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悪党の俺、覚醒します。  作者: ひつきねじ
73/145

73<聖なる星々の国~賭け事は最後まで真剣勝負~

隣国への避難が順調に行われている様子を見届け

当初の予定通り魔国軍を混乱させるべく町の外へ赴いたというのに

地竜による足元からの襲撃が始まると同時に混乱しながらも襲い掛かってくる周囲の魔国兵を適度に往なしていたら問題の野郎が現れた


一体これまでどこに潜んでいたのかと問いたくなるほどのイカれた出で立ちで


「なんっでお前がここに居るんだ!」


激しい剣戟が眼前で弾ける

常に足元が振動し続け地響きに包まれた戦場

血飛沫と断末魔が飛び交うど真ん中で上がった怒声は

瞬く間に周囲の阿鼻叫喚に呑み込まれた


いくらなんでもこれはない

否、可能性としては考慮したが見通しが甘かったと言わざるを得ない

後悔先に立たず、時すでに遅し

この場に居る筈のない男が御大層な甲冑に身を包み美しい鬣の白馬を駆り一際輝かしい剣を振るって魔国兵を切り捨てる

向けられた表情は戦場を包む恐怖を吹き飛ばすような頼もしい笑顔


童話や乙女漫画で出てくるような白馬の騎士が目の前に居やがる


どうしてこうなった


「約束しただろ!

あんたの事は絶対に死なせないってな!」


「 初 耳 だ わ こ の 野 郎 ァ ア!!」


爽やかな笑顔で言い切られて

顎が外れんばかりに大口開けて全力の巻き舌で反論する

色々と突っ込みたい事は多々あるが今は悠長に話していられない

周囲が敵だらけの状況で無茶苦茶格好良い登場をしてくれた所大変申し訳ないのだが、言ってる事が狂気染みてるんだよ

当人が知らない所で一方的に約束事するのホントやめろ怖いから。


フリードリヒ・アレグロスティ


やはりとんでもなく厄介な野郎だ


「掴まれ!!」


そう、人間というものは時に選択の余地もなければ

強制で、差し迫っていて、のっぴきならない時もある

俺の窮地だと思っているのだろう、駆けつけ必死な様子で伸ばしてきた友の手を無視できる薄情さなんて今の俺は持ち合わせてはいなかった


ならばもう、掴むしかないじゃないか


ああもうこなくそ!と内心でヤケっぱちになりつつフリッツの手を掴み

身体強化による人外の腕力で引っ張られて走る馬の背へ飛び乗る

適当に暴れて宵闇に紛れ翼竜で戦場を脱出するという計画が狂ってしまった

地竜の今後の動きは既に打合せしているので心配ないが

俺がエスティール聖国に帰還するタイミングは確実に遅れるだろうな


魔国軍を襲撃している地竜の司令塔である俺の身は安全だったがフリッツが事情を知るワケがなく、運良く地竜の攻撃対象から逃れられていると思っているようで「このまま抜けるぞ!」と瓦解した軍の包囲網を突破して更に走り続けた

途中何度か魔国兵の攻撃に見舞われたが

なるほど、伯爵の言っていた通りフリッツは相当剣に覚えがあるらしい

向かってきた兵士の攻撃を全て一閃して防いでいた


戦場の地響きと悲鳴も聞こえなくなった距離で馬の速度を徐々に緩めたフリッツは周囲に点在する小規模の森のひとつに差し掛かった所で先に馬を降り

まだ騎乗している俺に向かって片手を差し伸べてきた

手が差し出された理由は察したが脳が理解する事を拒否する


「……なんだその手は」


「降りるのを支えてやるよ

怖がら」


なくていいぞ、と言いかけた言葉を遮るべくフリッツの顔面に靴底をめり込ませる

騎士力を発揮する相手を間違えてると言うとろうが。

しかしフリッツも意思が強いらしく顔に靴がめり込んで

上半身が僅かに逸れようとも差し出してる手がブレてない

エスコートしいなその手をべしっと叩き落して自らさっさと下乗する

慣れた動作であっさり馬から降りた俺の姿にフリッツは驚き目を見張った


「馬、乗り慣れてたのか」


「俺をなんだと思ってんだお前は」


「セインツヴァイトの町でも基本徒歩移動だっただろ?

