度はコーヒーウォーマーに乗っかっているポットを手に取りカップへコーヒーを注ぐ。

 このコーヒーは真琴の趣味。彼女は豆からこだわるレベルのコーヒー好きで、毎朝豆を挽いては2人分淹れておいてくれる。

 これも住み始めた時、『祐太郎はコーヒーって好きかい?』と真琴が訊いてきたことに始まる。

 正直なところ僕には豆とか銘柄のことまで分からないけれども、コーヒー自体はよく飲むので好きと答えた。すると真琴は嬉しそうに豆の銘柄や煎り具合、淹れ方について語るようになった。詳しいことはまだ理解できていないけれども、嬉しそうに語る彼女を見ながらすするコーヒーは、案外悪いものじゃない。


 ダラダラと身支度を整えて僕は大学へと向かう。毒にも薬にもならない講義を数コマ受講し終え、アルバイトを淡々こなすと時刻はもう夜だ。

 適当に目に入った牛丼チェーン店で晩御飯を済ませると、脇目も振らずに自宅へと向かう。


「ただいま」

「おかえり、思っていたより早く帰ってきたね」

「そう?いつも通りだと思うけど」


 自宅のドアを開けてリビングルームに入ると、下着同様地味目のスウェットを着た真琴がくつろいでいた。さっきまで風呂に入っていたのだろう、彼女の髪の毛が少し濡れていてほんのりとシャンプーの香りが鼻をくすぐる。


 早く帰ってきたねと言われたので時計を見たら午後九時だった。今までの感覚から大体十時に帰られるだろうと思ってそう宣言したので、どうやら僕は無自覚に早く帰宅してしまったようだ。

 少し前まで一緒に暮らしていた元カノとは関係が完全に冷え切っていたので、どう寄り道して帰宅時刻を遅らせるかを考えていたこともある。そんな余計な事をせずに真っ直ぐ帰るようになったのは他でもない真琴のおかげだろう。


「お風呂冷めないうちに入りなよ。あがったらまた『アレ』、手伝ってくれない?」

「はいはいわかったよ。――それにしても毎度毎度痛がるくせによく続けようとするよね」

「し、仕方ないだろう。やっておかないと後々苦労するのはボク自信なんだから」


 どこまで真琴の生活スタイルはストイックなんだろうかと気が遠くなることがたまにある。しかしながらなんやかんやそれに手を貸してしまう僕も僕である。

 ちなみに『アレ』というのは柔軟体操のこと。真琴は演劇を嗜む上で身体が硬いのがコンプレックスらしい。一人より二人のほうが柔軟体操のバリエーションが増えて効率も上がるということで、毎晩手伝っている。


 時間が経って少しぬるくなったお風呂が好みな僕は、いつも二番風呂だ。逆に真琴は少し熱めが好きなので一番風呂。これこそ完全なる『Win-Win』である。人にも環境にも優しくて、全世界が羨むこと間違いなしの我が家の風呂事情。みんなもぜひ真似して欲しい。


 風呂から上がって寝間着に着替えると、リビングでは真琴から既に開脚前屈に取り掛かっていた。

 しかしながら彼女の身体は素人の僕から見ても硬いのがよくわかる。体操選手などのアスリートがよくテレビで身体の柔らかさを披露しているのを見かけるけれども、真琴の柔軟性はその半分程度と言ってもいいだろう。開脚百八十度なんて無理だし、前屈も全く出来ていない。


「……真琴?大丈夫?もしかしてそれで限界?」

「うるさいなあ!毎日見てるんだからわかるだろう」

「ごめんごめん。それじゃあお詫びに背中を押してあげるよ」


 僕は全く前に倒れていかない真琴の背中をゆっくり押していく。彼女は息を吐いて身体の力を抜くのだが、やはり少し押しただけで限界がやってくる。


「フゥー……、イタタタタタタ!!痛いって!」

「まだ全然押してないんだけど」

「嘘だ!めちゃくちゃ力入れて押してるくせに!」

「ははは、バレたか」

「後で覚えてなよ……、絶対にお返ししてやるからね」


 痛みによって若干涙目な真琴は振り返って僕の事を睨む。

 演技することを意識しているのかいないのかはわからないけれども、高津真琴という子はボーイッシュで凛々しい顔をしておきながら案外表情豊かだ。少なくともここまで一緒に暮らしてきてその表情に飽きることはないし、これからも楽しませてくれそうなそんな気がする。


 僕と真琴の一日というのはこんな感じ。個人的には男女の関係でもなく、着かず離れずの絶妙な距離感に満足している。


 ただ、せっかくのラブコメであるのに、ラブもコメディもないような平凡な一日を見せてしまい大変に申し訳無いとは思っている。

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