68<聖なる星々の国~友との再会と抱擁と指名手配~
流麗かつ鮮やかな身のこなしで背後から布を噛ませ確保した兵士を肩に担ぎ領主が居るであろう部屋に特攻すれば、そこに居たのは意外な人物だった
しかも非常事態にも関わらず優雅に紅茶を嗜んでいるではないか
扉を蹴破る勢いで入室した俺と目を合わせ
お互いが誰であるかを認識すると同時に驚きの表情を見せた
「あら……貴方、生きていたの?」
第一声がそれかい
「お前は……エメライン、だったか?」
「覚えていてもらえて光栄だわ
でもごめんなさいね、貴方の顔と本名は覚えているのだけれど
もう一つの名前は忘れてしまったわ」
反乱滅亡侵略といった濃厚展開目白押しな毎日を過ごしてたらそれより少し前に数日関わっただけの人間が記憶の彼方に葬り去られていても無理はない
でも面と向かって「名前思い出せないのごめんね☆」
って言われるとそれなりに傷つくもんなんだな
ここでアースラム=セインツヴァイトの名前を出されるのも困るから
これ以上名前の話はしないでおこう
俺の微妙な表情から覚ったのかエメラインは視線を俺の肩に滑らせる
表情を読む技術は身分の関係上身についてるらしい
「それより、そこの
仰向けに担がれてる兵士さんはどうしたのかしら?」
可哀想なものを見る様な憐憫の眼差しが向けられているのは
俺が盾代わりに確保した人質の兵士
布を噛ませているので「んー!」としか言えてないが
ここまでの道中ずっとバタバタ藻掻き続けている活きの良い兵士だ
ははは、無駄な抵抗をするでない。身体強化をかけてる俺にとったら
赤ん坊を担いでるようなものなのだからな!
「フリッツかベスカトーレ卿に会わなきゃならなくてな
ここまで強行突破するための盾にさせてもらった」
「理解したわ
二人の元へは私が案内するわね
それならもう盾は必要ないでしょう?」
「おう、悪かったな兵士さん
持ち場に戻ってくれて構わないぜ」
幸いな事に、ここに来るまで他の警備に見つからずに済んだんだよな
伯爵邸内でそれもどうかと思うのだが避難救助に人員を割かれてるんだろう
目星を付けた部屋には目当ての人物はいなかったし
重要人物全員他に移動してるのかもしれない
そっと地面に下ろした所で両腕が自由になった兵士は
すぐさま口布を取り俺にくってかかってきた
「面会の申し出なら言えばいいだろう!
なんて強引なヤツなんだ!」
「アヴァロッティにクーデター起こして残党処理もできてない内に
魔国軍の侵略が始まったんだろ
足元もおぼつかない状態なのに身元もしれない怪しい男が領主に面会を申し出た所で素直に通してくれるとは思えなかったんでな
手荒にして悪かった」
俺の言い分に反論の余地がなかった兵士はぐっと口を噤むと
エメラインに事実確認の視線を向ける
「本当にお知り合いなのですか?アルティーヤ様」
「ええ、彼は貴方如きでは本来顔も拝めないような高貴な身分のお方よ」
「……こんな薄汚れた中年の男がですか?」
疑いの目で睨み付けてくる兵士に軽く肩をすくめて返事する
その様子を前にエメラインは厳しい目で兵士を睨みつけて即座に戒めた
「彼が寛大である事に感謝なさい
今の貴方の発言は首を飛ばされてもおかしくないものよ
ワケあって忍んでここまで足を運んで下さったの
分かっているでしょうけれど、彼がここに来た事は他言無用
持ち場に戻りなさい」
彼女の説明で見る見るうちに顔を青くした兵士は
びしっと姿勢を正して敬礼した
「了解しました!では、自分はこれにて失礼します!
