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第1話 冒険者になりたい! 前

 伸ばした手の先も見えぬような深い闇。両足が踏みしめているはずの大地の感覚すらあやふやな、底無しの漆黒。


 その中に、蒼白い二つの灯りが浮かんでいた。


 眼だ。それは執着に燃える二つの眼だ。


 暗黒の中で、徐々にその眼を持つものが姿を現しはじめる。剥き出しの骨とも干からびた肉ともつかない相貌。身に纏うのは元は豪奢な衣装であったことが窺える、しかして今は実体すら定かではない襤褸切れ。肉の削げ落ちた頭に頂いた冠が、いっそ滑稽ですらある。手に握られた長剣だけが、いやに鋭く輝いている。


 ああ、またこの夢だ。


 振り上げられた長剣を見ながら、リッケルトはぼんやりと考えた。


 今日の寝覚めは最悪だな、と。





 西方大陸の中央、ニルンドール地方にあって、カザムダリアはもっとも大きな国であり、その都たるカザディルは最大の都市であった。


 東西に連なる白鷲山脈、その南側の麓に築かれたこの街には、赤や橙の煉瓦でこさえられた家々が立ち並び、通りを行き交う人や馬車が今日も賑わいを見せている。最奥にそびえる王の居城は、街のどこからでも望むことができ、その偉容を一目見ようと街を訪れるものも多い。


 人と物の集まる城下町カザディルは、従って冒険者たちの集まる街でもあった。


 冒険者。


 それはあらゆる垣根を超えて、己が剣を、弓を、あるいは魔法を頼りに生きる人々の総称。男を、女を、人間を、エルフを、ドワーフを問わず、あらゆる危険に、あらゆる困難に、あらゆる謎に挑む彼らを、その腕を頼みにするものは多い。


 あるものは多大な功績を残し、またあるものは儚くもその命を散らし……そして時として、伝説にその名を刻む。


 冒険者は常に、若者たちの羨望の的であった。


 カザディルは宿屋通りに面した暴れ大山羊の角亭もまた、そんな冒険者たちの集う店である。


 他に漏れず煉瓦造りの暴れ大山羊の角亭は、二階に宿を持ち、一階は酒場になっており、昼日中から客の絶えない酒場では、今日も人々の噂話がざわめきを作っている。


 やれどこそこに古代文明の遺跡が見つかったの、やれだれそれが凶悪な怪物を打ち倒したのと、囁きあうのは、まだ年かさのいかない若者たちだ。みな剣や斧や弓を携え、駆け出したばかりの冒険者であることが窺える。


