64<聖なる星々の国~ご都合主義なんざクソくらえだ~
アヴァロッティ伯爵領、主要都市『アヴァロ』
その場所はやはり想像通り、戦場と化していた
しかも俺が想定していたよりも悪い状態で
「殲滅戦に、入ってんじゃねーか…」
翼竜の上から町全体を見下ろし、呟く
俺の足元では大虐殺が行われていた
丸腰で逃げ惑う民草に容赦なく刃を振り下ろす兵士
倒れた老人を庇う男性が斬られ
男性に手を伸ばした老人も別の兵士に殺される
目の前で親を切り殺され立ち竦んだ子供は鍛えられた大人の脚力で容赦なく、サッカーボールを蹴るかのように転がされ
苦しそうに蠢くそこへ更に蹴りが入り
血をまき散らしながらまた地面を転がる
逃げ惑う女の服を裂き
少しずつ切りつけ殺しを楽しんでいる兵士も見受けられた
応戦している町民も僅かに居るがその殆どが集団の兵士によって
執拗に暴行を受け殺されている
通りの店では魔国軍側の略奪行為が行われており
絶えず物資が運び出されている
用済みとなった建物は爆薬で破壊され、あちこちで火の手が上がっていた
目下の光景に耐え切れず田崎が叫び、呻く
目を逸らしたい、ここから逃げたい自分は関係ないと必死に訴えている
対するアシュランはまるでゴミでも見ているかのように冷静だ
人の死に関心を示す所か略奪行為に加わり
漁夫の利を得ようと思考を巡らせようとする
そんな二人の心境とは異なり
この状況をなんとかせねばと思っているのはどうやら俺だけらしい
ひと目見ただけで動員された魔国兵の数が尋常ではないと分かった
既に殺戮を繰り返している連中だけでなく
町全体を包囲している万を超えるであろう数の国軍が居たからだ
公爵領よりも小さい規模の伯爵領の
しかもいち都市にも関わらず、だ
あれではネズミ一匹逃げ出せはしない
そうだよな
自分にとって丁度いいタイミングに居合わせるという
ご都合主義が通用するのは架空の物語の中だけだ
セインツヴァイトの町で思い知った筈なのに
どこまで甘えた考えしてんだ俺は
事前に知り得た情報から導き出した推測も
安易に考えたつもりはなかった
町の大きさからして動員される人数も多くて三千程度だと想定していた
今回のケースが異常すぎるだけだ
これだけの数は子供が見ても分かるほどの過剰戦力
魔国側の指揮官はアホと言わざるを得ない
日が昇ってまださほど時間は経っていない
おそらく町全体が明け方に総攻撃をかけられたのだろう
本来は暗黙の了解でご法度としている筈の非戦闘区域への侵攻
そこで行われている卑劣極まりない蛮行
魔国軍は人殺し自体を目的として動いている、おそらく
例の”贄の塚”を築く為だろう
奴らは数えきれないほどの人間の死体を必要としている
「上昇しろ」
翼竜に命じて更に上空へと向かい
高い目線から土地全体を見渡し、見定める
ここへ来る道中、アヴァロッティと隣接している国境にまで戦火は及んでいた
ギルド聖国支部で出ていた『全ての冒険者への退避勧告』は
世界各地で行われている
その証拠に、伯爵領と隣接している国境付近に
小規模で簡易だったが宿場ができており
行き交う冒険者の姿が視認できたからだ
既に多くの人々がそこへ集まっており
魔国兵と戦闘は起こっていたものの動員は片手で足りる程度の部隊数で
宿場から少し離れた平野で小競り合いをしているといった様相
十分に持ちこたえられる所か冒険者の方がかなり優勢と見て取れた
地形をうまく利用して宿場に防壁が築かれていたから
直接侵略しようにもかなりの期間防衛ができるだろう……が、隣国の内情次第ではその宿場もすぐに放棄される可能性がある
つまり、今を逃せば隣国へ逃れる機会が失われてしまうって事か
人手があるなら国境付近の宿場で情報収集して
より詳しく現状把握していた所だが……
(やっぱり単独だと手が足りねェな)
聖国の冒険者が国を見限っているのと同じく
アヴァロッティ領で活動していた冒険者も
領を見限り国を出る算段を整えていたという事か?
