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悪党の俺、覚醒します。  作者: ひつきねじ
7/145

7<毎日の習慣は無意識にでるもの

翌朝


思い出せもしない悪夢に散々魘された所為で

寝覚め最悪のまま夕飯の残りで朝食を済ませ

塒を出た俺は先ず最初に神殿へと向かった


借りて帰った病衣と靴を返却する為だ


洗濯済のそれらが入った手提げ袋をユラユラと揺らす

昨日は昼間にも拘らず危なそうな人に遭遇したし

今日はギルドにも寄る予定なのでブーツの仕込み以外にも

ゆるっとした長袖で隠れた腰回りのベルトに武器を携帯している


朝の空気に身を包みながら歩き続けると

程なくして視界の向こうに白く高い外壁が見えてくる

朝から領民の往来がある神殿の入り口へ人の流れに乗り玄関をくぐった


……柱の傍に立っている神官に声をかけられる事なく通れたのは初めてだ


服装変えて髪型を無造作にしてるだけでこの対応の違いか。

おじさんによるパンクロック染みた露出過多の服装がいかに奇抜であったか、周囲の目がこうも様変わりしていると嫌でも理解できるというものだ

四十手前でやっとこさ黒歴史に幕を下ろせたなどと

余りにも年季が入り過ぎてて遠くだって見つめたくもなる


回廊を挟んで奥にある拝殿の間では朝の祈りが行われており

微かに聖歌も聞こえてくる。礼拝者の殆どは祈りが目的なので

俺のように拝殿の間を囲う回廊に向かう者は居ない


高い壁に囲まれた神殿の周囲を彩る外庭の景色を楽しみながら回廊を歩き

丁度拝殿の間の裏手にあたる祭壇の間の前まで来たところで

そこから出てきた神官と偶然目が合い声を掛けられた


「おはようございます

こちらは現在立ち入りをご遠慮頂いている区画になっておりますので

来た道をお戻り下さい」


彼の顔を見た瞬間、言い知れぬ不安を覚えた


(……?)


しかし、確かに感じている妙な胸騒ぎに心当たりがなく

内心で小首を傾げている内に気がつく

この神官さん随分前に話をした事がある人だ


多分、というか確実に迷惑行為的な意味で。


顔に見覚えはあったのだが

かなり前の出来事なのか具体的なやり取りが思い出せない

一見すると怒ったことなんて無さそうな、とても優しい顔をしている

柔和な雰囲気を纏った彼に向かって丁寧に頭を下げて尋ねた


「すみません、自分はこちらに用がありまして……

神殿長にお目通り願えますでしょうか」


神殿長ルルムスの自室は

祭壇の間から続く回廊の、内庭を抜けた更に奥にある

なんで知ってるかって?

過去何回か直接殴り込みに行ったことがあるからだよ!

勿論嫌がらせと迷惑行為の一環で……と、そこまで考えた所で

自分がやらかした事に気が付いた


神殿長なんて本来であればそうホイホイ会えるような相手ではない

俺が踏まえるべき順序は先ず入口に立っていた神官に声をかけて

どういった目的で神殿を訪れたかを伝え面会を申し出る事だった


(やっちまった)


祭壇の間まで来ちゃってる時点で不審人物確定じゃないか

怪しまれて当然なのに目の前の神官は未だ警戒心ゼロ

もしかして回廊を回り込んでしまう礼拝者、結構多いのかな


「お名前を伺ってもよろしいですか?」


にこやかな表情で問われる……言っても大丈夫かな

名前を告げた途端悲鳴上げて警備兵とか呼ばれたら困るんだけど。

眉を顰めて神官を見つめるがこちらの心配が伝わる筈もない

相手は目を瞬かせて小首を傾げている


「あの……?」


うぐぐ……ぇえい、ままよ!


