75<聖なる星々の国~導師だが、聊か大人げなかった~
「そちらへお掛けになって下さい」
大層目立つ騎士姿の男、フリードリヒを伴い
アシュランたちが居る場所の隣室へ通し
部屋の中央に置かれている質素な椅子に座るよう促す
ささくれた木のテーブルを挟んで向かい合っていた二脚の椅子の内
ひとつへ男が座ったのを見届けてから部屋の扉をしっかりと閉め
向かいの椅子へと浅く腰掛ける
反り返った木のささくれに布地が傷つかぬよう
そっと手を置きゆるく指を組むと
背筋を伸ばして緊張した面持ちの男へ笑みを向けた
「導術による聖約を行う前に
ひとつ、質問させて頂きたい事があるのですが
宜しいですか」
「ああ、構わない」
最初は丁寧語を使っていた男の口調は不愛想なものへ変わった
理由は解っている
私が彼を刺激するような言動を意図的に行ったからだ
(それだけではないな)
アシュランが騎士狂いと指摘した通り
彼は騎士というものに対して並々ならぬ想いを抱えている
それに関わる何かに触れてしまったから
私に対する態度が硬化してしまったのだろう
初対面の時点で粗方『視』終えたが
この場で改めて完全看破を使い、男の魂の情報を視る
フリードリヒ・アレグロスティ
年齢はニ十歳
父はベスカトーレ・トルティーヤ
母はユリアナ・アレグロスティ
過去に騎士隊に所属した経歴が有り
現在は銀星を五つ持つ中堅の冒険者をしている
以下に続く彼の情報を簡潔にまとめるに、
義理堅く情熱的で人を見る目はあるが
長男アレクサンドル・アレグロスティの影響で
『騎士』という職業に異常なまでの憧れを抱くようになった
二度に渡って窮地を救ってくれたアシュランに恩義を感じており
これまでの経緯から彼に対して君主の器を見出した為
受けた恩に報いるべく生涯をかけて尽そうと心に誓っている
それ以外にも学歴や趣向なども読み取れたが
さほど気に留めるべき情報ではない為割愛しておこう
今、この場で重要なのは
彼が騎士というものに対して異常な価値観を持つに至った”原因”だ
「では、早速質問させて頂きますね
貴方のご兄弟であるアレクサンドル・アレグロスティは
今どこに居られますか」
質問の内容が意外だったとばかりにフリードリヒは目を丸くする
「何故ここで兄の話を?
導師は、アレク兄上と知り合いなのか?」
「いいえ、面識はありませんが私は彼に会わねばならない
今回の避難でご家族と共に隣国へ亡命されたのですか?」
再度問い返すが、男は沈痛な面持ちで視線を落とし黙り込む
言葉を返さない彼の思考を読んだ所
(うっ……)
前置きなく凄惨な現場を読み取ってしまい反射的に片手で目元を覆った
視えた光景は、気が触れたかのように笑い続ける女に乗り上げられ
好き放題貪られている男の姿
体中に拷問の跡があり、浮き出た肋骨や骨と皮だけになった手足から
どれだけ長い間牢獄で監禁され続けていたかが窺い知れる
フリードリヒとその父親だろう、彼らが押し入ろうとすると同時に
アレクサンドルに跨っていた女は目の前の男の首を手にしていたナイフで裂き
そのまま自らの喉も引き裂いて床へと倒れ込んだ
看破の能力によって他者のイメージが鮮明に伝わってくる現象は
私にとっても非常に珍しいケースだった、つまり
回想する本人が当時の光景を、鮮明にしてしまうほど目に焼き付け
詳細に覚えてしまう程頭の中で繰り返し思い起こした、という事になる
「お悔やみ申し上げます」
「は……?」
「亡くなられたのでしょう、惜しい方を失ってしまいました」
「なんで、死んだって分かったんだ」
「貴方の態度を見れば察しが付きます
それに、彼は私と同じく
聖者のひとり『騎士』の称号を持つ方でしたから」
「あ、兄上が……『騎士』!?