サーラさんから聞いた話ではアヴァロッティのギルド支部長は
領内のクーデターに加勢したという話だったが
それでも国境に冒険者が集まっていたという事は
ギルド内でも勢力が二分してた可能性がある
もしくはギルド支部長が最低限の退路を確保するために
国境付近に宿場の仮設を指示していたかのどちらかだ、と
想定しておくしかないない
既に魔国兵が町中にまで侵攻し殲滅戦に移行している状態からして
俺が想定していたより領内の戦力が乏しかったという事か
しかも、部隊程度の人数とはいえ
国境にまで魔国軍の侵攻が行われている
アヴァロッティ領は魔国軍に包囲されており退路を断たれている状態だ
町で生存している人々を救うには
退路を確保し安全地帯まで誘導する必要があるのだが
奪われ、殺されるという非日常を目の当たりにしている現状で
彼らが逃げ果せるだけの体力と気力を有している可能性は低い、ならば
今日一日町のどこかに安全地帯となる拠点を築き、そこへ町民を避難させ
何かしらの方法で魔国軍の包囲外へと避難させるしかない
あん?
町に侵攻している魔国兵を一掃しないのかって?
俺はチート能力を持った勇者でも賢者でもS級冒険者でもないんだぞ
何千VS俺とかそんなんできるわけないだろ映画かアニメの見過ぎだ
精々十人張っ倒して息切れするのが関の山だわいい加減にしろ
田崎の世迷言に耳を貸してる場合じゃない。
兎に角町のどこを拠点にするか今の内に見極めなければ。
頑丈そうな建物と広い立地が大前提として
……おっ!良さそうな場所を見つけたぞ!
って、もしかしてアレ伯爵邸じゃねェか?
上空から観察し続けていると、どうやら町の人々の殆どが
俺が目星を付けた豪邸を目指して逃げているようだ
土地も大きく、庭も広い
あれなら夜間でも翼竜バリケードが張れるだろう、そして俺が思いついた方法で一夜にして町の人たち全員を逃がす事ができるかもしれない
(目先の問題があるとすれば)
ちら、と自分の肩に留まっているちっちゃい小竜に目を向ける
戦場に足を踏み入れるつもりはサラサラなかっただけに強気で条件を受け入れたが、ここに来て一気に雲行きが怪しくなった
怪我……しちまうだろうなぁ
「しょうがねェ」
腹を括るしかあるまい
「岩場に集結させてる翼竜を四十九全て町へ投入する
追加で小回りの利く小型のヤツとツーマンセルを組ませて人命救助に当たれ
避難先は伯爵邸、生きてる町民を出来る限り多く救い出す
魔国兵の見分け方は簡単だ、鎧の形で見分けりゃいい
農具で武装してる奴も領民だから救出対象だ
クラウス、小型の地竜を呼び寄せることは可能か?」
『キュウ』
「そりゃあ出来るって意味か?
