95<不義と背信の徒~ドゥベル地区四番街の教会にて~
足を踏み入れ、聖堂の奥に見える割れたステンドグラスを目にした俺は懐かしさを感じていた
来たことも見た事もない場所を訪れて
「覚えがある」とか「知ってる気がする」と感じる
既視感、ってヤツだな
帝国を訪れた事は一度も無いが
教会という名の付く場所を訪れた事なら山ほどある
だからだろう、こんなにも朽ちた場所であっても気分が落ち着く
更に奥には礼拝堂があって
銅像か何かが置かれてたりするんだよな
並べられた長椅子も殆どが朽ちていたが
男が腰を下ろした場所と彼の目の前に配置されている長椅子は
不思議な事にまだ形を保っている
人の手が離れた物はすぐに朽ちると聞くが
男の座る場所にほんの僅かな差を発見した気分だった
「ここへ来たことが?」
俺の行動でそう感じたのだろう男の疑問に否と返す
汚れて角の欠けた聖書台に指先を滑らせ、天井を見上げる
建物の造りも、配置も、この場を取り巻く空気も
やはりどこか見覚えがある……が、
こういった宗教的建物はどこも似たり寄ったりな作りだ
指先に付いた土埃を払って男が座る長椅子の斜め前まで歩み寄ると
向かいに並んでいる長椅子に積もった埃を軽く払い
背もたれの縁へと軽く腰掛けた
男が座る長椅子は、傷んではいるが埃は積もっていない
という事は、この場所が定期的に利用されてるって事か
「それで、用件は」
「先ずは自己紹介させてくれ
俺はハルバード
ここ『シュタイン教会』出身の冒険者……いや、『元』冒険者だ
今はな」
「お前の身元に興味はないし、名乗る気も無い」
「……一匹狼みたいな人なんだな
ここに来るまでに軍に捕まらなくて良かった」
「それで?」
「せっかちだな
まぁ、その、本題に入る前に尋ねたいんだが
さっき俺に使ってくれた回復薬、まだストックはあるのか?」
む、男から物欲の気配を察知
回復薬は元々高価なものだから目の色を変えるのも分からなくはないが
「答えてやる義理はねェな」
「もし持っているならあるだけ俺たちに譲ってくれないだろうか
病気や怪我で苦しんでる奴が大勢いるんだ」
「助けた所で根本的な問題が解決しなきゃ焼け石に水だろ」
「それでも、一人でも多く助かる事にこそ意味がある」
最もらしい事を言っているが、どうにも胡散臭い
人好きそうな低姿勢の言動は好印象だったが
俺の中の何かが警鐘を鳴らしている
「さっさと本題に入らねェか」
「……」
要求への回答を避け話を本筋に戻せば
男は意味深に目を細め、俺を見据えてきた
荒んだ眼差し……良からぬ事を企んでいる、犯罪者がよく見せる目
過去で見飽きるほど対峙する事に慣れた仄暗い輝きを前に
確信を得たアシュランが俺の中で愉しげな笑い声を響かせた
「おいしく調理してやりたい」とうずうずしている
やめろ悪党、悪魔のような笑顔を浮かべるんじゃない
男……ハルバードの言動から「良い奴」と断ずる前に疑問を抱けたのは幸いだったが、アシュランが積み上げてきた非道な過去のお陰で判別できたと思うと素直に喜べない
先ほどから俺が感じていた違和感の正体は
アシュランが男へ抱いた猜疑心だったようだ
初対面から一貫して丁寧で礼儀正しい態度と素直な反応が
俺に対する印象操作だったとすれば
得体の知れない俺に対して相手も中々に用意周到に構えている
そりゃそうか
目の前に居るのは悲惨な境遇への同情を前面に訴えておきながら
実際にやってる事は犯罪で、どれだけ言動が柔和であろうと
無法地帯を取りまとめられるであろう立場に居る男、だもんな