 そんな騒めきの中にあって、ひとつ異なる音が響いている。軽やかに弾かれる弦が生み出すのは、リュートの音色であった。


 それは店の最奥。


 壁に掛けられた大山羊の頭蓋骨。


 その下にある暖炉。


 その脇に腰かけた、ひとりの男が奏でていた。


 朗々と歌い上げる男の声が、酒場の中に響き渡る。


 ────聴け、大地を揺らす響きを。聴け、夜を裂く雄たけびを。

 ────それは天を衝く威容。誰もが見上げるその一つ目。

 ────あれなるは血の涙のロンドゴアル。数多の騎士が畏怖する名。

 ────人を踏み、獣を食らい、血の涙を流させる無法者。

 ────しかして見よ、それに挑む四つの背。

 ────清廉なる娘は、振るうその手に精霊を従える。

 ────盗賊の短剣が、ドワーフの斧が、巨人の足を切りつける。

 ────ついに、その背を駆け上がった戦士が、一つ目に剣を突き立てた。

 ────これは、巨人に血の涙を流させた、四人の勇士の物語。


 男の声は低くよく通るが、どこか重く、暗いものだった。


 やがて曲が終わるが、拍手のひとつも起きはしない。


 男が前に置いていたジョッキの中を確かめると、しかしその中には銅貨が一枚入っているだけであった。


「なんだ、これだけか。しけてるな」


「しけてるもなにもないぜ、リッケルト!」


 ぼやいた男、リッケルトと呼ばれた吟遊詩人が顔を上げると、野次を飛ばしたのは彼よりもまだ幾分若い冒険者たちだった。


「血涙のロンドゴアル討伐って、いったい何年前の話だよ」


「サイクロプス退治はそりゃあ凄いもんだけど、その話ばっかりじゃないか」


 そう揶揄されると、リッケルトは肩をすくめて答える。


「あいにくと俺は、これ以上の英雄譚を知らないんだ」


 すると若者たちは、声を上げて笑い出した。


「だってそりゃあ、あんたの話だもんな!」


「パーティを追い出されちまったんじゃ、それ以上の話はできないよな!」


 大声で笑う若者たちに、リッケルトはため息をついてジョッキの中の硬貨を鳴らす。


 なおも笑う若者たちはしかし、その後ろに立つ人影には気付いていなかった。


「それに、もっとすごい冒険の話だっていくらでも……」


「ならあんたたちは、それ以上の活躍ができるっていうのかい?」


「げ、モーリーン」


 凄みを利かせた声をかけたのは、恰幅のいいこの宿の女主人、モーリーンである。


「そんなの、今に見てろって、サイクロプスなんか目じゃない功績をあげて、この店に花を添えてやるからさ」


「そうしたらリッケルト! あんたも俺たちの活躍を歌ってくれよ!」


 凄まれてなおもそう囃し立てる若者たちに、モーリーンは大きく息を吸い込んだ。


「だったらこんなところで騒いでないで、仕事のひとつでもこなしてきな!」


 店中に轟く怒声を目の前で浴びせられ、さしもの若者たちもたまったものではない。思わず肩をすくめて、恐る恐るモーリーンの顔色を窺う。


「じゃ、じゃあなにか依頼は」


「この店にあんたたちに任せられるような仕事は来てないよ!」


 もう一度怒鳴りつけられた若者たちは、這う這うの体で店から退散していくしかなかった。


「だいたい、なんか暗いんだよな、あいつの歌は」


「そうそう、どうせ弾くならもっと明るい曲にしろってんだ」


 悔し紛れに言い捨てる若者たちに、威嚇するようにモーリーンが鼻を鳴らすと、彼らは今度こそ店を後にした。


 モーリーンの怒声に静まり返っていた店内は、しかし若者たちが出ていくのを見届けると、またざわめきを取り戻し始める。この店では見慣れた風景であった。


「まったく、サイクロプス退治の英雄も、落ちぶれたもんだね」


 ため息をつきながら、モーリーンはリッケルトを睨みつける。モーリーンの怒りの矛先は、若者たちばかりというわけではなかった。


 睨みつけられたリッケルトはといえば、苦い顔を浮かべている。


「勘弁してくれよ、モーリーン」


「いつまでも未練がましく自分の歌ばっかり歌ってるから、あんな歯も生えそろわないような連中に馬鹿にされるんだよ」


 さも出来の悪い息子を叱るような、そんな口ぶりでモーリーンは首を振った。


「いい加減に新しい歌でも仕入れるか、でもなければ田舎に帰ったらどうだい。あんた、今年で何歳だっけ?」


「二十五だ」


「もういい歳じゃないか! 嫁でも貰って、畑を耕すんだね」


 リッケルトの表情は、ますます苦虫を噛んだように冴えなくなる。彼にとっては、もう何度も何度も言われた言葉だった。


 同時に、その未練がましさに、自分自身でもほとほと嫌気がさしているのであった。


「そのうち考えるよ」


「そう言って一年になるだろう。もう、そうやって昔の歌で日銭を稼ぐのも限界だよ、あんた」


 いい加減、つけも溜まってきてるよ。


 そう言い残して、モーリーンは去っていく。


 リッケルトの気分は、この数日の中でも最悪であった。寝起きから夢見も悪ければ、弾き語りもこの有様だ。モーリーンがあの調子では酒を浴びて寝ることもできそうにないし、かといって他の店に行く気にもなれない。


