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悪党の俺、覚醒します。  作者: ひつきねじ
94/145

94<不義と背信の徒~不穏な街と仄暗い瞳の子供たち~

窓より侵入、先ずは第一目標のカバン奪還

侵入者たちが話に気を取られているタイミングを見計らって

小汚い青年が座っているベッドの足元に立てかけてあったカバンを取り戻し

俺が触れた瞬間に妖竜の幻術魔法で不可視化、無音化

一時壁際まで退避して一息


「はぁ~、良かった

即興で選んだとはいえ結構気に入ってる服だったから

取り戻せて本っ当に良かったぁ」


まるで、恋する女子高生が憧れの先輩と話をした後

僅かでも交流できた幸せを噛みしめるが如く

ぎゅう、と服の入ったカバンを両腕で抱きしめる俺の姿を

竜の目を通して見ていたクラウスが

普段の俺の服へのこだわりや執着っぷりを思い返し

服を人質に取られ言う事を聞かされる俺、という光景を思い浮かべ

(アシュの弱味になってしまうかもしれない

我が王を悲しませぬ為にも率先して護らねば……服を!)

と、心に決め真剣な表情で深く頷いていた


さて、あとは退路を確保した上で犯罪者どもに用件を聞くだけだ

フードを深く被り直し、口布を整え

首元を覆う襟をしっかりと立てて小竜を隠す

これで今の俺の露出個所は目のみ、格好だけなら暗殺者(アサシン)だな

窓際に戻ると窓枠に足をかけ、一足飛びで屋上へ向かえる態勢に入ってから

妖竜に命じて不可視の幻術を解かせる


「おい、侵入者ども」


俺の声掛けに一番早く身構えたのは部屋の扉を背に立っていた男

反応速度や隙のない構えから

五人の中では奴が一番の手練れだろうと推察する

他三人も遅れて身構えるが、残り一人

小汚い格好をした青年はアホ面を浮かべて俺へと振り返り

きょとんとした視線が俺が小脇に抱えているカバンを見止めると目を見開き

すぐに己の足元を確認して、一層青褪めた顔になる


「嘘……いつ、どうやって……?」


ベッドのすぐ下、自分の足元に立てかけてた筈のカバンが

いつの間にか俺の小脇に抱えられてんだから

そりゃあ血の気が引くほど狼狽えもするわな


「話があるなら屋上へ来い

長くは待たんぞ」


告げて、相手の反応を見ずに屋上へ向かう

奴らが出てくるであろう扉から少し離れた位置

皇城を背にして念のため設定範囲を最大にした状態で

盗聴防止魔導具を作動させておいた、蛹型のイヤリングは大活躍だ


(半径約八メートルか)


昼間ルルムスと使用した時は見えなかった効果範囲の波紋が

暗がりで空気が凪いでいた所為か、うっすらとだが視認できた


導技に長けた冒険者の平均的な間合いぎりぎりだな

とはいえ、ここは軍事国家だからおそらく冒険者の質も高い

俺が元居た王国の平均で考えるのは危険だ

連中も想定する平均以上かもしれないから用心しておこう


先ほどのカバン奪取で俺の実力を過大評価して必要以上に警戒するか

いっそ敵わない相手と判断してくれれば都合がいいのだが

冒険者ってのは古今東西、血の気が多い奴ばかりだからな

正面からやり合って技術的にも身体的にも敵わない時は

頼りっぱなしで申し訳ないが小竜に逃走の力添えしてもらおう


「いざって時は頼むぜ、ピクシー」


「ピュイ!」


うむ、よい返事だ

愛らしい鳴き声に頷き返した直後、屋上の扉が


ギャバァァアアン!!!


