しばしの別れ
視線から苛立ちを感じたトムは慌てて横にずれる。ずれる際に結構力を込めて押されたため軽くつんのめった。睨んで文句を言いたかったが喧嘩でも口論でも勝てる見込みがないと判断し振り返らず店を出た。
「遅かったな・・・・・・って、なんでほうき持ってないんだ」
「遅くなってごめん、そっちこそなんでほうき持ってるんだ」
エルフィーはほうきを肩に担いでいた。有言どおり天の棚で見たほうきを手にしていた。
「荷物になると思ったから教科書と同じように学校に送って貰ったんだ」
「あーその手があったか。ま、いいや見せびらかせるし」
エルフィーは当然トムが天のほうきを買ったと思っている。二人も最高級品のほうきを持って出歩けば周囲の人からうらやましがられると考えていたエルフィーは落胆したが自分一人が持っていれば自分だけが注目されると浅はかな考えが浮かんだためすぐに気分が戻った。
「トムのほうきを見るの楽しみだな」
「父さんたちが待っているよ」
エルフィーの意識をほうきから離したかったトムは待ち合わせの「ガルドーラの店」に向かうために歩き出した。遅れて歩き出すもエルフィーはすぐに横に並んで「学校はどんなところだろうか」や「どの授業が楽しみか」などをマシンガントークされるがトムは右から左で内心冷や汗を流しまくっていた。
ほうきを隠し通す何て無理だ。何て言い訳すれば良いんだろう。
それだけがトムの頭の中を閉めていた。無意識にエルフィーから離れたくなったトムは早足になっていた。それに話しながら同じくスピードを上げるエルフィー。
適当に返事をしながら早く店に着かないかなと考えていた。早く二人きりの状態から解放されたい、そう強く望んだ。
「トム、こんな早く歩く必要あるか」
エルフィーは周りをキョロキョロしながら話しかける。
「父さんたちを待たせたら駄目だろ」
今話しかけないでくれ。トムのその思いは声にはならない。
「なあ、トム」
「なんだよ!」
「付いたけど」
反抗的な言葉が出ない分大きな声が出てしまいエルフィーは驚いた表情である店を指した。トムが視線を上げると確かに待ち合わせの店に着いていた。大声を出してしまったことが気まずくてトムはさっさと店内に入っていく。それにエルフィーも続く。
店内に入ってすぐのカウンター席に二人の父親は座って談笑していた。傍から見ると旧友かと間違えそうなほど楽しそうに話し込んでいる。
「父さんお待たせ」
「父さん見てよ、このほうき」
息子たちの声に振り返った二人は片方が笑みを浮かべもう片方は渋い表情をした。
「無事に買いそろえられたみたいだな」
「うん、お金ありがとう」
巾着を渡す際にカッスルービンノードでのことを思い出してお礼を言えばユースは満足そうな顔をした。
「合うほうきは見つけられたか?」
「トムは僕と同じ天の10を買ったんです」
答えたのはトムではなくほうきを軽く持ち上げ嬉しそうな表情をしたエルフィーだった。
困惑する父親にトムは小声で、後で話す旨を伝える。一方フィーガンは最高ランクしかも乗りこなすのが一番難しいと言われているほうきを手にする息子に少し焦っているようだった。
「何度も言っただろうほうきは自分に合うのを選びなさいと」
「大丈夫だよ、父さん僕はこのほうき絶対乗りこなしてみせるから」
「身の丈に合わない買い物はするなとも言わなかったか」
「長く使う物は良いのを選べとも言われた」
平行線の会話にフィーガンは疲れた表情をしてエルフィーは何故そんなことを言われているのかわからないようだった。
「二人は昼食はどうする」
エルフィーへかける言葉は意味を成さないと諦めたフィーガンを見てユースが口を開いた。日は既に真上に位置しランチタイムを迎えていた。
「さっき父さんたちと別れた後に軽く食べたから今お腹減ってないです」
「僕も」
「では時間まで散策でもしてましょうか」
ユースの提案に四人が店を出て行く。店を出ると前にフェレメレン親子、後ろをウォルサッド親子がついて行く形になった。エルフィーは嬉々とした表情で入った店がどんな雰囲気だったか、セルセローズの店での出会いの話をしていた。それをボーッと見ていたトムは肩を掴まれて父の方を見た。
