81<聖なる星々の国~友の言葉を無条件に信じた結果~
兵士の包囲網を飛び越えルルムスの傍へ着地
妻になったかのような顔つきでルルムスの傍らに寄り添っていた元聖女の腕を掴み、かなり手荒に引き剥がしたフリッツはそのまま父親であろう男に向かって娘を投げつけた
男とも距離を作り間合いを確保するとは実に合理的だ
意外だったのは、フリッツが女性を手荒に扱った事
騎士厨だからてっきり女子供にも優しくするかと思っていたが
(主人以外には一切容赦しないタイプか)
なんて思っていたらフリッツの奴
わざわざハンカチを取り出して娘に触れた側の手を拭い始めた
表情は汚物にでも触ったかのような嫌悪で歪んでいる
(なにかあったのか?)
男が令嬢に対してここまで不快感をあからさまにするのも珍しい
フリッツから妙な私怨を感じるが
多分、俺の知らん間に何かあったのだろう
護衛の相方の思いがけない行動を視界の端で見ていれば
ぽん、と背後から肩を叩かれた
「覚えておいて下さいね、アッシュ」
そろり、と肩越しに振り返ると
そこには慈悲深き笑みを浮かべたルルムスが居た
その台詞、フリッツにも言ってくれないか?
何故俺だけスゴまれねばならんのだ
「きっ貴様ら!!どこから湧いた!?
ぇえ衛兵!こいつらをっ会場から摘まみ出せ!!」
会場の参加者に集中していた元聖女の父親であろう男は
頭上から降り立った俺たち二人に気付くのが遅れ
狼狽えながらも兵士たちに命じる
命令通りに動こうとした兵士に向かって
ルルムスが片手を僅かに上げるだけの動作でそれを制し
口元は相変わらずな笑みを浮かべつつも冷えきった目で男を見据えた
「彼らは私の大切な護衛です
周知も兼ねて最初の挨拶の場でも後ろに控えさせていました
導師である私だけに従う者たちを摘まみ出す権利は
貴方にはありません」
最初の挨拶とは異なり、拡声器を使っていないルルムスの静かな声は
声量に反して会場全体に響き渡る……響き渡る、といっても不思議な事に音そのものが五月蠅く聞こえるものではなく、そっと耳に届くような音量
まるで耳元で囁かれているかのような静けさだ
会場を見渡せば耳を押さえてもんどりうってる者が半数……
ルルムスめ、顔だけでなく声までイケメンであることが証明されたな
あ、最初の演説で顔を真っ赤にして頬を押さえていた人が多かったが
アレは頬を押さえているのではなく耳を押さえてたのか、なるほど。
導術を使っているのか魔導具を身に着けているのか判断が付かなかったが、会場に居る全員がルルムスの声をハッキリと捉えていた
こんな事も出来るなんて、導術ってのはやっぱり凄いな
マルチな導師大活躍かよ、俺の友人マジ凄ェ、酒場で自慢したい
なんて思ってたら後ろ手に背中の肉を抓られた、なんでや。
あと、「俺の主人はあんたじゃないんだがな」って
ボソリと呟くフリッツは空気読め
「そして、先ほど仰っていたご令嬢との婚約の件は
随分前から何度もお断りさせて頂いております」
「はっはっはっ、お戯れを導師様
こんなにも可愛い娘に公衆の面前で恥をかかせるなど
神職に身を置く慈悲深き貴方がそのような無体な事はなさいますまい」
何かしらの方法で声を行き渡らせているルルムスとは異なり
その手に拡声器を独占している男が感情を声に乗せて発言する
無理やりにでも聞かせようとする、耳障りな声量だ
「我が娘はとても慎ましやかで芯が強い
たいへんな使命を持った導師様のお心を癒し支える事ができるでしょう
さぁ、イプシロネ
導師様の元へお行きなさい、お前の生涯の旦那様になるお方だ」
「はい、お父様」
男に両肩を押されて歩み出た令嬢が笑みを浮かべて再びルルムスへ近づこうとするがそれをフリッツが阻み、この状況になって初めてまともにフリッツの顔を見た令嬢が表情を歪める
「こ、この男……お父様、この男ですわ!