出来るならさっきと同じように鳴いて返事しろ」
『キュウ』
「よし、次から肯定はひと鳴きで否定は無言だ
危険が近づいた場合は俺の耳に噛みつけ、血が出ない程度にな」
『キュウ』
可愛い鳴き声だなオイ
これで見た目が小竜ではなくオカメインコだったら
めちゃくちゃ可愛がれる自信がある
どの世界でも可愛いは正義だ
「さて、小型の地竜だがこの周辺で集められる数全部に町を襲撃してもらう
念を押しとくが小型だぞ、大型の地竜は町に入れるなよ」
兵士に対していい陽動になるかもしれんから
腕に覚えのあるデカい地竜だけは
町の外を包囲してる魔国軍の連中を
適度に蹴散らしてもらうのもいいかもしれんな
「小型地竜への指示は翼竜に出している内容と同じだ
ツーマンセルで行動させろ
魔国兵を退けそれ以外の人間は伯爵邸に誘導
難しければ大雑把な方角でもいいから追い立てろ
竜族が味方していると理解してもらうには無理があるからな」
『キュウ』
「町周辺に投入する大型地竜については
出来る限り多くの魔国兵を引き付けて……」
殺せ、という言葉は出せなかった
彼らの中にも上の命令でやってるだけの連中は一定数居るだろう
こんな状況でもまだ殺さずの意識が強い
「牽制になるよう派手に暴れろ、それから
全部の竜に告げるが、深手を負った場合は即時退避
単独での行動は禁止
竜を使い捨ての駒にする気はねェ、一匹でも死んだら許さんぞ
命の危険を感じたら速攻で逃げろ
仕切り直して数を増やして対応してみても構わん
判断に迷う程の脅威が現れた場合はクラウス
お前が驚威の場所まで俺を誘導しろ、直接俺が見て対応を決める」
『キュウ』
「よし、行動開始だ
俺は伯爵邸へ行ってアレグロスティの関係者を探す
避難を終えるまでは邸に竜を近づけさせるな
避難者がビビって逃げだしたら事だからな
お前は南へ向かって俺を下ろせ、南門から町へ侵入する」
今乗っている翼竜に向かって指示を出しながら
隠密主体の装備に切り替える
顔を覚えられても面倒なのでフードを目深に被り
顔は元より防毒ゴーグルマスクをしているので問題ない
前髪は下ろして外套の下はゆるっとファッションのままだが
その更に下には一応だが防具一式を身に付けている
服装まで変えている余裕はない
忙しなく身なりを整えつつ頭の中では
魔導袋に入ってる物資の算段を始めていた
避難民の空路移動を実現するためだ
数によるが、俺が持ってる分で道具が足りるかどうか非常に怪しい
最終的な避難先もどうするか決めなければ。
少なくともこの町に籠城するという手段はナシだ
全滅の未来しか見えないからな。
そんな訳で町の南側へ向かったのだが、翼竜から降りる前に町の外で蠢きまっすぐにこちらへと向かい始めた大軍を見つけて目を剥く
「地竜ってあんなにいるのかよ!?」
いや、確かに近くの地竜全部呼べとはいったけども!!
主要都市アヴァロの全方位から半端ない土煙が上がってるんだが?
大地が動いてるように見える、まるで津波だ
あの中に突っ込んだら目を開けてはいられないだろう
あれだけ居るなら町の外で包囲してる魔国軍も一網打尽できるのでは?
なんて考える俺の思考に呼応するかのように
町へと押し寄せている地竜の大軍がいくつか割れて
殲滅戦を高みの見物していた魔国軍へと向かっていく
おいおいこらこら勝手な事を、と思ったが指揮系統の混乱は常套手段か
それでも相手は訓練された兵隊だから
適当に散らしたら相手が立て直す前に撤退してくれよ
あくまでも目的は町の拠点防衛と町民の避難だ
深追いするんじゃないぞ
(しっかし、近辺の地竜だけであの数なら
全部の種類の竜を呼び寄せたらどうなることやら)
翼竜、地竜、火竜、氷竜、魔竜
巨竜に屍竜に古代竜、極めつけに竜帝
そんでもってダメ押しは竜人指揮官クラウスってか?