てっきり馬に乗れないのかと」


「元公爵子息が乗馬出来ないワケないだろうが」


「……言われてみれば確かに」


「一応聞いてやる

なんでこんなトコに居る」


「決まってるだろ、あんたを助けに来たんだ」


「……」


決まってるのか、そうか

予想通り過ぎる回答を前に親指と人差し指で眉間を押さえる

落ち着け、ここでフリッツを怒鳴りつけても意味は無い

危険を承知で駆け付けたフリッツの行動は善意から来るものだ

例えそれが大いなる無駄だとしても他人の善意を無下にはできない

フリッツは俺が竜族に指示を出している事実を知らないのだから


「……そうか、分かった

助けてくれてありがとよ、お前はこのまま隣国の関所に向かえ」


「いいや、俺もあんたと一緒にエスティール聖国へ向かう」


やはり大人しく向かってはくれないか


「身内の苦境を放り出すような奴を伴にする気は無いと言った筈だ」


「親父と兄貴には理解してもらった、了承も得てる」


「ベスカトーレ卿は」


「ベス?なんで」


「お前が俺に付いてくることを知ってるのか」


「知ってる筈だ

親父が知ってる事はベスも知ってるからな」


……こりゃあベスカトーレ卿は知らされてない可能性が高いな

積年の恨みを抱いてる卿が同行を許すはずがない

大事な息子が憎き男に拐されたのだ

後で知って、きっと息子が殺されたと思う事だろう

次に会ったら殺される覚悟をしておかないといけない


改めてチラリとフリッツを見る

御大層な甲冑に手入れの行き届いた白馬、そしてなにやら物凄く霊験あらたかそうな……エクスカリバーと呼ばれそうな装飾の美しい剣


(餞別、なんだろうなぁ)