「アシュラン、と言います」


名乗った直後、目の前の神官がビシリと音を立てんばかりに凍り付いた

予想通りのリアクションに「ああ、やっぱり……」と心を痛めつつ

そのまま待つこと十数秒

無表情で固まっていた神官は再起動と共に再び微笑みを浮かべ

流れる様な動作で片手を祭壇の間の奥へ向けた


「分かりました『アシュランさん』ですね

神殿長はこちらです、ご案内致します」


うわぁ、神官さんのスマイルの練度が半端ない

イメチェン済みのアシュランを目の前にしても硬直するだけで

その後取り乱すことなくブレない丁寧な応対凄い


俺の相手は毎回ルルムスが引き受けてくれていたけど

態度を改めたこれからはルルムスが相手でなくても問題なくなるんだよな。

(つまり、今後ルルムスに会える頻度が減るって事か)

それを思うとなんかちょっと寂しい


神殿長は物凄く偉い立場だ

ここまですんなり来れた時点で気になったんだが本来の警備は大丈夫なのか?

兎に角促されてしまったので、戸惑いながらも神官の後をついていく

今までは俺の姿を見ただけで玄関に立っている神官に足止めされ

その間にルルムスが呼ばれて駆けつけ門前で騒ぎを起こす……という過程があったが言動改めただけでこんなにも穏やかに案内してもらえるとは。

内庭に差し掛かった所で前を歩いていた神官が肩越しにちらりと俺に振り返った

こちらを窺いながらも歩みが止まる気配はない


「あの、アシュランさん……なのですよね?」


「ええ、はい」


そりゃあ再確認したくもなるよな

あんなにも救いようのない悪党が改心してるんだもの

普通はそう簡単に信じられない

一夜で信じてくれたルルムスの方が稀な存在なんだろうと思う


「そ、そうですよね

変な質問をしてしまって申し訳ありません」


「いえ、大丈夫ですからお気になさらないで下さい」


「! ああ……私は本当に失礼な事を……

今後は気を付けますので、どうかご容赦下さい」


「そこまで畏まらなくても結構ですから」


むしろなんでそこまで畏まるんだ?相手はあのアシュランだぞ?

失礼な事なんてされてないし言われてない

むしろ積極的に俺に向かって恨み言とか言うべきでは、と思わされる


(この神官さん、真面目なんだなぁ)


ん?真面目な神官?

なにか大事な事を思い出せそうな気がするんだが。


「こちらこそ先触れも無く伺ってしまって

ご迷惑をおかけしているのでは」


「それについてはおそらくこちらの事情ですから、むしろ

ご面倒をおかけしているのは我々の方です」


「え、と?」


「今後の為にも神殿長にお会いになっておかれた方がよいと

私も考えております、今時間は儀式の予定も入っておりませんので

ご面会いただけるようお話を伺って参りますね」


今後の為、というのがよう分からんが

兎に角取り次いでもらえるのでお礼は言っておこう


「ありがとうございます」


七日後に顔を出すとは言ったけど翌日の朝に顔を出すとは言わなかった

ギルドまでの道すがらだし「ついで」でいいやという軽い気持ちだった

ここ一か月、ずっとルルムスが俺の対応をしていたから

ついうっかりルルムスの自室に直行しそうになっただけで

ここに来た目的だって借りてた病衣と靴を返すだけなのに

わざわざ神殿長が対応するような用件ではない

今思えば神殿入り口の神官に渡してもいい用事だったなぁ


(…… …… …… ……やばい)


考えれば考えるほど用件が雑事過ぎて神殿長に会う理由がない

些末な事だとバレたらルルムスから

「何しに来たんじゃワレ」とかいう冷たい目で見られそう

また目の奥にワサビ仕込まれるような事態はできる限り避けたい

どうしよう、物凄く逃げ出したい


「折角礼拝にいらしたのに、そのお名前では大変ですよね

拝殿ではなくこちらに回されたのも仕方のない事です

では、神殿長を呼んでまいりますのでこちらでお待ち下さい」


ヘイ!ユー!(おい君)ジャスモーメン(ちょっと待って)プリーズ(お願いだから)!!

神官さんの言葉の内容が明らかにおかしいのだが?!


これは勘違いされてるよな!?


同姓同名の別人だと思われてるよな!?