細分化したら更に火炎竜とか地底竜とか
上位種が居るわけだがその辺りは割愛しておこう
人間と密接な関りがあるのは大体が翼竜と地竜だ
脅威は推して知るべし、だな。
「さぁて、こっちも開戦と行くか」
地竜の土埃が良い目晦ましになる
マスクとゴーグルを装備しておいて良かった
大地津波の最後尾について町に入ろうと地上に降り立った俺の元に
一匹の小型地竜が物凄い速さで這い寄って来た
おそるべし四足歩行
這い寄ってくる動きが日本の有名ホラー映画の名場面を連想させてくれた
地竜がドリフト駐車するかのように俺の目の前で華麗に横向きポジショニングしてきたので「これに乗れ」という意味だなと解釈する
小型とはいえ立派な……うん、立派なコモドドラゴンだな、見た目が怖い
ではちょいと失礼して、と
人生初の地竜乗りを経験する事になった
鱗がすんごいゴツゴツしてて岩みたいな感触だ
そしてほんのりと暖かい、温泉近くの地面に抱き着いている気分だ
当然だが獣臭い。初めて騎乗してみたワケだが
翼竜と違って地竜は小型でも背中に突起物が多く
跨った足だけでなく手元もしっかりと掴める部分があるので
非常に安定感があった……が、
走り出した瞬間からそうは言ってられなくなった
慌てて導技を使い、身体強化をかけて全身で踏ん張る
更に腰を浮かしておかないと
振動と揺れと地竜のゴツゴツした鱗の所為で冗談でなく股間がヤバい
結局競馬騎手みたいな前傾姿勢を維持して乗る羽目になった
今回の事で悟った
動物に乗る時はそれが例えどんな生き物であろうとも
股間を守るために鞍は必須である、と。
右腕だけ思ったように力が入らなくて焦ったが
必死になってしがみ付いてる間に気が付けば町中に入り込んでいた
ひと気のない路地でやっと止まってくれた地竜から
四肢をプルプルさせながら転げ落ちる
下乗、というより言葉通り転げ落ちたという表現しかできない
慣れない姿勢を維持し続けた所為で
完全に生まれたての小鹿になってるんだが
背中に張り付くように乗るしかなかったからモロに振動が全身に伝わって
酔う酔わないっていう次元の話じゃなかった
脳ミソが若干シェイクされてる感じがする、腰浮かしてたのに股間超痛い
ゆるい服装の所為で服の下に土埃入りまくってて肌が痛い
事の前から既に色々満身創痍なんだが
小竜=クラウスには気付かれないようにせねば
今更だがピッチピチなアシュランスタイルのフル装備に
しておけばよかったと後悔しまくっている
服の隙間を無くすって結構大事な防御ポイントなんだな
今回の事で身に染みたわ
「さぁて、暫定伯爵邸へ急ぎますかね」
声色だけ不敵さを演出しているが四肢のプルプルがまだ収まらない
ここで消費するのはあまりに情けないが
回復薬を飲んで身体強化をかけ直す
卵運びの時にスタミナが増えた気がしていたが
クラウスに導力回路を一部譲渡した影響か妙に疲れやすくなっている気がする、体力を過信しないように注意しておこう
「うっし!」
とりあえずは全力全快!両手拳を握って前を見据えると
もの言いたげな小竜の眼差しを受けて鼻で笑う
「これは疲労だからな
回復薬を使っちゃならねェっていう縛りもねェからノーカンだ」
『ヴ~』
「おん?納得いかねーってか?
ふっふっふっ……目的地にも到着したことだし
そろそろネタばらししてやるとするかァ
契約や約束事ってのは事を有利に運びたきゃ
予め細かく取り決めをしておいた方がいいんだぜ?
つまりだ、俺が負ってはならないのは”掠り傷”であって
刺し傷や斬り傷、打撲や骨折は”掠り傷”の内に入らねーってこった
そんでもって俺は傷を負っても自己申告はしない
監視の目に入る前に回復薬を飲みゃあ傷もさくっと消えるからな
大人ってなぁ汚ェんだぜ、ひとつ学んだなぁクラウス」
『ヴヴヴ!』
「恨むなら甘すぎる約束に同意した自分の甘さを恨めよ
おっと、納得できないからってこっちに駆けつけて来ようモンなら
宣言通り、二度と行動を共にはしねェからそのつもりでな」
『ヴヴヴヴヴ!!』
小竜が超怒ってら。
はっはっは~、大人の社会は厳しいんだぞ
詰めが甘けりゃ結果は満足できないし
隙がありゃあ相手は容赦なくソコを突いてくる
(……)
クラウスはなんだかんだで頭良さそうだからな
今回の事を踏まえて次があった場合は滅茶苦茶対策されそうな気がするから約束事に持ち込まれる前にその状況を回避できるよう努めよう
『ヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴ』
その後、伯爵邸に向かう道中も小竜による不満バイブレーションは暫く続き
肩に留まってたので意図せずマッサージ機みたいな役割になった
結果、肩のこりがほぐれたのでもう片方の肩にひょいと置き換え
感謝の気持ちを込めて唸り続ける小竜の頭を指先で撫で繰り回しておいた