 ずっと組んでいたパーティを抜け、冒険者を止めざるを得なくなって一年。幸いにして得意だったリュートを片手にこうして吟遊詩人をはじめて、気ままに過去の栄光を歌うのも、もう潮時であることは重々承知の上である。


 それでも、どうしてか止める気にはなれなかった。


 とはいえこれ以上その場に座っている気にもなれず、もう部屋に引き上げようかと、リッケルトはリュートを背負って立ち上がろうとした。


「あれっ、もうやめちゃうの?」


 だがそこに、思いがけず声をかけてくるものがあった。


「え?」


 リッケルトが顔を上げると、いつからそこにいたのか、少女が一人、向かいの椅子に腰かけて身を乗り出していた。


 肩まで伸ばしたブラウンの髪に、小さな顔。身に纏っている動きやすそうなシャツとパンツは、いかにも快活な印象を抱かせる。腰には短剣が一振り差さっている。ブーツを履いた足元には大きな荷物が置かれており、今しがたこの街に着いたばかりの旅人のようにも見えた。


 だが、なによりリッケルトが意識を奪われたのは、少女の瞳だった。その瞳は、一点の曇りも、欠片の邪気もなく、ただただ好奇心によって彩られ、きらきらと明るく輝いていた。


「わたし、今お店に着いたところで、まだ一曲しか聞けてないんだ。ねえ、もう少しあなたの歌を聞かせて!」


 思わず気圧されていたリッケルトは、どうにか首を横に振って自分を取り戻す。


「話を聞いてなかったのか? もうあれ以上の物語なんかないよ」


「えぇー!」


 露骨に不満げな声を上げる少女に、リッケルトはまたもたじろいだ。


 この距離感はどうしたことだろう。たった今はじめて見た、名前すらも知らない相手に、まるで長年の友達のような気安さを出されている。だというのに、少女の持つ無邪気さのせいなのか、邪険にするのはこちらが悪いかのような気にさせられてしまうのだ。


