88<凶行
「何故!?どうして見つかりませんの!!?」
ヒステリックな叫び声と共にティーセットが床に落とされる
叫んだ女と共に居る男はソファーに深く身を沈めており
酷く憔悴した姿を晒していた
「制約紋の印が辿れないなどあり得ない事だ
これほど長期に渡って行方が掴めないという事は
解除されたと考えるべきだろう」
「そんな筈ありませんわ!
制約紋は術者にしか解くことができない導術!
導技しか使えないお兄様には解けませんのよ!」
「ならば他の者が手を貸したのだ
ぼくとお前の与り知らぬ所で
お兄様の交友関係が構築されていたという」
何よりの証拠、と言いかけた男は悔しそうに言葉を飲み
拳を椅子の肘掛けに叩きつけ、いとも容易く粉砕する
珍しく感情を露にする片割れの姿を見た女は冷静さを取り戻し
気遣う眼差しを注いだ
「シャノス……」
男の顔に激情が走ったのは肘掛けを壊した一瞬だけで
拳に付いた木片をぞんざいに払った男は
次の瞬間には普段通りの冷静で落ち着いた雰囲気を纏っていた
「管理を任せていた領内の上役全員を拷問にかけたが
それらしい情報は得られなかった
ぼくたちの大事な家が跡形もなく消え失せた事と関係がある筈だ
なんとしても経緯を調べ上げなければ」
「あの屋敷にはお兄様の思い出のお部屋があったのに……
お兄様の肖像画も」
二人にとっての最愛の兄
アースラム・セインツヴァイトの行方不明が発覚してから既に一月
兄の恋人とやらを抹殺すべく直々に領境へと出向いたものの
結局は使えない部下の誤報だと分かり移動が無駄になってしまった
その後は「制約紋があるから」と領内に閉じ込めている兄の事を後回しに
王都掌握の為に動き回っていた双子
千年の時を経て蘇った古の王が統治する魔国、として
大々的に建国を祝い諸外国への牽制も済ませ
玉座の準備も半分ほどできあがった頃
身の回りの状況が落ち着き、そこでやっと足元に目を向ける余裕ができた
定期報告では問題なしであったにも関わらず
いざ、兄を迎え入れる為にとセインツヴァイト領へ出向けば
双子を待ち受けていたのはどこが問題なしだと言えるのか分からないほどに問題だらけの現状だった
先ず、向かった先に在る筈の双子の生家
セインツヴァイト公爵邸そのものが消え失せていた
建物がまるごと跡形もなく消え失せるという異常事態
贄塚の影響で人が近づけない状態だったのだから
直接出向くまで発覚しなかったのは仕方のない事であったが
この事実は双子の怒髪天を突くには充分であった
次に、最愛の兄が行方不明となっていた
制約紋による追跡が不可能という
これもまた今までにない異常事態
それを知った双子は愕然とし、一時は絶望すら覚えた
双子の計画通りに進んでいた事案は
セインツヴァイト領内に住む『一部の人間』を王都へ大移動させ
魔国内各所に王を歓迎する贄塚を築き盛大な火柱を炊いた事、そして
意図的に出現させた魔物たちの氾濫のみ。
贄塚を拠点に際限なく大小様々な魔物が湧き出て跳梁跋扈しており
腕に覚えのある冒険者でも到底近づく事のできない魔窟と化している
隣接する周辺国は狂暴な魔物への対応に追われ
国境はどこも血の臭いの絶えない惨憺たる光景が広がっていた
頭を搔きむしり呻いても現状はなにも変わらない
やはり導師の殺害を優先すべきだったと後悔しても遅い
聖者の一人である導師を『あえて放逐する』という判断をしたのは
双子にとって王に捧ぐべき最上の贄たる兄が
それこそ瀕死の導師を捨て置くほどに
代えの利かない非常に重要な存在であったからだ
制約紋の効力は絶大で
領から出てはならないという禁を破るかもしれない兄の保護を優先した
(結果は散々なものとなってしまったが)
ラクシャノス=セインツヴァイトはここに来て己の過去を酷く悔やむ
忌々しい事に『聖者』は不滅の存在だ
資格を持つ者を殺したとて、さほど期間を開ける事無く
次の資格保持者が世界のどこかで目覚める
それを見つけ出し、再び殺すのは非常に骨の折れる作業だ
「それで……どうするの、シャノス」
「当然、お兄様を見つけ出す事が最優先だ
国内に出回ってる人相書きを周辺国にも配布させる」
「お兄様の美貌が他国にも知れてしまうのね……
そうも言ってられないのは分かるけれど、人相書きだとしてもお兄様の美貌に狂った者に好き放題穢されるかと思うと辛いわ」
「急がなければ全てが台無しになってしまう
堪えてくれ、シャーサ」
「言う事聞かない悪い国が出てきたらどうしようかしら」
「魔物に蹂躙させればいい
人間への復讐、という大義名分で
白亜族の大半はぼく達の側に付いたからね
魔物どもは彼らに統率させればいい」
「お兄様を匿うような国があったら?」
「その時はぼくたちが直々に喰い散らかして
お兄様に分からせてあげないと……
愛を注げるのはぼくとシャーサだけだからね」
「ふふふっそうね、そうよね
後は夢族と竜族を味方に付ければいいのだったかしら?