ここまで見た目重視の騎士服など、それこそ王都で催されている

宮廷騎士団パレードでしかお目にかかれないだろう

見た目からして正式に送り出されてここに居ることは十分に理解できる

ここまで来て、これほどに意思を固めているのなら追い返すのは無理だ


「……はぁ~」


「そのため息は同行を許可してくれたと理解していいのか」


「許可するもなにも、そんな格好で親元に叩き返しても

末代までの恥だろうが」


「アシュラン、俺は」


「待て、なによりもまずやる事がある」


「やる事?」


当然、俺の身の安全確保だ

フリッツの独断の所為でベスカトーレに暗殺される可能性を

これ以上増やすわけにはいかない

卿の殺意を少しでも抑えられるのなら手を打っておいて損はない


「お前がどうしても家族と一緒に隣国に避難しないって言うなら

今すぐにでも手紙を書け、そして馬に括り付けて馬だけでも国境へ向かわせろ

これだけ手入れされた馬だ、それ位の訓練はさせてるんだろ」


「ああそうか、親父たちに無事を知らせるのは大事な事だよな

死にに行くような事をしたワケだし……でも馬に使いをさせると俺たちの足が無くなるぞ

また身体強化で走るのか?」


「フリッツ」


「なんだ?」


「俺の為を思うなら手紙を書いてくれ」


有無を言わさぬ威圧感を放ち、フリッツを見据える

ただならぬ俺の様子に一度口を噤んだフリッツは

気圧されながらもコクコクと頷いた


無事戦場を抜けた事、これからエスティール聖国へ向かう事

怪我も無く無事だから心配するなといった内容を書き込んで

馬に装備させている筒に仕舞い、真っ白な尻を叩く

暗闇の向こう側へと走り去る馬の姿を見届けて

口元まで覆っている襟の内側に潜んでいた小竜に囁き声で指示を出した


「馬が国境の関所に辿り着くまで翼竜に護衛を頼む」


キュ、と返される小さな鳴き声を耳元に

馬の姿の見えなくなった方角を心配そうに見つめるフリッツへと歩み寄った


「途中で魔物に食われなきゃいいんだが」


「大丈夫だろ、フリッツ

少し前に話した通りだが俺は雇われ中だ

雇い主がお前の同行を許すとは限らない

駄目だと言われたらゴネずに家族の元に帰るんだぞ」


「分かってる、あんたの雇い主だろうがなんだろうが

説得すれば問題ないんだろ」


「お前、ほんと強引だよな」


「ほっとけなかったんだから仕方ないだろ

あんたと同じだ」


「どこがだ」


「皆が助かる手段を持ち込んで

町の為に躊躇なく人柱にすらなろうとするほど勝手で強引じゃないか

命張って民の為に尽くすような奴を見捨てるなんて騎士の名折れだ

それに、俺だって友を見殺しにする気はない」


「……」


「風呂ではああ言ってたが

今回駆けつけてくれたのは俺を心配してくれたからだろ

でなきゃ会議室でのあんたの表情の説明がつかない

竜族の協力を取り付けるなんてどれだけ無茶な事したんだって怒ってやりたくなったが、それも俺の為なんだって思うと怒るに怒れなかった

何も言えないならせめて行動で示すしかないだろ」


自分で言った事に照れているらしいフリッツは

目を泳がせてそわそわと落ち着きがない

しかし意を決したらしく、酷く真面目な表情で俺を見下ろしてきた


「あんたは、俺が守る

他でもない俺自身がそう決めたんだ」


「……」


「……」


当初から妙に庇護対象にされているとは思っていたがこれ程とは。

なんだこれは、物凄く痒い雰囲気だ

全身が痒い、早急にこの空気をぶち壊したい

相手はキリっと真面目な顔をしているのに対する俺が

呆れとドン引き4:6な顏しかできないのが余計に居た堪れない


心の底から言いたい


お前はその言葉を告げる相手を間違っている、と。


「親父さんと話をしたんだが」


「え、親父と?いつ」


不意の話題転換に真面目だったフリッツの表情から力が抜ける

よし、これ以上クサい事は言われずに済みそうだ


「翼竜を紹介した後だ」


「あ~、あの時か

なんの話をしたんだ?」


「俺が死んだと思い込んだお前がヤケ酒して

親父さんの前で噎び泣いて散々醜態を晒し」


全て言い切る前に耳まで真っ赤にしたフリッツの手が俺の口を塞いだ

恥辱からか全身がプルプルと震えている

消え入るような声で「全部聞いたのか」と問われ素直に頷くと

フリッツは目の前で頭を抱えて蹲った


「あンのクソ親父ぃ……

よりにもよって本人に言うかァ?!」


そうだよなぁ、当人である俺の口からは聞きたくなかったよなぁ

いい具合に空気を壊した所で本題に入るか

騎士好きのフリッツが夢中になりそうな良い本題だ


「ところで騎士狂い」


「誰が騎士狂いだ」


「馬に乗る騎士と竜に乗る騎士

選べるとしたらどっちがいい」


「そんなの竜騎士に決まっ……」


蹲った体制のまま情けない表情で俺を見上げたフリッツが

俺の向こう側に広がる景色に気が付きポカンと口を開ける


「良かったな、一時だが竜騎士になれそうだぞ」


「嘘だろ?!」


「本当だ」


俺たちの頭上を舞っていた一頭の竜が降り立ち地面が揺れる

おそらく巨竜(グランド・ドラゴン)の若いのだろう

翼竜ではないがっちりとした躯体が見下ろしてくる様は

殺されかけた事のある俺には若干のトラウマだ


「乗れる、のか?翼竜じゃなくて巨竜だろ?