私の事を酷い言葉で貶めてきたのです!!」
「そうか、貴様か……よくも我が娘を愚弄してくれたな
衛兵、この者を捕らえよ!!」
男の指示にビクリと肩を揺らした数名の兵士が
他の兵士と目配せして渋々高座へと上がって来た
この光景、娘さんにイチャモン付けられた時にも見たな
金で成り上がった典型か、人徳がないから下の動きも鈍くなる
もう少しで兵士がフリッツの間合いに入ろうという時
ルルムスがハッキリと言い放った
「正式な罪過も無しに私の護衛に手を出すのであれば
相応の代償を支払わねばならなくなりますよ
……ファイフ『元』右大臣」
兵士がその場に立ち止まり動かなくなる
(なるほど、『元』ね)
私兵の動揺振りから察するに
彼らは己の雇い主が失脚していることを知らなかったようだ
甲冑を付けているから表情は窺えないが顔色は最悪に違いない
娘までもが「お父様?」と困惑の表情を浮かべている
警告以外の何物でもないルルムスの言葉に
男は大袈裟に腕を広げると演技染みた身振り手振りで声を張る
「何を物騒な事を仰います導師様!
我々はただ、娘を貶めた無礼者を拘束するだけです
導師様には危険など一切ございません!
ささ、イプシロネ、導師様の側へ」
「は、はいお父様……」
娘の証言だけで一人の人間を罰しようとするなど
法も規則もあったものではない
場を己の支配下に置きたがっている、表情や態度に余裕がない
会話が成立しないのも意図的だろう
こうする以外に手段がなく、だから数少ない私兵を引き連れて
パーティ会場に乗り込んだ……と、いった所か
手段はお粗末極まりないが、男が今の状況に追い込まれているのは
もしかしなくても
(こいつが原因なんだろうなぁ)
ちらりとルルムスに目を向ける
近づこうとする令嬢をフリッツが分かりやすく身構えることで牽制し
未成年の女の子相手でも遠慮なく睨み付け威嚇しているものだから
委縮した娘は今以上近づけず弱弱しい声でルルムスを呼ぶ……が、
ルルムスは当然無視の姿勢だ
兵士と俺たちの間で一触即発の睨み合いが始まるが
同時に会場の扉がけたたましい音を立てて開かれた
パーティに参加しに来たわけではない風体をした数名の大人が
高座の状況を目にするなり表情を険しくする
うち一人の老人が歳に似合わず荒々しい声を張り上げた
「私兵まで動員するとは導師様に対してなんたる暴挙!
今回ばかりは許されませんぞ!イグロブス・ファイフ!!」
集団からひとり歩み出た髭爺さんには見覚えがあった
入国初日に生徒を連行した先でルルムスと立ち話をしていた……
確か、学園長だったか
「なっ……たかがいち教師如きが私に意見するか!」
「現在の貴殿は右大臣の任を解かれております!
私兵を引き連れ宮殿に押し入るなど叛逆行為も同然!」
数名の大人たちの後に続々と入ってきたのは宮殿の正規兵だろう
俺たちを包囲していた兵士を瞬く間に拘束すると、元右大臣の男と娘もその場で取り押さえられ会場の外へと連行されていった
騒ぎの元が取り除かれた会場内でルルムスが仕切り直しの挨拶を行い
この場には聖女が居なかった事を明言して
やっとこさ壇上から下がる事が出来た
混乱はあったが、怪我人を出す事も無く
パーティを再開できたのは重畳と言える
再開された音楽演奏で会場内の華やかな雰囲気が戻る
この場に居る令嬢の殆どと挨拶続きだったルルムスは流石に疲れたのか
舞台から降りた途端、次々にダンスの申し入れをしにくる令嬢を躱して
俺たちを防波堤代わりにそそくさと会場内に併設されているVIPスペースへと逃げると天蓋を潜り、備え付けのソファーに腰を下ろした
人が寄ってこないよう幕の外で威圧感を出して立つフリッツに人除けを任せ
ここに来るまでに通りがかったドリンクブースで
注文し、出してもらったグラスをルルムスへと渡す
中身は喉越しのいい発泡酒
素晴らしきかな禁酒前提の聖職者でも嗜めるノンアルコールだ
「お疲れさん」
「ええ、丁度喉が渇いていたので助かります」
肩の力を抜いてグラスを受け取ったルルムスは
