決闘
女のブレスレットを見てすぐ喋ろうとしたエルフィーは慌てて口を閉じた。さきほど痛い目をいたのが尾を引いているのだとトムは察した。
「じゃ、外出よっか」
褐色の男の提案にトムと黒髪の女が移動を始めるとウィリアムやエルフィーを筆頭に玄関口にいた全員が外に出始めた。移動の最中にトムは二人に声をかけた。
「名前聞いて良いですか」
「決闘が終わったらね」
女にはピシャリとはっきり断られ、男は距離的に聞こえてるだろうに笑顔でスルーしていた。
トムと女を中心に円形の人の檻ができる。二人は向き合うとすぐにトムは手を前にかざした。
「いいね、やる気十分で」
トムは未だに彼女に言われたことを胸の中でモヤモヤさせていた。
『お前、惨めだな』
何故会ったばかりの人にあんなことを言われなければならないのか、わからない。この決闘で勝って発言を取り消してほしい。そして何故そんなことを思ったのか教えてもらおうと決意を新たにする。
「始め!」
褐色の男の掛け声で決闘が始まった。それと同時に魔力を練り固めたできた光弾が女の顔に一直線に飛ばされたが構える様子もビビる様子もなく顔の角度を少し傾けるだけで避けてしまった。女の後ろには褐色の男がいた。光弾は男に当たることなくはじけて消えた。
トムは驚きと困惑で頭がいっぱいになった。音速にも等しい光弾を余裕で交わした女にも、何もしていないのに光弾を消し去った男にも。
考えてる暇はない。勝たないと連れて行かれる。その危機感だけがトムの体を動かした。
魔法学校に入学する前からある程度のことは学ぶものだが実践できるものはほとんどいない。にもかかわらずトムは何発もの光弾を放った。
しかしそのどれも避けられた。その場からほとんど動かずに。光弾は自身の魔力を固めて作っているため当然やり続ければ疲れてくる。そのうえトムは光弾を作り出すことができていても身体的・精神的に成長することで増える魔力が全然身についていないのだ。
それから何弾、女が避けただろうか。トムは肩で息をしているのに対し女は先ほどから変わった様子もなく、それどころかどこか飽きているようだった。このままじゃ連れて行かれる。そんなのは嫌だと最後の抵抗にトムは手を天に掲げた。するとトムの手の周りを電気が瞬き始めた。バチバチと音が鳴る、触れてしまえば命に関わる事態になるのが見るだけでわかる魔法だった。
「「へえ」」
この時初めて女の口元に笑みが浮かんだのをトムは見た。そしてその奥にいる褐色の男も顎に指を添えて興味深そうにトムを見ている。
「僕はここでこれからいろんなことを学ぶんだ!」
トムの、今できる精一杯の声と行動だった。光弾よりも早い光速で電撃が女に向かっていき。アタたった瞬間すさまじい爆発が起こった。熱と煙と衝撃が周りの群衆にまで広がる。あきらかに劣勢だったトムが光弾ではなく魔法で女を倒したことに沸く人もいれば未だに煙に包まれて見えない女の心配をする人もいた。
疲労がピークに達したトムは女のことを心配しながら床にへたり込んだ。
「まだ授業を受けたことがないのに、なかなかやるじゃん」
煙が晴れると女は先ほどと全く変わった様子がなく立っていた。ただ一つ違ったのは前にかざしている左手の五指を包むような銀の爪を身につけていた。引っかかれれば出血多量間違い無しだった。その爪は電気を纏っていた。
「実践もしたことないだろうに、ぶっつけ本番にしては良い電撃だったよ」
女は左手をさっきのトムと同じく天にかざすと目に見えない堅い物を握りつぶそうとするかのように指に力を込めていく。先ほどまで朝日がさす快晴だったのに雷鳴がなり黒雲が集まり始める。
「でも電気じゃなくて雷くらいじゃないと私とは戦えないかな」
雷は今にも落ちてきそうでトムはこんな人に敵うはずがないと絶望し目頭が熱くなった。最初から自分に勝ち目は万に一つもなかった。理不尽すぎる結果に相手を罵ればいいのか、心のままを叫べばいいのか、行きたくないと駄々をこねればいいのかトムにはわからなかった。