と、けたたましい音を立てて開かれる

お相手さんの中に時間も状況も考えず

思いっきり力を込めて蹴り開けるような低能が混ざってるらしい

運の悪い事に扉の材質も音が響きやすいものだったようだ

取っ手部分が見事にへこみ歪んでいる

明け方前とはいえ今の音で目を覚ました住人は多いだろう

盗聴防止範囲に扉を含めておけばよかったと後悔する


「バカ!こんな大きな音立てて!」

「仕方ねェだろ!カギ開かなかったんだから!」

「だからって蹴り開けるバカがいるか!」

「いいからとっとと出てくれないか

後ろがつかえてるんだ」

「今の音で誰か駆けつけてくるかもしれないぞ、急ごう」


バカでかい音を立てた割にはヒソヒソ声だが

そんな会話も聴覚強化で俺の耳にしっかり届いている

今し方の音で周囲のいくつかの窓に明かりが灯った

屋上の様子を目撃した近隣住民から通報されなきゃいいんだが


……されるだろうな、確実に。


ドアを蹴り破った男が少し離れた位置に俺が立っているのを見つけ

ズンズンと歩を進めて丁度いい事に盗聴防止範囲内で足を止めてくれた

残りの四人もぞろぞろと近づいてくる

有難い事に全員が範囲内に入った所で俺の方から話を切り出した


「さて、デカい音も立ててくれた事だ

悠長に話を聞いてやる時間が無くなった

用件があるなら手短に話してもらおうか」


「アンタはどこかの国のスパイか?」

「バカ!そんなの聞いて答えるヤツがいると思ってんの?!」

「ンだよ!コイツの正体を確認すンのも重要だろーが!」

「お前らは黙ってろ、俺が話をする」


「ある程度学のある奴と話をしたいんだが」


「ァア?!今オレらがバカだっつったのか!ァア!?

レンガクに通ってるヤツがそんなに偉いのか?!ァアン!?」

「そうだよバカ!もう黙ってろバカ!!」

「オレ”ら”、とか周りを巻き込むの止めてくれないか?」

「殴ンぞテメー」

「お前が軽率に音を立てた所為で話す時間が無くなったのは事実だ」


扉をブチ破った奴に非難が集中している

言動を見るに、まぁ仕方ない事だな


「そういう訳で諸々の配慮に対する感謝と

個々の挨拶は省いて本題に入らせてもらう

貴方の腕を見込んで頼みがある、どうか俺たちを助けてほしい」


一歩前へ出て来たのは

先ほど室内で扉の傍に立っていた、彼らの中で一番手練れだと推察した男

助けを請う姿勢からして学のある者なのだろう

ここまで話をして階下がざわめき始めた事に気付いた男は悔しそうに顔を歪め

身に着けていたボディバッグから紙を取り出すとペンで何かを書き付け

書き終えた紙を折りたたみペンに括り付けると射的するかのように

結構な鋭さで俺に投げ渡してきた


内角高めの右寄りに投げられたペンに内心で舌打ちしながら

ペンの速度に合わせて右回りに踵を返し

左手指で難なく挟むと彼らから背を向ける

クラウスに回路を譲渡した右腕は身体強化の効果範囲外だ

得体の知れない連中に俺の弱所を知られる訳にはいかない


「このままでは数えきれないほどの死者が出ることになる

話を聞いてくれるだけでもいい、少しでも興味があるならどうか

今日中にその紙に書かれている場所まで来てくれ」


階下のざわめきが洒落にならない状態になってきた

屋上へ続く階段を登ってくる足音も聞こえる

ここを離れないと拙いな


「昼間、馬車の中で俺の仲間が貴方を襲おうとしたことを謝罪する!

のっぴきならない事情があるんだ!話を聞いてほしい!

