不審者二人
エルフィーはウィリアムが言い返すのを待っているのかニヤニヤしている。逆にウィリアムは何かを諦めた表情をしている。
「本当にただの坊ちゃんだな」
「自分が馬鹿だって自覚ないんじゃないか」
小声だが確かにエルフィーとウィリアムそしてトムにその声は届いた。
三人が周りを見ればウィリアムを蔑むような視線は一つもなく、エルフィーに対して批判の眼差しを向けていた。
「お前ら、何でそんな目を僕に向けるんだよ」
さっきまで機嫌が良かったのに自分に同調する色が見えないとわかった途端、エルフィーは周りに対しても冷たい視線を向け始めた。
「今の時代、魔術師で馬鹿にするのなんて、お前みたいな坊ちゃんだけって話」
「傍から見てたらただのイタい奴だぞ」
エルフィーの表情から何故自分が馬鹿にされているのかわかっていないとトムは察した。自分と違って父親とはほとんど離ればなれそんな息子を悲しませないように母親は甘やかしていたと学校に来る前の話から理解していた。子供は大人に甘やかされて厳しくされて成長する。子供は大人に教えて貰わなければ何が正しくて何が常識なのかわからない。同じ格式の高い家だとしてもトムとエルフィーの違いはそこだった。
エルフィーはトムにまるですがるような、肯定してくれと訴えてくる目を向けた。その行為の意味は自分が言ったことは正しいとトムに肯定してほしかったから。同じ身分、家にほとんど帰ってこない父親のせいでエルフィーはほとんど片親状態だった。だからこそ父親しかいないトムは自分と同じだ。自分と同じ価値観を持っていると信じていた。
しかしトムはそのすがるような視線に耐えられず言葉を紡ぐこともできず俯いてしまった。
「結局お前もかよ」
エルフィーの声はトムが聞いたトムからはエルフィーがどんな表情をしていたかはわからない。しかしトムが視線をはずしてすぐに談話室の奥にある扉が勢いよく閉まる音がした。
「トム、大丈夫?」
トムが視線を上げれば目の前のウィリアム以外にも周りで成り行きを見守っていた皆がトムを心配そうに見ていた。
「大丈夫明日からが怖いけど」
本心では明日よりエルフィーと同室の人の心労を気にしていた。
「とりあえず今は寝たいかな」
談話室に取り付けられている時計を見て、大広間を出てから結構時間が経っていた。辺りを包んでいた緊張感がなくなったことも眠気が起こった理由の一つだろう。
「そうだね、僕も寝ようかな」
トムとウィリアムが寝室の扉に向かうのを皮切れに回りもそれぞれ部屋に向かい始めた。トムはウィリアムのベッドを横切る際エルフィーの言葉を思い出しチラッとベッドの上を見た。言っていて通り魔術師必修授業の教科書と綺麗な指輪があった。
「綺麗な指輪だね」
お互いベッドの上を片付けながらトムが質問する。ウィリアムは教科書は机に置いたが指輪は左手の親指にはめた。
「魔術師が魔法を使うための道具をどうやって手に入れるか知ってる?」
トムは首を横に振った。魔術師に対して偏見がなくとも知っていることはほとんどなかった。ウィリアムはトムに対して嫌な顔一つすることなく説明を始めてくれた。
「魔術師はそもそも誰かが、道具を使えば魔法を使えることを見つけてくれないと始まらない。魔法使いの家系でも魔法が使えない子が生まれることもあるからね。逆に非魔法族でも魔法使いが生まれる可能性もある」
トムは今度は首を縦に振った。家同士の関わりの場で「魔法不可能者」という単語を聞いたことがあった。十歳の時に魔法使いは簡単なテストをする。そこで魔法使いか魔法不可能者かが決まり。名のある家で魔法不可能者が生まれると同族でも家族でも差別の対象となる。そして魔法不可能者は大抵が道具があれば魔法を使える魔術師だ。
「僕は魔法使いの家系じゃないから魔法を使えることを発見して自分に合う道具を見つけるのは大変だったよ」
「どうやって見つけたの?」
「僕の姉が魔女なんだ、入れ違えでこの学校を卒業したんだ。この指輪も姉から貰ったんだ」
自分の知らないウィリアムの苦労を知って魔術師からしたらエルフィーも自分もきっと変わらないんだとトムは思った。自分が魔法不可能者になる可能性だってあったのに知ろうともしなかった。トムは自分がとても情けなく感じた。
「ウィル、ごめん」
「何が?」
「僕がエルにほうきのこと黙ってたから指輪見られて皆の前であんなこと言われて」
「トムのせいじゃないよ………ほら明日は校内中を散策するんだから早く寝よ」
パジャマに着替えてベッドに潜り込むと押さえ込んでいた眠気が一気に襲ってきた。明日は何をしようかなと考えていたトムは遠のく意識のなか疑問に思った。ウィリアムの誘いにのっていなくないかと。
「・・・・・・ぅ・・・・・・ム・・・・・・トム!」
翌朝トムはウィリアムの声で目が覚めた。寝ぼけた意識のなか一緒に回ろうと言われていたことを思い出す。
「僕寝坊したのか?置いて行ってくれて良かったのに」
「そうだけどそうじゃないんだ」
ウィリアムは焦っている様子でトムの顔に制服を叩きつけた。
「早く着替えて、トムを探してる怪しい人が来てるんだ」
一瞬で意識が覚醒したトムは急いで着替え始めた。