起こった事象だけ見れば誰だって男の事を悪党だと断じるに決まっている
情報収集の一環として話しだけでも聞くと決めた俺を
甘ちゃん野郎お人よしと苦言した内なる二人の言葉が
今更ながら胸に刺さった
目の前にいる男はアシュランと同じく根っからの悪党だ
眼差しひとつにも関わらずあっさりと断言してしまえる理由は
過去のアシュランの経験があるから……曰く、
目は口ほどにモノを言う
事実、アシュランは己の慧眼によって
これまで一度も嵌められたことは無かった
俺という自我が生まれるに至った
『竜巣置き去り事件』を除いては、ただの一度も。
つまり、俺という存在は完全無欠大悪党のアシュランが歩んだ歴史にとって
結構な汚点であるらしいことが今し方発覚した訳だが、それは兎も角として
アシュランは己の「見抜く目」に絶対の自信を持っていた
故に、男の首を抑えられる様々なプランを怒涛の如く提供し始めている
頭の中で物騒な言葉の羅列が飛び交っている所為で
物凄く嫌な予感がし始めているが、こういうのは多分
男の要求に俺が頷かなかった場合
(『お約束』な状況になるんだろうなぁ)
俺のボヤきに田崎が他人事のようにうんうんと頷いている
男を真正の悪人だと瞬時に見抜いたアシュランとは異なり
飽食の時代を怠惰に生きてきただけの田崎の
空気読めなさと役立たずっぷりは筋金入りだ
他人の意見に同意する、長いものに巻かれる……
お荷物でしかない
そんな俺の評価に田崎がしゅんと落ち込むが
いい歳したオッサンがしょぼくれても同情は誘えないぞ
この時、俺の気配が鋭くなった事を即座に察知した小竜が
教会の上空に待機したまま周囲の人間の動きを注視し始めた
小竜の視界を通して警戒度が上がった事に気付いたクラウスは
判断に迷い、仕方なく氷竜を通じてルルムスにコンタクトを取る
「おい、」
『 アッシュに何かありましたか 』
朝食を終え、丁度手が空いている時間帯だったとはいえ
不意打ちの呼びかけを食いかねない反応速度で応答された事に
クラウスは少しばかり面食らった
連絡用の小竜を融通して以降、それを通してクラウスから話しかけるなど今回が初めてだったルルムスの声は
悪い知らせを想定してか少しばかり身構えている
「意見がほしい」
人の世の経験の浅いクラウスには
己が主がこの瞬間何を警戒しているのか分からなかった
離れ離れな状況であるからこそ隙のない後方支援で役に立ちたい
己が主の憂いを払う事こそ我が使命とばかりに心が急いたクラウスは
無意識に前傾姿勢になっていた
遠く離れた聖国で二人が頭を悩ませているなど俺に気付けるはずもなく。
独力での対応を大前提として思考を巡らせる
「俺がここに居るのは単なる気まぐれだ
話しだけでも聞いてほしいとテメェが懇願するから来てやった
乞食の真似事がしたいだけなら他をあたるんだな」
「……本当に口が堅い御仁だな
分かった、本題に入ろう
先の屋上では盗聴防止の配慮をしてくれて助かった、ありがとう
続いて仲間の無礼を詫びる、馬車の件同様すまなかった
君に聞いてほしい話というのは
ドゥベル地区に連れ去られたギルド関係者の開放についてだ
屋上での君の装備を見る限り十中八九冒険者だと思っている
他国の冒険者であるなら尚更だ
俺たちに力を貸してほしい、ドゥベル地区内で
強制就労させられている同胞たちを助けたいんだ!」
「具体的な計画は?」
「今夜、四番街と隣接する監視塔を襲撃する
助け出した人たちはこのスラム街で匿うつもりだ
君には救助部隊に加わってほしい
