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悪党の俺、覚醒します。  作者: ひつきねじ
66/145

66<聖なる星々の国~アレグロスティの悲劇~

『 某月某日――……


アヴァロッティ伯爵領各都市部にてレジスタンスによる一斉蜂起が勃発

伯爵邸襲撃、占拠、収束に至るまで僅か半日


あまりにも周到、かつ迅速な制圧に

レジスタンスに加わった者だけでなく

町中の人々も口々に”彼”を――……


元領主、ブロッサム・アレグロスティを称賛している


本日よりアヴァロッティ伯爵領はアレグロスティ伯爵領と名を戻し

主要都市名はアレグロと改名

”華やぐ都アレグロ”の再来、民は希望に満ちている 』


領主が交代して以降、度重なる苦役や重税

治安の悪化や浮き彫りになる貧富の格差により

領地を見捨てる者が増え始めた矢先の一斉蜂起


レジスタンスに加担したギルド勢力は

その日の出来事を簡潔にまとめ、本部への定時連絡に本文を添える

しかしその短くまとめられた文章の裏には

筆舌に尽くしがたいアヴァロッティ元領主の非道な行いが存在していた


それはまだ、アシュランたちが国内でサバイバルしていた時の出来事




場所は元アヴァロッティ伯爵邸

領主であったネロキネス・アヴァロッティを討ち、数年振りに足を踏み入れたアレグロスティ家はネロキネスにより全ての内装が変えられており

当時の面影はどこにもなかった

邸内を制圧してほどなく信頼ある部下が血相を変えてブロッサムとフリードリヒを呼ぶ。ブロッサムの妻、ユリアナの居場所が判明したからだ


二人が息を切らして駆けつけたその場所には

ある種の覚悟を瞳に宿した、儚げな女性が一人

ブロッサムと目が合うと同時に静かに涙を流した


「神はなんと残酷なのでしょう

もう二度とお会いする事が出来ないと思っていた人に

最後の最後で会わせるだなんて……」


「ユリアナ!!」


「このような穢れた女のことなどお忘れください

申し訳、ございませんでした」


「待て!やめ……っ」


ユリアナは夫と三男の目の前で首を引き裂き、自刃した

場所は三階、主寝室のバルコニー

直ぐに治癒が行われぬようにする為だろう

首を裂いた直後に手すりの向こう側へと身を投げ

華奢な体は鈍い音を立てて地面へと叩きつけられた


バルコニーの真下

黒衣の裾が広がり、手入れされた白い床が

ゆっくりと花開くように鮮やかな赤へと染め上げられる


「うわああ―――!!!嘘だ!そんな!ユリアナ!!」

「アレグロスティ様!」


妻を後を追うようにバルコニーから身を乗り出そうとするブロッサムを

側近の兵士二名が羽交い絞めにして留める


「ああ……!何故、何故……っ」


取り乱すブロッサムの悲鳴が木霊す

数年ぶりに再会を果たした母の凶行を理解できず

戸口で呆然と立ち尽くしていたフリードリヒは

必死に頭を働かせようとしながらも何も考える事ができずにいた

父が一心不乱に駆け抜けた主寝室内は血と屍が散乱しており

そのどれもが歳場も行かぬ子供だったからだ

内一人は乳児


数は、全部で三人。


バルコニーの手すりを掴んで崩れ落ちる父の背中を見つめ考える

何故母は自殺したのか、ここで死んでいる子供たちはなんなのか……


すぐ隣で足音が聞こえて反射的に振り向けば

冷静な眼差しで主寝室の惨状を見下ろすベスカトーレの横顔があった

このような状況を前にしても冷静さを失わない男に感心するよりむしろ

何故、という疑問が脳裏を過ぎる


「ベス……?」


「三人でしたか」


「え?」


小さく呟かれた言葉が何を意味しているのか、すぐには分からなかった

目の前の光景を見ているのに何故取り乱さないのだろう

そんな事を思っていたらベスの冷えた眼差しがフリードリヒへと向けられ

目が合うと同時に無意識に身構えていた


「坊ちゃん、ご長男のアレクサンドル様が見つかりました」


「なっ……ずっと行方不明だった兄上がここに!?」


「地下独房に、エクセリア・アヴァロッティと共に居ります」


エクセリア・アヴァロッティ、ネロキネスの一人娘の事だ

彼女はフリードリヒの一番上の兄、アレクサンドルに

執拗にアプローチを仕掛けていた過去がある


「父上!兄が、アレク兄上が見つかりました!

