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第2話 パーティを組もう 前

 エルフとドワーフは、同じ馬車には乗せられない。そんな故事成語を、リッケルトは思い出していた。


 今時そんな言葉は、物語の中に出てくるばかりだと思っていたのだが。


「だから! お前さんみたいなエルフの小娘に頼むような仕事なんてないって、何度も言ってるだろうが!」


「小娘じゃないって言ってるでしょう、この石頭ドワーフ! 何度も来てるんだから、ひとつくらい用意しておきなさいよ!」


「冒険者のために仕事を用意する依頼人がどこにいるっていうんだこの歳ばかり食った青二才め!」


「なんですって!」


「ちょ、ちょっと、落ち着いて二人ともー!」


 まさしく絵に描いたような、見事なまでのエルフとドワーフの喧嘩と、それを必死でなだめるレイリアを見ながら、果たしてどうしてこうなったのかと、リッケルトは今朝のこれまでの出来事をぼんやりと思い返していた。





 レイリアの専属吟遊詩人になると決めたその翌日。


 リッケルトとレイリアは、暴れ大山羊の角亭のテーブルで顔を突き合わせている。


 この娘を冒険者として導いていくとして、とリッケルトはその全身を上から下までじっくりと観察した。


「う、な、なに?」


 その無遠慮な視線には恥じらうものがあったか、レイリアは大きな胸を腕で隠しながら顔を赤らめる。


 悪い、と目線を切って、リッケルトは腕を組んだ。


 改めて確認しなければならないことがいくつかある。


「そもそもレイリアは、冒険者になるための準備、どのくらい整ってるんだ?」


「え? 準備?」


 訊き方が悪かったか、とリッケルトは質問を変える。


「昨日抱えてた荷物があっただろう。中にはなにが入ってたんだ?」


「荷物? こっちで暮らすための着替えだよ! それに下着と……あ、見せてはあげないからね!」


 冗談めかして舌を出すレイリアからは、他の内容は出てこない。どうやらそれですべてらしい。そしてレイリアの来ている服と言えば、まさしく村娘のそのままだ。せめて冒険者らしいものは、腰の短剣ひとつだけ。


 目頭を押さえながら、続けて聞いていく。


「……金はどのくらいあるんだ?」


「えっと、あと二日分の宿代と食費くらいかな。こっそり貯めてたから、それくらいにしかならなかったんだ」


 その返答に、リッケルトは今度こそ頭を抱えた。


「村を飛び出してきたって、本当に飛び出してきたのか……」


「え、そう言ったよ! だってパパもママも、絶対に許さないっていうんだもん」


 だから、あとは冒険者になって稼ぐつもりだったんだ。頬を膨らましながら、レイリアはそう答える。


 こんな調子の娘が冒険者になるのを笑って送り出せる親など、この世界のどこにも存在するまいな、とリッケルトは盛大なため息をついた。


 どうして誰もこの娘に冒険者の足掛かりを教えてやらなかったのか。いや、親が反対していたならそれもむべなるかな。リッケルトは呆れを通り越して嘆きそうになるが、頬を叩いて気持ちを入れ替える。


 自分がその道しるべになると決めたのだ。ならばこれも巡りあわせだろう。


 ただ、まずはひとつ、教えなければならないことができた。


「レイリア、まずは冒険者になるためにも、ひとつ教えなければいけないことがある」


「えっ、なになに?」


「人に聞かれても財布の中身なんか答えるんじゃない」


 レイリアは目を丸くした。


 それから思い切り、頬を膨らませた。


「なにそれ! リックが訊いたのに!」


「少しは警戒心を覚えろ!」


 不貞腐れるレイリアを諫めながら、リッケルトはこの無邪気な少女が変な人間に騙されないように育てなくては、と決意を新たにした。


 それはともかく、とまだ不満顔をしたレイリアを手であしらう。


「今日の予定だけどな」


 レイリアの表情がぱっと輝く。


「うん、今日はなにをするのっ?」


 本当にころころと表情の変わるやつだ。期待に満ちた眼差しを向けるレイリアに、リッケルトは頷きながら指を二本立てた。


「やることは二つ。ひとつは仲間探しだ」


「仲間探し?」


「ああ、レイリアには冒険者の知り合いもいないんだろう?」


「うん……あ、そっか」


 レイリアは納得したように手を叩いた。


 冒険者というものは、多くの場合が仲間とともに、協力しあって仕事を遂行する。それぞれに得手不得手がある者同士、役割分担をして困難に臨むのだ。これは危険な魔物を相手にするときも、底知れぬ迷宮を探索するときも同じである。