中身を一気に呷って深く息を吐く
宮殿の正規兵を引き連れてきた髭爺さんが歩み寄り
ルルムスに声をかける
「ご迷惑をお掛け致しました、導師様」
「学園長」
「此度の失態は私の責任です、本当に申し訳なく」
「いいえ、想定内の出来事でした
気に病むことはありませんよ」
その後もいくつか言葉を交わし
終始肩身を狭そうにしていた爺さんは最後に深くお辞儀をすると
数名を引き連れて会場を後にした
「……それで?」
「それで、とは?」
「もう危険はないのか、さっきの親子は」
「無力化させたという意味では、問題ありません
失脚し地位と名誉を失ったにも関わらず
今回のような強引な手段に出たのは
娘の事だけはなんとかしたかったから、という親心でしょう
溺愛するのは結構ですが、周囲への迷惑を顧みなかった
彼の自業自得です」
「流石は聖職者
ちゃんと更生の道は用意してやってたんだな」
「結局、無駄になりましたけどね
しかも、その所為で先ほどのような事態を招いてしまった」
「気にすんな、お前はよくやってるよ」
寂しげに笑うルルムスの肩を軽く叩いて労う
己の努力が報われなかったと分かった時は
落ち込んでしまったり、酷く気力を消耗してしまうものだ
今回の事で妨害勢力に対し一応の区切りがついたというのなら
今日ぐらいはゆっくり休んでもらいたい
これまで宮殿内の事は任せきりだったし、四六時中部屋に結界を張って満足に眠る事も出来ていなかったようだからな
俺とフリッツが加わればルルムスの負担も少しは軽くなるだろう
今回はちゃんと専属の護衛だと公表してくれた事だし
今後は俺とフリッツも宮殿の出入りが出来るようになる筈だ
その後は声をかけてきた有力者との形式的な挨拶を挟みながら
近場のテーブルから食事を盛って、適度に小腹に収めた所で
頃合いを見てルルムスに声をかける
「ここでの用事は大体終わったんだろ
そろそろ部屋に戻ってもいいんじゃねェか?
それとも……一曲ぐらい踊っていくか?」
「元々踊る気はありませんよ
催しの主役は学園の卒業生ですからね
確かに中座してもいい時間帯ですし、そろそろ部屋に……」
言いながら腰を上げたルルムスは何かに気が付いたように動きを止め
表情を硬くすると天幕の向こう側……会場の入り口をじっと見据え始めた
(なんだ?)
今いるVIPスペースから、かなり離れた位置にある会場入り口……俺は何も感じないのだが、ルルムスが警戒態勢に入るという事は何かあるのだろう
天幕を潜って出ると、傍に立っていたフリッツまでもが
厳しい表情で会場の入り口を睨み据えていた
「フリッツ?」
「今すぐに武器が必要だ、どこからか調達できないかアッシュ」
「どんな武器が欲しいんだ?」
「できれば騎士装備一式
こんなスーツなんか着てないでそっち着てくれば良かった」
「フル装備しなきゃならんほどの事態か」
「ああ、何かとんでもない……
得体の知れないモノが近づいてくる気配がする
魔物に近い何かだ」
「魔物?……俺は何も感じないんだがなぁ」
おかしいな、フリッツよりは気配に敏感なつもりだったが
二人が警戒している入り口方向を見ても何も分からない
魔物ともなれば余計に俺でも気付けるはずなのに。
とりあえずフリッツの言う通り武器は手配した方がいいだろう
幸いにもルルムス用に用意されたこの場所は
天幕に覆われていて人目を避ける事ができる
一旦幕の内側に引っ込んだ俺は魔導袋から次々に武具を取り出して
上着だけ脱いで着ている服の上から手早く装備し
こっそりと魔導袋に詰めておいたフリッツの騎士甲冑一式も取り出して
外に控えているフリッツを呼ぶ
備えあれば憂いなし
いつ宿代わりにしてる教会に戻れるかも分からなかったので
外出する際は基本的に所持品全部魔導袋に入れて持ち歩いている俺だ。
出がけにフリッツの私物も放り込んでおいて良かったぜ
今後も旅に同行するというのなら
フリッツには貴重な魔導袋の存在を知られても問題ないだろう
「おーいフリッツ」
「なんだよ」
「魔物っぽい気配、まだ遠いんだろ?
