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第2話 パーティを組もう 後

 すっかり夕刻も近づいてきた街並みを、リッケルト、レイリア、そしてマリシエラの三人は連れ立って歩いていく。


 家路を急ぐ主婦や子供たちとのすれ違いは中央広場で別れを告げ、宿屋通りに入ると、仕事を終えた労働者や冒険者たちに代わっていく。


 その間を通りながら、レイリアは繰り返し自分の両手を眺めては、にやける頬を押さえきれずにいた。


「ただの手袋が、そんなに嬉しいものかしら」


 マリシエラの呆れた声が聞こえても、レイリアの機嫌はちっとも損なわれることはない。


「うん! だって、これが冒険者としてのわたしの、最初のひとつ……ううん、ふたつなんだもん!」


 そうはにかむレイリアの腰には、行くときには身に付けていなかった革の水筒も増えている。


 当初の目的であった手袋を買うという話になったとき、ジンガは騒ぎを収めてくれた礼として、手袋と、そしてレイリアが持っていないと知るや、水筒も譲ると申し出た。


 レイリアはそれを固辞したが、ジンガは有無を言わさずそれらを押し付け、こう言った。


『なら、これがいずれ頼む仕事の手付金だと思え』


 そうして、手袋と水筒は、レイリアのものとなった。


「それか、私っていう厄介者を追い払った報酬ね」


「もー! そういう言い方しないの!」


「はいはい」


 そんな会話を後方で聞きながら、出会ったばかりだというのに、もう気の置けない友人のようだ、とリッケルトは感心していた。


 それはやはり、レイリアの人柄によるものだろう。彼女にはどうしてか、人を……そうでなければ、同じ志を持つものを惹きつけてやまないなにかがあるようだ。


 自分もその惹きつけられた側のひとりとして、レイリアに付くことを選んだのは間違いではなかったと、そう証明されているようでもあった。


 最も、冒険者としての彼女はまだ未知数だけどな。リッケルトは心中で楽観的な自分に釘を刺す。彼女が花開くかどうかは、これからだ。


 人の出入りする宿の前を通りながら、リッケルトは前を進む背中に声をかけた。


「マリシエラ、宿はどうするつもりなんだ?」


 その声に振り返るマリシエラは、リッケルトたちとは違う宿に身を置いていた。


 彼女の利用していた二つの大鍋亭は、カザディルでは老舗の冒険者の店だ。店構えも大きく、店の真ん中に設えられた暖炉では、その名の通り鍋が二つ、いつでもスープを暖めている。


 同じ宿屋通りにある店ではあるが、拠点にするとなれば、リッケルトの顔が利き、レイリアも利用している暴れ大山羊の角亭になる。違う店から行き来をするのは、なにかと不便が多い。