「パーティを組むんだ!」


 その冒険者の徒党を表す最小構成単位が、パーティであった。


「そういうことだ」


 中にはよほど器用で単身で身を立てるものもいるが、田舎から出てきたばかりの、それも今すぐにでも仕事にありつきたい少女には勧められない道である。


「でも、どうやって探すの?」


「一番手っ取り早いのは、やっぱりこの店で探すことだろうな。今更他の店に行くわけにもいかないし」


 大抵の冒険者は、自分の拠点となる店を決め、その店のお抱え冒険者として活動していくことになる。明確な規定こそあるわけではないが、一度利用する店を決めたなら、他の店には顔を出さないのが暗黙の了解だ。


 あるいはどの店も通さずに仕事を受けるならば話は別だが、それはさておき。


 問題は、そんなに都合よくパーティを組んでくれる相手がいるかどうかであった。


「せめて二人は探したいけれど……とりあえずそれは、モーリーンに聞いてみよう」


「あたしがなんだって?」


 通りがかったのは、まさに話していた女主人だった。両手にジョッキを抱え、またも昼からたむろしている若い冒険者たちに配っていたところのようだ。


「なんだい、きちんと面倒みてるみたいじゃないか」


 二人の様子をいつから見ていたのか、レイリアに道を示すリッケルトの姿に、モーリーンは満足そうに頷きながらそう言った。


 レイリアがそれに、嬉しそうに付け加える。


「それだけじゃないよモーリーンさん! リックは、わたしの専属吟遊詩人になってくれるんだ!」


「へぇ……やっと道が見えたのかい」


 リッケルトは、妙に気恥しくなって頬を掻いた。


「まあ、そんなところかな」


「いいことじゃないか。それで、あたしへのツケを払ってくれれば、言うことなしだね」


「わかってるよモーリーン。そのためにも聞きたいんだけど、今店に、レイリアみたいな駆け出し冒険者っているか?」


 リッケルトのその質問に、モーリーンは我が意を得たりとばかりに大きく頷く。


「こっちもその話をしようと思っていたところさ。まさにその通りの子がいるよ。レイリアと同じ冒険者見習いで、あんたに一緒に面倒を見てもらえないかと思ってた子がね」


 都合のいい話もあったものだ、と思いながら、しかしリッケルトはそのモーリーンの口ぶりに首を傾げた。


「それ、どんなやつだ?」


「レイリアより少し年上の娘さ。ただ、ちょっと難のある子でね。実際組むかどうかは、会ってみて決めてくれりゃいいよ」


 最後はレイリアに向け、モーリーンはそう言う。レイリアはそれに、満面の笑顔で頷いた。


「うん! えへへ、わたしよりお姉さんかあ。どんな子なのかな」


「悪い子ではない、ってのは保証するよ」


 あとで紹介するから、また来ておくれ。そう締めくくって、モーリーンはまたジョッキを抱えてカウンターへと引っ込んでいく。


 その後ろ姿を見送りながら、リッケルトはモーリーンの言葉を思い返していた。


「レイリアより少し年上の冒険者見習い……最近そんなやつ出入りしてたかな。モーリーンの個人的な知り合いっぽいけど」


 少なくとも、リッケルトの記憶には該当する人物がいなかった。


「会えばわかるよ! でもよかった、これでパーティも組めそうだね」


「そうだな。売り込むにはもうひとりくらい欲しいところだけど……それもおいおい探していこう」


 いともあっさりと目途が付いた仲間探しを一度棚に上げ、それならばとリッケルトはもうひとつの予定を繰り上げることにする。


「よし、それじゃあ出かけるとするか」


「えっ、どこ行くの?」


 リッケルトは立ち上がりながら答えた。


「買い物だよ」





 昨日もレイリアを連れて回った職人通りには、およそ生活に必要なものを、そして冒険者をするのに必要なものを揃えるに十分な店が揃っている。武器、防具、薬、あるいは野営具。よほど希少な品か魔法の品でもない限り、カザディルで手に入らないものはないだろう。


