表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪党の俺、覚醒します。  作者: ひつきねじ
92/145

92<不義と背信の徒~辻馬車でのひと騒動を経て~

「……」


静かになった小竜から手を離したルルムスは

つい今し方笑い声を発した事実など無かったかのように

真剣な面持ちで小竜を見つめる


少し離れた場所でやりとりを聞いていたクラウスも

先ほどまでの上機嫌が嘘だったかのように

どこか遠くを睨み据えていた


クラウスの目はアシュランが持つ小竜の瞳を介して

相手側の景色を共有できる

言葉のやりとりでしか判断できないルルムス以上に

詳細に相手の状況を知る事ができるのだが

そのクラウスが不満げな表情を浮かべているという事は

予予(かねがね)ルルムスと同じ結論であったから、という証明に他ならない


クラウスはアシュランが己の主であることを明言しながらも

『古の王だからこそ従っている』という真実だけは伏せている


そうするに至った経緯は

看破を使いこなしてはいても『防ぐ』術を知らなかったルルムスの葛藤を偶然にも読み取ってしまったのが切っ掛けだった

当時は言葉遣いが(つたな)く、意思伝達に欠けていたクラウスは

『アシュランが古の王である事』を何故伝えてはならないのか

どうしてルルムスが頑なに隠そうとしているのか、理由が分からなかった


その後、ルルムスがアシュランの事を酷く心配していると知ったから

暫く様子見のつもりで黙って観察を続け

アシュランの右腕の導力を取り込み

全ての竜族に意思伝達が出来るようになってから

事が非常にデリケートな問題であると理解した


導き出された結論はやはり

ルルムスが危惧している事態とほぼ変わりなく……

アシュランは、この世界を終わりへと導く古の王が自分であると知れば



自ら命を絶つ可能性が非常に高い



「……」


沈黙が続く

冗談に紛れ込ませた真実への答えがとうとう明確になってしまったが為に

想定していたにも関わらず双方言葉を失っていた

それから数十秒か、数分経った頃

クラウスが凪いでいた空気を揺らす


「もう、不用意な事は言わない」

「そうして頂けると助かります」

「貴様の為ではない」

「誤解などしませんからご安心を」


不用意、の指す事柄は

『瘴気が元からアシュランのものであった』と教えてしまった件だ

クラウスの言葉の意味を、ルルムスは正しく理解していた

咄嗟に『瘴気を取り込める特異体質』という話に挿げ替えておいたが

アシュランは納得していない

ただルルムスの説明の方がより無害であると判断したから

ルルムスの言を採用しているに過ぎない


アシュランは自身に関する事となると、どこまでも冷静だ

常に離れた場所から己を見つめ

立ち位置を把握し、観察している節がある

そういった達観した老人のような視点を持っているのはやはり


(普段から彼の心の中が騒がしい事に起因しているのだろうか)


