二人きり
停留所を走り去ってから一時間。列車は山々の周りを沿うように走って停留所に着いた。
走行中合流したハーパーも一緒に三人は下車した。すると不思議なことに乗るときは地面からだったのに降りると駅のホームだった。
ホームに姿を現したトムの顔はすっかり元に戻っていた。
列車の中ではトムとエルフィーの向かいの席はエルフィーのほうきが置かれているだけだった。しかも枝を通路側にして少しはみ出しているため行き交う人に当たって注目されるどころか迷惑そうな顔を向けられる。
そんな顔をされても仕方ないと思った。ほとんどの人はそもそも列車にほうきを持ち込んでいないか各ボックス席の頭上にあるネットに置いているから。それでもエルフィーは知らん顔、または羨ましがられて見られていると思っているらしい。
もう嫌だ、こんな気持ちで学校に行きたくないと思ったトムは腰を浮かせた。と同時二数時間前にも聞いた声が耳に届く。
「ここにいたんだ、さっきぶり」
「やあハーパー座って」
トムは上がりかけていた腰をおろしエルフィーは向かいの席を勧めハーパーは座ろうとするが止まる。
「このほうき、どかしてもらってもいい?」
トムは横からの衝撃に突き飛ばされるようにして通路に立ち上がった。すぐにほうきをネットの荷物置き場に上げると再び席に着いた。トムとハーパーも席に着くが彼女はトムの前に座った。顔に出していなくともエルフィーが落ち込んだのがトムはわかった。
ハーパーがいるとエルフィーの暴走が軽減することを学んだトムが学校まで一緒にいようと提案すると快くオーケーしてくれた。
学校までは徒歩でたいした距離ではなかったがトムとハーパーの間でずっと文句を言っていた少年がいた。
「まだ付かないのかよ、ほうきは運ぶの大変だし荷物は重いし」
トムとハーパーは制服の入った紙袋だけ持っていた。それに対しほうきと二着分ある制服を持っているエルフィーは大変だろう。そのガリガリの体でよくここまで運べたなとトムは感心した。
今歩いているのは森の中にできた獣道のような場所。今間艶通った山や森では授業で使う植物が豊富だと父親の教科書で知っていたため周りをキョロキョロしてしまう。
木の枝や葉によってできたトンネルが終わり視界が一気に開ける。前方には中世の城があった。そしてそれが今から自分たちが通う学校なんだと思うと高揚感が湧き上がってくる。
城は夕日を浴びて幻想的な絵画のようだとトムは思った。
校門への石橋を歩いていると真っ直ぐ歩き続ける人と列に加わる人に別れた。前者は既に制服を着ている人、後者は私服。三人も列に加わるとてっきり名簿確認などをしているだけだと思っていたのに以外と進まない。
「何やっていると思う?」
ハーパーの言葉に列から上半身を出して列の先頭の方を見ると背筋をピンとさせ白髪をかっちりまとめた女性が立っている。何かをチェックしていると言うより一人一人笑顔で何か声をかけている。
「白髪の女の人がいるけど」
「何してた?」
「何かを話してるだけだったけど」
「何でも良いから早くしてほしい」
荷物を地面に下ろすのが嫌だというエルフィーはたまに持ち直したりして頑張っている。
少しずつ進みやっと順番が来た。トムとハーパーはエルフィーを先に行かせようとしたが白髪の女は「ブロンド髪の子が先においで」と言ったためエルフィーのためにさっさと終わらせようと急いで行くと顔をじっと見られた。
「ウォルサッドの坊ちゃんね」
「はい」
白髪の女はトムの肩を掴んで微笑むと近くの腰の曲がった老婆に声をかけた。その老婆は身長が低いうえ腰が曲がっていてボサボサの白髪を下ろしていた。
「もう並ばなくていいよ、勝手に入んな」
大きな声を出していないのに響く声。白髪の女と老婆は列からの困惑の声や雰囲気を気にすることなくさっさと城に向かってしまった。何故自分が来たら列が必要じゃなくなったのかわからなくて呆然としていると左右にエルフィーとハーパーが来た。
「トムの番で列なくなったけど何を話したの?」
「ウォルサッド家の坊ちゃんだねって言われただけ」
「何でも良いから早く入ろうよ。俺もう疲れた」
城に入っていく人波に混じって三人が歩き出す。門も見上げるほどに大きく飾りに天使と悪魔の像が付いている。門を通れば噴水や花壇のある中庭があり正面には校舎の玄関口があった
入ってすぐ横に私服集団の人混みができていた。中心にいる人物を見てトムは息をのんだ。ユーセスシア村で猫を踏んで出会った「ラミーン」と呼ばれていた少女だった。
「新入生の荷物は各寮の部屋に置いてあります。ディナーの時間までは制服に着替えて校内を自由に見て貰って大丈夫です。特に立ち入ってはいけないという場所はありませんがこの学校は広いので迷子になったりディナーに遅れることがないように。皆さんの寮はこの先の階段を上って男子が右、女子が左です」
説明が終わると横から身長が高くて赤茶の髪の先輩が早く進むよう促した。
「さあさあ、早く行かないと学校探検する時間が減っちゃうよ」