「それで、なにを買いに行くの?」


 人波をすり抜けながら、隣を歩くリッケルトを見上げながら、レイリアが訊いた。


「革の手袋だ。どこでなにをするにしても、絶対に持っておいた方がいい」


 魔物や獣との戦いに限らず、冒険者はなにかと力仕事をする場面も多い。手を守るための防具は必需品とも言える。


「一応確認するけど、レイリアはその短剣で戦うつもりなんだよな?」


「うん! 本当は長剣がいいんだけど、家にあるのは狩猟用のこれだけだったから」


 それを勝手に持ち出してきたのか、とリッケルトはレイリアの両親の心労を思って遠くを見た。村を飛び出したことといい、さぞやご立腹か、でなければ枕を濡らしているだろう。いずれ一度家に帰させる必要があるかもしれないな、と心の手帳に書き留める。


「とにかく、そういうつもりならなおさらだな。本当なら防具を揃える、と言いたいところだけど、そんな金はないだろう?」


 依頼を持ってこようとする人間は、身なりでその相手を判断する。剣士であれば剣士なりの格好をすることは、仕事を受けるための第一歩とも言えた。


 だがリッケルトがそう聞くと、レイリアはなぜかわざとらしくそっぽを向く。


「知りませーん」


「なんだそれ」


「財布の中身を聞いてくる怪しい人には、答えちゃダメって教わったんだもん」


 リッケルトは思わず噴き出した。


「あー! なんで笑うの!」


「いまさら俺に隠してどうするんだよ!」


「だってリックが言ったんじゃん! もう!」


 それから、二人で揃って笑い声をあげた。


「あはっ……でも、手袋買うのもお金足りるかなあ」


「そのくらいは俺が持つよ」


 リッケルトのその言葉に、レイリアは目を丸くして振り返った。


「えっ、でもリック、お金あるの?」


 最初に心配するのがそれか、とリッケルトは苦笑いを浮かべる。無遠慮に失礼な心配だが、確かにその心配は当たっているので大きなことは言えない。


「これから行く先だって馴染みの店だ、頼めば少しくらい待ってくれるさ」


「で、でも、モーリーンさんにもツケがあるのに……?」


 申し訳なさそうな、あるいは心配そうな顔をするレイリアに、リッケルトは胸を叩いて見せる。


「未来の英雄のためなんだ、このくらいの投資は安いものだろう」


「うん……ありがとう! 絶対、いっぱいお金稼いで返すから!」


「だから、物語をくれればいいって」


 そうするうちに、二人は中央広場を抜け、一日ぶりの職人通りへと足を踏み入れていく。


 目的地はジンガの防具店、ドワーフが主を勤める店である。


 ジンガはこのカザディルの職人通りで長年店を営む、老舗の防具屋だ。多数の職人に顔が利き、本人の目利きの才も確かなもので、扱う防具の量も質も売値も間違いがないと、カザディルで活動する冒険者の信を一手に集めている。


 そんなジンガは、もちろんなにか仕事があれば冒険者を使うことを躊躇わなかったし、駆け出し冒険者で足りる用があれば積極的に仕事を回すことだってしてくれていた。彼は、リッケルトの客になることも、リッケルトが客になることもあった馴染みのひとりであり、昨日レイリアを連れて回った店のひとつでもあった。


『いい加減にしろ! 今すぐわしの店から出ていけ!!』


 だから、そのジンガの店からそんな怒号が聞こえてきたとき、リッケルトはまず目を丸くしたものだった。


「な、なんだ?」


 カザディルで生活をしてからこの方、ジンガのそんな怒声を聞いたことは一度もなかった。


「ねえリック、このお店だよね? なにかあったのかな」


 なにか起きたのでもない限り、ジンガがこんなに声を荒げることはないだろう。堅物だが、理不尽に人を怒鳴りつけるような人物ではない。


「とにかく入ってみよう」


 恐る恐る扉を開け、レイリアと二人で店の中を覗き込む。


 まず目に入ったのは、ずんぐりとして立派なひげを蓄えた、小柄な人物。ドワーフのジンガ、この店の店主だ。カウンターに身を乗り出し、顔を真っ赤にして怒りの形相を浮かべている。


 そしてもうひとり、入り口に背を向けた別の人物がいた。


 それはどうやら、少女のようであった。


 すらりとした細身の身体に立派な弓を背負い、若草色のマントを羽織っている。背まで伸びた黄金色の髪が、窓から差し込む明かりにきらきらと光を映している。


 その横顔は、まだあどけなさを残す少女のもの。見た目はレイリアよりもやや年上に見える。だが実際のところはどうだかわからなかった。なぜなら、金の髪から覗く両の耳は、先が尖っているからだ。