そうすれば千年前の八将軍の復活も絵空事ではなくなるわ
……どうしたの?シャノス、何か心配事?」
「竜族に関しては長丁場になりそうだ、と思ってね」
「ふん、長命なだけが取り柄の高慢な種族ね
私は連中が大嫌いだわ!早々に私たちに敵対してきて……
王が復活したという話を聞いてもこちらに出向こうともしない
あの古龍のジジイが!羽の生えたトカゲの分際で!」
ダン、とその場で地団駄を踏む片割れに男はくすりと笑む
「今はまだ好きにさせておけ
竜帝がこの地に降臨なさるには我らが王の覚醒が必要不可欠だ
竜帝さえぼく達の側に付けば下々の連中も無条件に従うだろうさ」
「でも、地竜がアヴァロッティを巣にした所為で
南方面の国には干渉し辛くなってるけれど」
「どうせ後回しにしようと思っていたから構わないさ
南には厄介な国があるからね」
「ルベルタ帝国……あの女
絶対に私の手で八つ裂きにしてやるわ」
「ふっ……二年前の使節訪問でやり合ったんだったか
いつだって完璧な淑女の仮面を被るぼくの片割れに無礼を働いたんだ
食いつぶす時には心を込めたお礼をしなくてはいけないね
何にしても帝国は立地的にも後回しで問題ない
此方が出兵するなら最低でもエスティール聖国を支配してからになる
あの平和ボケした国が屋台骨でもある聖女を離すわけがないからね
竜族の妨害がなくなれば聖女は直ぐにでも始末できるだろう」
「聖女の血って美容にいいかしら」
「架空小説を読み過ぎだよ、シャーサ
汚らわしい聖者の血に美容効果などあるわけないじゃないか
小鬼どもの繁殖に利用した方が有効活用できる」
「清らかな聖女が穢れていく悲鳴、ね……
いいわ、そっちの方が楽しそう」
ニタリ、と美しい顔を歪ませ愉悦に口の端を釣り上げる片割れに
羨まし気な眼差しを向けた男は大袈裟な身振り手振りで嘆いた
「我が半身シャーサは楽しみが多そうで羨ましい限りだ
楽しみを見出す余裕もなくお兄様の安否が気が気でないぼくは
大人しく国内をしらみつぶしに捜索し続けよう」
「ひとりで楽しんで悪かったわ
意地悪言わないでシャノス、私も精一杯手伝うから」
「では、我が愛しの半身には北方へ出向いてもらおうかな」
「北方は白亜族に任せてる筈でしょう?
何故わざわざ私が出向かなければならないの」
「『英雄』の資格を持つ者が現れたと報告があった
コソコソと逃げ隠れする聖者を見つけるのに
導師の血肉ほど便利なものはない」
「分かったわ
そういう事なら私が直々に出向いて生け捕りにしてあげる
殺してもまた別の奴が目覚めるんだもの
どうせなら捉えて閉じ込めて、生きたまま壊してあげた方がいいでしょう?
良い贈り物にもなりそうだし、『英雄』ともなれば
もしかしたらお兄様に及ばずとも
あの方の”供物”として、」
女の言葉を遮るように男の周囲にあったあらゆる物がねじ曲がり
まるで布を絞ったようなオブジェがいくつも出来上がった
床の一部までもを巻き込むほど強力な重圧に息を飲んだ女は
青褪めた顔に震える両手を添える
「ご、ごめんなさい
ちが、ちがうのよシャノス、わ、わたし」
「うん、いいんだ、分かってるよシャーサ
でも」
「分かってる!私も分かってるわ!
本当に、本当に愚かな事を言ったわ!ごめんなさいっ
必ず『英雄』を生け捕りにして持って帰って来るわ
そいつはシャノスの好きにして?ね?
私は聖女が手に入るまで我慢するわ」
失言を取り繕うべく必死に言い募った女は
己が片割れの空気が和らいだと気付くと安堵に胸を撫で下ろした
ヒステリックになり易いのは女の方だが
その分男は穏やかである事が多く、感情的になる事は殆どない
故に一度許容量を超えると周囲に影響を及ぼすようなキレ方をする
女にとっての逆鱗は兄であるが
男にとっての逆鱗もまた兄であった
様々な要因から既に人外の域に足を踏み入れている双子は
元より美しかった容貌を徐々に変化させつつある
耳の形は歪み、瞳はとっくに人間と思えないモノに変化した
男の頬骨に沿うように入った切り込みからはもう一対の瞳が僅かに覗いている
人を辞めてから新たに手に入れたその瞳が
(完全に開く前で良かった)
そう思った女は怯えで縮み切った気持ちを立て直すと姿勢を正し
男の前でドレスの裾を優雅に翻す
「吉報を期待していて、シャノス」
「ああ、気を付けるんだよシャーサ」
意気揚々と部屋を出て行く半身の後姿を愛しむ眼差しで見送った男は
ひとつ、人外の言語を呟き部屋の影が大きく蠢いたのを確認する
「エスティール聖国へ向かえ」
指示に応じ、蠢いた影が床に溶ける様を一瞥すると
その視線を窓の外へと転じ、雲一つない夜空を見上げて独り言ちる
「お兄様……嗚呼、お兄様
逃げても無駄ですよ
どこまでも追いかけて必ず捕らえて差し上げますからね」
星を愛でる男の表情は恍惚としており、瞳には狂気が宿っている
煌々と輝く美しい星々の元で絶えず上がる魔物たちの咆哮、そして
城内から微かに聞こえてくる人のものであろう断末魔
己を取り巻く環境に浸るかのように目を閉じた男は
極上の酒肴でも味わうかのように耳を澄ませ
細長い舌で己の唇を潤した




