8<生まれて初めて茶飲み友達ができた
なんという事でしょう
差し出したブツを受け取ってくれる気配が無いではありませんか
(ヤバい)
やはり神殿長に会う用件としてはあまりに雑過ぎたか
ルルムスでなければならない用件といえば他に……そうだ、お礼!
折角だし治療してくれた事以外にもちゃんとしたお礼を言っておこう
「あの時は治療だけじゃなくて色々、その……ありがとう
個室に運び込んでくれたのも、部屋を用意してくれたのもルルムスだろ?
俺は筋肉質だし身長もあるし、見た目より重いのに運ぶの大変だったよな
着替えとか汚れの事も、あと防具の処分とか!沢山手間かけさせたのに
それについてちゃんとお礼を言えてなかったと思っ……て……」
言いながら礼を言う為に下げた頭を上げて言葉を続けている最中
目の前のルルムスの肩が小刻みに震えているのに気付き声が尻すぼみになる
え、なんか余計に拙い事になってないか?
内心でオロオロしながら様子を窺っていると
俺が差し出している両手の上に乗った病衣と靴をずっと見つめていたルルムスの目がじろりと俺を睨めつけ、彼の艶やかな唇から地を這うような声が紡がれる
「なんなんですか貴方」
「な、何って……だからその、お礼……」
ルルムスの睨みから逃げるように視線を足元に落としてしまう
そんなに怒らなくても……はっ!そうだ菓子折り!!
菓子折りも無しにお礼とか非常識過ぎた
差し出すこの両手には病衣と靴じゃなくて手土産があって然るべきだろう
(またやらかした……!)
ルルムスが怒るのも無理はない、今日は大人しく引き下がって
日を改めてちゃんとアポイント取ってから何か美味しい物を差し入れよう
帰りに他の神官からルルムスの好物とか教えてもら……あ、ダメだ
さっき案内してくれた神官が今の俺の身なりについて全員に伝達してるだろう
つまり何を聞いても教えてもらえない未来が確定してる
そもそも俺がルルムスの好物を探っていると知られた時点で
『 神殿長毒殺未遂事件 』 が勃発する
今はユルユルの神殿長警備が厳重になるのは良い事だと思うが
俺が何か持ち込んだ時点で「であえ!であえー!」からの「御用だ御用だっ」になって「神妙にいたせ!!」と牢にブチ込まれるという経緯が初回囚人服付き豪華特典セットで付いてくる
物を渡すなんてチャンスは今しかないのになんでここに来る前に菓子折り用意しなかったかな。社会人として失格だよ、己の言動にもっと常識を叩き込まねば。
といっても、アシュランと田崎の常識にはかなりの齟齬があるけども。
(今後の為にもうまくすり合わせていかないと)
しょんぼりしながら口を噤んでいると
それまでずっと俺の両手の上にあった病衣と靴の感触がなくなった
おそるおそるルルムスを見れば彼は既に俺から背を向けており、受け取った病衣と靴をそれぞれ書斎机の上と脇に置いて肩を落としため息を吐いている
もう話す事すら無意味と言いたげな背中だった
何か言わなければと思うが言葉が出てこない
結局何も言えず再び俯いた俺もルルムスに背を向けて扉の取っ手に手をかける
「……じゃあ、俺、帰るよ
六日後にまた顔出すから」
なんか怪談話に出てくる電話のメリーさんみたいな事言っちゃったな
昨日の時点で「七日後に」と伝えてるのに
今日改めて「六日後」とか、なんのカウントダウンだ
『 私アシュラン、今から六日後に貴方の請求書取りに行くの 』
なんて想像だけで気味悪すぎる、脳内メリーさん自重しろ。
退室すべくドアノブを引こうとした所でルルムスの顔が
覗き込むように真横から視界に飛び込んできた
突然の事に驚き、上体を逸らす
ノブからも手を離し一歩後退ってしまって
その間に踏み込んだルルムスが扉を背景に微笑する
「折角来たんですからお茶でも一杯どうですか」
「え!?嘘っ…… い、いいのか?」
「よくなければお誘いしませんよ」
「でも俺、改めて礼を言いに来たのに菓子折りも持ってきてないし」
「お茶請けならこちらで用意しますとも」
「ええ!?あ、違っ 強請ったワケじゃなくて」
「はいはい
ちゃんと分かってますからそちらに座って下さい