馬鹿な……!

アシュランと名乗ったにも関わらず俺だと認識してもらえなかっただと!?

会話が妙にかみ合わない理由にやっと気が付いて

にこやかに対応してくれる神官が扉の向こうに消えてしまう

いやァ待ってェ!!誤解なんです俺があのアシュランなんですぅう!

留めるべく手を伸ばすも目の前の扉は無情にも閉ざされ……


あ、扉にちょこっと隙間できてるじゃないか!


これはもしや神殿長に取り次ぎされる前に神官を引き留められるフラグ……っ

素早く取っ手にタッチして戸を押そうとする直前

扉の隙間から聞こえ漏れてきた会話を耳にして乱入する動きを寸での所で留める


「神殿長、要注意人物『ではない方』の

アシュランさんが面会を希望しております」


「そなた、いつから終末の黙示録のような

(おぞ)ましいジョークが言えるようになった」


「いえ、彼が分裂したというワケでは無く」


「当たり前だ、もしそのような事が起これば

魔王復活を宣言せねばならん」


「礼拝に訪れた所を名前の所為でこちらに誘導されてしまったのでしょう

とても穏やかで礼儀正しい、紳士的な方とお見受けしました

会ってお話をすれば誰が対応しても彼とは似ても似つかないので間違えようがありませんが、何かあった時の為にも今の内に把握しておられた方がよろしいのではないかと思い、扉の前までお連れしました」


よどみなく話す神官の様子を扉の隙間から窺いながら

頭の中の警報が徐々に大きくなるのが分かった

やばい、何がやばいってあの神官がやばい。

最初に顔を見た時に覚えた嫌な予感はこれだったのか


「…… 穏やかで礼儀正しく紳士的、か」


「はい」


「事実を知れば皆ひっくり返るやもしれんな」


「神殿長?」


「事情は分かりました、通しなさい」


「はい、アシュランさん

お入りください」


「……」


「……アシュランさん?」


呼びかけられても戸を押せずに立ち尽くす羽目になったのは誰の所為だと思っているのか。勿論俺があのアシュランだと説明しきれなかった俺自身の所為だ。ちょっと話をしただけなのに神官さんにめっちゃ好印象だったことがもう居た堪れない、と同時に非常に危機的状況であるとアシュランの経験が断言している


あの神官、ずっと以前に俺とやりあって

自殺騒動起こした神官だよ!!


以来俺もあの神官には関わらないようさり気なく避けてたんだ

随分前の出来事だからすっかり忘れてた


俺があのアシュランだって分かったらその好印象な好感度は瞬時に矢じりと化して悪い意味で急転直下、先端が地殻貫いてマントルもブチ破るヤツだ。ヘタしたら俺を褒めちゃった事実に気が付いた神官が悪魔崇拝してしまったと判断して心の内核に修復不可能な亀裂を入れてしまうかもしれない。否、前回の自殺騒動の折に既にデカイ亀裂入れてたかも知れないが。悪を賛美した為に穢れた口を縫い付けたりなんかされたら今度こそ俺どう責任とればいいの


まだ扉は開かれていないが、神官が真実を知るまでもう時間が無い

どうする、どうすれば神官の心を救う事ができる!?

しっかりしろアシュラン!こんな時にお得意の弁舌を駆使しなくてどうする!?

やれる!お前なら神官を救うことなど容易い筈だ!やってみせろアシュラン!


「アシュランさん? っわ!?」


開かれかけた扉をワザと強い力で開け放ち

向こう側から開けようとしていた神官は勢いよく開いた扉を避けようとして後ろに倒れ込みそうになる。それを視界に収めた俺は瞬時に神官の胸倉をつかんでこちらへと引き寄せた

至近距離で凶悪な笑みを浮かべて声を張り上げる


「ハッ!ちょっと見た目変えたぐれェで騙されやがって!

神殿の警備も大したコトねーなァ!!案内ご苦労さん!