「あなたの歌に釣られてこのお店に入ったのにー! ねえ、どうしてもだめ?」


 すがるような瞳の少女を、リッケルトはどうしてもすげなく追い払うことができない。


 それでもこの日の彼は、とても請われるままに歌えるような気分でもなかった。


 だったら自分から引き下がりたくなるようにしてやろう。そう決めたリッケルトは、少女の前に荒々しく、硬貨の入ったジョッキを叩きつけた。


「ひゃっ?」


「そんなに歌えって言うなら、ここにそのお代を入れてくれ。俺だって曲がりなりにも吟遊詩人だ、ただで歌ってやる義理はないだろう」


 さあ、どうだ。これで嫌気が差してどこかに行ってくれれば。そう考えながら、殊更に煩わしげな声を出したリッケルトが様子を窺う。


 少女の反応はしかし、リッケルトの予想に反するものだった。どうしたことかおもむろに懐から布袋を取り出すと、その中に入っていると思わしき硬貨を数え始めたのだ。


「お、おい?」


 けれども少女は、すぐにへんにょりと、情けなく眉をハの字に曲げた。


「うー、やっぱり払えないよ」


 よかった、思い止まってくれたか。


 リッケルトはそう安堵の息を吐いたが、続く言葉でまた目を丸くする羽目になる。


「だって、宿に泊まるお金がなくなっちゃうもん」


「なんだって?」


 さらに少女は、決心したように拳を握りしめ、勢いよく席を立ち上がった。


「わかった! 待ってて吟遊詩人さん、わたしこれからお仕事を探してくる! その報酬が入ったら、きっと新しい歌を聴かせてね!」


 そう告げて走り去ろうとする少女を、しかしリッケルトは、胸中に走ったなにかいやな予感に従うままに、腕をつかんで引き止めていた。


「ちょ、ちょっと待て、待った!」


「わわっ、ど、どうしたの?」


 どうしたもこうしたもあるものか。


 リッケルトは、どうしてそのまま行かせなかったんだろう、と内心で首を傾げながら、差し当たっての疑問を投げ掛けることにした。


「まず、あんたは何者で、どこの誰なんだ?」


 そう、リッケルトはまだ、この少女の名前さえ知らないのだ。


 少女は振り返ると、いま思い出したという表情を、それから照れ笑いを浮かべた。


「いけない、まだ名乗ってもいなかったね。わたしはレイリア、ミナーカ村のレイリア! 冒険者になるために、村を飛び出して来たんだ!」


 少女は、レイリアは満面の笑みでそう名乗り、どうぞよろしくね、と膝と腰を軽く曲げる礼をした。


 そしてその輝く瞳に、リッケルトはまたわずかにたじろぎ、それでもどうにか質問を続ける。


「あ、あぁ……冒険者になるため、だって?」


「うん! わたし、十五歳になったら冒険者になるって、ずっと決めてたんだ!」


 そうやって冒険者を夢見て街へとやって来る若者は、リッケルトだってこれまでに何度も目にした、決して珍しい姿ではない。


 だというのにどうしてか、リッケルトはその姿が眩くて仕方なく、それなのにどうしても目を逸らすことができない。


 そして同時に、胸の中のいやな予感も、膨れ上がっていくようであった。


「じゃあ、これまでなにか依頼を受けたことは?」


「え、ないよ? だってこれから冒険者になってお仕事をもらうんだもん!」


 その答えに、今度こそリッケルトは頭痛を覚える。


「それじゃあ誰か、冒険者の知り合いは?」


「ううん、いないけど……?」


 胸中のいやな予感は、見事に的中しているようであった。


 この冒険者を夢見る少女は、本当にただ夢見ただけで街に出てきて、冒険者の在り方というものを一切知らないのだ。


 リッケルトは首を左右に振って、大きくため息を吐いた。


「あんた……レイリアだったか。それでどうやって仕事を請けるつもりなんだ」


「えっ? だってここ、冒険者の店だよね……? ここにくれば、冒険者への依頼があるって」


 それはやはり、勢いに任せて冒険者を志した若人にありがちな、大きな思い違いであった。


「ここは確かに冒険者の店だし、仕事の仲介だってやってる。けれど、今しがた店に飛び込んできた見ず知らずの相手に、誰が仕事を紹介するっていうんだ」


 冒険者とは、なるために特段の試験や審査が必要であるわけでもなく、そう名乗ればなったと言えるような言わば自由職だ。故にその稼業は、信用によって成り立っている。


 彼らが依頼を受ける道筋は大きく二つある。


 ひとつは、依頼主から直接仕事をもらうこと。


 もうひとつは、冒険者の店で紹介を受けること。


 どちらも共通して言えることは、相手からの信を得てはじめて成立する話であるということだ。


 前者であれば、当然依頼人は、雇うに値すると知れている相手しか雇おうとはしない。そうした伝を持たないものが使うことが多いのが後者だが、仲介する店にも商売がかかっている。適当な相手に仕事を振れば、店の評判にも関わるのだ。


