53<聖なる星々の国~竜帝の独白~
『 クラウス 』 という名を授かった
その名を付けられた時、王の心に浮かんでいたのは
空色の大きなリボンを頭に飾った金髪で儚げな少女
青い衣を纏い、人間とは思えない見た目を……
言うなれば酷く簡略化された容貌をしており
足が不自由なのか車輪のついた椅子に座っていたのが印象的だった
想い人なのだろうか、だとしたら
その少女に縁のある名を与えられた己はなんと果報者なのだろう
名付け親は人間が魔王などと勝手に呼称し恐れている
この世界を統べる 『 最古の王 』
生まれて直ぐはまだ名前がなく
古の王の気配と匂いに包まれ柔らかな布に埋もれて深く眠った
次に目覚めた時、隣りで眠っていた王の顔をじっと観察した
そうする事で気配と匂いと姿かたちを己の脳裏に刻む
最初にかけられた言葉は欠伸交じりの朝の挨拶
その後は風呂、折角王の匂いを纏っていたのに全て洗い流され残念に思ったが王の手で身を清められた事に畏れ多くも喜びを覚えた
風呂が好きになったが最初以降機会には恵まれていない
王と共に居る時間を一時でも忘れてしまわぬよう目を凝らし続けた
服を着せられ、靴を履かされ、己で動くと王が喜ぶと分かり
以降は自分で動く事を徹底する事にした
『俺はアシュラン、分かるか?アシュラン』
王の名を聞いた時、呼びたい衝動に駆られる余り思い切って声を出した
あしゅらん
直後に喉が塞がり喋れなくなった
必死に謝り、祈った……窒息死寸前までいっていた
尊き古の王の御名を軽々しく口にした罰を受けたのだと思ったが
実際は乾ききった喉が引きつり張り付いた所為だと分かった
古の王は優しかった
靴ひとつであれこれと悩み心を砕く
街中で見かけた幼い子供のぐずり方を真似れば褒められ煽られ残念がられ
困らせたと分かってからは二度とすまいと誓った
王は竜帝に「格好良さ」を求めた
ならば格好良く振舞うのが己の責務と振舞うようにした
同時に「子供らしさ」も求められたので畏れ多いながらも
御手に己の手を繋ぐ事で王を満足させる事に成功した
頭を撫でられる度に満ち足りた気分を味わった
人外の生き物たち全てが古の王のためと成れることで満たされる
古の王はこの世界の王
全てが王に従い、全てが王の為に存在している、だが
反逆しようとする種族はいつの時代も人間しかいない
反逆だけではない、王の存在を利用して人間を蹂躙する人間も現れる
醜く、愚かで、惨めな生き物が人間
だというのに王はそれらにまで慈悲を与えている
『守れ』と言う
『優しくしろ』と言う
到底理解できなかったが、それでも王の言う事だからと従う
そして、何故か敵である『聖者』と行動を共にしている
ルルムス・アッパヤード
古の王を殺す事のできる能力を秘めた危険人物のひとり
『 導師 』
本来は敵対している筈の人物と友人関係を築いている
信じられない事にとても大切に思っている
もっと信じられないのは導師も古の王を慕っているという事実
『クラウス』は彼の王を唯一絶対の君主と仰ぐ竜族最上位の存在だ
古の王を守る事が己の存在意義であり
役目であり宿命であると認識している
王が導師を必要としているなら、竜帝はその遺志に従うだけだ
聖者と絆を結ぶ古の王には更に不思議な所がある
ひとつの肉体に魂が三つ存在している
一見、巨大なひとつの塊に見えるが竜の瞳で見通しているからこそ
三つ存在しているのだと分かった
他の者には、例え導師の眼であろうと見分ける事はできないだろう
心の内も常に誰かが喋っており、静かな時は睡眠中のみ
一人は言葉が理解できるが一人は時折聞き取れない言語を喋っており
残り一人は言っている事が理解できない
王の肉体の主導権は王で間違いない
絶妙に溶け合った巨大な魂の持つ情報量は
導師の目を以てしても解読する事ができなかったようだ
その魂は時を追う毎に徐々に変化している
竜の眼では仔細まで見ることが叶わないが
導師の様子を見る限り王の情報は増え続けているのだろう
王が未だに王としての力に目覚めていないのは
奇妙な魂の混在に理由があるのだろうか
この世界に生まれ出でたばかりの竜帝には判断が付かなかったが
王は己の肉体の内にある全ての魂を受け入れているように見受けられた
どこまでもお優しい方だ
導師と行動を共にするようになり
いつしか胸の内に焦燥のようなものを感じるようになっていた
