96<不義と背信の徒~ドゥベル工業地帯という地獄~
『 ヴィドー 』
しなやかに鍛え上げられた肉体をお堅い軍服で覆い隠し
眼鏡が似合いそうないかにも「賢いぞ」という雰囲気を纏い
青というには深い、群青色の瞳に知性を宿した男こそが
ルルムスが帝国という地で探そうとしていた
聖者のひとり、『賢者』であった
今の所ほぼ全ての聖者といの一番に顔を合わせているのが
この世を終末へと導く古の王というのだから
千年前から続いているであろう因縁を感じずにはいられない
聖者捜索を手伝ってもらっているとはいえ
世界最大の国土を誇る帝国でこうも簡単に目的の人物を見つけられるなど
さしものルルムスも予想だにしていなかった事態である
(古の王の因果律……おそろしいものだ)
何はともあれ、最大の目的は達成された
竜の目を通して初めて『完全看破』の能力を使ったルルムスは
酷い頭痛に襲われ、額を押さえて床を睨み付けている
苦悶に呻く様子をラピスが心配し、フリッツが訝し気に首を傾げる中
クラウスは鼻で笑って苦痛に呻くルルムスを見下した
「魔力に酔ったな」
「魔力酔い?
なるほど、これが例の毒の作用ですか」
かつての王国では、導力枯渇時の最終手段として
魔物の導力回路を直接取り込み一時的な回復を図る、という
導術師の間でのみ知られる常識があった
それを生まれて初めて体験したルルムスは
「このような常識など、とんでもない」と強く否定する
「王国も酷い事を教えていますね
導力が枯渇した状態でこんなものを取り込めば
確かに一時的に術は使えるようになるかもしれませんが
その後確実に死ぬでしょうに」
「我らの力を間借りして耐えられるはずがないだろう
頭痛で済んでいるだけマシだと思うんだな」
「あの……クラウス様、ルルムス様
先ほどからお話に上がっている
『魔力』とは、どういった力なのですか?」
「ラピスは既に目の当たりにしていますよ
先のパーティでの騒動の折、貴方の妹が身に纏っていた黒い靄の事です」
「あの、靄が『魔力』……?
でも、あの時ルルムス様は『瘴気』と仰っていませんでしたか?」
「ええ、瘴気の元は魔力です
魔力が人を介すると、その者の導力を強制的に変質させ
人体に致命的な影響を与える瘴気に変わります
本来魔物や竜族、夢族が持つ種族特有の力の事です」
「私たち人間が持つ『導力』が
クラウス様たちにとっては『魔力』という事ですか」
「ええ、理解が早いですね」
「魔物を食してはならない、という教えは
単純に毒が含まれているからだと学園で習いましたが
本当は魔力が理由なんですね」
「魔力の持ち主が死ぬと、魔力は『魔素』へと変化します
魔力を持つ生き物にとっては魔素も豊富な栄養源ですが
人間にとって毒である事に変わりありません
しかし予め浄化処理しておけば
食用の肉同様美味しくいただく事はできますよ」
竜族であり魔物側の存在でもあるクラウスの傍で
堂々と魔物を食べる話をするルルムスにフリッツはドン引きし
ラピスはしきりにクラウスの顔色を窺った
しかし、当のクラウスは終始無関心であった
魔族同士は共食いするのが当たり前だったからだ
普段のルルムスであれば二人の様子に
すぐに気付き補足説明を入れていたのだが
頭痛に意識を持って行かれ観察力に精彩を欠き
二人のリアクションに気付けないまま話を進めてしまう
「食べた事……あるんですか?」
「ええ、ラピスも旅の道中で口にする機会はありますよ」
「わぁぁ……」
人同士が共食いするようなもの、と捉えてしまったラピスの表情は
声色と共に分かりやすく青褪めていた
話を聞くだけであったフリッツは聞くに堪えないとばかりに顔を顰め
椅子の背を抱え、組んだ腕に顎を置いてユラユラと上体を傾ける
この時、ラピスとフリッツの気持ちはひとつになっていた
(( 絶対に食べたくない ))
「魔物の肉の話はおいといて、賢者が見つかったんなら
帝国にはもう行かなくてもいいんじゃないのか
皇族が権力争いをしてる真っ最中なんだろ?