こっち来い、今の内に装備整えとけ」
「はぁ?この状況でどうやって……」
天幕を覗き込んだフリッツの息が止まった
手元に並べた白い甲冑を前に目を擦ったフリッツは
再度目を瞬かせて、一拍後物凄い勢いで俺の眼前に迫って来た
「どーゆー事だよ!?
なんであっちに置いてきたはずの俺の装備がこんなトコにあるんだ!
勝手に持ち込んだのか!?俺の断りもなく!!??
お前の命の次に大事な俺の甲冑を!!?」
この異常事態を自覚してくれているのか怒鳴りつつも小声だ
俺とフリッツのやりとりを見ていたルルムスは
しれっと盗聴防止の魔導具を起動させている
フリッツの台詞に突っ込みたいのは山々だが、急げと目で訴えているルルムスの様子から無駄話をする時間は無さそうだ
「俺が独断で運んだ」
「どうやってだよ!!馬車にも乗せてなかっただろ!
こんなにかさばるモン持ち込んだら俺が気付かない筈ないだろ!!
人んちの家宝を勝手に持ち出して……!
こんなトコに放置して盗まれでもしたらどうしてくれるつもりだったんだ!」
「心配すんな、安心安全な方法で持ち歩いてるからな」
俺の言う『安心安全』に一定の信頼を置いているフリッツが
それでも何か言いたげにぎゅう、と口を窄ませる
おうおう、その顔イケメンが台無しだぞ。
持ち出し方法を実際に見せるのが早いだろう
眼前に持ち上げた古ぼけた袋を指さし
甲冑のひとつをひょいとそこへ放り込み、取り出す
一連の行為を目の前で披露してみせれば
絶句したフリッツは目を皿にして震える指で魔導袋を指さした
「そ、それは……ま、ま、まさか……まどっ まどうっ」
「それ以上は言うなよ
コレの希少価値がどれほどかお前だって知ってるだろ
知れたら大ごとだ」
「……しゅごい」
またフリッツの語彙が死んだ
ルルムスの持ち物かという問いに俺のだと答えて
更にあと二つ同じものがあり
内ひとつはルルムスに渡してあると言えば
話しに促された先に居たルルムスが魔導袋から自分用の装備……
身の丈ほどもある長杖を革製の書類鞄からスルスルと取り出していた
田崎の世界では定番の手品みたいな様相だ。
質量の法則を無視して取り出されるそれを、大口開けて見送ったフリッツはすぐさま何かを悟ったように俺を見つめてきた
「お前……マジで過去、ヤバいことやりまくってたんだな」
でなければ世界遺産級の魔導袋を三つも所持できる筈がない
その通りだ、でなければアレグロスティに対して
国家資産レベルの軍資金を用意できるワケがないからな
「否定はしない」
「元悪党の名は伊達じゃない、か
あんた、ある意味世界中から狙われる存在だぞ
扱いを間違えたら戦争が起こるんだぞ」
「おう、だから秘密だぞ」
「秘密だぞって…… …………怖っ……」
フリッツがしみじみというものだからちょっとだけ傷ついた
そこまでドン引きしなくてもいいんじゃないか?
素早く装備を整えるフリッツに今後の手荷物は
ルルムスが持っている魔導袋で共有してくれと言っておく
俺が持ってる魔導袋二つは人に見られると拙い物しか入ってないからな、共有扱いにしてうっかり変な物を取り出されると面倒だ
「すぐそこまで来てますよ
先に出ます」
「ルルムス、俺も行く」
「待てよ二人とも!」
「フリッツはしっかり装備整えてから来い
戦闘中にグリーブが外れるとか洒落にならんからな」
「あーもう!次からは二度と脱がないからな!」
ということは常時あの目立つ甲冑を着て街中を闊歩するという訳か
せめて地味な外套を見繕わないと無駄に絡まれ兼ねないな
地味系の外套、頭の中の買い物リストに追加しておこう
ルルムスに続き天幕を出ると同時に会場入り口で複数の悲鳴が上がった
人垣の向こうから天井に向けて立ち上る黒い靄が見える
……なんだアレは?