無実の人たちを開放するために!」
「……それだけか?」
「助け出した人はこの街が一丸となって守る
仲間を売る者などひとりもいないよ」
話しにならないな
男の言っている事はなんの解決にもならない
そもそも素性の知れない俺相手にこんな話をしている事自体あり得ない事だ
フリッツの愚直ぶりとは全く異なる、『裏のある』愚直さをアピールしている
拳を握って熱弁している男を見下ろし、一つため息を吐く
「分かった、冒険者が理不尽に連行されてるって話は俺も聞いてるからな
監視塔で暴れるって言うなら手伝ってやるよ」
「本当か!?ありがとう、恩に着る!」
応と答えないと数の暴力で訴えられるだろうからな
身の安全を第一に考えて、この場を穏便に離脱せねば。
その後は俺の上着と金子が戻って来るまで監視塔襲撃の詳しい内容を聞いて待ち合わせ時間と退避ポイントも教えてもらい
綺麗になって返ってきた上着に袖を通しながら
不届きな子供から取り返してもらった財布を内ポケットへと収納する
その頃には一通りの話も終えたので
「ではまた今夜会おう、解放の成功を祈って」という挨拶で男は腰を上げた
教会の建物を出る男の後に続いて石段を下りた所で
頭から降り注ぐ日の光に目を細める、そこで
ふと雑草の伸びきった敷地内の一角が視界に入った
何がある訳ではなかったが無性にその一角が気になった俺は
雑草が茂るその場所へと足を向ける
不思議な感覚だった
誘われる、というのだろうか
教会の小さな一角であるこの場所へ、何かに引き寄せられた気がした
俺の中にあるなんらかの記憶がそうさせるのだろうか
どうせアシュランの思い出だからロクでもないのだろうが
どうにも気にはなるのに思い当たる節がなく
もやもやとした気分が気持ち悪くて暫くその場で唸ってみる
視点を変えれば何か思い当たるだろうかと振り返り
朽ちかけの教会を見上げて再び足元に視線を落とすが
やはり何かスッキリしない気持ち悪い感覚が付きまとうだけだった
「どうした、そこに何かあるのか」
俺の不可解な行動に興味が湧いたらしい男が歩み寄ってこようとするが
その前に俺の方が先に場を離れて教会の敷地外へと向かう
先の会話で完全に黒だと断定した男と雑談で花を咲かせる気は無い
別れの挨拶も交わすことなく男の横を通り抜け
一度も振り返らぬまま街の外へと向かう俺の背に
念を押すように「待ってるからな!」と声がかけられた
協力すると言った手前、無視し過ぎるのもよくないな
後ろ手に手を振る事で返事を返した俺は
そのままスラム街と隣接している軍の施設を遠巻きに見て回る事にした
男、ハルバードの真の目的を探る為だ
紫色の上着の裾が風を巻き込み裾を翻す、そんな俺の背中が
見えなくなるまで見送ったハルバードに足音を殺した男が歩み寄った
「どうします?」
「尾行を三人付けろ
奴が持ってる物資には相当高価なものが含まれてる
陽動に参加するなら戦闘に紛れて殺せ
他国機関からの潜入と分かった場合も同様だ
潜伏能力以外に大した実力はない、やり合う時は奴の右腕を狙え
導力回路に欠陥でもあるのか
そこだけ強化がかかってなかったからな」
「わかりました」
「それと」
「はい」
「装備に価値が無かったら細切れにして剥いてやれ
あんなボロでも大事に着てる奴には効きそうだ」
「伝えておきます」
小さく頷いた男は足音を殺したまま建物の影に姿を消した
紫色が見えなくなった方角を暫し眺め続けたハルバードは
目を細めて小さく呟く
「本当にここの出身じゃないのか……?