厄介ごとに巻き込まれる前に早くアッシュを呼び戻そうぜ
ラピスちゃんだって今のままじゃどこにも出られないワケだし」
「いえ、残念ですがどの道帝国には向かわなければなりません
青き血の問題に関わらざるを得ない事情ができてしまったので」
「帝国の権力争いに参戦するって?冗談だろ」
「導師である私が持つ能力に関係しています
聖者の問題ですのでお二人にお話する事はできません
ラピスが回復次第、ここでの用事を済ませてから帝国へ発ちます」
「その間、アッシュはどうする」
「一度こちらへ戻ってきていただいた方がいいですね
フリードリヒが仰る通り、アッシュが妙な事に巻き込まれる前に……」
言いかけたルルムスは暫く言葉を噤んだ後
額を押さえて深々とため息を吐いた
クラウスもなにやら不機嫌そうに眉を顰めて唇を尖らせている
ラピスとフリッツが、アッシュに何か起こったであろう事を察したのは
目を丸くして数秒後の事であった
*****
(俺が見えてるのか?)
ルルムスが賢者だと教えてくれた男、ヴィドーの視線は
席を立ち室内を移動した俺の行動をしっかりと追っていた
こりゃあ絶対に見られてるぞ
人間には魔力に打ち勝つような力は備わってなかったんじゃないのか?
どうなってんだよクラウス
(ルルムスから追加の指示はない)
ならばヘタに接触しない方がいいのだろうと判断して
慎重に奥の部屋へと移動し窓から飛び降りて逃走した
十階建てとそこそこに高かったが妖竜のお陰で
着地前に体がふわりと浮き上がり難なく地上へと降り立つ
「ありがとな」
機転を利かせてくれた妖竜の小さな頭を撫でることは忘れない
不可視とは言え先ほどなんらかの理由で賢者には丸見えだった為
一応他にも見える奴を警戒して身を隠しながら軍施設内を移動し
適度に聞き耳を立てておいた
「しっかし、イキナリで驚いたな
なんで俺の姿が見えていたんだ?
やっぱり聖者は何か特別な力が備わってるのか?」
竜を通じてルルムスへ問いかけたつもりだったが少し待っても返答がない
無視されたわけでは無いだろうが
突然のノーリアクションにはちょっと落ち込んだ
(賢者が見つかった事で色々慌ただしく動いてるのかもしれないな)
魔力酔いを起こし頭痛に呻いてるルルムスの現状を知る由もなく
いやぁ俺ってば有能で困っちゃうね!HAHAHA!
と一人おどけてみるが空しいので直ぐに止めた
あちらの邪魔をしないよう今夜の定時連絡まで
話しかけないようにしておこうそうしよう
……別に、また話しかけて今みたいに無視されたら悲しいから、とか
そんなんじゃない、そんなんじゃないぞ。
兎に角、指示がないのなら俺の行動も当初の予定通りだ
帝国上層部の内偵を行い、ルルムスたちがここへ来るまでに
聖者として、国賓としての揺るがぬ地位を確立しておく事、そして
ルルムスたちにとって脅威となるであろう要素を予め把握し
あわよくば排除しておく事
(できればそっちに帰りたかったんだが)
なんて、寂しん坊な発言はできない
年長者というものは簡単に弱音を吐くわけにはイカンのだ
軍施設から出ると今度はハルバードが言っていた監視塔へ向かってみる
道中立ち寄った町でもドゥベル地区の噂は聞いていたからな
どんなものか一度見ておかなければ。
スラム四番街に隣接する監視塔は
探さずとも目立つ建物だったので簡単に見つける事ができた
厳重な監視網を抜けて頑強な門を潜り
高い壁に隔てられた向こう側の地区に足を踏み入れた瞬間
「うっ……!?」
場を取り巻く雰囲気が一変した
少し深く呼吸しかけた瞬間息が詰まり、反射的に首に手をあてる
見渡す限りどこもかしこも灰色のコンクリート張りで
鉄製の梯子や使い古された様々な工具が置かれている
剥き出しの配管が迷路のように張り巡らされ
遠くに見える煙突からはいくつもの黒い煙が上がっていた
足元に目を向ければ、地面が妙に霞んで見える
転がっている道具類が所々黒ずんでいたり
パイプ管の錆が多いが……まさか
血錆び、だろうか?