アシュランが古の王だと分かって以降

常にその心の内に耳を澄ませていたルルムスは最近になって

『彼の中には複数の人格が存在しているのではないか』

という可能性を見出していた


推察がもし事実であれば

アシュランの魂の情報が膨大である事と称号がいくつも存在している事

相反する情報が所々に内在している不自然さにも納得がいく

解読不能な言語に関してはまだ皆目見当もつかないが――……


チッ、と


思考に耽っていたルルムスの耳に舌打ちが響く

立ち上がったクラウスの耳元で黒い石が揺れ

室内灯に反射した部分が青く光った

その耳飾りは元素竜がシャボン玉に包んで世界中に拡散させた黒い球体を加工したもので、クラウスの上機嫌の理由でもあったが

それを知らないルルムスはクラウスの上機嫌振りから

耳飾りがアッシュの贈り物なのだろうと考えていた


「貴様の所為で我が王が自らを傷つけるような事態が起これば

ただでは済まさんぞ」


「貴方こそ

私が彼の同行を望んでいる本当の理由は初めからご存知でしょう

要らぬ忠告ですよ」


冷えた会話は鼻を鳴らしたクラウスの退室で早々に幕を閉じる

互いに言い争うような気分にはなれなかった


アシュランの脅し文句を期に

ルルムスへ絶対服従の姿勢を見せた小竜が伺うような視線を向ける

同じ竜族でこうも態度が異なるのか、と困ったように眉を下げたルルムスは

己の肩へ乗るよう小竜を促した


人慣れしていない小竜は少しばかり躊躇し

差し出された腕をそろりと登って首元をひと回りすると

瞳を覗き込むように器用に上体だけを起こした

目を合わせたルルムスが微笑する


「負担や不調を感じるようなら遠慮せず休んで下さいね

王の声を届ける、という大切なお役目を担うのですから」


クッ、と小さく返ってきた返事に笑みが深まった


「貴方の目の色は王とよく似ていますね

……おや、畏れ多いのですか?

そういう時は誇ればいいのですよ

竜族らしく、胸を張って他の者にも自慢してやりなさい」


クラウスがアシュランとルルムスの連絡用に、と

用意した小竜の種族名は氷竜(アイス・ドラゴン)