どうか、頼む……!!」


必至に叫ぶ男の声を背に、宿の屋上を後にする

部屋の鍵は室内に置いといた

荷物も無いし勝手にチェックアウト扱いにしてくれるだろう


「はぁ~……」


長いため息が零れる

相手側の愚行の所為で仕切り直しか、面倒くさいな

皇城には滅多に人が来ないような隠し部屋もあったし

そこへ荷物を隠して待ち合わせ場所に向かってみるか


ああもう、荷物のある無しが本当に手間だ

次からは絶対に魔導袋は手放さないでおこう、不便で仕方がない

服装はどうするかな、連中全員庶民服だったし

待ち合わせ場所ももしかしたら街中かもしれない

ちら、と肩に乗ってる小竜に視線を向ける


「なんか、お前に頼りっぱなしで情けねェんだよなぁ」


『 何を言う

  むしろ馬車馬のようにこき使ってくれた方が喜ぶぞ 』


「使うとか言うな、道具じゃねェんだから

あと、そういう社畜精神は鍛えんでいい

誰かに従属する事に甘んじるなと前々から言ってるだろう

そんなんじゃホントにお前、いざ魔国という名のブラック企業に

強制就労させられた時機械のように酷使されてゴミのように捨てられるぞ


働く者としての権利を主張しろ

そして見返りを求めろ、正当な報酬を要求しろ

この世に無償なんてモンはないと心得ろ!」


『 ……アシュは優しすぎる

  おれたち竜族はアシュの役に立てる事こそが

  最上の喜びであり存在理由だというのに 』


「重いわ」


数多の竜族の喜びと存在理由を俺一人に押し付けるんじゃありません

ロクでもない前歴の持ち主に依存するのは止めてくれ

出来る限り竜族に借りを作らないように努めなければとは思ったが

現時点で既に返しきれない負債を抱えている気がする

当の竜族は「返済?そんなのいりません」という態度なのだが。

『クラウス金融』が無利子で俺に高額融資、むしろ贈与?

なんならうちの金庫まるごと差し上げますが?

とかいうぶっ壊れ営業してて、その上に胡坐をかいてる俺……


(イカン)


このままでは俺は確実に地獄行きだ、徳を、徳を積まねば。

ともなれば人助けだ

手始めに助けを乞うてきた先ほどの連中の話を聞くべく

紙に書かれた文字を早急に解読して待ち合わせ場所を特定し

安全確保の為に待ち伏せしておかねばならない

当然武装は解いていくので大事な装備は皇城に隠し……


『 アシュ、城への移動は手間だろう

  荷物は妖竜に持たせればいい 』


「こんなちっこい竜にあんな大荷物持たせられるかよ

首に吊り下げるにしても絶対フラフラ、」


『 ソイツは大木の一本や二本、軽く持ち運べるぞ 』


「緑産専用重機か何かか?」


そうだった、妖竜は小さくても竜族だったな

しかし徳を積むためにクラウス金融に頼るのは本末転倒なのでは?

いや、まぁ、でも……重機なら、そうだよな仕方ないよな

物理法則を無視した発言を前に考えることを放棄した俺は

クラウスの助言を聖母マリアのような懐の深さで受け入れて

皇城に寄る事無く夜が明ける前に適当な場所で着替えを済ませ

武具を妖竜に預けると一時的に別行動を取った


そろそろ閉店しようとしている酒場へ足を踏み入れれば

店内の片づけをしていた店員の、まだまだ元気そうな声が響く


「お客さーん!来ていただいたトコもーしわけないんですが

ウチはもう閉店なんですよォ」


「道を尋ねたいんだが」


「はいはいどちらまで?」


こういった問い合わせは日常茶飯事なのだろう店員が軽い足取りで歩み寄り

俺が提示した紙を慣れた仕草で覗き込むと暫し考え込んだ


「ん~……、この住所は多分

ナガル地区とドゥベル地区の境目にあるスラムのどこかじゃないかな

近くまで行ったら近所の人に聞いてみなよ」


「方角は?」


「あっち」


ぴしっと迷いなく指し示された方向に笑みを浮かべて頷く


「ありがとな、お嬢ちゃん

お礼だ」


酒一杯分相当の金額を店員の手に置くと彼女は小さく飛び上がって喜んだ


「やった!お金くれるなら情報付け加えてあげる!