申し訳ございませんでした!!」
「ええ、案内ご苦労様」
場を丸く収めたエメラインに感心する
無理矢理担いできたから怒った兵士とひと悶着するかと思ったが
彼女のここでの地位は中々に顔の利く立場であるらしい
元領主の父親を持つフリッツに対し訳知りな様子だったから
もしかしてとは思っていたが
「やっぱりお前も貴族だったのか」
指摘すると、流れる様に立ち上がったエメラインは
俺に向き直り服の裾を摘まみ上げると丁寧に頭を下げてお辞儀をする
貴族間で行われる礼儀作法の一つ”カーテシー”だ
上流階級のトイレと同じくこのお辞儀を見るのも久しぶりだ
「アレグロスティ家の次男、マクシミリアンの婚約者
アルティーヤ子爵家の長女、エメライン・アルティーヤと申します
アースラム=セインツヴァイト公爵閣下に置かれましては
先達ての数々のご無礼、大変申し訳なく……」
「やめてくれ、俺は既に廃嫡された身だ」
硬い表情で顔を上げたエメラインが探るような視線を向けてくる
纏う空気が張り詰めている……ひどく緊張している様子だ
「公爵家として来訪されたワケではない、と?」
「もし本当にそうだったら討ち入りも同然だろうが
さっきの兵士も生きてねェよ」
「……そう……なの、ね」
「! おいっ!?」
突然力が抜けたようにその場に座り込んだエメラインに慌てて駆け寄る
ヘタりこんだエメラインが安堵の息を吐きながら説明してくれた
現在のアレグロスティ家は魔国軍へ使者を送っており返事を待っている段階だったものだから、その回答として公爵家の血を引く俺が
アレグロスティ家を処断すべく現れたと思ったらしい
とんでもない勘違いだ、俺の薄汚れた見た目すら度外視されているとは
……あ、ってことはさっき兵士を早急に退室させたのは
一人でも多くの命を守る為だったのか
つまり俺は今し方まで完全に敵認定されていたという事だな
ここの連中は最悪のケースを想定する程に追い詰められてるらしい
「貴方が回答者でなくて良かった……いえ、良くは無いのだけれど
色々と尋ねたい事はあるけど今は我慢しておくわ
兎に角フリードリヒ、『フリッツ』に用があるのよね?
案内するわ」
「フリッツの本名はフリードリヒって言うのか」
「ええ、フリードリヒ・アレグロスティよ」
事情を話してもらった時は父親の名前しか聞かなかったからな
くそぅ、王子様っぽい格好良い響きの名前しやがって
俺の友人の名前、フリードリヒかよ
(……)
なんか、滅茶苦茶自慢したい衝動に駆られてる
「フリードリヒっていうマブダチがいるんだぜ!」って
自慢したくてしょうがない気分になってるの、なんでだ?
日本人による留学後の帰国子女あがりかよ
俺外国人の友人がいるんだぜアピールかよ
あのな、田崎
ここ異世界だしみんなそういう名前が普通の感覚だし特別感とか意味無いし何よりそういうアピールしたがるの小者っぽくて恥ずかしいからやめてくれ頼むから切迫した雰囲気をブチ壊すな毎回毎回空気読まな過ぎなんだよ町で救助活動してた時も地竜や翼竜の活躍見て「セコム、してますか」とかしょーもない事呟きやがって画像付きでSNS投稿したら大炎上だわそこら中に死体転がっとんのやぞいい加減にしろ
アシュランもどうしようもないが
田崎も平和ボケと現実逃避で同じ位どうしようもない
笑えない状況で無理やり笑いをぶち込んでくる不謹慎な横槍は
ほぼ全部田崎の知識と経験が原因だ
こんな奴らと一生涯一心同体でいないといけないのか
……仕方ないよな、どっちも俺だし。
気長に付き合っていこう
エメラインの案内で向かった先は二階通路の突き当り
重役共は全員二階に集まってたのか、警備の人数もここに集中している
そりゃあ最上階に行っても出くわさないワケだ
「緊急事態です、領主様にお目通りを」
「アルティーヤ様、そちらの方は」
「緊急と言った筈よ、速やかに扉を開けなさい」
おお、姉御肌。
次男で婚約者のマクシミリアンって奴は彼女の尻に敷かれてるんだろうな
しっかりした女性がパートナーとは、羨ましい事だ
然して、両開きの仰々しい扉が開かれた先では円卓会議が開かれていた
入室したエメラインに真っ先に声をかけたのは
ガタイのいい騎士風の身なりをした男
「エメライン?どうした、何かあったのか」
親し気な口調から彼女の婚約者であろうと察する
その言葉を切っ掛けに場の全員がエメラインを注視する中
遅れて入室した俺と目が合った瞬間ガッターン!!と盛大な音を立てて
椅子を蹴り倒し立ち上がった知り合いの男が一人
驚きすぎて言葉を失っているらしい、格好良い本名を持ってやがる例の男に
片手を上げて挨拶する
「よぉ、フリッツ」
気さくな俺に対しフリッツはワナワナと体を震わせてこれでもかと目を見開き、口をパクパクさせながら震える指先を俺に向けている
「な、な、お、おま、おま、」
何故生きている!?お前は死んだはずだ!