全く、見事な百面相で見ていて飽きませんね」
「……怒ってたんじゃないのか?」
「貴方の言動が余りにも面白過ぎて笑うのを堪えていただけですよ
朝っぱらから私の部屋に直接来るなど一体何事かとは思いましたが
その要件とやらもなんの事は無い、備品の返却だけでしたし」
と、今度こそ控えめにだが声を出して笑われてしまった
神殿長はその立場上大笑いする事ができないのだろう
イメージは大事だろうが俺の前で位は思う存分笑ってくれてもいいのだが。
不興を買ってしまったと勘違いした恥ずかしさで身の置き場が無いが、アシュランをして好意的な流れを経て初めてお茶に誘われた事実が飛び跳ねるほど嬉しくて顔がニヤけるのを抑えきれない
これまでの俺は例え茶の一杯であろうと出先で他人から渡されたものには一切口を付けなかった。唾や雑巾の汁といった異物を仕込まれるのが当たり前だったからだ
でも俺の事を許してくれたルルムスが出してくれるものなら
例え毒が入っていても構わない、全て飲み干そう食べ切ろう。
俺が勝手に思ってる事だけど
ルルムスはアシュランの最初の友人になってくれるかもしれない人物なんだ
これからも付き合いを大切にしていきたい
神殿の人たちとも少しずつ交流できるように努力しよう
それで、今の俺を受け入れてくれるようになった頃合いで
(クリストファー神官にもちゃんと謝ろう)
そわそわと落ち着きなく促された席に座って
ルルムスが優雅にお茶を入れる姿を眺める
「ルルムスって所作が綺麗だよなぁ」
ぼんやりと見つめて入れば茶を注ぐ手が僅かにぶれて
会話に妙な間が空く
「…… 当然です、次期教皇候補ですから。
アッシュこそ随分と見た目が様変わり」
ガタンッ
と、言葉を遮るように盛大に椅子を倒して立ち上がり
向かいの席についてお茶を飲もうとカップを持ち上げたルルムスに
頭突きする勢いで顔面を近づける
「今なんてった!!?」
「はい?ああ、呼び方ですか」
そう!呼び方だ!!今のは幻聴かなにかか!?
俺がめちゃくちゃ喜ぶようなことをこの目の前の男
なんの前触れも無くサラっとやらかしやがったぞ!!
「時期教皇候補か、凄いんだな」って
言おうとした矢先に爆弾発言されたから焦ったわ!
興奮から至近距離で目力を込める俺の様子に気圧されるでもなく
澄ました雰囲気を崩すことなくお茶を口にするルルムスは
一呼吸置き、カップをソーサーに置く音を微かに響かせ
再び口元にニッコリと笑みを浮かべる
「先ほどの仕返しです」
仕返し……って、意味が分からないんだが?
というか俺はまた知らぬ間に罪を犯したのか!?
本気で思い当たらない事に焦っていると
ルルムスは一層目を細めて笑みを深める
「大したことではないので気にしないで下さい
貴方とはこの一か月で幾度となく言葉や物理で拳を交えましたからね
お互い情けない姿を晒しまくっている事ですし
今更取り繕う間柄でもないでしょうが一応、礼儀として尋ねておきましょう
…… 『 アッシュ 』
と、お呼びしても構いませんか?」
「勿論だ!凄く嬉しいよ!!
愛称で呼ばれたのなんて生まれて初めてだ!」
素直に喜びを表現する俺にルルムスは苦笑いを浮かべる
幾分か血色の良くなった頬を隠すように長い袖で口元を覆うと
何かを誤魔化すように僅かに視線を泳がせた
「貴方は……言動の勢いは全く変わってないみたいですが
ベクトルは別人と言っても差し支えない変わりっぷりですよねぇ
見てるだけで面白いからいいですけど」
「……う、うぐ……ふぐっ」
「またですか! ……席を外しましょうか?」
「いい、構わない、これは嬉し泣きだからいいんだっ
とっ 友達だから見せてもいいんだっ」
「言動が幼児退行してますよ
貴方本当に三十代ですか」
「ぐすっ……お前こそ何歳だよ」
「私は二十二です、三十九歳のアシュランさん」
「くそっ……仕方ないだろ、今まで一人だって
仲の良いヤツなんか作れなかっ……」
言いかけて、脳裏を過ぎった不吉な影に一瞬で涙が引っ込む
そういえば
なんで俺はこれまで友達の一人も作る事が出来なかったんだ?