でなきゃ”あんなトコ”に立つ筈がない」
次いで向けられた視線の先は教会の敷地内の一角
俺がつい先ほどまで違和感を覚えて立っていた場所だった
「ついてるなぁ」
尾行が。
聖国のパーティ会場では嬢ちゃんの妹が放つ魔性の気配に
目視できるほど近づいたにも関わらず
感覚で捉える事ができなかったから索敵能力の低下を危惧したが
今現在くっついている監視三つの気配はしっかりと捉える事ができている
よって、俺の索敵能力に衰えはない
”あの時”だけ俺の勘が鈍ってたのはやはり
瘴気とやらを取り込める特異体質が原因だった、という事なのだろう
ハルバード側の尾行については撒こうと思えばいつでも撒ける
今の所不審な行動を取る気はないし、放置でいいか
*****
「我が主は、何故人間に協力するような事を」
「その場から退く為です
状況が多勢に無勢でしたから
協力する姿勢を見せて身の安全を優先したのでしょう」
「あの程度の輩、妖竜の力を以てすれば」
「竜族の持つ力は人の想像に及ばないほど強力です
簡単に見せびらかしてよいモノではありません
現に、帝国の防壁すら軽く凌駕してしまっているのですから
……知識として知ってはいましたが
魔族が有する『魔力』とはおそろしい力ですね
貴方がたがその気になれば人間など一夜で滅ぼせるでしょうに」
「太古より受け継がれてきた偉大な力だ
人間如きが扱う導術など足元にも及ばぬのは当然の事
我らにとって塵に等しい貴様らなど根絶やしにした所でなんの意味もない
我らの王が関われば話は別だがな」
「千年前の戦争以降、長い間魔族が人間に不干渉であったのは
貴方の言う通り、元から関心が無かったからなのでしょう
ですが、王の自尊心をこれ以上傷つけない為にも
力の誇示は自重すべきです」
「我ら竜族は王に尽くすのが当然の理
自重する方がおかしい!遠慮などする必要は無い!
……なのに、何故王は我らの力を使う事を躊躇するのだ?
理解できん、我らの力を利用する事で王の自尊心が傷つくなど
何をどう考えたらそうなるのだ」
「貴方が常識のように語るそれは
アッシュが古の王という立場を受け入れていれば、の話です
そうでない今の段階では
貴方がたの立場を押し付けるべきではありません」
「……」
「王が……彼が望んでいる未来は
償いと、穏やかな日常です」
「そのような儚い望みすら捨て置かず
我らの王を絶対悪と決めつけ執拗に狙うのは貴様ら人間の方だろう
魔国とかいうフザけた国が出来ているのがいい証拠だ」
「だからこそ守るのですよ、我々の手で」
「聖者の一翼が反旗を翻すか
我らの側に立つと言うのなら歓迎するぞ、導師」
「ご冗談を」
「千年前の貴様らには”覚え”があるようだが?」
「伝承にしか残らない彼らと今代の私たちを同列視しないで頂きたい
それに……道半ばで倒れ使命も果たせなかった初代導師よりも
私の方が何百倍も優れていると自負しておりますので
気遣って頂かなくとも結構ですよ、竜帝」
「抜かせ
『魔導』も扱えぬ半人前の聖者が」
「古代竜の記憶に学ぶのは結構なことだと思いますが
アッシュは『人』ですから
今後も人の側に立たねば何も理解できなくなりますよ?