「暴れ大山羊の角亭だったかしら、そっちに移るつもりよ。同じパーティで違う宿を使う理由はないわよね?」


「もちろん」


 一度店を決めた冒険者が鞍替えをすることは稀だが、組んでいるパーティが変わるとなれば話は別だ。それに文句を言う店主は、どこにもいない。


「私は一度宿に戻って、荷物を持ってくるわ」


「じゃあ今日は、マリシエラの歓迎会だね! ご馳走頼んでおかなきゃ!」


「そんなお金あるの、レイリア?」


「……ないです」


 しゅんと肩を落とすレイリアの姿に、早いところ仕事を依頼を取り付けてこないとな、とリッケルトは決心を改める。


「まあそれなら、俺たちは先に店に戻ってるよ。場所はわかるんだよな?」


「当たり前でしょ、一通りの店は確認してるわ」


 そう手を振るマリシエラと一度別れ、二人は宿への帰路を行く。


 暴れ大山羊の角亭に戻ると、宿の酒場はもうすっかり人で賑わっていた。


 仕事を終えた職人や商店主、昼からずっと過ごしている若い冒険者もいれば、どこかで冒険を終えてきたベテランの冒険者もいる。


 それぞれが思い思いに、今日の出来事や冒険の自慢話、仕事への愚痴や先行きへの不安を肴に、ジョッキになみなみと注がれたエールを喉に流し込んでいた。


 そんなざわめきの中で空いているテーブルを見繕い、リッケルトとレイリアは腰かける。


「とんだ騒ぎに出くわしたと思ったものだけど、思いがけない出会いになったな」


 リッケルトもまた、今日の出来事を思い返した。


「本当に! えへへ、マリシエラ、まさかわたしの最初の仲間がエルフだなんて」


「俺も驚いてるよ。それにあとは、モーリーンに紹介してもらうもうひとりだけど……」


 そう思い辺りを見回すが、酒場にモーリーンの姿は見えなかった。


 用事で席を外しているのだろうか。リッケルトはあまり気にせず、肩をすくめた。


「それがどんな相手かまだわからないけど、ともあれこれで駆け出し冒険者のパーティ結成ってわけだ」


「いよいよここからが本番、なんだよね」


「そうだな、そして俺の仕事もここからだ」


 そう、レイリアにとってこれはまだ、スタートラインに立てたというだけでしかない。実績も伝手もなかった彼女が、どうにか冒険者を名乗れる体勢が整ったに過ぎない。


 ここからレイリアたちがどれほどの仕事にありつけるのかは、リッケルトの手腕にかかっている。


 人好きするレイリアのことだ。あるいは独力でも多少の仕事を見つけることはできるかもしれない。だがそれでなれるのは、街の便利屋の地位がせいぜいであろう。


 そこからさらに上を目指すのであれば、より高い危険に、より高い脅威に挑むための知識や技術、度量が必要になる。それを導いていくのが自分だと、リッケルトは自負していた。


 そしてその功績を歌い広めるのだ。寝物語に子供に聞かせる、伝説の英雄譚のように。


 遠い目標を別としても、レイリアの、そしてリッケルトの懐事情を鑑み、早急に仕事を取り付けたいところであることには変わりない。幸いにもマリシエラという仲間が増えたことで、受けられる仕事の幅も多少は広がっただろう。


「わたし、今から楽しみで仕方ないよ! これからどんな冒険が待ってるんだろう!」


「はは、そんなに意気込まないでも、最初は……」


 リッケルトは途中で言葉を飲み込んだ。


 彼らの座る席に、ふらふらと近づいてくる人影があったからだ。


 酒精の回った赤ら顔をしたその人物は、鎧を着込んだ、どこかのパーティの戦士と見える男だった。リッケルトも幾度か目にした覚えのある、まだ若いが、この店では日ごろから精力的に活動しているといえる冒険者だった。


「よう、巨人殺し! なんだあんた、いよいよ弾き語りもやめて、こんなお嬢ちゃんに昔の自慢話でもしてるのかよ」


 リッケルトはうんざりとした、レイリアはあからさまに気分を害されたという表情を男に向ける。


「なんですか、あなた」


「おいおい、そんな怖い顔するなよ。なあお嬢ちゃん、こっちに来て一緒に飲まないか? 俺たちは今日、トロールを三匹も仕留めてきたんだ! そいつの語り飽かされた巨人退治なんかよりも、よっぽど盛り上がる話を聞かせてやるぜ」


 上機嫌に捲し立てる男にしかし、レイリアの表情はますます不機嫌を極めていく。


「そうだ! なんならリッケルト、あんたも来いよ。それで、俺たちの歌を作ってくれていいぜ。そうしたら今よりよっぽど稼げるだろうさ!」


 そんな嘲りをありありと見せる言葉を、これまでであればリッケルトは、陰鬱に無視するだけだった。そうして馬鹿にされながら、結局は他所へ行くでもなく、未練がましく同じ歌を繰り返し歌うばかりであった自分に、かけられた言葉以上の嫌気を覚えながら。


 だが今日にあっては、不思議とそんな嘲りも、そして吟遊詩人である自分にも、欠片ほどの嫌悪を覚えはしない。それどころか、これから始められる大きな仕事を前に、高揚感すら覚えているほどだ。


 だからリッケルトは、初めてそれに胸を張って言い返すことにした。


「あんたロドムって言ったっけか? お誘いはありがたいことだが、悪いな。俺はつい昨日、ある冒険者と専属契約を交わしたところなんだ」


 よもや言い返されるとも思っていなかったロドムは、それに目を丸くした。


「はあ? 専属契約? あんたみたいな陰気な吟遊詩人と契約する物好きが、いったいどこにいるっていうんだ」


「ここだよ!」


 レイリアが立ち上がりながら叫んだ。


「リックはわたしと契約したんだから! わたしの物語を歌い広めてくれるって!」


 ロドムはまたも目を丸くして、ぽかんと口を開いた。そして大笑いをし始めた。


「はははははははは! お前が冒険者だって!? 笑わせるなよ、おいリッケルト! あんたこんな娘を丸め込んで、なにをさせる気だ!?」


「なにがおかしいの!? わたしはこれからあんたなんかより、ううん、この店の誰よりも、この街の誰よりも偉大な冒険者になるんだから!」


 店に響く笑い声は、ますます大きくなるばかりだった。


「もう勘弁してくれよ! 子供の夢を煽るなんて、あんた悪い奴だなリッケルト! お嬢ちゃんも、もう現実を見たほうがいいぜ。その腑抜けの吟遊詩人が付いたところで、あんたひとりでなにができるって言うんだ!」