愛嬌があり人当たりの良さそうな先輩に新入生の何人かの女子が色めき立っている。
三人でその場を離れる。すると三人の後を付けるかのように人混みが付いてきた。他の新入生がいるとはいえやはり初めての場所は緊張する。誰かが前を歩いてくれればそれについて行けば良いのだから。
「二人は着替えたらどこに行く?」
階段を上り始めるとハーパーが聞いてきた。
「僕は特に見たい物も行きたい場所もないかな」
「私図書館行きたいの、トム一緒に行かない?」
突然の誘いに戸惑うもすぐに作り笑顔を浮かべる。
「図書館はまた今度にするよ。エルフィーと二人で歩いて来なよ」
その返答にハーパーは笑顔だった表情からは落胆の色が垣間見えエルフィーからは幸せのオーラがあふれていた。
階段は大理石でできていた。踊り場が左右にあるデザインで三人で右に曲がると後ろの列も右に曲がった。自分たちも新入生なのに案内役をやっているような気持ちになった。
階段を上がりきって女子と男子で分かれてエルフィーとトムが突き当たりにある扉を開けると広い談話室があった。やわかそうなソファや足置き、テーブルから勉強用の高さの机もあった。濃淡はあれど赤で統一されている。その奥には十個の扉があった。
談話室をぐるっと見回すとコルクボードが取り付けられているのが目に入り近くに行く。貼り付けられた紙には「各寝室の場所は以下のとおりに」と書かれており下には名前が二つずつまとまっていた。
「僕は一番左だ」
「僕は一番右、トムと一番離れちゃったな」
落ち込むエルフィーの背中をポンと叩く。
「早く着替えてハーパーのこと待ってた方が良いんじゃないのか」
その言葉にビクッと反応すると部屋に駆け込んでいった。
自身の部屋に入ると二つのベッドと大きめの机が二つ壁際に置いてあった。教科書は机にほうきはベッドのそばに置いてあった。荷ほどきは後でやればいいと手を付けずほうきがそばに置いてあるベッドにずっと持っていた制服が入っていた袋を置き、中身を出す。
一つ一つシワのない制服を身につけていく度に気持ちが引き締まっていく。
脱いだ服はベッドの上にそのままにして部屋を出る。
エルフィーはもう行ったのか、自分を待ってないよな、と思い談話室の中をキョロキョロしているとソファで談笑していた一人がトムに話しかけてきた。少しビクビクしていた。
「君と一緒にいた人ならもう談話室を出たよ」
「教えてくれてありがとう」
トムがお礼を言うとホッと胸をなで下ろし談笑に戻っていった。エルフィーとハーパーを二人っきりにするための嘘ではなく本当に生きた居場所がなかった。
とりあえず玄関口に戻る。壁に玄関の周辺の地図が張られていた。階段を上がると一年、階段前を右が二年、左が三年の寮への道。階段を進まず進むと大広間があるらしい。
三食のご飯は決まった時間に大広間で摂るときいていたため相当広いのだろう。
大広間へ行く途中の廊下から校内のいろんな場所への道が続いている。さてどこから回ろうかなと考えていると後ろから声をかけられた。
「君も回る場所で悩んでいるの?」
振り返ると茶髪の同じくらいの身長の男子がいた。その男子は「セルセローズ」の店でトムたちの後ろの列にバインダーを配っていた男子だった。向こうもトムに見覚えがあったらしく驚いていた。
「セルセローズで会ったよね。校内探検はしないのかい?」
「特に行きたい場所もないからどうしようかなって」
「じゃあ一緒に歩いてようよ。僕も特に行きたい場所も一緒に回る約束をした人もいないから」
その辺で適当に時間でも潰してようかと考えていたためその申し出にトムは内心困っていた。
「特に回る気がないなら話そうよ。探検する時間なんてこれからいくらでもあるんだから」
心を読まれたのかと驚いたがこれから五年間一緒にいるわけだし交流も広めるべきだと彼の提案を受ける。どこか適当に座れる場所はないかと歩きながらぎこちなく会話が始まった。
「僕はウィリアム・ファルット」
「トム・ウォルサッド。ウィルって呼んでもいい?」
「もちろん」
ちょうどテラスのある場所に来たため座って花壇や噴水、先ほどよりも沈んだ夕日を眺めながら会話は続いた。
夕日が完全に沈んで辺りが暗くなったことで話し込んでいた二人の会話は中断した。
「もうこんな時間か」
「もう行かないと」
テラスから廊下に入ると黄色や緑に青や白のネクタイやブレスレットに髪飾りから首飾りを身につけている人たちの大広間への人の波ができていた。その流れに沿って二人も大広間へと向かう。
大広間からそんなに離れていなかったためすぐに大広間の入り口が視界に入る。談話室で見た顔ぶれが広間に入らず横にずれて簡易的な列を作っていた。既に何人かのグループができていた。歩調が遅くなったことでトムは後ろを歩いていた人とぶつかってしまった。
「すみません・・・・・・ぁ」
振り返って謝ると擬視感のある光景に震えた声が出てしまった。
目の前にはカッスルービンノードで会計を終えた際にトムを突き飛ばした男が立っていた。