王の傍に侍り続けたいというのなら
あまり『獣』に偏り過ぎないよう、ご留意を」
「いつか必ず、貴様の頭蓋を噛み砕いてやる」
「王の寵愛を永久に失ってもよいのならば、ご随意に」
誇り高き竜族をあろうことか獣呼ばわりしたルルムスに
クラウスはその金色の瞳を縦に割り、明確な殺意を向けて睨み据える
二人のやりとりをじっと見つめていたラピスは
疲労の色濃い姿をそのままにへらりと力なく笑みを浮かべた
「お二人とも、本当に仲が悪かったんですねぇ……
私、全然気付きませんでした」
「疲れているのに五月蠅くしてすみません、ラピス」
「いいえ、ひとりでは心細くて……
傍に居て下さいと我が儘を言ったのは私ですから
賑やかな方が安心できます」
力なく寝台へ横たわっているラピスの顔色は死人のように真っ白であった
首までしっかりと布団を被り、今にも眠りそうな眼差しが宙を泳いでいる
聖国に張ったばかりの結界の不具合確認に出向いた先で
魔国から放たれた刺客に襲撃され
まだ聖女としての力を扱いきれていなかったラピスは
加減を誤り力の使い過ぎで昏倒した
刺客の撃退にこそ成功したが、意識を取り戻したラピスは
起き上がる事すら出来ないほど衰弱しきっており、現在は聖女の護衛も兼ねてクラウスとフリッツが部屋に詰めている
安静にしつつも回復の兆しが見えないラピスの元に
襲撃の事後処理で方々を回っていたルルムスが訪れ
意味深な会話を隠す素振りもなく話し始めたものだから
ふわふわする意識の中、気になった点をいくつか尋ねてみれば
ルルムスから語られた内容は信じられないものばかりだった
「アッシュ様がかの古の王であらせられたとか
クラウス様が竜族の頂点に座す竜帝様でいらっしゃったとか
ほんとうに、びっくりする事実ばかりでしたけど」
「だろ?どう収集つけたらいいか分からないほど
アホみたいな事実だろ?」
「ふふっ……そうですね」
ベッド脇に腰掛けるルルムスの反対側で
椅子の背を抱き込むように座っていた上体をラピスの側へと傾け
身を乗り出して熱く同意を求めるフリッツの姿にラピスは笑みを零す
情報を秘匿すべく聖者ではないフリッツは半死半生の目に遭わされた
その時の事を舞台役者のような身振り手振りで
大袈裟に説明するフリッツにまた笑いが零れる
「皆さん、アッシュ様を大切に思っていらっしゃるのがよく分かります
アッシュ様を守りたくて一緒に行動なさっているんですね……
そんな方々の仲間に加えて頂けること、とても光栄に思います」
ラピスの喜びを隠し切れない声色に
クラウスはムスっと不貞腐れてそっぽを向き
フリッツは「改めてそう言われると痒くなるな」と苦笑いし
ルルムスは柔和な笑みを崩すことなくラピスの顔を覗き込み
「歓迎しますよ、聖女ラピス」と言って頷く
体調も顧みる事無く満面の笑みを浮かべたラピスは
「嬉しいです
私、精一杯頑張ります」
真っ白だった頬を微かに赤らめ
恥ずかし気に顔の下半分を布団で隠しながら力強い言葉を返す
真っ直ぐで飾らない、心から紡がれた言葉は
三人の耳に清らかに響いていた
*****
スラム街と軍施設の境目はあからさまなほど分かり易かった
高いフェンスで仕切られた間には皇城周辺と同じく広い平地が広がり
更に遠くに高い石壁が築かれている
石壁が高すぎて軍施設の建物は屋根らしき部分が少し見える程度だ
フェンス境までの道中は男の指示が周知されていたのか来た時のように子供たちにタカられるような事態にはならなかった
余所者の俺を物珍し気に遠巻きに見つめる人々は多くいたが
それもフェンスに近づくにつれ数を減らし、境に辿り着いた頃には
奇特な者を見るような目がいくつか向けられるだけになっていた
ここの住人にとって「フェンスには近づかない」のが常識になっているらしい