「ひとりじゃないわよ」


 その声は、ロドムの後ろから聞こえてきた。


「あん、なにが……うぉっ!?」


「マリシエラ!」


 レイリアが歓喜の声で、その声の主を迎えた。


 あまりにも唐突に背後に現れたエルフの姿に、ロドムは硬直せざるを得なかった。ロドムにとって初めて目にするエルフは、美麗で流麗で、繊細で、そして言い知れぬ圧力を伴っていた。


 人間に近くあって、人間ではあり得ぬ存在であるエルフは、少女然としたなりをしながら、まさしくこの日対峙したトロールも及ばぬ存在感を以って、ロドムを圧倒するかのようであった。


「私もその専属契約を交わしたパーティの一員だけれど、あなたの嘲笑は私のことも嘲っているということでいいのかしら」


「な、ん……」


 ロドムはよろめきながら、一歩後ずさった。そして圧を振り払うように首を横に振る。


「エ、エルフだって? 永遠を生きる妖精族なんて聞いちゃいたが、こんな連中と組むとは、歳の甲斐はあって耄碌してるんじゃねえか」


「あら、思ったよりも胆力はあるみたいね」


「は! エルフの小娘が増えたところで、餓鬼のお遊びには変わらねえさ。まったく、酔いが醒めた、飲み直しだ!」


 そう吐き捨てて、ロドムはテーブルを離れる。彼が自分のテーブルでどう迎えられるのかは見えなかったが、もうリッケルトたちの興味はそこにはなかった。


 ロドムと入れ替わるように、マリシエラがテーブルの席に着く。


「ようこそマリシエラ! もう荷物は取ってきたの?」


 レイリアが話題を変えるように、両の手を打ち合わせた。


「ええ、あとはここの主人に部屋を頼まないといけないけれど」


 マリシエラの振り返る先のカウンターに、モーリーンの姿はまだない。


「俺たちも話をしたいんだが、さっきから戻ってないんだ。おかげで食事も注文できてない」


「この時間に店を空けるなんて、よっぽどな用事かしら」


 周りを見れば、どのテーブルにも酒も食事も提供されている。どうやら席を外したのは、リッケルトたちが来る直前のようであった。


「まあそんなに長く不在にはしないだろう」


「それならいいのだけど」


 それよりも、とマリシエラはレイリアに顔を向ける。


「大口上を叩いたものね、レイリア。今の宣誓、店中に聞こえてたわよ」 


 呆れたマリシエラの言葉に周囲を見回すと、レイリアにはいくつかの視線が自分を向いていることが感じられた。


 身の程を知らない小娘を嘲笑う、若い冒険者たちからの視線。だがそればかりではない。年季の入った、あるいはベテランの風格を持つ冒険者たちからは、なにか暖かさの籠った視線を向けられているようであった。