巨竜に乗れるなんて人族初の快挙じゃないか!!」


巨竜がさぁ乗れ、とばかりに首を地面につけて騎乗を促す

俺と竜を忙しなく見て、苦笑いで頷いた俺のリアクションを切っ掛けに

フリッツは一目散に竜へと猛ダッシュすると

全身でべたりと張り付きやがった


(なんつー愚行だ)


怖いもの知らずにも程がある

事前に『フリッツの事は特に守り気を配るように』と指示しておいて良かった

喰われるかもしれない恐怖は竜騎士という言葉に目が曇っている今の彼の中にはないらしい

だが俺もルルムスも持ち得なかった、打てば響くようなリアクションだ

見ていて気持ちがいい


「すげぇぇぇええ!!

アシュランも早く来いよ!最っ高の眺めだぞこれェ!!」


気付けばフリッツは既に竜の背に跨り少年のような笑顔で俺を手招きしていた

絶叫アトラクションを前にハイテンションになっている子供そのものだ


(しかし、なんで翼竜ではなく巨竜が迎えに来たんだ?)


その疑問は巨竜の背に乗ってすぐに気が付いた

乗り心地と安定性が段違いに良かったのだ

広い背中は滑りにくくゴツゴツとしており

背骨に沿った突起が良い具合に足場や腰を固定できて

なんなら手放しでも座っていられる、そしてなにより暖かい

片腕に身体強化をかけられず行きがけで苦労した俺に配慮したのだろう

俺の為に細かい部分まで指示を出したであろうクラウスを労うつもりで小竜の頭を優しく撫でるとキュ、キュと嬉しそうな鳴き声が返ってきた


フリッツは巨竜に騎乗できたことに盛大にはしゃぎながらも

俺が乗る位置を自分の真後ろにして

「眠たくなったら俺の背中に凭れていいからな」などと

トリハダの立つようなことをさらりと言ってのけやがったものだから

浮かれた目の前の頭に指導を入れておいた


いらん世話だこの野郎


フリッツの奴、ルルムスを説得すると言っていたが

事情が事情だし、そう簡単に部外者の同行は許さないだろう

俺だってルルムスを助けるという切っ掛けがなければ

聖者を探す旅に関われなかっただろうからな


聖国に着いたらいの一番に家族に向けて手紙を書くよう言い含め

今後は俺をアッシュと呼ぶ事

俺と関わる道中で見聞きした内容は口外しない事も約束させた


道中で諸々の話を済ませ空の旅を存分に満喫したフリッツは

出発から一日経った夕暮れ時

聖国首都近郊の山頂に降りた巨竜と別れを告げ俺と共に山を下る

町へ入る前にゆるっとスタイルに着替え『冒険者アッシュ』になると

連れの騎士然とし過ぎる見た目に挙動不審になる門兵の追求を口八丁でなんとか躱し、壁門を潜った先に広がった外国の街並みを前にフリッツは感動の声を上げた


「見ろよアッシュ!