ギルドパイプ役の男からの情報で差別が酷いと聞いていたから
貧民街の連中がフェンスに近づかない理由なんぞ
言われずともお察しというべきか。
部外者面して堂々とフェンスに沿って歩いていると
外回りの警備兵だろう、遠目にだが
軍施設側の石壁に背を預けて真剣な表情で話し込む数名が見えた
歩調を緩めて導技で聴覚を強化して盗聴を試みるが
盗聴防止魔導具を用いているらしく話し声は聞こえない
やはり帝国は軍事国家と謳うだけあって末端の基本装備すらレベルが違う
王国では世間一般に高価とされる魔導具だが
帝国では当たり前のように外回りの兵士に普及している
国力の差ってヤツだろうな
水道設備や建築技術、軍隊の練度……国民の生活水準からして
俺の故郷の王国よりも優れているのは明らかだ
町を少し歩き回っただけでこれだけ秀でた部分を実感できる
貧民街や冒険者の迫害など後ろ暗い部分も多いが
日々の生活そのものがより盤石であるというだけで
いち人間としては羨ましい限りだ
一般普及か特別に持たされている兵士なのかまでは判断できないが
魔導具を用いて盗聴を警戒しているという時点で
彼らが話している情報の価値は通常より高い
「なんとかして盗み聞きしたいな」
呟けば、不意に肩が重くなった
透明化した状態の小竜が俺の肩に降り立った感触に目を瞬かせる
「呼んでないぞ」
『 奴らの会話を聞きたいんだな、任せろ 』
聞こえてきたのはクラウスの自信あり気な声
任せろって、どうするつもりだ?
って思ってたら突然小竜から聞き慣れない男数名の会話が聞こえてきた
(おいおいちょっと待て!)
慌てて耳飾りの盗聴防止魔導具を作動させる
『 歓迎の花とか準備するってんで諜報部まで駆り出されてるってさ 』
『 はぁ~、ビヨルタ殿下もお人が悪いというか
なにもこのタイミングで視察になんか来なくても 』
『 正直俺、今夜夜警じゃなくてよかったな~って思ってる 』
『 俺も、夜番のヤツには悪いけど 』
『 だよな 』
『 なに安心してんだよ、駆り出される可能性だって十分あるだろうが
っていうか、殿下来るのに駆り出されない方がおかしいだろ 』
『 招集掛かる前に酒場に逃げるわ 』
『 俺は恋人んトコ 』
『 国家反逆罪でしょっぴくぞお前ら 』
不審がられぬよう通り過ぎるだけだったので長く会話を聞く事は出来なかったが搔い摘んだ内容からある程度は推測できた
近くビヨルタ殿下という重要人物が軍施設を視察に訪れるらしい
ハルバードたちがこことは反対側に位置する監視塔で騒ぎを起こすのと同じタイミングで皇族の一人が軍施設を視察?
こんな偶然はない
今朝がた皇族の一人ヴィディアンヌの暗殺未遂が起こったばかりだというのに
今の帝国中枢はかなり混沌としている
このまま軍施設内部に侵入して情報を探った方がいいと判断し
ハルバードの手の者の尾行を撒くと
妖竜の魔法で姿を隠した俺はそのまま軍内部へと足を踏み入れた
皇族が視察に来ると言うなら確実に司令部に情報があるだろう
一見で覚えるのは不可能と断言できるほどに広すぎる施設を歩き回り
区画毎に張り巡らされている厳重過ぎる導術結界をいくつもすり抜けて
ようやっと軍総司令が常駐する部屋を見つけ出した
重要情報を探る意味合いも兼ねていたので
見落としのないように、と緊張し通しで目と精神的疲労が激しい
疲労困憊で顔を上げた先にあったのは
屋内だというのに門のようにでかく威圧的な扉
こんなにもデカい扉を開閉するには姿が見えずとも目立ちすぎる
入り込むには出入りする誰かに紛れるしかない
人が来るまで壁際で座り込み目を閉じた
ちょっとした休憩を経て
さも「軍人!」と言わんばかりに貫録のありそうな爺さんと