翼を持たず、蛇のように細い体に

短く小さな前足と後ろ足がそれぞれ二本ずつ生えている

尾の部分は薄く透明で、頭部には常に水気を帯びた毛並みが

水の中で揺蕩うように揺れている

額から後方にかけて生えている二本の角は珊瑚とよく似ており

少し触れただけで簡単に折れてしまいそうな繊細さを醸し出していた


実際は人の手では小傷ひとつ与えられないほど強靭な竜族なので

(もり)で体を突かれたとて銛の方がへし折れるほどに頑丈なのだが。


「最初お目にかかった時も思いましたが

とても美しい見た目をしていますね

竜種の選別に関しては、竜帝に感謝申し上げなくては」


息をするように世辞を吐くルルムスに、氷竜はピピピと全身を震わせて暫し硬直すると思い出したように鼻息荒く胸を張った

そうだろう私は美しいだろう、と言いたげな態度に

またルルムスは笑みを浮かべ、そしてすぐに表情を曇らせる


「帝国の情勢も心配ですが

夕食後にラピスが言っていたことが気にかかりますね」


晩餐を共にしていた時、突然ラピスが立ち上がり

どこか遠くを見つめたかと思えばルルムスに不安げな顔を向けたのだ

食後に詳しく話しを聞いてみれば

どうやら聖国に張ったばかりの結界に違和感を感じたという。

国一つを覆う大規模な結界を張った事など初めてだったラピスには

事の詳細を瞬時に察知できるほどの能力はまだ備わっていなかった


直ぐにでも結界の問題個所に駆けつけて確認をしたかったが

夜間に行動するのは危険という事で

明日の朝、しっかりと身支度を整えてから向かう事になった

今夜は大事をとってルルムスの結界でラピスの周囲を保護してある

室内、宮殿内と二重三重に結界を張ってあるので

彼女に何かあればすぐに気付いて行動できるだろう


ベッドに歩み寄った所で首元に絡まっていた小竜が離れ

宙に浮き氷の膜で自身を覆うと

淡い青色の光を纏ったまま眠りの態勢に入った

氷竜のユニークな睡眠姿勢を物珍し気に観察したルルムスは

団子になってふよふよと宙を漂い続ける氷竜におやすみと告げると

ベッドサイドのランプを消し布団へと潜り込んだ






*****






「流石は大帝国と言われるだけあるなぁ」


ルルムスに一日目の報告を終えた翌日


翼竜に乗り午前中をまるっと移動時間に費やした俺は

帝都の遥か上空から街並みを一望し、大体の地理を把握した後

田舎から出て来た風を装って正規の手続きで物々しい検問所を通り

規模の大きい停留所で乗合いの(つじ)馬車を利用して

皇都から一番近い安宿まで向かう

徒歩で壁の向こう側へ向かう者も居るが

殆どは俺と同じように停留所で客待ちをしている辻馬車に乗り込んでいた


帝都は大きく三つに区分けされており、区画毎に高い壁が築かれている

導技を用いても簡単には突破できないほどに高い、さながら要塞の城壁だ

見た目からくる威圧感も凄い

警備している者たちの腕もそれなりに鍛えられているように見える

俺が見渡した限りでは聖国のように気の抜けた兵は一人も見当たらなかった

仕事に対する姿勢や纏っている緊張感そのものが違う

軍事大国の名は伊達ではないようだ


馬車に揺られて巨大な壁を抜けると

その先に広がった光景に目を見張った俺は思わず幌を大きく除けて

視界一杯に入ってきた街並みに感嘆の声を上げる


「すっ……げェ…」


上空から見た時は遠目過ぎて分からなかったが

殆どの建物が三階建て以上、この世界の水準で見ても

相当高度な建築技術を有している国である事がひと目でわかった

それだけではない、水道設備も末端までしっかりと整っているようだ

所々に見受けられる壁に沿った配管が

それぞれの建物の中へと引き込まれている

木や草といった緑が極端に少ない所為で空気の悪さを感じるが

少なくとも快適な生活を送っているであろう事は

道行く人の格好や出店に並ぶ品揃えで把握できた


しかし、建物がどれも高い分地表に光が届きにくくなっている所為で妙に薄暗い

採光技術はさほど高くはないようだ

今時点での太陽の傾き位置と背後に壁があるというのも理由だが

朝方や夕暮れ時はそれこそ建物の上層階しか光が届かないだろう

昼間にも関わらずこれほどに薄暗いとあまり良い印象は感じられないな

重厚な壁の次に鬱蒼とした高い建築群とくれば

初見ならば妙な緊張を強いられるだろう


生憎と田崎の記憶を持つ俺は

帝国よりもっとデカくて高い高層ビル群など見慣れているので

最初こそは驚きはしたが以降は平常運転だ

人の往来がそれなりに多いので

田舎から出て来たおのぼりさんを装う必要性も感じなかったしな


「お客さん、もうすぐ帝都の玄関口に差し掛かるんで

しっかり手荷物握っておいて下さいね~」


御者の言葉に何故と首を傾けるが、言われた通りにしておこう

横に置いていた背負わねばならないほど大きなバックパックを膝に抱えて

ぎゅ、と両手でしっかり抱きしめると

顎に当たっていた開け口部分の布がもそりと蠢いた

小竜を肩に乗せておくわけにはいかないので

バックパックの中の一番上に潜り込ませてある

窮屈だろうがもう少し我慢してほしい


(帝都の玄関口、か)


今通りがかっている光が届き難く人通りの疎らなこの場所は

玄関口までの通り道になってるんだな


辻馬車を利用しての移動は俺だけではない

前にも後ろにも同じく馬車が列をなしていた

低速ではあるが渋滞することなくスムーズに進んでいる

綺麗に舗装された道路のお蔭で大した振動も無い

乗り物酔いも無く快適な馬車移動をしている最中、方々からいくつかの馬車に向けて声が掛けられる様子を幌の隙間から眺める


「おぉーい、オレも乗せてぇ~」


俺が乗っている馬車にも声が掛かった

低速の馬車は止まる事無く飛び入りの客を受け入れて

前金を御者が受け取り、馬車の中は最終的に二人、人が増えた

小汚い見た目の青年が一人と

それから幾分か遅れて身綺麗な体格の良い男性が一人


どちらも手慣れたように動く馬車に飛び乗ってきた上に

御者も親しそうに金銭の受け取りをしていたから顔見知りか常連なのだろう

俺の向かいに座った男二人から僅かに視線を逸らし

町を眺めるでもなく適当な宙を見つめていると御者が声を上げた


「ほーらお客さん、ここが我が帝国が誇る

交易の玄関口さ!」


御者が「誇る」と言うだけはある

幌を避けて周囲の景色を見渡すと

馬車の向かう先は活気に溢れた声で満ちており、彩りは正に極彩色

セインツヴァイト領にあったギルド交易所の何十倍にも及ぶ規模の商業区だ

俺が周りの景色に意識を向けた直後、向かいの席から異様な気配を感じ取ってすぐさま目の前に座る男二人へと視線を転じる


「っ……!」


目を向けた先で、小汚い方の青年が

中途半端に俺の荷物へと手を伸ばしかけた体勢で固まった

さながら「だるまさんが転んだ」状態だ


(なるほど?)