母上のようにさせるわけにはいかない!急ぎましょう!!」


フリードリヒの言葉にビクリと肩を揺らしたブロッサムは

奥歯を噛みしめ、バルコニーの真下へと向けていた視線を

何かから振り切るようにぐっと上げると勢いよく立ち上がり踵を返した


「どこだ!」

「地下独房です」

「行くぞ!!」


主寝室に転がる子供の死体には目もくれず部屋を出たブロッサムは

ベス、フリードリヒと数名の兵士を引き連れて地下へと向かった、しかし

そこで待ち受けていたものは更に悲惨な現実であった


「きゃははは!皆さんお揃いなのね!

お父様を殺しておいてよくも!

よくもまぁここまで顔を見せに来れたものだわ!」


アヴァロッティの娘は既に正気とは思えなかった

狭い独房の周囲に駆けつけた全員がそう判断するのも

無理もない状況をまざまざと見せつけられたからだ


「貴様!今すぐアレク兄上から離れろ!!」


フリードリヒは怒りで思考が真っ赤に染まる

ガシャン、と

牢の内側から幾重にも錠が掛けられた重い鉄の扉が音を立てた

フリードリヒの怒号を鼻で笑って返したエクセリアは

見せつけるかのようにより一層アレクサンドルへと身を寄せる


「いやぁよ、アレクは私だけの奴隷だもの

これまでだって数えきれないぐらいひとつになって来たわ

ねぇ、私の愛しいアレク?」


向かい合い、エクセリアから全身にしがみ付くように抱きしめられているアレクサンドルは服を身に付けてはおらず

首と両手首には鉄の枷が付けられており

行方不明になる前の体つきとは比べ物にならないほどにやせ細っていた

両眼には布が巻かれ、乾いた唇からは異様な呼吸音が響いている

体中に拷問の形跡も見受けられ

これまで人権など欠片も無い日々を強いられていたのは明白であった


周到にも凶器を手にしていたエクセリアは

アレクサンドルの命を盾にアレグロスティを散々に罵り

牢を無理やり破ろうとしたフリードリヒの行動を切っ掛けに

二人の目の前でアレクサンドルの首を引き裂いたエクセリアは

狂った笑い声を響かせ自ら命を絶った


クーデターを起こしたその日

領民たちが圧政からの開放に歓喜する中

伯爵邸は静まり返り異様な雰囲気であった、と

反乱に関わった冒険者が後に語っている


その後、生まれ変わる筈だった領内は

王都陥落の報により息つく間もない状況に陥った

まだ反乱の事後処理もしきれないまま母国が魔国となり

各地で大規模な侵略行為が始まる


魔国より齎された混乱は幸いにもアレグロスティ家の不幸すら巻き込み、ブロッサムとフリードリヒから悲嘆に暮れる時間を取り上げた

町で直接反乱を指揮していた次男のマクシミリアン・アレグロスティが邸へと戻った頃には既に身内の遺体は荼毘に付されており

次男だけは母親と長男が亡くなった時の惨状を直接目にすることなく

その時の状況を人伝で知る事となったが

父親や弟が時折見せる憔悴しきった様子からある程度を察し

あえてその件に触れる事無く魔国侵攻の対策へと身を投じた

再び集結したかつての執事やメイドは邸内の全てのアヴァロッティの痕跡を取り除くべく奮戦し、ブロッサムたちは魔国の侵略を退けるべく軍備を整え領民の避難を指示し、日々駆けずり回った


その後二度の魔国軍侵攻を防ぎきるが

食糧どころか他領、他国への連絡手段も絶たれ

魔国軍に包囲された都市内でなんとか自給自足を継続する中、半月が経とうという時期

三度目の魔国軍侵攻が行われた


回を追う毎に相手側の兵力は増している

このまま籠城戦を続けても決して勝つことができないのは

邸に居た誰もが分かっている事だった


目の前で母と兄を亡くして以降

満足に睡眠が取れない日々が続いていたフリードリヒは

夜、自分以上に目の下にクマをこさえている父の執務室へ足を運んでいた

今後の方針を話し合う為だ


「父さん、ベス

どう?なにか良案は浮かんだ?」


入室と同時に挨拶抜きで尋ねれば

疲れ顔を隠しもしない二人は、取り繕う事も無くため息を吐く


「出来る事なら領民だけは逃がしてやりたいが……」

「無理でしょうね、魔国の目的は我らを皆殺しにする事です

これまでに送った使者も全員殺されました

交渉の余地はありません、生きるか死ぬかです」

「贄塚の伝承を信じ、実行する愚か者が居るとはな」

「都市内の備蓄もあと一週間と保ちません

……ブロッサム」

「分かっている、一点突破で魔国軍の包囲を破り

一人でも多くの領民を隣国へ逃がすしかない」

「お隣の国が魔国の一部たる我らの領民に対して

国境を開放するという確証はあるのですか」

「ない、だがそれ以外に民を生かす手段がない

ここに留まっても殺されるというのなら望みのある方に賭けるべきだ」

「分かりました

明朝、領民の避難誘導を始めます

隊の編成はマクシミリアン坊ちゃんにお任せしましょう」

「言っておくが、先陣は譲らんぞ」


「俺は殿(しんがり)を務める」


「お二人とも死ぬ気ですか?