インテリっぽいのが二名、真面目そうな三名がこちらへ向かってくる
全部で六人か、これだけ大人数なら扉も大きく開いてくれるだろう
予想通り大きく開かれた扉と入室する人々に紛れて潜入すると
間を置かずして始まった専門用語飛び交う会話を尻目に
ざっと室内を物色して回った
立ちっぱなしでテーブルを囲んでの軍議が続いていたが
話題がひと段落するとインテリ風の男が次の議題へと移る
「では次に
今夜行われる第四皇子殿下の視察に関する段取りですが」
よし、メインテーマキタコレ。
特等席にて堂々と傾聴させていただくとしますか
六名全員が立ちっぱなしなのをいい事に
総司令官や提督といった偉い役職の人間が座りそうな上等すぎるふわっふわの椅子に腰掛けて、思いっきり背もたれにもたれ掛かり、大袈裟なほど片足を振り上げて脚を組むと両手は組んだ状態で腹の上へ……
眼差しはキリっと鋭く、を意識する
極めつけにフッと鼻で短く笑い顎をしゃくった俺の様相は
有能な部下を従える大企業の社長そのもの
寸劇社長さんごっこ。
不可視状態とはいえ最高に気分がいい
「これで美人の秘書が傍らに控えていたら」
『 何を遊んでるんですか、アッシュ 』
完璧だったのになぁ、と言いかけた所で
心底呆れかえったと言いたげな声色が耳元で響いて超ビックリした
俺のごっこ遊びはバッチリルルムスに見られていたらしい
ちょっとしたお茶目だったが、なんとも恥ずかしい所を見られ……
(……)
え?見られた?見えてるのか今の状況?
ちょっと待てオイこら聞いてねェぞ
『 人間を虫けらのように見下すアシュ……はぁ…… 』
熱っぽいため息吐いてないで説明しろクラウス
なんでルルムスが現状見えてるみたいな発言してんだよ
ずっと”見てた”のかお前ら?!それならそうと早く言ってくれない?!
音声でのやりとりだけかと思ってたのにトンだ羞恥プレイだ!
誰も見てない前提でこれまでずっと思うがままに振舞ってたわ!!
え?見えるようになったのは俺がハルバードと話をしてる途中からだって?
やべ、ここまでの道中で恥ずかしい行動とか取ってなかったかな
大事な盗聴の場だというのに己の行動を振り返る事に必死だった俺は
頭を抱えて唸っていた所為もあり、インテリっぽい軍人のひとりが
不思議そうな眼差しでこちらを見ている事に気付けなかった
明確な意志を持ってこちらへ向けられた視線に気づいた妖竜が顔を上げ
話し込んでいる六名へと顔を向ける、と同時にルルムスの声が聞こえてくる
『 見つけました、今代の賢者は彼ですね 』
……はい?
ルルムスの口からさらっと紡がれた衝撃発言に思考が止まる
しかし直ぐに我に返り、勢いよく顔を上げれば
不可視化している筈の俺とバチバチに視線が合った、ひとりの軍人
艶やかな長い黒髪はきっちりと後頭部で一括りにされており
そのひと房が肩から前に流れ落ちている
切れ長の目はキツい印象を与えるが、通った鼻筋と薄い唇が
細面な顔全体の調和を保っており……
何が言いたいかというと、つまりは顔が良い
場所が場所だけに当然だが、ガタイも軍人
広い肩幅ときちっと着込まれた軍服の上からでも分かる鍛えられた四肢
筋肉の盛り上がりは全く無いのでムキマッチョではないが
多分これはアレだ、脱いだら凄いんですというヤツだ。
お約束というヤツだ、そうに決まっている
なぁルルムス、聖者ってのは顔面偏差値が高くないとなれないのか?
俺の周りの連中全員イケメンじゃねェか
少しはおっさんの平凡顔を労わってほしい
「ん?
さっきからどこを見ているんだ、ヴィドー」
貫禄のある爺さんが不思議そうに尋ねている
聞いたかルルムス、賢者のお名前『ヴィドー』って言うんだって
……。
用事も終わった事だし
俺、そっち戻ってもいいかな