そんな、俺はそんな事一度も聞いた事ないのに
なんであんたが」
「聖者を見つけ出す事が出来るのは『導師』の称号を持つ私だけです
アレクサンドル・アレグロスティが『騎士』であると分かったのは
貴方が身に付けているその騎士装具のお陰です
兄君の形見としてご家族から譲り受けたのでしょう?」
「ああ、そうだ」
「もし生きてお会いする事が出来ていたなら
聖者のひとり、『騎士』として
私の旅路へは兄君が同行して下さっていた事でしょう」
「兄上が 聖者の、騎士……」
呟いた男は感極まったのか、私が目の前に居るにも関わらず
机に突っ伏して両腕で頭を抱えるように身を丸めて微かな嗚咽を零す
堪えながらも漏れ聞こえる声には悔しさが滲んでいた
救いたかった、誇りたかった
取り戻せない、兄を死に追いやった連中が許せない
そんな感情が彼の中で渦を巻いている
「……」
どれぐらい経っただろうか
ようやく落ち着いてきたフリードリヒはグローブを付けたままの手で
乱暴に目元を拭うと深く息を吐き上体を起こした
「見苦しい所を見せた」
「後日、ご家族へお手紙を出されると良いですよ
幸いにもギルドは正常に運営されておりますから
冒険者経由でならもう一人の兄君に伝わると思います」
「言われなくてもそうさせてもらう
それで?聖約とやらを始めなくていいのか」
「心の準備は宜しいですか」
「ああ」
「では、始めます
決して動かないで下さい
申し上げた通り、貴方の命を対価にするため
慎重に行わねばならないのです」
その場で椅子を引き立ち上がった私は
つられて立ち上がろうとした男にそのまま座っているよう手で制する
「分かった」
真剣な顔で頷く男の背後に目をやり、室内の影に控えていた部下の一人を補助として座ったままの男を中心に据え
対角線上に立つと同時に手元で導術による結界を発動させる
手元で掌大に展開する陣に呼応して
男を中心に幾重もの円形の術式が光を纏って組みあがり、円と円の間に複雑に刻み込まれていく文字を慎重に組み上げながら聖約を織り込んでいく
男は己の周囲に広がる幻想的な光景に驚き目を見張りながらも
つい見渡してしまいそうになるのを堪えてじっと待ち続ける
一つ目の層が組みあがり、二つ目の層の組み上げを始める
おそろしい速度で組みあがっていく術陣に補助をしている影の足元がフラつき
それと入れ替わるように次の影が補助を交代して最初の影が室内の暗がりに溶けた
(軟弱な)
部下の堪え性の無さを心の中で叱責する
彼らを鍛え直さねばと考えつつ
三層目を組み上げる頃には既に半刻が経過していた
「導師様、もう使える補助がおりません」
八層目に取り掛かろうという段階で既に十人目となった部下の弱音が発せられた
背後から聞こえた声に驚いた男が
思わずといった様子で振り向きそうになったので
それを視線で押し留め、眉を顰めながら告げる
「全員招集させなさい、終わったら課題を与えます」
言外に「修行しなおせ」と咎めると
怯えるように両肩を縮めた部下は急いで指を鳴らし、直後
円陣を囲むように音もなく姿を見せた九名の内
半数を視界に捉えた男の肩が震える
気配が分からなかった、と心の中で呟く男の声に
隠密に関しては及第点かと判断して仕上げへと入った
十層にも折り重なった円陣がゆっくりと中心にいる男に向かって収束し
光の束はその身の内へと吸い込まれ、消える
予定より時間がかかったが聖約の術式は無事成功した
今にも倒れそうな部下たちが最後の力を振り絞って姿を消す
部下たちは暫く使い物にならないだろう
「終わった、のか?」
「ええ、お疲れ様でした
もう動いて頂いて結構ですよ」
その言葉を合図にぐっと伸びをした男は凝り固まった全身を解し
脱力して椅子の背へともたれ掛かる
「あんた、凄いんだな
知り合いの修導師は
掌の大きさの結界を組むのさえ難しいって言ってたぞ」
「聖者とは、それぞれが得意とする分野において
卓越した技術と才能を持っています
能力者によっては人外にまで及ぶ者もいるそうですから
これしきで驚いていては身が持ちませんよ」