とっとと出てけや!!」


もう片方の手で前髪をかき上げたまま悪い顔つきを意識して

驚き絶句する神官の胸倉をつかんだまま部屋の外に放り出し

突き放す素振りで転んだりしないようそっと優しく手を離し

するつもりはなかったのにうっかり流れで手が動きビシッと中指を立てる

無意識のハンドサインに内心で慌ててさっと手を下ろすと

呆然とする神官の目の前でバァン!とけたたましい音を立てつつ扉を閉めた


「……」


「……」


お分かり頂けただろうか


今のギンッギンに尖って弾けた言動が

田崎混じりの俺になる前の『アシュランの素』です


確かに冒険者を生業とする連中には相手に舐められない為に

言動が乱暴で突っ張った奴が多いが

それにしたって四十手前であの弾け振りは如何なものかな?!

当たり前みたいに中指立てちゃったし

体が覚えてるってこういう事を言うんだなぁ

扉の外では暫くして荒い足音が聞こえ、それも徐々に遠ざかって行った


シーン


と静まり返る室内でこちらを見ているであろうルルムスに背を向けたまま

扉に手をついて正に反省のポーズをしつつ首を垂れて落ち込む俺

丸くなった背中に呆れた声がかけられる


「なにやってるんですか貴方」


「すまん……咄嗟にこれしか思いつかなかったんだ……」


背後でガタタッと何かが音を立て

つられて振り返れば傍らの椅子の背に手を突き

倒れこみそうになるルルムスの姿があった

表情は困惑の色を含ませつつも苦々しく歪められている


「今、謝りました?

私にはそっちの方が衝撃的過ぎて腰が抜けそうだったんですけど。

今の貴方を知れば皆ひっくり返るだろうとは言いましたけど

訂正が必要ですね、皆その場で気絶しますよきっと


ですが、何故隠すんですか?」


「だってあの神官、前に俺の相手して自殺騒ぎ起こした人だろ?

もっと早く思い出せてたら最初から対応変えてたけど

直前まで思い出せなかったんだよ!

ちょっと話をしただけなのにあんなに褒めてもらえたの初めてで俺にとってさっきの会話は完全に素だったから余計に嬉しくてなのに褒めた相手があのアシュランだって分かったら知らず悪魔崇拝したなんて思われて穢れた口を縫う羽目になってどう責任とればいいか」


「落ち着いてください

まだ誰も口を縫ったりはしていませんから……


にしても、あの短時間でそこまで考えたんですか?

確かに彼……クリストファーはとても敬虔で真面目なので

心を入れ替えた貴方を前に過去の貴方を連想して

悪魔崇拝してしまったと混乱する可能性もないとは言えませんし

穢れた口を縫いかねないくらい繊細な子ではありますけど」


やっぱりそうだったか。

アシュランの記憶には嫌がらせをライフワークとしていただけに大半の神殿関係者とのやり取りがあったので神官たちの性格はある程度把握している。土壇場でも思い出せてよかった

これまでもアシュランの演技で情けを出し

結果的に騙され憤慨した神官は多い

今回もそれと同じだと思ってもらえれば「また騙された」という腹立たしい認識だけに気を取られて自分を罰するような事はしないだろう


「迷惑のかけ通しだった割に

神殿の者たちの事をよく把握なさっているんですね、驚きました」


「ここの人たちの事はむしろ好きな方というか……

嫌いだと思うのは一人もいないよ、みんな優しくていい人だ」


「……その見解についても驚きました

嫌いだからこそ毎日難癖つけにきているとばかり思っていましたから」


「むしろ心の拠り所だったんじゃないかな

今までの俺にとっては」


「心の拠り所があの嫌がらせに繋がるんですか?

難儀というか、なんというか……


それで?これだけ騒いで懺悔に来られたワケでもないのでしょう

朝早くから、本日はどれほど重大なご用向きでいらしたんですか」


「……返しに」


「何を」


「……」


病衣と、靴


腕に下げてた袋から取り出し両手に乗せて(うやうや)しく差し出す


ルルムスの目が差し出されたものをじっと見つめる


その表情はまるで

田崎の世界に居たチベットスナギツネそのものだった

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