置き引きか、引ったくりか、追いはぎか、強盗か……まぁ全部だろうな。

飛び入りの客が乗る前にさりげなく忠告してくれてはいたが青年や男と金銭をやり取りした御者もグルである可能性が高い


(荒事は得意じゃないんだが)


アシュランの得意分野は専ら(はかりごと)

対人に置いては自身が圧倒的優位に立った上での脅し、奇襲、不意打ちが殆どで戦闘技術に秀でた部分を持たなかったが故に

これまで直接敵と相対するような事態は避けてきた


まんじりとした空気が流れる中、身綺麗な方の男が不敵な笑みを浮かべた

そうかそうか、青年が実行犯で男が監視、御者は場所の提供って事か

タイミング的に人が賑わうこの場所で

荷物を奪って人ごみに紛れて逃走といった手口だろう

この手慣れた感じは……ペロ!常習犯の味!


(なんて探偵ごっこをしている場合じゃないんだよ

いい加減にしろ田崎)


身綺麗な男が感心したように眉を上げて顎をしゃくった


「ほーぉ?中々に勘の良いオッサンだな」

「ねぇオジサン、大事に抱えてるその荷物……置いてってくれる?

言う事聞いてくれたら痛い目に合わずに済むからさ」


青年が猫なで声で言う、その手にはコンバットナイフが握られていた

男の方はメリケンサックを指に通している

殴るのが得意そうな上腕二頭筋だ


幸いな点と言えば、俺が左腕を伸ばせば御者台が届く距離にあり

尚且つ、辻馬車の収入が納められている袋が

一枚の幌を隔てた御者台のどこに置かれているのか

最初からアシュランが把握してしまっていた点だろう


金目の情報には目敏い悪党のアシュランと

今正に悪事を働こうとしている彼らは同じ穴の狢というワケだ

しかし残念なことに


(アシュランの方がより狡猾で

プロ意識が高かったみたいだけどな)