感心したようにため息を吐く男の向かいの席に座り直し
また手を組んでにっこりと張り付いた笑みを向ければ
一瞬目を丸くした男はすぐに顔を歪め、口元をヒクつかせながら
もしかして、と呟く
「では、本題に入りましょうか」
「これで終わりじゃないのか」
「むしろここからが重要なのですよ
我々の旅に同行するというのなら聞いて頂かなければならない
大切な事なのです」
「人の命を対価にした聖約の儀式より重要な事か」
「厳しい事を言うようですが、人ひとりの命とは比べ物にもなりません
これからお話する事は当然口外禁止とさせて頂きます
聖約に深く関わる事なので、既に魂を縛られた貴方の言動では
他者に伝えることができないようになっておりますが」
「は……?」
「先ほどの儀式で貴方の魂に十の聖約を設けました
時間が経過する毎に刻まれた聖約がなんであるか
理解できるようになるでしょう、ですが
貴方が理解するより先に
いくつか私の方から直接ご説明させて頂きます」
そう言って笑みを消し改めて姿勢を正した私は
つと、と目の前の男を見据える
「理解が及んだ際
所かまわず取り乱されてしまっては困りますので」
と、静かに付け加えれば男は眉を顰めて身構えた
私が放つ一切の言葉と真剣に向き合おうとする姿勢には
一定の評価を与える事ができそうだ
完全看破で読み取れる情報から受けた印象よりも
ずっとマシな言動を続けている男に僅かばかり表情が緩む
「冷静を装える程度に心構えをして頂ければ問題ありません」
「教えてもらおうか、御大層な身分の導師が
元悪党で有名だったアシュランを旅の伴にしてる理由を」
「察しの良い方ですね」
話の早い人間は嫌いではない
まだ目元の赤い男はテーブルの上に置いた拳を握りしめる
力が込められた手元に目を向けながら呼吸を整え
改めて前を見据えた私は
遮音と隠形に優れた結界の状態が良好である事を確認してから口を開いた
「アシュラン……いえ、アースラム=セインツヴァイトは
終末の黙示録でこの世界を終わりへ導くと記されている
古の王本人です」
男の呼吸がヒュと僅かな音を立てた後、止まった
見事に硬直してみせたその姿を眺めつつ更に続ける
「彼の僕を自称するクラウスは
黙示録に記されている古の王の右腕、つまり『竜帝』です
少年の形をしていますが
あれは仮の姿ですから侮らぬよう注意してください」
この二つさえ先に教えておけば
今夜の内に動揺を抑えることもできるようになるだろう
俯いた男は拳を振るわせて掠れた声を響かせる
「…… ……す、のか」
零れた言葉をハッキリと拾った私は無言で彼を見返した
” 殺すのか ”
魂の情報から読み取れた『情熱的』とは額面通りではなさそうだ
義理堅い、騎士狂い、と相まって
庇護対象として見ているアシュランに関する事では
特に短絡思考に陥りやすいらしい事を理解する
私が長期に渡り傍にいる現状を考慮すれば
そんな事を目的としているなどと考えるのも馬鹿らしい筈だが
主に仇をなす敵か、それとも味方か
今の彼にはそのどちからしか頭にないらしい
僅かに顔を上げた男の鋭い眼光が私を射貫く
「答えろ」
「今後は彼に関する事で
そのように視野を狭めた立ち振る舞いは控えた方が宜しいですよ
アシュランは貴方に守られなければならないほど弱くはありませんから」
「答えろ!」
力任せにテーブルを叩き立ち上がった男から敵意が放たれる
明確な返答をしない私に苛立つ彼を見上げ、目を細めた
単純に「そんなつもりはない」と返せばいいのにそれを言わないのは
私も彼も、初めて顔を合わせた瞬間から
互いに張り合っている部分があると心のどこかで理解していたからだ
数時間にわたる聖約の儀式で心身ともに疲労を溜め込んだ私も
少しばかり箍が外れてしまっていたのかもしれない
普段の丁寧で穏やかな口調がつい乱れてしまった
「この私が、彼に害を与えると本気で思っているのか
アシュランが心を許した唯一の友人である私が」
ここに至るまであえて口にしなかった決定的な言葉を告げれば
案の定、目の前の男の顔が目に見えて不快に染まった