場の雰囲気が嫌なものを連想させる
空気ごと空間を遮断するのが目的だと
如実に分かってしまえるほどに高い塀
こちら側の地区に来る際も異様に分厚い壁だなとは思ったが
これほどに環境が悪いと分かった今では高い塀も分厚い壁も納得だ
緑ひとつ見えない景色を前に
空気が悪いとか健康を害しそうな劣悪環境だとか
そんな有体な言葉では収まらない表現が浮かんだ
ここには『居るだけ』で人が死ぬ
断言しよう、人が生きていける環境ではない
嫌悪に表情を歪めながらサイドポケットから中和剤を取り出し服用する
ただ立っているだけで息苦しいなんて
ドゥベル地区とかいうこの場所は一体どうなっているんだ
(なるほど、それで向こうの町で会合してた連中が
死人が出てるだの時間が無いだのと切羽詰まってたのか)
この劣悪な場にギルド関係者やその家族
親戚や果ては知り合いまで不当に連行され
強制労働させられているのだったか
帝国も国土が広いからといって環境破壊に遠慮が無さ過ぎだ
『 ドゥベル工業地区 』
話しに聞いていた以上に酷い。
工場地帯そのものもかなりの広範囲に及んでいるのだろう
風向きも計算されて建設されているのか煙の向かう先は帝都の反対側だ
あの黒い煙だけで隣国は想像を絶する健康被害を被ってるに違いない
(もしかして、例の森と海もこの工業地帯の所為か?)
帝国に渡る道中でマッド・ドラゴンの腹の中から見下ろした
海と森の異様さを思い出す
(でもあの場所は帝都から距離があるし
そもそもあさっての方角だから……無関係、か?)
しかし海という場所はどこがどう繋がってるか分からない
こんなにも劣悪な工業地帯が存在するのだからあの森と海も
なんらかの因果関係があると考えておいたほうがいいだろう
商業地区や軍事エリア、帝都都心が
快適な生活を保っていられる理由がここにあるのだとすれば
素人目にも、環境汚染に対する改善策を
昼夜問わず早急に練らなければ手遅れになる
差し迫った段階に見える
(いや、もう手遅れなのかもしれないな)
黒っぽく変色している土壌を見て目を細める
中和剤の効果が続いてる内に工業地帯を見て回ろう
パルクールの舞台としては文句なしで最高の環境だなと思いながら
工場の屋根やパイプを足場に移動していく
(一定間隔で焼却炉みたいな場所がある……何に使うんだ?)
迷路のような地上の袋小路に火の点いた炉がいくつも目についた
一見するとスライド式で開閉するダストシュートのようだが
近づくと焼けるような熱気を感じ、炉を管理して回る係員もいる
炉の設備は常時稼働しているらしい
今いる地域が全体的に蒸し暑いのは風を遮る高い塀と炉の所為だな
ある程度上層階に向かえば不快な空気も熱も遠ざけられる
出来る限り地上には降りたくないな。
工場内で作業している人はいくらでも見かけるが
それ以外の目的で出歩いている人がひとりもいない辺り
業務外の外出が禁止されているかも知れない……というより、
こんなにも劣悪な環境だったら
健康を考えて自主的に引きこもっている可能性の方が高い
小一時間ほど色々見て回ると、建物やパイプの隙間から
地上の袋小路に人影を見つけたのでこっそり近づいてみる
火の点いた炉が近くにあるのか、近づく毎に熱気が増し
程なくして聞こえてきたのは鼻をすする音と泣き声だった
「どうしてこの子なの、どうして」
「戻ろう、ここに長居したらお前まで死んでしまう」
「いやよぉ、あなた、だってこの子は
まだたったの五年しか生きていなかったのよ
なのにどうして、どうしてぇ」
女性が布に包んだ子供を抱いて泣いている
傍らに居るのは旦那さんだろう
亡くなった子供と別れる場に居合わせてしまったようだ
あまり盗み見するようなものではないなと早めに離れたが
この後、何度も同じような現場に遭遇した
たった一日でどれだけの人が亡くなっているのか
もう何度目になるだろう誰かと誰かが死別する現場を見て
一旦足を止めるとその場にしゃがみ込み、両手で顔を覆う
ここへ来てから聞こえてくるのは耳障りな機械音と嘆きばかりだ
見かけた死人は年端も行かない子供ばかり
悲しみにすすり泣く声、悲痛な叫び、苦し気な嗚咽
「……はー……」
目頭が熱くなる
これだけ立て続けに身内を失って悲しむ人々を見ると
彼らの悲鳴に共感してしまうのは必然だった
至る所に炉がある理由、それは
死体処理の為なのだとここまでの道中で嫌でも気付かされた
近しい身内を彼ら自身の手で炉に入れさせている
それは
どんな地獄だ?