俺らの国と違って建物が低い、形も違う

あの店は何を売ってるんだ?」


「観光は後回しにしとけ

俺は雇い主に会いに行ってくる」


「いいじゃないか少し位、腹も減ったし

食ってから行こうぜ」


「メシは勝手に食って構わんが

その格好のまま歩き回ると周りから痛いほど注目を浴びる事になるぞ」


俺の指摘にはたと己の姿を見直したフリッツは

そこでやっと周囲の人々の視線をかっさらっている事に気付き

神妙な顔つきになる


「そうだな

この格好じゃ気軽に飯屋には入れそうにないか」


太陽の光にキラキラと反射する真っ白な甲冑は

一度でも視界に入れば嫌でも目に付く

しかも聖国では馴染みのない他国の煌びやかな騎士甲冑

町に入って直ぐに注目の的になったのは必然だ

夕暮れ時で人が多かったのも運が悪い

これだけ目立つ奴を連れて町中を練り歩くなんて絶対にしたくないのだが

言葉端から窺うにどうやらフリッツはこの後も俺と共に行動するつもりらしい

全身真っ白な甲冑野郎を連れて宮殿に忍び込むなんぞ

最高難度甚だしいわいい加減にしろ


「宿を取るからそこでメシでも食ってろ

雇い主を連れてくる」


「俺が同行を頼み込む側なんだからこちらから出向くのが筋だろう

一緒に行くから案内してくれ」


「一緒に行くにしても待たせるにしてもその格好じゃ都合が悪いんだよ」


「この甲冑はアレグロスティ家で代々受け継がれてきた白騎士の甲冑だぞ

アッシュの雇い主と話をする為に必要な身だしなみだ

それともアッシュ、まだ俺に話してない事情があるのか」


じとり、と何かを見極めようとする眼差しが俺に向けられる

そうだよ、お前が付いてくるなんて全く予定してなかったから

話してない事だらけだよ


「最っ高に面倒臭いな、お前」


ため息を零しながら肩を落とし、ついでに項垂れながら呟いた俺の言葉に

ぐっと唇を噛んだフリッツはそれでも問い質す姿勢を止めない

少しの間を置いてちら、とフリッツを見上げてみるがやはり姿勢に変化はない


(どうしたものか)


これでは宮殿に監禁されているルルムスに会いにいけない

自分の目では最後まで見届けていないが

小竜を通じて避難作戦が無事成功したという報告は入っている

結果オーライで戻ってこれたのだから、良い報告をすべく今すぐにでもルルムスたちの様子を確認に行きたいのだがフリッツをこのままにしておくわけにもいかない

いっそ無理矢理宿に放り込んで待たせるか?

今の段階で事情は話せない、腕力に訴えるしか方法が思いつかない


(疲れてるな、俺)


自分でも思考が働いていない事に気が付いた

もうすぐルルムスたちに会えると思って気が抜けた所為だろうか

今物凄く寝たい、柔らかい布団でゆっくり眠りたい


俺、今回結構頑張ったんじゃないか?


こうやって助けたかった友人も無事生きてるんだし

そろそろ達成感に浸ってもいいんじゃないか?


「ええ、それでいいと思いますよ

よく頑張りましたね、アッシュ」


真後ろで聞き慣れた声が響き

まさかと思い振り向いた先には柔らかな笑みを浮かべるルルムスが立っていた


「ル、」


「アシュ!」


名前を呼びかけて、腰に突進し抱き着いてきた人物に驚き見下ろせば

金色の大きな瞳が俺を見上げていた


「クラウス……」


「心配した、無事で良かった」


ぎゅう、と抱きしめられることで与えられる温もりがどうしようもなく嬉しく感じられて柄にもなく頬が熱くなってしまう

なんてこった、わざわざ迎えに来てもらえるなど思いもしなかった

というか誰かに迎えに来てもらえるなど初めての経験だ

これは、なんというか……存外に嬉しいかもしれない

そして、この場に来ていたのは二人だけではなかった


「あの……アッシュ様

ご無事で何よりです」


「嬢ちゃんも来てたのか」


ルルムスの傍らで手をもじもじとさせながら俺を見つめる嬢ちゃんの姿があった

少し見ない間に頬がふっくらしてきたように見える

衣食住はちゃんと整えられているみたいだな、良かった良かった

呼び方が「アッシュ」に変わってるのはルルムスのお陰か

俺の迎えに来るなど思いもしなかったのでとても驚いてしまった

当の嬢ちゃんは俺と目が合うや否やハッと何かに気付いた顔をすると

心配そうな面持ちで足早に俺に駆け寄ってくる


ん?なんだなんだ?