アレグロスティの再興は、次男のマクシミリアン坊ちゃんに委ねると?」

「今回の反乱の主導でマクシミリアンの器は十分だと判断した

一人でも生き残れば……それでいい」

「坊ちゃんは納得しませんぞ」

「家を継ぐ者としての責務だ、あの子もそれは理解している

……フリードリヒ」


「殿は譲らないぞ」


「いいや、お前は最後尾ではなく私の後に続け

右を開いても左を開く奴が居なければ意味がない

突破口をどれだけ持続できるかが一番重要なのだ」


「……分かった」


「ベスカトーレはマクシミリアンに付け

アレグロスティを再興するにはお前が必要だ」

「承服し兼ねます」

「頼む」


執務室は長い沈黙に包まれた

長年信頼し合い支え合ってきた者同士の邪魔にならぬよう

フリードリヒは静かに退室するとその足で兄の元へ向かう


今生の別れを済ませる為に。


しかしその日の明け方

領民の避難を予見したかのように魔国軍による全方位からの奇襲が行われ

都市内部には逃げ惑う領民たちの悲鳴が響き渡る事となった


「講堂へ向かえ!兵たちが守りを固めている!」

「講堂へ!さぁ早く!」


誘導役の兵士たちの声が各所で木霊す

ベスカトーレは用意周到だった

万一こういった事態に見舞われた際の避難場所と避難経路、都市内での部隊配置を予め部隊長へと指示していた

そうした対策のお陰で兵や冒険者の動きは淀みなかったが

領民の避難が難航しているという報告が入った

皆魔国兵を恐れて建物の中に閉じこもってしまっているのだ

一軒一軒回って声をかけるには時間が掛り過ぎる


更に、避難者を装い手荷物に武器を忍ばせ

兵士の不意を突こうとした魔国兵も確認された為

避難民には全ての荷物を手放してもらわねばならなくなった

避難所で殺戮が始まれば収集が付かなくなってしまうからだ

荷物を手放せという指示に従わない者も多く

全て捨てねばならないのなら家に引きこもるという領民までいる

現状を聞いたベスカトーレは直ぐに各部隊へ指示を出した


「食料、備蓄は山ほどある!

何も持たずとも安全に過ごせる状態だ!

早く避難を!!」


ベスカトーレの指示を待たず独自に声を張り上げる兵士も幾人か存在した

兎に角領民を避難させ守る事が大事だ

数が少ない導師(セラヴ)たちは避難所である講堂の守りに就いている

講堂内では治療師と治癒師が

確実に増え始めている怪我人の対応を始めていた

時が経つ毎に重傷者が運ばれてくる数が増え始め

ベスカトーレは次の段階の指示を飛ばした


一人でも多く救うために

既に動けないほどの怪我を負っている領民を見捨てる、という指示だ


「助けてくれ!じいちゃんが斬られたんだ!」

「お願い!娘が動かないの!!」

「安心して下さい!我々が必ず避難所に連れて行きます!!

貴方がたは先に避難を!」

「私が連れて行きますから、早く講堂へ避難してください!」


一人でも避難できる領民の傍に重傷者が居る場合

「自分が必ず運んで避難させる」とその場で説得し

動ける者を兎に角避難所へ向かわせる事を優先させる

ベスカトーレの非情な指示に常日頃から死と隣り合わせで、生き延びる為に何を優先させるべきか理解している冒険者たちは異論を唱える事無く

むしろ富裕層の兵士の方が納得できない従えないという意思を見せる者が多かったが結局は切迫した状況に唇を噛むより他なかった

以降、避難してくる領民に重傷者は殆どいなくなったが

怪我をしている者が多くなり、瞬く間に薬の備蓄が無くなっていく

そろそろ第三段階へ移行させるか、と伯爵邸の窓辺から講堂周辺の様子を見下ろしていたベスカトーレが考えていた時

完全に想定外の報告が飛び込んできた


「大変ですベスカトーレ卿!

西の方角より翼竜の大軍が押し寄せてきます!

数は少なくとも百以上!」

「領主様!!今し方、物見からの報告で地竜の大軍が

全方位よりアレグロに向けて押し寄せているとの連絡が入りました!」


「翼竜と、地竜の大軍……だと?」

「ば、馬鹿な……」


ブロッサムとベスカトーレは絶望する


どう足掻いても都市アレグロは蹂躙し尽くされる


逃げ場など、どこにもなかった

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