「ダメだろ、これ」
身内の遺体を身内が処理するなんて非道がまかり通っているこの場所を
地獄以外にどう表現すればいいのか分からない
厳しすぎる現実に、ハルバードが言っていた言葉を思い出す
「こんなものを見せられたら
『一人でも多く助かる事に意味がある』とか
言いたくもなるよな」
このセリフを聞いた時は何万人規模で
一人二人助かっても意味がないだろうと思ったが
現状を知った今でこそあの胡散臭い言葉の意味も重くなる
それでもアシュランは「ヤツはクロだ、絶対に信用するな」と念を押した
分かってるよ
これを抜きにしてもヤツには不審な点が多すぎるからな。
多少は見晴らしの良い高い場所へ移動し
精神的疲労から完全に腰を下ろした俺は
小休止のつもりでその場に膝を抱えて蹲った
心へのダメージがデカい
工場でよく見かける網目状の足場からは
迷路のように入り組んだ細い路地と空気の淀んだ地上が見える
機械の稼働音を響かせているだけで
色のない無機質な風景をぼんやり眺めていると
誰かを怒鳴りつけるような声が近づいてきた
「待て!ガキども!!」
「みんな!こっちよ!!」
「しつっこいんだよクソオヤジ!」
四人の子供が軍服を着た男に追いかけられている
掴まりそうになる度にチームワークを駆使して
軍人の追跡を躱している辺り、長い事組んでいるのだろう
それを確認すると同時に妖竜に不可視を解除させ
子供たちが足元を通過するタイミングに合わせて迷いなくその場から跳び
上着を翻して子供と軍人の間に降り立った
「なん、」
なんだ貴様は?!と軍人に叫ばれる前に
腹に一撃入れてひるんだ所で首に手刀を叩き込み気絶させる
「大丈夫か、お前ら」
動かなくなった軍人を道の脇に寄せて
手をはたきながら子供たちへ振り返り、最初に見えたのは
逃げの態勢は維持したままこちらを凝視する四人の顔
頭上から見下ろした時はもっと幼いと思ったが実際は十代に見える
(どっちにしても確実に未成年だな)
ジロジロと不躾過ぎるほど観察する目が俺の体を這いまくった後
快活そうな少女が声を上げた
「その機動力、もしかして冒険者!?」
「ああ、そうだが」
頷けば、今度はやんちゃそうな少年が笑みを浮かべて拳を握る
「マジかよ!そこまで導技が使えるって事は
非正規ルートで侵入してきたんだよな?