悲鳴も上がって目にも明らかな異常が見えているのに
ルルムスやフリッツが感じている魔物のような気配が感じられない
(こりゃあ……ちょっとマジで鍛え直さないと、だな)
索敵にはある程度自信があったので
能力に年齢のような衰えを感じてショックを受ける
導術でホバー移動を始めたルルムスの後ろに付いて身体強化を使って悲鳴が上がった場所へ駆けつけると、そこには黒い靄を全身に纏った少女が一人、立っていた
その少女から蔓のように伸びた黒い靄の先に足を絡めとられ宙にぶら下がった数名の卒業生はピクリとも動いていない
……気絶、してるのか?まさか死んでるなんて事はないだろうな?
悲鳴が上がったのだって一分未満の出来事だ
まだ藻掻いていてもおかしくないのに
黒い靄に捕まってる連中全員に動きがなかった
遠目には眠っているようにも見える
「これ以上力を付けられては結界が持たない
この場を隔離します、全員退避を!
アッシュは決してアレには近づかないで下さい」
「は?!いや、捕まってる奴らだけでも助けねェと」
「導師の言う通りだ!
黒い靄には絶対に触るなよ、アッシュ!」
遅れてきたフリッツが背後から俺を追い抜き
聖剣エクスカリバー(仮)を振りかぶって黒い靄を一刀両断する
分断された先、人が吊し上げられている側の黒い靄が
焦げ付いたような音を立てて消えると同時に
そこに囚われていた卒業生の体が宙へ放り出される
天井近くまで逆さで持ち上げられていた為に
あのまま頭から落ちたら死亡必至だ
フリッツは次の靄に向かっており
落下を始めた卒業生には見向きもしていなかった為
なるほど、俺の役割は助け出された人々を受け止める事かと判断して
落下地点へ走った。そうして難なく受け止めることはできたが……
「なんてこった」
息が止まっている、心臓も止まっている……?
首の脈と心臓の音を確認して完全に心肺停止状態だと分かった
これはまずい
心肺蘇生を他の者に任せようにも導術に頼りきりで医療技術が死滅しているこの世界に心肺蘇生法など存在しない、当然できる者もいない
その間にもフリッツが次々に靄を切り裂き
囚われていた人々を開放し続けている
「待て!フリッツ!!」
俺が受け止めないと全員頭から落ちて死ぬ
天井近くまでつるし上げられた彼らを受け止められるだけの導技、身体強化が使えるのはこの場で俺だけだ
俺は受け止め作業に回らねばならない
ならば少しでも治癒導術が扱えるものを、と
他に解放された連中が落ちる方角へ走りつつ周囲に声をかけた
「治癒導術が仕える者が居ればこいつらの救護を」
「彼らは既に手遅れです!
アッシュは私の傍に!」
「はぁ!?子供の頭が床で潰れるのを見てろってのか!
冗談じゃねェわ!!」
ルルムスが手遅れだというのなら事実なのだろう、だが
手遅れなら手遅れなりにご遺体は大事にするモンだろうが!
被害者の年齢考えろ馬鹿!
まだ年端も行かない若い連中ばかりなんだぞ!
理不尽に殺された上に頭まで潰れてるなんて事が分かったら
親御さんの息まで止まるわ!!
視界の端で逃げ惑う人々に紛れたクラウスと嬢ちゃんの姿を捉える
二人はそのまま安全圏まで退避しておいてほしい
こんな状況、子供の出る幕ではない
何とか捕まっていた五人全員を受け止め切ったが
ルルムスの言う通り、既に息が無かった
治癒導術に長けたルルムスであろうと死者を蘇らせる事は出来ない
黒い靄が俺に向かってくる様子はないが
動きを警戒しつつ被害に遭った子供たちの体を安全圏まで運ぶ
出来る限りの事を終えて急いで場へ戻ると
それを待っていたかのように結界の構築を終えたルルムスが
目視できるほどの境界を作り出した
「場を隔離しました、フリードリヒ!」
「分かってる!」
「なっおい!待てフリッツ!!」
黒い靄を纏って虚ろな表情で佇んでいる少女に向かい容赦なく振り下ろされた剣は一層黒い靄に阻まれ激しい鍔鳴りを起こしてはじき返された
「チッ!」
舌打ちしたフリッツが一旦距離を取って
再度突っ込もうとした寸での所でその首を抑え込む
「ぐえ!なにするんだアッシュ!?」
「こっちの台詞だ!正気か?!