……おい、褒めたわけじゃない

むしろ幻滅してるんだから喜ぶんじゃないアシュラン

既に華麗なる逃走プランまで立てられていて

自分の一部の事ながら閉口する

チベットスナギツネの表情みたいな心境ってこういうのを言うんだろうな。

御者の売り上げを当たり前のように狙うんじゃありません、と

心の内でアシュランに説教する


一応確認しておくために

幌の中の状況を知りながらも先ほどからだんまりで背を向け

馬車を走らせ続けている御者へと声をかけた


「御者のあんたもこいつらの仲間なのか」


すると御者が何かリアクションを返す前に

メリケンサックを握りしめた男が割って入る


「おいおいオッサン、御者のじーさんをいじめんなよ

持ちつ持たれつってな、ウマいこと共生してんだよ俺らは」

「んでぇ、部外者のアンタは俺らの大事な大事な餌ってワ・ケ」


「仲間じゃないのか」


「今から丸裸になるアンタにはカンケーない話、デショ?」


曖昧な結果になってしまった

完全に仲間だったなら悪い連中には容赦しないという信条の元

去り際に遠慮なく辻馬車の売り上げをかっぱらってやったのだが

難しいラインだな……俺の質問に答えず前を向き続けている委縮した態度から

その小さな背中は俺に対する申し訳なさを醸し出しているようにも感じられる

こいつらが乗り込んでくる前に一言忠告もしてくれた事だし

じいさんの売り上げを貰っていくのは止めておくか


とはいえ辻馬車の送り賃、前払いしちゃってるんだよな

目的地まではまだ遠いし、折角なので過払い分は

引ったくりの常習犯であろう目の前の二人に払ってもらうとしよう


身体強化をかけた体で素早く左腕を差し出し

青年がナイフを掴み直すタイミングでひょいとそれを取り上げて

男が目を見張ると同時にナイフを握った左拳で

メリケンサックを付けた男の指先をアッパーで強襲する


これで男の指が何本かイッただろう

握力が緩んだ拍子にメリケンサックを抜き取り速やかに己の手の内へ


「なっ!?」

「えっ……」


俺が先に攻撃してくるとは思いもしなかったのだろう

瞬く間に行われた行動に戸惑い声を上げる二人を尻目に

抱えていたバックパックを背負い直しながら幌をかき分け外へと躍り出る

「待て!」という男の怒声が背後から上がった

素早く人ごみに紛れ奴らの協力者が近くにいない事を確認してから

行き交う人の間を縫って更に人が集まる方角へと歩を進めた


追ってくる気配はない

窃盗に身をやつしているような奴は大抵物資の不足に頭を抱えている

荷物を脅し取る為の獲物がなければ立て続けに悪事を働く事も無いだろう

一時しのぎに過ぎないが効果は絶大な筈だ


軍事国家といえど人が集まる所では犯罪も横行してるんだな

数ある辻馬車の内、俺が乗っている馬車が狙われたのは

運が悪かったの一語に尽きる

過去の所業の巡り合わせを思えば偶然の神様を恨む気も失せるってモンだ


さて、大した額にはならないだろうが

手に入れたコンバットナイフとメリケンサックを売り払っておこう

場所はお誂え向きの帝都交易玄関口

武具を扱っている店を見つけてわき目も振らずに入店し

早々にナイフとサックを売る事が出来た


武具はナイフひとつとっても意外と値が張るんだよな

辻馬車に支払った額の十数倍の金銭を得て俺の懐はホクホクだ

丁度良く他の馬車の乗り合い所を見つけたので適当な馬車に乗り込んで

最初の御者に告げた内容と同じく皇都に一番近い安宿に向かってもらう

今度は犯罪に遭う事もなく無事に宿へと到着した


八階建ての宿に入ると

最上階の一室を三日分前払いでリザーブする

皇都に一番近いだけに庶民向けといえど結構な金額が出て行ってしまった

裏通りに面した日当たりの悪い部屋に入ると早速間取りを確認し

窓から直接他の建物へ移動できることを確認してから

さっさとカーテンを閉めてバックパックの中身をベッドの上にぶちまけた

共に転がり出た小竜が不満げに鼻を鳴らす

おっと、コイツが入っていたのを忘れてた


「悪い悪い、夜に動くから先に寝てろよ

お前にも色々と手伝ってもらうからな」


小さな頭を指先で撫でると小竜の機嫌は上向いたようだ

キュ、と嬉しそうな鳴き声を上げて枕元で身を丸める

それを尻目に服を着替え慣れた手つきで武具を身に着けた

先ほどの辻馬車での出来事もある事だし

何かあった時にすぐ動ける状態にしておかないと落ち着かない


(腹ごしらえはひと仕事終えてからだな)