って言いたいのか?
お前それ、悪党がヒーローに向けて
「始末し損ねたか、チッ」って意味で使う台詞だからな?
驚愕から徐々に嬉しそうな笑みに変わってきている様子を見るに
少なくとも俺の生存は歓迎されているようだ
よかった……「死ねば良かったのに」とか言われたらこの場で女優泣きして少なくとも一週間は頭にキノコを生やしていただろう
不死鳥の如く蘇ってやったぜと言わんばかりに
フリッツに向けて親指を立て白い歯を輝かせつつオマケにウインクもしておく
フリッツの安否は俺もずっと気にしていた。
立場的にも死ぬ可能性は低いと思ってはいたが
何もかもが都合よくいく訳じゃない
既に死亡している可能性も頭の片隅にあったので
生きて元気そうにしている姿が見れて本当に良かった
(四肢欠損もなさそうだ)
五体満足な姿に内心でひどく安堵している自分が居る
目的への達成感を覚えるがその気分に浸るには早い
目の前で問題が山積みになってんだぞフリッツが無事だったのは喜ばしい事だが問題はこれからだろう気を引き締めろ俺。
本当なら折角の喜ばしい再会だし抱擁のひとつでもしておきたい所なのだが
この場は人が多いし、ただでさえ注目されてるし
既に片手上げて気さくな返事を返してタイミング逃したっぽいし
改めてハグすんのも妙に気恥ずかしいから止めておくか
軽く咳払いしつつ、フリッツからそろりと視線を逸らしておく
別にそういうシチュエーションに憧れてるとか、そういうのではない
羨ましいな~いいな~やってみたいな~とは思うけど。
思い出すのはフリッツたちが足並みを揃えて盗賊アジトに奇襲をかけた時の光景、あの時の阿吽の呼吸は全員バッチリで格好良かった
さて、気を取り直して本題に入るべくベスカトーレ卿の姿を探すとするか
「領民の避難に関して早急に話しておきたい事がある
ベスカトーレって奴はここにぃぐごッ!!」
いるのか?と尋ねようとして言葉が潰れた
円卓に着いている男どもを見渡しながらだったものだから
死角から強襲してきたフリッツの突進をモロに受けてしまう
イカン、気恥ずかしくてあえて視界に入れなかったのが仇になった
がっちりと顔面を抱き込まれ、奴の筋肉に締め付けられた頭蓋と鎖骨と肩甲骨がミシミシと洒落にならん音を立て始める
畜生め、身長差の弊害か……これが豊満な美女だったら
柔らかいおっぱいに顔を埋められるラッキースケベ展開だっただろうに
そもそもが女性と縁のない元悪党の現実はハードモードだ
「この野郎!!
死んだと思ってアンブロシアの連中と葬式までしたんだぞ!
翼竜五匹の足止めなんて無茶な事しやがって!
あんなの自殺と一緒だ!二度とするな!!」
「むぐふ……ッ!」
筋肉ダルマめ!
外傷性頸部症候群(※所謂むちうち)になるだろうがとっとと放せ!
本気で窒息しそうだったので俺をホールドしてやがる上腕二頭筋を
力いっぱいバシバシと叩く事で意思伝達を図る
しかしフリッツの腕力は弱まる所が俺を抱きしめたまま
引き摺るように部屋の外へ出た
「父上!兄上!ベスカトーレ卿!
俺 の 命 の 恩 人 !!を紹介したいので別室に行きましょう!
さぁ早く!今すぐ!無駄口叩いてる暇はありませんよ!!」
「んぐぐぐ!!」
「そうかそうか!あんたも俺との再会を喜んでくれるのか!
お互いの生還を称え合おうじゃないか!」
何としてでもこの場から俺を排除したい意思は伝わったからいい加減放せ!!頭と肩の骨が耐久モードに入ってんだよこのままだとホントに死ぬ!!