ほとんどの生徒は朝食を摂っている時間帯、トムはウィリアムに連れられ玄関口に来た。そこには全校生徒が集まっているんじゃないかと言うほどの人が集まっておりその中心では、黒髪の誰かとエルフィーが向き合っていた。黒髪の人はトムに背を向けているため顔は見えなかったが長髪なことから女性だとわかった。
「トムに何のようだよ。お前、魔女じゃないだろ」
「トム・ウォルサッドと私の関係はあなたに関係ないし、魔女かどうかもあなたに教える必要はない」
「ここにいる時点で非魔法族なわけないし僕より年上でしょ」
「だったら?」
黒髪の人の身長はエルフィーよりも高かった。黒髪の人が特別高いというよりトムたちがまだ成長しきっていないというだけなのだが。
「二つか三つ年上だと思うけど、他校生や転校生とも考えずらいし」
黒髪の人は腕を組み軽く何度か頷いた。
「だいたい合ってる」
「じゃあ、あなた誰?怪しい奴を同級生に会わせるわけないでしょ」
友達ではなく同級生と言われて寂しい半分、庇ってくれて嬉しい半分だった。
「何度も言うけどあなたに関係ないでしょ」
「こっちも何度も言うけど怪しい奴は出てけって言ってんの」
「私も一刻も早く出て行ってあげたいけど、トム・ウォルサッドに会わないとここを動けないんだよね」
「・・・・・・行って駄目なら強制的に追い出してやろうか、女だから話して終わらせようとしてたのに」
出て行くべきか迷っていたトムはエルフィーの発言に慌てて人混みの中心に行こうとするが二人に注目している人の壁で前へ進めない。
「そちらが先に手を出したのでこれは正当防衛と言うことで」
エルフィーが女の肩に手を置いたと思ったら壁に叩きつけられていた。その場にいた全員、黒髪の女以外は何が起こったのかわかっていなかった。一拍遅れてエルフィーは鳩尾を押さえてうずくまった。それだけじゃなく女はエルフィーの胸ぐらを掴んで引っ張るとエルフィーと視線を合わせた。
「年上は敬え糞ガキ、次また女をなめるような発言したら・・・・・・どうなるかわかってるよな」
エルフィーの顔は恐怖一色。女の、確認という名の脅しに何度も首を縦に振る。
「エル!」
人混みをわけて中心に出て、壁の前で縮こまってるエルフィーを見て思わず名前を呼べばエルフィーは勿論、黒髪の女もトムに視線を向けた。
(あれ、この人どこかで)
トムが見覚えのある顔に頭をひねっていると女は驚いた顔をしてトムのそばに来るといろんな角度でトムの顔を観察し始めた。
「あー確かに似てるね、顔は。雰囲気はまあ、うん」
顔は、の部分だけ強調されたのが気になったが今は無視する。
「何ですか、皆さん集まって」
人混みを割って更に二人現れた。一人は校長、もう一人は。
「あ、あなたは」
ユーセスシア村で女子に囲まれて、トムにウィンクを飛ばした男だった。男は近くで見ると更に身長が高かった。手袋をしているため肌が出ているのは首から上だけ。そしてその顔は日焼けを知らない健康的な白い肌、髪と瞳は綺麗な褐色。男女関係なく羨ましい、美しい容姿にいろんな方向から女子たちの黄色い声が聞こえる。
男は壁の前で未だに動けず立ち上がれないエルフィーを見て何かを察したらしい。黒髪の女の頭に軽くポンッと手を置いた。
「未良駄目でしょ、自分よりも弱い奴には優しくって言っただろう。で、君が」
優しい諭すような声で女への説教?を簡単に済ませると男はトムの方を見た。
「うん、これは伸び代がありそうだ。ということで行こっか」
「行くってどこに」
「学びの旅に」
男はニコニコして、女は無表情でトムを見ていた。学校に来ているのに学びの旅に行こうとはどういう意味だろうかとあきれにも似た感覚を覚える。
「僕はこれからこの学校で魔法について学ぶんです。茶化しか何かですか」
「確かに学校では多くのことを学べる。でも君には学校で教えてもらえる以外のことを学んでもらう必要がある」
「その必要がどこから出てくるのかわかりませんし、あなたたちみたいな見ず知らずの人と一緒に行きます。なんて言うわけないでしょ」
「それぐらい反発してくれたほうが成長が楽しみってものだね」
トムが必死に訴えても男は楽しそうに反応するだけで、全くトムの話を聞いていない。
「じゃあ、私と決闘して。私が勝ったら連れて行く、あんたが勝ったら私たちは土下座して謝罪してから出て行ってあげるよ」
男とトムのやり取りを黙ってみていた女の提案にトムは迷っていた。負けたらどうしようという心配と女の袖から少し見えている左手首に付いた物に決心が付かなかった。そんなトムの背中を叩く者とそっと添えるように手を置いた者がいた。
「トムなら大丈夫だよ。戦って勝つ、それだけだ」
エルフィーは昨夜のことなどなかったかのように激励の言葉をかけるがウィリアムは心配そうにするだけだった。入学して二日で心配して励ましてくれる存在がいるのは傍から見れば恵まれているように見えるが女の目にはそうは映らなかったらしい。
「お前………惨めだな」
そこで初めてトムは女にはっきりと敵意を向けた。女はまるで可哀想な者を見るような目でトムを見た。
「あんたが心配してくれてるのはこれがあるからでしょ」
女が袖をまくれば左手首には細かいデザインが彫られているシルバーのブレスレットが付けられていた。