ちゃんとした食事は後回しだ

慣れない土地の食べ物で腹を壊すのもアホらしい

食事処を探す時は美味しい串焼きの店も探しておかなければ。

何を差し置いても、ルルムスの為の緊急ミッションだけは

絶対に忘れてはならない

胸の内が締まらない決意で満たされる


日が落ちるまで寝て、それから皇城に入ろう

今夜の目的はとりあえず、皇城の間取りの把握と

三つの勢力のざっくりとした動向確認


『賢者』に会う為帝国を訪問するというルルムスの意向に沿って

より安全な方策を固めておくために

先ずルルムスの味方になってくれそうな権力者を見つけ出すか

それらしい人物に目星を付けておくかしなければならない

場合によっては()()()の訪問で

皇族に関わる事無く水面下で『賢者』の捜索をする羽目になりそうだしな


ベッドに仰向けに寝転がり目を閉じる

耳を済ませれば、建物内でどこからか生活音が聞こえ

窓の外からは人々のざわめきや馬車が通過する音が微かに耳に届く

時間の経過と共にカーテン越しに窓から差し込む光も無くなり

完全な闇と静寂が訪れて暫く経った頃、ぱちりと目を覚ました俺は

素早く起き上がりベッドから降りるとカーテンの隙間から外の様子を窺った


裏通りに面した地上一帯は街灯も少なく闇が多い

天候は薄雲が出ている程度で月明りもそれなりにあるので

残念なことに隠密行動には向かない天気だ

周りの建物は軒並み灯りが消えており

殆どの人々が就寝する時間帯に入っている


「よし、行動開始といくか」


慣れない土地での隠密行動だ、慎重に動かねば。

窓からスルリと身を乗り出すと、転落防止であろう柵を足場に

窓を閉めてそのまま真上の屋上に向かって飛ぶ

人がいない事を確認して屋上へ乗り込むと素早く物陰に身を隠し

目先に見える巨大な建築物『皇城』までの道のりを

大まかにシュミレートしてから移動を始める


他の建築物の追随を許さないほどの大きな城だ

それなりの数の監視も配置されている筈


月明りによってできた影を利用しつつ城までの距離を詰め

なんとか城壁の近くまで来ることができた

出来る事なら城内まで一足飛びに侵入したかったが

やはりそうは問屋が卸さない

身体強化を用いても絶対に届かないほどの平地が城壁の外に広がっていた


(これを一気に駆け抜けて

城の内側に潜り込まないといけないのか)


城壁の警備は厳重、城外の壁に沿って等間隔で街灯が設置されており

警備の者が数分おきに巡回している

たまーに軍用犬を連れた警備兵までいやがる


(……)


こらアカン、無理無理、地上に降りた時点で絶対バレるヤツだよこれ。

無理ゲーだろ、どうやって突破すりゃいいんだ?

腕組みして唸っていると、外套ですっぽりと首を覆った内側で

首元に絡みつくように収まっていた小竜が短く鳴いた


「ん?」


『 アシュ、これから城の中に入るのか 』


「クラウス?」


突然小竜が喋り出したかと思って驚いたが声はクラウスのものだった

どうやら小竜の目を通じてずっと俺の様子を窺っていたらしい


「こら、今何時だと思ってんだ

夜更かししてないで寝ろ」


『 アシュが寝てた時に一緒に寝た

  それよりも城に入るんだろう?

  妖竜(ピクシー・ドラゴン)の能力を利用すればいい 』


「能力?なにも聞いてないぞ」


『 今から説明する

  アシュに付けてる妖竜は他種族を惑わす力が使える 』


「幻覚や幻聴の類か」


『 そうだ

  洗脳や幻痛も出来る、上手く使ってやってほしい 』


洗脳や幻痛まで?汎用性高いな!?

妖竜って見た目は可愛いのに持ってる能力は結構怖いのか

元素竜(マッド・ドラゴン)に比べると遥かにマシだが。


「じゃあ早速だが、俺の姿が他の奴の目には見えないようにする事と

俺が出す音が聞き取れないようにしてもらえるか?

出来れば動物の鼻も誤魔化してほしいんだが」


『 可能だ

  アシュに付けてる妖竜は妖竜種の時期後継だから

  能力は折り紙付きだ、安心して頼ると良い 』


「おうおう、さらっとトンでもねェ実力者選んでくれてるじゃねェか

力のある竜を付けてくれたのは有難いが

指示が飛ばせるからといって

他の竜たちに無理難題押し付けたりするなよ」


『 心配ない

  アシュに力を貸したい竜は沢山居る

  帝国まで運ぶよう話を持ちかけた時の元素竜たちも

  どの個体が受け持つかで絶滅しかけるほど争っていた 』


「知りたくなかった」


竜族たちには今後、俺に関する事は決して争わず

極力話し合いで解決するように伝えてくれ、と

クラウスに(ことづ)けたのは言うまでもない


実力至上主義の竜社会で話し合いで解決するのは難しい

と、苦言するクラウスの台詞は


(俺の所為でひとつの竜種が絶滅したなんて事になったら

申し訳なさ過ぎるだろうが!)


という理由から当然の如く黙殺しておいた

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