ナガル地区は軍事施設が多いから

立ち入り禁止の場所には入らないようにね

ドゥベル地区は最近特に警備が厳重になってるらしいの!

近づいただけで尋問されるって話だから気を付けてね!」


「で、肝心のスラムは?」


「追加料金!」


おう、ちゃっかりしてやがんなお嬢ちゃんめ

調子よく目の前に差し出された掌を前に肩を竦めた俺はくるりと身を翻す

向かう先は店の出口


「じゃ、直接確認しに行くか」


「んもぅ!景気悪いなぁ!

気を付けていってらっしゃ~い!」


一瞬頬を膨らませた店員はすぐに笑顔を見せて

店を出る俺に手を振って見送ってくれた

気持ちのいい対応だった、きっとあの店の看板娘なのだろう


明け方でまだ人通りも少なかったので

最初の内は教えてもらった方角へ障害物競走よろしく直進するが

流石に人通りが増え始めると人ごみに紛れての行動に切り替えた


乗合い所を見かけたのでそこにいる御者のじいさんに

紙の住所を見せて所要時間と料金を訪ねる

直進していたお蔭か随分と安い料金を提示されたが

御者は俺をジロジロと観察し、しかめっ面で考え込んだ後

やはり送れないと乗車を拒否されてしまった


聞けば、ドゥベル地区とナガル地区の間にあるスラム街は非常に治安が悪く

つい最近も近くを通った馬車が襲撃されて

馬から何から全て奪われる事件があったらしい

軍事施設が隣接しているのだから「治安は一番良さそうだと思っていたのだが」と呟けばじいさんはとんでもない!と語気強く首を振った

ここら一帯では無法地帯と呼ばれる程物騒で

国は現状を知っていながらなんらかの理由であえて放置している

きっとトンでもねェ犯罪が国ぐるみで行われてんだ、と

声を潜めつつも熱く語ったじいさんは疲れたように肩を落とした


「もう目と鼻の先みたいなモンだし自分で歩いてった方がええと思うぞ

あんたァ疑うワケじゃあねェが、馬車ァ襲う目的で

ワシらぁに声かけてくるモンも少のうねェんだわァ」


「そうだったのか、不安にさせてすまんな

そういう事情があるなら自分で向かおう」


「乗せられん詫びだ、もっかい紙ィ見せてくれ

詳しい場所ォ教えちゃる」


俺がスラムの回し者ではないと判断してくれたのだろう

申し訳なさそうに眉を下げたじいさんは詳しい道順を分かりやすく教えてくれた

長い事乗合馬車の御者を勤めているだけに

この辺りはじいさんにとって庭も同然なのだろう

細い抜け道まで教えてくれたので感謝しきりだ


お礼に、と幾ばくかの金銭を渡せば

掌に握らされた金を見て目を丸くした爺さんは

こっちが申し訳なくなるほどに恐縮しきりだった


「にいちゃん気ィつけェよお!」


去り際に優しい声までかけてもらえて、俺は悟り目で歩き出す

二連続で良い人に巡り合い、しかも送り出してもらえるとは


(今日の俺の運、使い切ったぜ)


セインツヴァイトでのぼっち生活が身に沁みついている俺の後ろ向き思考は

数か月経った今でも健在だった



果たして、辿り着いた場所はスラム街のど真ん中



倒壊寸前の元教会っぽい建物を見上げ

ここに至るまでの理不尽なあれやこれやを思い出し

喉まで出かかった言葉を足元へ打ち捨てる


もう何も言うまい

とりあえずこの場所を指定した野郎が来たら


(いの一番に殴ろう)