俺の顔に向けて触らせてとばかりに自然に両手が伸ばされたものだから

反射的にその場で腰を屈めてしまう

嬢ちゃんの手がひたりと俺の頬に触れて直後

暖かな淡い光が視界の領端から発せられた


「アッシュ様、お顔に傷が……

直ぐに治しますから少しだけじっとしていて下さい」


傷なんてあったのか、痛みも無いから全く気付かなかった


「この程度掠り傷だ、ほっといても治る」


この時、クラウスの目がギラリと物騒に瞬いたが

嬢ちゃんに視界を固定されていた俺は見ていなかった


「駄目です、掠り傷でも化膿したらとても痛いんですよ

だから治させてください」


「嬢ちゃんは治癒導術が使えるのか

助かった、ありがとな」


淡い光が無くなった所で嬢ちゃんの両手が離れた

こんな僅かの時間で小さい傷とはいえ治癒を終えるとは中々の才能だ

速度だけ見ればルルムスに引けを取らないかもしれない

感謝の言葉を伝えると、礼を言われ慣れていなかったのか

嬢ちゃんは顔を真っ赤にして俯き嬉しそうに笑みを浮かべる


「いえ……アッシュ様のお役に立てられて嬉しいです

これが”役に立てる”という事なのですね」


宮殿で交わした俺との会話を律儀に覚えていたらしい

胸元を握りしめて喜ぶ嬢ちゃんの頭をポンポンと撫でた


「さて、ここではなんですから場所を変えましょう

アッシュの言う通り、彼の見た目では注目を浴びてしまいますからね」


片手を持ち上げたルルムスが掌と同じ大きさの魔法陣のようなものを展開させ

それが空気に溶けるように無くなると同時に

俺の背後に居たフリッツの雰囲気が異様なものに変わるのが分かった

一度背後を振り返り、目が合うと小首を傾げたフリッツを見て

再度ルルムスへと向き直る


「幻惑導術か?」


「ええ、その通りです

お二人ともこちらへ、それとアッシュ」


「おう」


「お帰りなさい」


「お、おう、ただい ま……」


改まって言われると物凄く嬉しい

俺が望んで止まないのは当たり前の挨拶ができる平和な日常だ

武装なんかせずに済む穏やかな環境だ

ニヤける口元を袖で必死に隠していると

そんなオレのリアクションをまじまじと見ていたクラウスと嬢ちゃんも

口々に「おかえりなさい」と言い始めた


勘弁してくれ


嬉しすぎてダンゴムシになりそうだ


なんて、内心で悶えていたら続くルルムスの言葉で

一瞬にして全身の熱が引いた


「掠り傷を負ってしまったので賭けはクラウスの勝ちですね」


いやぁ全く残念ですねぇ、と

心にもない口調で歩き始めたルルムスの背中を呆然と立ち尽くし見つめる

その視線を僅かに下げると、そこにはギザギザの歯を惜しげもなく見せ

勝者の笑みを浮かべるクラウスの顔が。


「……」


「賭けってなんのことだ?アッシュ」


不思議そうに問うフリッツにボソリと返す


「……嵌められた」


「嵌められた?」


俺の顔には掠り傷なんて無かったって事だ


嬢ちゃんまで一役買うとは思いもせず、油断した。

ごめんなさい、と言わんばかりに両手を合わせて謝罪のジェスチャーをする嬢ちゃんに「もういい過ぎた事だ」と苦笑いで手を振り返す

確認する術は無いが、なんだかんだで先ほどの嬢ちゃんの様子から

もしかしたら本当に傷があったのかもしれないからな。

言葉のない双方のやりとりで俺が子供と交わした他愛のない賭け事なのだろうと判断したフリッツは「へぇ」と楽し気に相槌を打つに留め

それ以上詳しく聞いてこようとはしなかった


この作戦を考えたのはルルムスだな

仕方ない、最後の最後で気を抜いたのは俺だ


潔く負けを認めるとするか

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