とどのつまり男は私が気に入らないのだ
騎士と主人の絆を邪魔する存在が。
(全く、無礼極まりない)
アシュランの個人的な事情を知っていると理解した時点で
男は私の存在に少なからず不快感を抱いていた
友人枠は自分だけだと思い込んでいたのだから当然だろう
今の所、心から彼の友人足り得ているのは私だけだ
短く鼻で笑い、男に向けて勝者の笑みを浮かべる
この言動が男の怒りを煽る事は百も承知だ
男にとって竜帝とはまた別の意味で邪魔な存在となっている私だが
私にだって思う所は多分にある
アシュランが常日頃から心の中で呟いている決まり文句を引用するならば
『 ブルータス、お前もか 』
といった所だ
フリードリヒという男はクラウスに続く二人目の
『 古の王に仕えたがる存在 』 なのだからそう言いたくもなる
ちなみにラピスは予備軍だ
彼女も現時点で立派にアシュランに心酔してしまっているのだから
同行を申し出てきた時はやはり「貴方もか」と思ってしまった
実に怖ろしきは、無自覚とはいえ確実に忠臣を増やし始めている
古の王のカリスマ、と言うべきか
クラウスが聞いたら鼻を天に向けて伸ばしそうな話題だ
アシュランに従いたがる彼らの存在は導師である私にとって不安材料にしかならない、そういう意味でも徹底して妨害を続ける予定ではあるが
そんな聖者としての役目よりも
今の私は明確な意志で以てアシュランとの友情を優先してしまっていた
(……)
解っている
今の自分がとんでもなく子供染みているのはよく分かっている
言い訳が許されるならば「疲れていたからだ」と言わせてもらいたい
アシュランもよく起き抜けに「寝ぼけているからだ」などと甘える自分に言い訳しているのだし、ここで私が羽目を外して多少大人げなくしても許されるだろう
寝て起きれば冷静な思考で後悔するのは確定済みだ
そこまで分かっていながら、自重する気にはなれなかった
「今日はこの施設でゆっくりとお休み下さい
アッシュの『お知り合い』のフリッツさん」
「……なっ……」
呆気に取られた男の顔は瞬く間に歪み、紅潮する
この言葉が、ここに至るまで
私と男がアシュランとの友情の厚さを競っていた事実を裏付ける
決定的な一言となった
どんな形であれ
私の友人を都合の良いように利用する人間を認めてやる気は無い
彼が騎士の理想を満足させるためにアッシュを利用しようとする内は
同行は許しても友人と名乗る事は許さない
などと、
鼻息荒い心境で考えた私は勝者の装いで部屋を出て後ろ手に扉を閉める
盗聴と隠形の結界が解かれた室内からは、やや間を置いて
「……はァア~~~??!!あの野郎!!」
などと憤慨しきった声が聞こえてきたが非常にいい気味だ
男が明日、十にも渡る聖約を理解し始める過程で副作用として丸一日頭痛に苛まれる羽目になるであろう可能性が高い事も
今の私の気分を良くしてくれる要因となっていた
その後、疲れからアシュランとの夕食の席を辞退し
食事を終えたクラウスとラピスを連れて早々に宮殿に向かい
自室の寝台に横になろうとした所で珍しく
その時付いていた影から一言、話しかけられた
(ルルムス様にも”ああいう所”がおありなのですね
我ら一同、安心致しました)
言外に「子供っぽい所」と指摘してきた年長の部下による
ただただ微笑ましいと言いたげなダメ押しは
翌朝調子を取り戻した私の昨晩の言動による後悔を拡大させる一因となった
昨夜の醜態をあの男以外に見聞きされずに済んだ事実に
心底安堵してしまったのはここだけの話
その日の内に部下たちへ出した課題の内容が
徹底的に情け容赦のないものだった事に関しては
昨晩の、私の大人げない言動とは
なんの因果関係もないとハッキリとさせておこう
他人と友情を競い合うような幼稚な私など
教皇として、導師として相応しい振る舞いではない
手渡されたばかりの厳しい課題が綴られた紙を読み
何か言いたげに生暖かい眼差しで見つめてきた年長の部下から
そっ……と目を逸らしてしまったが
誰がなんと言おうと因果関係はない