裏の仕事ばかりしていた悪党といってもそのコミュニティで悪友の一人ぐらい居てもいいものだとは思うが、そんな知り合いに心当たりは無い
気の合う人物がいない
心を許せる者がいない
そういった類の人間関係の構築を一切してこなかった
思い出せる全てが脅し、騙し、利用し、陥れる関係ばかり
記憶を二人分ない交ぜにして、自分が悪党で性格が悪く
殆どの領民から嫌われているのが原因だと思って気づかなかったが
アシュランは……俺は、神殿の連中に毎日嫌がらせはしていても
本心から嫌いだと思ってはいなかった、でなければ
クリストファー神官の事だってこれ以上追い詰めないように
あえて避け続けたりはしなかった筈だ
アシュランの感覚を思い返しても
好ましい、いい人たちだと感じていたのなら余計に不自然だ
何故彼らに嫌われるような行動ばかりとっていたんだろう
好きな連中なら仲良くなることだってできたかもしれないのに
――田崎実の記憶が混ざる前は相当な人間不信にでも陥っていたのか?
心当たりがない
――素直になれない性格だった?
少なくとも悪い方面で言えば物凄く素直だった
――ドラゴン相手に最後まで足掻けるネバーギブアップ精神の持ち主が
――悪さしかできない自分は誰かに好かれる事はないと諦めていたのか?
( 諦めてた ……?)
なぜだろう
とてつもなく重大な何かを忘れているような気がする
『領地外に出てはならない』という制約紋を施された部分が
微かだがチクチクと痛みを訴えているような―――……
そのまま思考に耽りそうになったが
続くルルムスの言葉に再び喜びが胸に満ちる
「では、私は記念すべき友人第一号というワケですね
おめでとうございますアッシュ」
「おっ…… おう!宜しくなルルムス」
「冒険者は貧困層が大半を占めているので学のないものが多く
大人の方でも子供っぽい言動が多いという話をよく聞きますが
貴方は貴族の出で学があるにも関わらず子供っぽいんですね
丁度いいんじゃないですか、今の格好と合わせて
その無精髭さえ剃れば貴方の口八丁で子供のフリもできるでしょう
事実、話をした上であんなにも容易くクリストファーの目を欺いたんですから」
「子供のフリは流石に無理だろ」
「そうですか?
背の高い子供など珍しくもありませんよ。
そのダボついた格好なら殆ど覆い隠せてますし
心を入れ替える前の貴方だったら年齢詐称もできそうな気が……
いえ、今の発言は忘れて下さい
話は戻りますが、その服装は変装か何かですよね?
うちの神官の心の平穏に配慮して下さったのは助かりましたが
正体をバラして良かったんですか?」
「それだ」
「どれだ」
「 服 装 の 事 だ よ っ !!!
これは変装なんかじゃない騙してるつもりはないって
誰かに聞いてほしかったんだ!!頼む聞いてくれルルムス!
俺はパンクロックファッションは趣味じゃなくて!」
「ぱんくろっく……?はいはい分かりました
ちゃんと聞きますから座って話しましょう」
「俺だって好き好んでヒモのパンツなんか履かない!
それしかなかったんだからしょうがないじゃないか!
でなきゃエッチで卑猥な下着なんか誰が身に付けるか!」
「おい、神聖な場所で穢れた言葉を喚き散らすな
祭壇に括り付けて丸一日祈祷漬けにするぞ」
あ、俺と殴り合う時によく見るキレた時のルルムスだ
このままだと聖なる鉄拳が繰り出されるので
「すまん」と呟き大人しく席に着く
俺があまりにもあっさりと引き下がり大人しくなった所為か
目を丸くしたルルムスはジト目になり
「ですからそういう所が」と何か言いかけて小さく咳払いをすると
本腰入れて聞き手に回ってくれた
流石現役の神殿長
常日頃から色んな人の相談を受けているだけにとても聞き上手で
彼の絶妙な相槌に促され必死になって服装事情を説明してみた
そうして言いたい事溜め込んでいた事を全て出し切った頃合いで
ルルムスは深く頷き、後光眩しく慈悲深い笑みを浮かべる
「つまり
そういう服装がただ好きだから着ているだけ、という事ですね
お店の方にも選んで頂けて良かったではないですか
私の目から見ると大人の男性にしては随分とかわ……
奇抜な着こなしだとは思いますが、今の姿の方が貴方らしくて
とてもお似合いですよ、アッシュ」
まるでそれまでの会話で焦らし続けていたかのように
最後の最後で
俺が欲してやまない言葉を、ルルムスはくれた
柄にもなく浮かれまくる39歳児。