そう心に決めるほど俺の精神は疲労困憊だった

なんでって?そりゃあ俺の周りに群がる

子供の大軍勢を見てもらえればよく分かるだろう

積極的に物乞いしにくる子供たちの目の(にご)り具合は見ていられない


幸いなことに俺の持ち物は全て妖竜に預けてあるので

所持品は少量の金銭と身に着けている庶民服のみだ

しかし、手ぶらと言えどスラム街では

綺麗なべべを着てるだけで富裕層と判断されるらしい

言葉が通じる分、人の荷物をひったくる猿より厄介だ

ただの猿だったら遠慮なく撃退して終わりだが

相手が人間の子供となるとそうもいかん


子供たちの所為で俺は目立っている

指定場所に先回りして潜伏しておく筈が、否応なく目立っている

周囲の建物や窓の影からチラチラ様子見されちゃうほど激しく目立っている

そりゃそうだ、大人数の子供を引き連れて

目的地まで移動してるワケだからな


これはアレかな、歌のお兄さんとか体操のお兄さんとか

子供向け教育番組に出てくる子供たちに群がられるお兄さん☆

みたいなポジションかな?

群がってる子供たちの目は全員もれなくレイプ目だけどな。

夢も希望も教育もあったもんじゃねェわ


ちなみに所持していた金銭はポケットから失せた


手癖の悪いガキが混ざっているが

その道のプロでもあるアシュランが金をスリ取られた瞬間に気付き

スリを行った不届きな子供の顔と服装をしっかり覚えているので

今すぐに拳骨の一発でも見舞ってやりたいが


(耐えろアシュラン、相手は子供だ)


怒りを籠めた一撃はこんな場所を指定地に選んだ例の男にくれてやろう

みすぼらしい姿をした子供たちにモテまくってる俺は

朽ちかけの教会を見上げたまま身体強化をかけた

しがみ付いてくる子供たちの手を、身を一回転させる事で引き剥がし

全員の手が俺の服から離れた瞬間に教会の屋根に向かって飛び上がった


突然の俺の行動に尻もちをついた子供が泣きはじめ

それを囲む数名の子供が非難がましい視線を

屋根の上に居る俺に向けてきたが


(知った事か)


尻もち程度でワザとらしく泣きわめきやがって。

隙あらば憐れに訴えようとする姿勢は板についてるようだ

あのガキどもの親の顔面にスクリューパンチしてやりたい

手癖の悪い奴を紛れ込ませて集団で(タカ)ってくる未成年犯罪集団に

憐れみも情けも持てるワケがない


さて、足元が子供の声で喧しいが

徹底的に無視を決め込んで仮眠でも取るか

煙突の影に背を預けて座り、暫し目を閉じる


二時間ほどして子供のざわめきと気配が遠ざかった

周囲の人の気配もなくなり、人払いされたことに気付くとそっと目を開く

ひとり、こちらに近づいてくる気配に腰を上げて

軽い伸びを済ませると身体強化で、特に左腕の筋肉を膨張させる

直後、俺と同じように導技を使った男が屋根に飛びあがってきた

タイミングを見計らって野郎の顔面に渾身の一撃を叩き込む


「悪い、まさかこんなに早く来てくれ ぐ ふ ォ !!!」


少なくとも頬骨はイッただろう

確かな手応えを感じて左拳を握り直すと

ぶっとんだ男の落下地点に弾丸の如く突っ込み

舞い上がった土埃の中、鍛えられたボディに二撃三撃と叩き込む


(急所を避けてやがるな)