教えてくれ!どっから入ったんだ?!俺たち外に出たいんだ!!」
「待ちなよシュウ、先ずは助けてくれた事に対するお礼を」
大人しそうな少女が少年の勢いを宥めていると
最初に問いかけてきた快活そうな子が丁寧にお辞儀をしてきた
「どこのどなたかは存じ上げませんが
助けて下さりありがとうございました
私はユレンティア、彼女はイリナ、その隣がシュウで
私の後ろに居る子はリペインと言います、以後お見知りおきを」
驚いた、まさかこんな場所で貴族特有の礼を見られるとは。
服装は四人とも襤褸を着ており顔色も悪い
「アッシュだ、ここには来たばかりでな
できるだけ内情を教えてくれると助かるんだが」
「情報料はいくら下さいます?」
「強かだな
お前ら、冒険者歴はどれぐらいだ?」
「私は二年よ!」
「一年、ぐらいです」
「俺は三年!」
「ぼ、僕は一年」
「結構バラついてんな
四人で組み始めてどれぐらいだ」
「「「半年」」」
「よし、じゃあ一人に付き金貨一枚だ」
「「「一年!!」」」
「うそつきの罰として四人で金貨二枚な」
「やーんウソウソ!!ひとり金貨一枚で!じゃないと喋らないわよ!」
「にーちゃん若いねぇ!いい体つきしてんじゃん!ウラヤマシぃ~!」
「神の加護を感じます!
ここでよい行いをすればきっといい事が起こりますよ!」
「えっと、えっと……金貨はひとり一枚が、いいです……」
慌てて言い募る子供たちを前に噴き出してしまう
「はいはい、ひとり金貨一枚な」と言って
ひとりひとりの掌の上に金貨を一枚ずつ置き
最後に渡した最年少であろうリペインという少年の頭を優しく撫でる
「お前、歳は」
「え、えっと」
「リッペは私たちの中で十二歳と一番年が若いの!
ちなみに私は十六歳!イリナは十四歳で
一番年上なのは十七歳のシュウ!
女の子に年齢を聞くのはマナー違反だけれど、私は若いからいいの!
オジサンは?」
「三十九歳」
「ウッソ!見えない!」
「二十代かと思ってました」
「俺が知ってる中年と違う」
「それ、同じ三十九歳に言わねー方がいいぜ?
皮肉にしか聞こえねーだろうからな」
「若く、見えるよ……お兄さん、僕と一緒だね」
いや、流石に十二歳と一緒にされると犯罪臭がするので勘弁してほしい
こんな若い子供たちに気を遣われて
あからさまな世辞まで言われてしまうと愛想笑い通り越して純粋にヘコむ
強かな上に演技も巧いんだなお前ら、将来は薄毛で大いに悩むがいい
「長話をするには場所が悪いな
どこか腰を落ち着けて話す場所はないか」
「それなら例の倉庫だな、案内するぜ!
ついて来いよにーちゃん!」
頬がコケているのに笑うシュウ少年の笑顔が痛々しい
満足に食事もできていないんじゃないのか?
くそ、やっぱり魔導袋を手放すんじゃなかった
今からでもクラウスに持ってきてもらうか?
いやしかしクラウスが抜けることでルルムスの予定を狂わせてしまうのでは。
だが魔導袋の中にはたんまりと食料が詰まっているから
こういう時にこそ活用したい、その場で俯き考え込みそうになる
苦悶し始めた俺を他所に
どこにそんな体力があるのかと問いたくなるほど元気に走り出した少年少女
その背中を見て無意識に眉を顰めた自分に気が付く
同時に思い出したのは
出会ったばかりのラピス嬢ちゃんのやせこけた姿
(……)
どうやら痩せた子供、というものは俺にとって
視界に入れるだけで精神的ダメージを与えられる存在であるらしい
その割にはスラムで見かけた子供の集団には
特別憐れみとか感じなかったが、それは
他者から搾取する事しか頭にない彼らの心根と
今俺の目の前にいる四人の心根が異なるからだろう
劣悪な環境で理不尽を強いられても屈することなく
笑みさえも浮かべて前に進もうとする彼らは
間違いなく大人たちが守らねばならない大切な存在だ
(ああいう子供を人質に取られたら
手も足も出なくなりそうだな、俺)
……なぜだろう
『アッシュ』の弱点が明確になってしまったような気がする
これは早急に対策を練っておいた方がいいかもしれない
一人悶々と考え事をしながらも
彼等の背を追う俺の足は劣悪な環境に対する不快感で以て
黒く濁った地面を強く踏みつけていた