 思いがけず注目を集めてしまったことに、レイリアは頬を赤らめた。


「それにあなたも、巨人殺しの割にはあまり尊敬されていないようね」


 リッケルトはそれに、肩をすくめて答えた。


「言っただろう、昔の話なんだ。あの辺のやつが来た頃には、俺はもう引退してたんじゃないかな」


「ふうん」


 マリシエラは興味の薄いような口ぶりをしながら、じっとリッケルトの瞳を見つめた。それがなにか心中を探られているようで居心地が悪く、リッケルトは目をそらした。


 こうして笑いものにされるようになったのは、いわんやロドムの言う通り、リッケルト自身がここで腑抜けていたからだとは、さすがに言い難い。


「まあいいわ。それで、これからどうしていくつもりなの?」


「そうだリック! 明日から冒険者としてどうするのか、わたしも知りたい!」


 二人に言い寄られ、リッケルトはああ、とひとつ頷いた。


「とにもかくにも、まずは仕事探しだな」


 マリシエラもそうしていた通り、駆け出し冒険者の仕事とは足で探していくものだ。冒険者の店で待っていても依頼が入る冒険者なんてものは、ごく一握りしか存在しない。


 自分で仕事を探しに行く、それが若い冒険者の最初の仕事であるともいえる。


「じゃあ、また職人通り巡り?」


「なによ、私のやってることと同じじゃない」


 不満げにこぼすマリシエラに、基本的にはな、とリッケルトは補足を入れる。


「けれど、これからはレイリアとマリシエラの二人で売り込める。ひとりの新米よりは、二人の方が印象はいい。それに、エルフが一緒となれば嫌でも記憶に残るしな」


 そうね、とマリシエラは腕を組む。


 人間の街で、エルフのマリシエラはどうしても人目を引くことになる。それは、マリシエラ自身がよく知っていることだった。


「けれど、エルフを信用ならないって人間もいたわ。それは悪印象ではないの?」


「まあ、そういう人間がいることは否定できない。けれど、エルフがひとりよりは、レイリアって人間が一緒にいたほうが、不信も抱かれにくいだろう」


 つまり。リッケルトは得意げな表情でひとつ頷いた。


「このパーティは、どっちにとっても利点が大きかったわけだ」


「えへへ! やったね、マリシエラ!」


「まだなにもやってないわよ。それじゃあリッケルト、明日はあんたについて回るわけ?」


 マリシエラの疑問に、リッケルトは考えるそぶりを見せる。


「いや……別行動にしよう。いつまでも俺が付いて、子連れの鴨と思われても癪だし、みんなに二人のパーティだって覚えてもらいたいしな」


「えっ、じゃあリックはどうするの?」


「俺は俺で伝手を当たってみる。いくつか心当たりがあるんだ」


 それに他にやりたいこともあるからな、と心の中で付け足した。


「なんだか怪しいわね。変なこと企んでるんじゃないでしょうね?」


「ないない」


 このエルフの少女からは、どうにもまだ信用を得られているわけではないらしい、と心に書き留めながら、リッケルトは首を振った。


「まあまあ、明日は一緒に頑張ろうね、マリシエラ!」


「はあ……わかったわよ、もう」


 そうして翌日の予定を決めた頃、酒場の奥にある階段をモーリーンが下りてくる。どうやら外に出ていたわけではなく、酒場の二階にある宿の客室に赴いていたようだ。


 リッケルトが手を振って、それを呼び止める。


「モーリーン!」


「おや、あんたたち戻ってたのかい。それに……」


 モーリーンはすぐに気づいて、リッケルトたちの座るテーブルに近づいてくる。そしてそこにあった見慣れない姿に目を止めた。


「新しい顔も増えてるじゃないか。なんとまあ、エルフの客なんて、とんと見なかったよ」


 マリシエラは立ち上がり、恭しく礼をする。


「リンデンのマリシエラよ、どうぞごじっこんに」


「これはご丁寧に。あたしはここの主人のモーリーンさ」


「あら、ご主人だったのね。それなら、部屋を一つ都合してもらえるかしら。それから、私もここで冒険者として活動しようと思っているのだけど」


「もちろん、宿代を払ってもらえるならね」


 とんとんと進む商談に区切りがついたところで、リッケルトが口を挟んだ。


「なあ、モーリーン。今日言ってた冒険者見習いってのは?」


 するとモーリーンは、心底呆れ果てたようにため息を吐き、大きく首を横に振った。


「それが、部屋からどうしても出てこないのさ」


「部屋から出てこない?」


 リッケルトが聞き返すと、ああ、とモーリーンはまた大きなため息を吐く。


「人見知りなのさ、ものすごくね」


「……それなのに冒険者見習いなのか?」


「ちょっと、大丈夫なのそれ」


「大丈夫なもんかい。事情があって面倒みてるんだけど、部屋に引きこもってばかり。このままじゃ冒険者になんかなれやしない。最近はようやく部屋の外に顔を見せるようになったかと思ったんだけど、あんたらに紹介するって話をしたら、頑として扉を開けてくれなくてね」


 悪いけれど、紹介するのはまた今度にさせておくれ。そう言ってモーリーンは深く肩を落とす。


 リッケルトは、なるほどそれなら自分が見かけた覚えがないのも納得だ、と内心で手を打ち合わせた。


「ねね、わたしが声をかけてみてもダメかな?」


「人見知りにそれは逆効果なんじゃないか」


 レイリア以上に前途多難な冒険者見習いもいたものだ、と二階へ続く階段を見ると、そこから覗いていた黒い髪が引っ込んでいったようにリッケルトには見えた。

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