名指しで付いてくるよう言われた三名が席を立つ音が聞こえ、会議室を出るフリッツの後ろにエメラインも付いてきた様子が移動の際僅かにだが確認できた
強制的に退出させられ物凄い速さで通路を歩いた……というか競歩したフリッツは適当な部屋に入り奥の壁に突進する勢いで連れてかれて、そこでやっとこさ腕の力が緩む
そうしてフリッツはそっと俺から身を離してくれた
あと三秒遅かったらオチる所だった
奴め、元騎士だっただけに俺より身体強化の瞬発力はスゲェな
っていうか知り合いをハグすんのに導技使ってまで全力出すな、殺す気か
痛みを訴える首筋をさすりながら目の前のフリッツを睨み上げれば
相手は何故かとても不愉快そうな顔で俺を見下ろしている
「服の下、完全に武装してるじゃないか」
「なんでそれでテメェが心底不満そうな顔をするんだよ」
「装備とか必要ないだろ
その服装の時は俺が守るって約束なんだし」
「初耳だわこの野郎、架空の約束事をでっちあげんな」
身に覚えのない事で理不尽に窘められてコメカミに血管を浮かせる
こいつ、相変わらず”騎士”をこじらせてやがるのか
護る対象にこんなオッサンを含めるんじゃない、せめて女性にしろ
それよりも円卓の場に出席していた連中についてが問題だ
フリッツ以外に見た事のある面子が雁首揃えて座っていやがった
円卓を囲んでいるオッサンどもの顔を見渡して気が付いたが
ここには近隣領主や貴族の当主も揃っていたな
おそらく自領を魔国軍に侵略されてここへ逃げてきたのだろう
フリッツに強制的に別室へ連れ出された理由はその辺りにありそうだ
俺が何か喋り出す前にフリッツがエメラインへ指示を出す
「盗聴防止と索敵を頼む」
「わかったわ」
「盗聴だの索敵だの、恩人との再会と言う割には穏やかじゃないな
フリードリヒ、突然どうしたんだ?」
「お前の恩人が生きていた事は喜ばしいが
しかしとんでもない時にこの町へ来てしまったものだ
なんとか逃がしてやりたいがそれも難しいだろう」
「全くですよ、よくも我らの前にノコノコと姿を現せたものです
貴方が”例の”アースラム=セインツヴァイト様ですね」
歳のいった細身の男が俺の本名を言い当て
フリッツの父親と兄であろう二人が驚き目を見張る
……覚えがあるぞ?この不遜かつ挑戦的な気配を纏い
敬称を付けてる割に”例の”扱いしやがる狡猾な言い回しは
アシュランの記憶にバッチリ刻まれている
「貴殿がベスカトーレ卿か
過去、俺の策を破って報復までしてきたキレ者は」
「ええ、私でございますよ
お初にお目にかかります……今はアシュランという名前でしたかな?
ここで会ったが百年目と言わしめるほどにお恨み申し上げておりました
廃嫡されたにも関わらず醜聞を広げ続ける貴方の才能には
嫌悪を通り越して憐れみを覚えます」
「こんな悪党にも憐れみを感じて下さるとはお優しい事だ……と、
昔話に花を咲かせてる場合じゃあなかったな
フリッツ、俺をあの場から連れ出した理由はなんだ」
ベスカトーレの突っかかりに多少ノった所でフリッツに向き直る
「……」
まだスネてんのかよ、その不満顔を今すぐ止めろ
という意味を込めてムスっとしている腹立たしい口を抓る
「喋れや」
「痛い痛い
恩人にこの仕打ちは酷いぞアシュラン」
「なんの恩人だよ」
「あんたがヘタな事を言う前にあの部屋から連れ出した事に対してだよ
俺たちがさっきの会議でなんの話をしてたと思う?
魔国軍の使者が持ってきた無理難題について話し合ってたんだぞ」
「無理難題?」
「アシュランことアースラム=セインツヴァイトを引き渡せば
伯爵領から手を引くって話」
「なんでやねん」
気が付けば俺は目の前にあるフリッツの肩に
プロもため息を吐く程鮮やかな裏手ツッコミを入れていた