「それで、ほうきの件だが、何があった?」
「実は」
ほうきに関することだからと店の前で起こったことから本当は違う種類のほうきを選んだことを隠そうとしていることも全部話した。
「父さん僕はどうするべきだと思う?」
「・・・・・・それは自分で考えるべきだ」
仕事で忙しいシングルファザーのユース。それでもできる限り父親として頑張ってくれていることをわかっていた。いつも寄り添ってくれた。
だからこそ初めて言われる突き放されるような言葉に驚愕とさみしさが沸いた。突き放されてこの世界に独りになったような孤独感に胸を閉めつけられる。
それから時間が来るまでトムの放心状態は続いた。
店を出てから三時間が経った頃父親二人の提案で「停留所」に向かった四人は既にユーセスシア魔法学校の制服を着ている年上の人たちや自分たちと同じく私服の人たちが大勢並んでいた。私服という点をのぞいても親が付き添っているというのが見分けられるポイントになっていた。
停留所はユーセスシア村の外れにあり決まった日、決まった時間に来るのにもに乗って学校に行くための場所。乗り物は毎年違い、車、馬車、大きな絨毯、バスなどがあるが過去には各々のほうきで飛んでいくというものがあったらしいが、新入生やほうきに乗りこなせなかった人が学校に行けないという事件が起こったためこの登校方法はなくなった。
店を出た後の会話からずっと塞ぎ込んでいたが様々だった会話が「あ、来た」「今年はSL列車だ」と騒ぎ出す声と汽笛の音で顔を上げた。
白と黒を基調にしている車体どこから走ってきたのかは知らないが白い部分には汚れやゴミが全く付いていなかった。重厚感と存在感がすごく目の前に止まると思わず仰け反って見上げてしまう。
レンガの地面と建物の景色には合うが屋外という部分がアンバランスに思える。列車がレンガの地面を走れるのかと支線を下ろせば、さっきまでなかったはずの線路があり、そのうえにちゃんと動輪が乗っていた。
車両の扉が開き長蛇の列は各々近くの扉から車内に入っていく。
「学校ではおとなしく行儀良くな」
とても12歳に向ける言葉とは思えないことを言われているエルフィー。父親への挨拶も適当にさっさと中に入ると座席をほうきでせしめている。自分も乗ろうと一歩を踏み出すとユースに肩を掴まれた。彼は自身の後方を確認してから真っ直ぐトムの目を見つめた。その瞳には心配と激励の色が見えた気がした。
「本当に気をつけて、学べる物は何でも学んでちゃんと言うことを聞くように」
三時間前までなら元気に返事して笑顔でいってきますと言えただろうが今の気分ではとても言えない。それどころかそんなに自分は弱々しく思われているのか、そんなに学校は厳しいところなのかと不安要素にしかならない。
頷いて列車に乗り込む。車内はボックス席だけ並んでおりそのうち一つをエルフィーが牛耳っていた。
「トム早く座れよ」
気づいていないのか気づかないふりをしているのかトムに対する態度は三時間前と何ら変わりはない。席に着くと車体が揺れ少しずつ進み始めた。車両のほとんどが窓の外に向かって手を振ったり声を出している。
ボックス席を横に並んで座っている男子二人組は窓の外を見ようとしなかった。エルフィーは外から飛んでくる父親からの忠告や生活態度に関しての注意などをうんざりした表情で聞き流し、トムは通路側の席だから仕方ないと、言い訳を付けてそちらを見ようともしなかった。
列車が走り去ると停留所に残っていた見送りを済ませた親は散らばっていく。
生徒たちが列車に乗って学校へ行くのを見ていた二人がいた。
「今からあんな調子で大丈夫ですかね」
「さあ」
褐色の男は薄っぺらい笑みを浮かべ、心から興味なさそうな声を出した。二人は停留所から少し離れた場所にいたがそこにユースがやってくる。その顔は不安一色に染まっていた。
「息子のことをお願いします」
「どう変わるかは彼次第」
「今の彼にこれからの生活が絶えられるとは思えませんけどね」
大切な息子の命を預かるというのに二人のかける言葉は淡泊だ。
「さてさて僕たちも準備しますか、それじゃウォルサッドさん」
きびすを返した二人が見えなくなるまでユースはその場に立っていた。