相手は子供だぞ!!」
話す間に蔓のように伸びた黒い靄が
頭上から叩きつけるように俺とフリッツを強襲し
身体強化で余裕をもって交わした俺たちは
同じ方向へ飛び退きつつ言い合いを続ける
「なんで邪魔する?!」
「相手は子供だっつってんだ!切り殺すなんて許さねェ!!」
「子供!?アレのどこが子供だ!
どう見ても魔物だろうが!」
「はぁ!?お前の目は節穴か!」
「二人とも!一旦私の傍に戻って下さい!
場を隔離しているのでこれ以上の被害は出ませんから」
睨み合いながらもルルムスの元へ戻れば
自分たちの周囲に更にもう一枚の結界が張り巡らされた
早々にルルムスのため息が俺の目の前に落ちる
「貴方は、なんて無謀な真似を」
「なんで俺が怒られなきゃなんねェんだよ?
お前ら二人ともどうかしてる……」
「アッシュ
我々の目には貴方の言う”子供”の姿など見えていないのですよ」
「……は?」
「おそらく他の者も同様でしょう
私たちの目の前に居るのは異形の姿をした魔物です
ですがアッシュ、貴方の目にはそれが人間の子供の姿に見えている」
ルルムスの冷静な言葉にまさかと思いフリッツを見れば
フリッツも厳しい顔つきで静かに頷いた、という事は……
「……え……じゃあ、俺の目がおかしいのか?」
魔物に幻覚を見せられてた、とか?
捕まってる奴らも、ルルムスが遠目に見ても
「手遅れだ」とハッキリ断言できたって事は、もしかして
俺の目には無傷に見えてる被害者たちの姿も
ただの幻覚だってことか?
そうか、そうでもなきゃフリッツが俺の制止を振り切ってまで
次々に被害者たちを落としていくワケがない
「あ……」
やばい、吊るされてた奴らを改めて見る勇気が無い
あんな高い位置から落としても大差ない位
酷い有様だってことだろ?じゃあ、俺は、
そこまで考えて反射的に手で口を押えてしまった
しゃがみ込んでしまった俺の背を、フリッツが労わる様に手を添えてくれる
その手の温度に少しばかり落ち着きを取り戻し、顔を上げた俺に合わせるようにしゃがみ込んだフリッツへ申し訳なく眉を顰めた
「悪ィ、フリッツ……分かってたら
邪魔なんかしなかった」
「いや、構わない
あんた、だから吊るされてた『物』をあんな必死になって
受け止めてたのか……生きてるように見えてたんだな」
『物』って、フリッツの目にはどう見えてたんだよ
うわ、いやだ、知りたくねェ……
兎に角頭を切り替えないと、悠長に話してる場合じゃないのも事実だ
「現状は理解した
他にも俺と同じように幻覚にかかってる奴がいるかもしれない
俺は使い物にならん、避難者の誘導に集中する」
気を取り直して立ち上がった俺に静かに頷いたルルムスは
意味深な様子で俺の肩に手を置いた
「お二人とも勘違いなさっているようなのでお話しましょう
この黒い靄……『瘴気』と呼ばれるあれには幻覚作用があります
あの魔物の正しい姿が見えているのは今、この場で
貴 方 だ け
という事ですよ、アッシュ」
「……は?」
「あ?」
ルルムスの言葉に虚を突かれた俺とフリッツは
共に間の抜けた声を上げてしまった
ルルムスは先ほどから物凄くいい笑みを浮かべている
「え?ちょっと待っ……ルルムスさん?
今、なんて?」
「ちなみに、瘴気を見破る力を持つのは
生まれながらに聖女だけだという言い伝えもあります」
「……聖女、だけ?」
「はい」
「俺の目に見えてるものが、正しいと?」
「はい」
「つまり、俺が聖女だと?」
背後で「ぶはッ」と何かが噴き出したような声が聞こえたが
今の俺に気にしている余裕はない
「伝承通りだと、そうなりますね」
ルルムスが凄く嬉しそうな笑みを浮かべて頷く
現在進行形で結界を壊さんと黒い靄の強襲が繰り返されているが
結界を張っている本人は痛くも痒くもなさそうな余裕顔だ
「……」
本当に本当なのか?
ルルムスが言うのなら間違いはないだろう、という事は
まさか、俺が?……ナンデ?
「……」
「……お、れは……」
「……」
「俺は、」
俺は
いつから自分が男だと錯覚していた……?