 ましてや荒事に直面する機会が得てして多い彼らの生業、腕前こそがものを言う世界でもある。ある日やって来たなんの実績もない素人が、入り込める隙などありはしない。


「えぇー!?」


 それを伝えると、レイリアは愕然とした表情で叫んだ。


「じゃ、じゃあこのままじゃ冒険者になれないの……?」


 すっかり眉をへこたれさせたレイリアは、肩を震わせながらリッケルトを見上げる。


「まあ、方法がないわけじゃないけど」


 先程までの快活な振る舞いとは打って変わったその様子に、リッケルトの口から思わず零れ落ちた希望の欠片を、レイリアは聞き逃さなかった。


「ど、どうすればいいの!? 教えて、お願い!」


「教える、教えるから落ち着け!」


 必死な形相ですがってくるレイリアをどうにか押し留め、リッケルトは酒場の壁に取り付けられた掲示板を指差す。


「あそこにいくつか羊皮紙が貼られてるだろう。あれは、ここいらで悪名高い、危険な獣の手配書だ」


 街の外には常に危険が溢れている。恐ろしい獣や魔物、ゴブリンのようにどこにでも現れる蛮族はその代表例だろう。


 そんな中でも、一際狂暴で、あるいは強力で、何人もの命を奪い、自らを狩りに来たものをすら返り討ちにするような個体が、時折現れる。


 そうした怪物には賞金がかけられ、町中に手配書が貼り出されるのだ。当然、討伐の難しい相手ほど、高い賞金がかけられることになる。


 それらを討伐できたとなれば、まさしく一足跳びに名を売る絶好の機会となるわけである。


「もちろん、相応の実力は必要だけど……」


 見ればレイリアは、ぶんぶんと髪を乱しながら首を横に振っていた。


「む、無理だよそんな! 手配されてる魔物の相手なんて!」


 無論リッケルトも、レイリアにそれが可能だとは思っているはずもなかった。それで名を上げる駆け出しなど、元々傭兵でもしていたか、よほど運がいいかのどちらかだ。そうでなくても、レイリアにそんな腕前があるようにはとても思えなかった。


 であれば、リッケルトに示せる道は、あとひとつだ。


「じゃああとは、誰かの紹介があれば、もしかしたら仕事をもらえるかもしれないけど……」


 依頼人となる相手か、冒険者の店に顔の利く人物の紹介があれば、新人でも仕事にありつける可能性はないではない。


 しかし、今日の日を夢見て村を飛び出し、いよいよ街にたどり着いたというレイリアに、そんな人脈があろうはずもなかった。


 無言で首を振るレイリアに、リッケルトは小さくため息を吐く。


「ならもう地道に知り合いを作るか、それか運良く仲間を探してて、知り合ったばかりの新人でも入れてくれるパーティでも探すしかないな」


 そんなものが運良く見つかる可能性が低いことは、説明するまでもなかった。


「そんなにのんびりできるお金、持ってない……」


「だったら……」


 だったらもう、素直に諦めて家に帰るべきだ。今すぐ帰って頭を下げれば、両親に激怒はされるだろうが、きっとそれで終われる。あとはもう、冒険者のことは忘れて、これまでの生活に戻るだけだ。


 リッケルトは、レイリアにそう伝えようとした。伝えるつもりだった。


 だが、その言葉の続きは、どうしても出てこなかった。


 肩を落とし、顔を俯かせ、がっくりと項垂れたレイリアには、先ほどまでの快活さも、そしてあの全身から溢れ出さんばかりだった輝きも、もうどこにも見受けられなかった。


 リッケルトは自分の頭を乱暴にかきむしった。


 別にそんな顔をさせたかったわけではない。


 ただ少女が痛い目を見る前に、思い違いを訂正しようとしただけだ。それに、冒険者なんて明日も知れない、命を懸けるような仕事を志すよりも、村に帰った方が、きっと少女のためだ。


 だから、これから言うことは、ただの気の迷いだ。


 決して、あの輝きが失われるのが惜しいなんて、思ってしまったからではないんだ。


 まとまらない頭で自分に言い訳をしながら、リッケルトは勢いに任せるように口を開いた。


「ああもう! わかった、わかったよ!」


「ふえ……?」


「俺からモーリーンに話してやる。言っておくけど、それで仕事が見つかるかはわからないぞ」


 レイリアはしばし、茫然としたままリッケルトの顔を見上げるばかりだった。どこか遠くを見るようだった瞳が、だんだんとリッケルトに焦点を合わせていく。


 ようやく、今聞いた言葉の意味を飲み込め始めたのだろうか。少女の瞳が潤み、大粒の涙が浮かび始めた。


「ほ、本当に? 本当に本当……?」


「ああ、本当だ。だからもう、うわっ!?」


「うわぁぁぁん! ありがとう~~~~~~!!」


「やめろ、わかったから! 抱き着くんじゃない!」


 店中に響き渡る少女の泣き声が、酒場のざわめきを一層盛り立てていくようであった。

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