「エ、エルフ……!」


 思わず声を上げたのは、レイリアだった。


 エルフは、悠久の時を生きる精霊の輩として、よくその名を知られている。精霊と言葉を交わす術に長け、種を通じて弓の腕にも秀でているという。なにより永きを生きる彼らは、人間とは見えるものが違うともいわれていた。


 彼らはその大半がリンデンの森を守って生きており、人里に姿を現すことは稀だ。一方で、同じ精霊の輩であるドワーフは、その技や商売を通じて人間と交流することも多い。


 そんな対照的な二つの種族が、目の前で言い争いを繰り広げているのだった。


「わ、私、エルフを見るの初めて……」


「俺も、まだ一度しか会ったことがないな……」 


 中には人間に混じって暮らしているエルフもいるというが、目の前の少女はむしろ、まだ森から出てきたばかりのように思われた。


 二人が中を覗いていることにも気づかないまま、エルフとドワーフの口論はますます過熱していった。


「いったい何度言えばわかるの! どんな簡単な仕事だっていい、ただなにか用事を言いつけてくれればいいだけじゃないの!」


「こっちこそ何度言ったと思ってる! どこの誰とも知れない相手に頼むような仕事は、この店のどこにだってない!」


「名乗ってるわ! 私はリンデンのマリシエラ! エルフの野伏(レンジャー)! 知ってるのよ、昨日他の冒険者に仕事を頼んでいたことくらい!」


「だからそれは……!」


 妖精たちの言い争いはとどまるところを知らず、このままではどちらかが手を出しかねないとさえ思われた。


「レイリア、入るぞ」


「う、うん、止めよう!」


 リッケルトは、意を決して扉を開け、店の中に足を踏み入れた。


「ジンガ! おい、ジンガ! どうしたんだ、外まで聞こえてるぞ」


 店の中の二人が一斉に戸口を見た。


「なによ、あんたたち」


「おお、リック坊主にレイリアの嬢ちゃん! いいところに来た、こいつをどうにかしてくれ!」


 知った顔に破顔したジンガが、手で招いて助けを求めてきた。


「ちょっと、まだ話は終わってないわよ!」


「待て待て、落ち着けって。いったい何があったんだ。森の民がそんな声を荒げるなんて、聞いたことないぞ」


 リッケルトはあえてエルフの少女に向かってそう言った。どうやら頭に血が上っているのは、少女の方に思えたからだ。


「どうしたもこうしたもないわよ! このドワーフの働いた不義理を正そうとしただけだわ!」


「どこが不義理だ! こっちだって最初は人情で聞いてやってたが、もう限界だ!」


「ちょ、ちょっと落ち着いて、もうー!」


 またぞろ言い争いを始める二人の間に、レイリアが割って入る。それでも、妖精たちは止まる気配がなかった。


「ああもう」


 リッケルトは頭を掻きむしる。


 どうするか、と考えて、ふと自分が背負っているものを思い出した。


「ジンガさんもエルフさんも落ち着いてってば!」


「わしは落ち着いているともレイリア嬢ちゃん、だというのにこの無駄に歳を食ってきた小娘がだな!」


「私は小娘でもエルフさんでもない! マリシエラって名前が……」


 また激昂するかに思われたエルフが、不意に口を止めた。店の中に響き始めた音色に気付いたからだった。


 優しい調べだった。ぽろんぽろんと染みわたる音色が、静寂を取り戻していくかのようだった。


 気付けば、レイリアも、ジンガも、そしてエルフの少女も、口を閉じ、その音色の主を見ていた。リュートを奏でるリッケルトを。


 そして、歌が聞こえてきた。それは、レイリアには聞き覚えのない言葉だった。


 ────夜空を見上げて船を探そう。

 ────星の間を渡る船を探そう。

 ────光の航路を西へ向かう船を。

 ────月の導に従って港へ向かおう。

 ────その船に……。


 歌が止まる。リュートを弾く手も止まった。


 リッケルトが頭を掻く。


「すまん、最後の部分を忘れた」


「……あなた、エルフ語を?」


 呆然としたような少女の声に、リッケルトは首を振った。


「歌だけだ。曲がりなりにも吟遊詩人だからな。落ち着いたか?」


 エルフの少女は、唇を噛んで小さく頷いた。

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