銀の爪の人差し指がトムに向けられた。
「勝負ありってことで良いの?むしゃくしゃする気持ちをどうにかしたいなら、まだ付き合うけど」
トムは涙だけは見せまいと俯いて首を勢いよく横に振った。トムの視界に靴のつま先が入った。見上げると褐色の男が見下ろしていた。
「約束だから一緒に着いてきてね」
「あのせめてお別れだけ言って良いですか、数人しか友達まだいませんけど」
「……何で?」
期待を胸に入学したのに授業を受けることもなく友達との挨拶もさせてくれないなんて、最低だ。そう言おうとトムが口を開く前に男が口を開いた。
「あーそういえば言ってなかったね。君が僕たちと学校を離れるのは一年生の間だけだし冬休みは学校に戻ってこれる予定だよ」
「・・・・・・は」
もう怒ればいいのか呆れればいいのかわからない。一瞬喜びそうになったトムは考えを改め褐色の男にかみついた。
「それって結局授業に出れないってことじゃないですか。しかも一年生の間って、僕は基本も学べないんですか」
「悪いけどそこは自分で頑張って。じゃ、行くよ-」
まだまだトムの口から発せられようとした抗議の言葉は浮遊感によって消えた。男は猫でも掴むようにトムの襟首を掴んで持ち上げると自身の肩に乗せた。俵担ぎ状態のトムは慌てて手足をばたつかせて暴れるがそんなのはお構いなしに男は校門へと足を進める。その後ろを黒髪の女が付いてくる。
「・・・・・・名前」
ポロッと口から出たトムの言葉に女がトムの顔を見上げた。
「決闘の後で名前を教えてくれるって」
「未良、呼び捨てでかまわないから。敬語も別にいらない、あんたを担いでいるのが私の師匠のエヴァース、偽名だけどね」
エヴァースの長い足で校門まですぐだった。
「あの準備とかいいんですか、旅をするための荷物とか」
「大丈夫君が取りに戻る必要ないから」
エヴァースの背後に校長が心配そうな面持ちで来た。エヴァースが振り返って向かい合うとトムは校長に尻を向けている状態になった。恥ずかしくなりジタバタ暴れるがそんなトムを気にすることなく二人は真面目な顔で会話をしている。
「くれぐれも学校の生徒を危険な目には遭わせないで下さいね」
「何度も渋って食い下がってきたのに最後は潔いですね。あなたが心配するようなことはないので、ひつこく手紙送ってきたり、魔法界首相に相談するとか止めて下さいね」
エヴァースは自分の用件を話すと校長に背を向けた。結果再びトムが校長と向き合う形になったのだがエヴァースが歩き出す直前校長がトムの頭をさらっと撫でた。
「気をつけてね、ウォルサッド。帰りを待っているからね」
トムはこれから何が起こるかわからないが頑張りますと伝えようとしたが物理的に距離が離れていくためできなかった。横向きに離れていくのではなくどんどん縦の距離が離れていった。
トムの視界に風を受けてはためく何かが映った。
それは絨毯だった。トムとエヴァースは空飛ぶ絨毯に乗っていた。
「え、これ、何で」
絨毯はほうきに比べてメリットが多い。ほうきのような種類やランクはなく全て使用人の采配で決まる。その分扱うのが難しい。しかしだからこそ扱えるようになると絨毯以外が使えなくなるという噂もある。
「トムは空飛ぶ絨毯に乗るの初めてだよね?」
「はい、凄いですね。もう学校の皆が点に見えますしあんなに大きい校舎がどんどん小さくなっていく」
初めて空を飛ぶのはエルフィーにほうきを見られて気まずい思いをしながら、授業で下手な飛行をするんだと思っていたトムには初めての飛行体験は素晴らしいものになった。
「気に入ったなら良かった、でも僕の手や腕が滑ったりしたら君だけ真っ逆さまだから気をつけてね」
その言葉に、体中に風を受けて楽しそうにしていたトムは石像のようにピシリと固まった。