ヨロけながらも致命傷を避ける辺り相当肉弾戦に長けている

この時点で相手の男が俺より戦闘技術が上である事を悟り

内心で舌を打つ

四撃目からは弾かれ、五撃目は防がれる

六撃目で一回り太い腕が撃ち込んだ俺の拳を捕らえ

そこでやっと双方の動きが止まった


「頼む、待ってくれないか」


「先ず俺の金を盗んだガキから同額を徴収してこい

それと俺の大事な一張羅をこんなにも汚しやがったガキどもに

一発ずつ拳骨を入れてこの上着を丁寧に洗濯し

汚れひとつない元通り綺麗な状態にして返せ


どんな事情があろうと仇でもない人間を害する犯罪者には

例えそれが子供であろうと容赦はせん

その場で蹴り飛ばされて内臓潰されなかっただけでも

有り難いと思えと説教と一緒に伝えておけ」


「だからってなんで俺を殴る事に繋がるんだ」


「人を動かせるというのならここいらのまとめ役はお前だろう

ガキどもの保護者であるお前が責任を取るのは当然だし

俺が迷惑を(こうむ)ったこの場所を指定したのもお前だ


この仕打ちを理不尽だと思うのなら

その顔をガキどもに見せてこう言ってやればいい

『お前らが悪い事をしたから俺が酷い目に遭ったんだ』ってな


それとも、俺が直接制裁して回った方がいいか?

大人は怖いものだと痛みで以て分からせた方が良かったか?

そうしてもいいのなら今からでも実践してやるが

判断はこのスラムの代表者であるお前に委ねよう」


「子供のやったことじゃないか、少しは大目に」


「俺の、上着を、汚しやがった」


「……」


「許さん、絶っっっ対に許さん」


子供たちにタカられてもみくちゃにされた紫色の上着は手形とか鼻水とかそれ以外のもので見事にぐっちゃぐちゃのべっちゃべちゃですよ

当然俺、ムカチャッカファイヤーで激おこぷんぷん丸ですよ

仮眠取りながら腹で茶を沸かして最終的には空焚き状態でしたよ

茶渋すら残ってねェよ、見た目通りカンッカンに怒ってますよ

憤怒という名の陽炎を背負い目を見開いて真っ直ぐに見つめ続ける俺の怒りの深さを覚ってくれたらしい男は静かに頷き

俺が脱ぎ渡した上着を(うやうや)しい手つきで預かると

物陰からハラハラした様相でこちらを見ていた女性の元まで歩いて行き

こちょこちょと会話を済ませ、女性に俺の上着を託して戻ってきた

その手には小袋が握られている


「街の子供たちが済まなかったな

金額は分からんが、これで足りるか?」


「俺は手癖の悪いガキから徴収しろと言ったんだが?」


「それは後で必ずやっておく

だから今は代理金で勘弁してくれ」


手渡された小袋には銅貨と銀貨が入っていた

うん、めっちゃ足りない

金貨数枚入れてたからな、この小袋じゃ足りない所の騒ぎじゃない


「圧倒的に足りん」


小袋を男の胸目掛けて強く投げ返す


「これで足りないって、どれだけ持ってたんだ?」


「俺から金をスリとった子供

茶髪で垂れ目、左頬に三本のひっかき傷

瞳の色は灰色、右目の上瞼に目立つ黒子

服装は上が白、といっても汚れまくってるが半袖

下は紺の綿パン、膝部分が両方とも破けてる

俺の腰くらいまである身長の痩せたガキを探せ

ちなみに所持金は下一桁まで完璧に覚えてるからな」


「ああ……うん、もう誰かは見当がついたよ

きちんと叱っておこう」


そうか、やはり実行犯は名前付き(ネームド)

どこのストリートチルドレンでもリーダーはいるものだからな


男は先ほどとは別の方角に歩き出すと

建物の影を覗き込んでまた誰かとこちょこちょ話し、戻ってきた

出会い頭で俺に殴り飛ばされたというのに丁寧な態度を崩さない

先ほどのやりとりで互いの力量が分かったにも関わらず、だ。

それだけ男が持ってきた本題が相当厄介な案件という事なのだろう

正体の知れない俺に対して終始下手(したて)に振舞わねばならないほどに


「貴方の大切な上着は俺の妻が洗濯して持って来てくれる

取られた君のお金もすぐに持ってこさせるように使いを頼んでおいた

先に人払いを済ませて仲間たちに案内を頼むつもりだったんだ

ここまでの道中、面倒をかけさせて済まなかった


それと……子供を殴らずに我慢してくれて、ありがとう

他所の大人連中は皆ここに住んでる子供たちを害虫扱いして

平気で傷つけるから」


「俺だって他所の大人だ」


「貴方は一切武装していないだろう?

だから子供たちも無害だと判断して集まったんだ

助けてほしい一心で……手癖の悪い子が混じっていたのは確かだが

それも貧しい生活に苦しんでいるが故の行動だ

俺に免じて、どうか見逃してやってほしい」


「……」


「最初に見た格好でここに来ていたら

多分子供たちに囲まれるより先に軍の人間に目を付けられてただろう

その姿で来たのは正解だ、無事に会えて良かった

早速だが、話を聞いてくれるだろうか」


真摯な態度に居心地が悪くなる

相手がこれでは俺の苛立ちも持続しなくなるというものだ

金も戻ってくる、服も綺麗になるというのなら不満はない

ため息を吐いて聞きの態勢へと入る


「元から話を聞くつもりでここへ来たからな」


「ありがとう」


「俺の方こそ悪かったな

実力を図るためとはいえ打ち込み過ぎた」


「そういう意味合いもあったのか」


なんだ、気付いてなかったのか

男の素直なリアクションに笑みが浮かぶ


「ちょっとここで待ってろ」


男をその場に残し、再び屋根の上に飛び乗った俺は

ハンドサインで周囲に対し不可視化している妖竜を呼びつける

別行動とはいえ俺の丁度真上、上空で荷物をぶら下げて待機してくれており

他には見えないが俺だけには見えるようになっている

幻術魔法とは便利なものだ


荷物から回復薬を一本取り出し、再び妖竜を上空で待機させる

傍目には俺が意味不明な動作をしているだけに見えただろう

ズボンのポケットにそれを仕舞い、男が待つ地上に飛び降りる

軽快な足取りで近づく俺に目を瞬かせている男の鼻を素早く摘まむと

無理矢理上向かせて反動で開いた口に問答無用で回復薬を注ぎ込んだ


「がぶっ!ぐは!ごふっ」


空気と共に飲み下した男は俺の突然の行動に咳込みながらも

間の抜けた視線を向けてくる


「何を飲ませたんだ?」


「回復薬だ、それで頬の骨折も治るだろ」


「回復薬?ああ、ポーションの事か

道理で知った味だと……待て!そんな貴重なものを一体どこで!?

いやっそうか、やはり貴方は元冒険者の人だったのか!?

今までよく無事で、おお……!痛みが引いていく……んん??

頬だけじゃなく何年も前の古傷まで?いや、それだけじゃない

視界まで妙にハッキリし始め……こ、これは

この尋常でない回復速度、まさか最上級ポーションか!?

こんな高価なものを頬の怪我如きで使うだと?!正気か?!」


「積もる話があるようだが、それは立ち話でいいのか?」


「平然としているな君は?!

なんでそんなに平静でいられるんだ!!

そんなに凄い薬があるなら俺なんかに使うよりも

もっと、優先しなければならない人たちが……もっと、も……」


「……」


「す、凄い虚無だ、目に感情が無い

君ほど虚無を纏った男は初めて見た」


「話が無いなら上着回収して

ガキ殴って金も回収して帰るぞ俺は」


「待ってくれ、帰らないでくれ

すまない、俺の方が慌て過ぎた

高ランクポーションを飲める日がこんな唐突に来るとは思わなくて


中に入ろう、万一倒壊しても俺と貴方なら難なく脱出できる

それにしても最上級ポーション……くっうう……」


なにやら葛藤する事に忙しい男は

俺に背を向けて廃墟同然の教会へと躊躇なく入っていく

確かに男の言う通り、突然倒壊しても俺たちならすぐに脱出できるだろう


男の背を追って朽ちかけの教会内部へと足を踏み入れた俺は

割れたステンドグラスを見上げると同時に妙な既視感を覚えた

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