不快な気分を味わうのはいつだって導師が王の役に立っている時だ
水を清め、身を清め、食用の草花を摘む
その度に王は導師に感謝し、笑みを与えていた
二人の間にあるのは親しみと信頼という対等な絆
気に入らないと思うのは必然だ
本来王の隣に立つのは己で、導師ではない
力を誇示しようとするのは生きる者にとって当たり前の行意
己の存在意義を証明すべく王の為になりそうなことを積極的に行った
移動手段を用いた際は王を怯えさせ
むしろ導師を喜ばせてしまう形になり悔しい思いをしたが
最終的には空路での移動をいたく気に入った王に褒めて頂けた
導師より抜きんでたと思ったがやはり次の展開で容易に巻き返される
王が頼りにしているのは導師で
竜帝はどこか世話を焼かれてしまう立場に居た
それが酷く息苦しい、だが
何をどうすれば導師以上に頼って頂けるのかが分からなかった
竜帝は王を守る存在、決して庇護される立場ではない
王が情報を欲していると分かったので自ら諜報に名乗り出たが
不興を買う結果となった
『子供が大人の心配なんかしなくてもいい』
王の心の内に響いていた声を聴き、ようやく原因が分かった
竜帝である己がまだ未熟な子供であるから何かと庇護される立場にある事を。
王は「格好から入る事は大切だ」と
いつの日であったか、心で言っていた事を覚えている
己は大人の見た目にならねばならない
大人になる為に最も効率の良い方法は人間の導力回路を大量に取り込む事
だが、王は人を殺してはならないと厳命してきた
しかし、己を攻撃してくる者に関してはその限りではない事も付け加えてくれた
ならば、人間を殺す事を推奨された場所へ赴けばよい
「戦場」
人間は醜く愚かな、争い続けようとする生き物だ
今でも世界中の至る所で王の許可なしに暴れまわっている人間たちがいる
一番近い戦地は翼竜で移動している間に通り過ぎてしまった
『 領地アヴァロッティ 』 と呼ばれている場所
王の二人目の友人を名乗り出た男が向かった先
一番近い所で、最も血の臭いが濃かったあの地は戦場と化している
人間が山ほど死んでいる
世界中で王を迎える人間たちによって”贄の塚”が築かれている
伝承とやらに残された本当の意味も知らぬままに
人間どもは自ら破滅への道を進み始めている
(愚かな事だ)
王は勝手に王の配下を名乗る人間どもに大層ご立腹だった、ならば
配下と繋がりのある人間は排除すべきだ
王を不快にさせる人間など引き裂いて食い散らかしてしまえばいい
今己の目の前に居る、愚かで薄汚い人間の女と同じように
「……」
大量の血を吸ったシーツが手にまとわりつき不愉快だ
打ち捨てるように払い、びちゃりと音を立てて落ちたシーツから
留まり切れなかった血が弾け飛び床に散る
くさい、不快な臭い
王以外の人間はみな臭い
出来る事なら初めて風呂とやらを体験した時と同じように王と共に身を清めたかったがこれほどに穢れた姿は見せたくはなかった
血の足跡を残し庭に見えている噴水へ向かう
水場へと入り体の汚れを落としていると背にしていた室内から
ため息と共に呆れた声が聞こえてきた
「やってくれましたね、竜帝」
暗がりから月の光の届く場所へ歩み出て来たのは忌々しい導師
いつからそこに潜んでいたのか、まだ幼体の己では察知できず舌を打つ
導師が場に姿を見せたのは、「王の生死を握っている」などと宣った愚かな人間を竜帝が無傷で捨て置くはずがないと想定しての行動
それは正しい、現に女は今し方導力回路を喰らう事で私刑にしたのだから
どこまでも先読みされている状況が不愉快極まりない
女はまだ辛うじて生きている
「死なせたくなければ治癒してやればいいだろう
俺はどちらでも構わない」
「少し見ない内に随分と流暢に喋れるようになったものですね
行き成り大きくなってしまっては王が悲しみますよ」
「我が主の事を『王』と呼ぶのか
導師である貴様が」
「貴方と二人で話す時はそちらの方が効果的でしょう
所で、余計な仕事を増やすのは止めて頂けませんか」
「知った事か、面倒なら救わねばいい」
「ここで彼女を見殺しにすれば
王に叱責を受けるのは貴方ですよ」
「当然の報いを受けさせたまでだ」
「これは王の意志ではありません」
「矮小な人間如きが、王の意志を語るな」
”殺すぞ”
叩きつけるように敵意を向ければ
”王の寵愛を得ている私を殺すことが”
「できるものなら」
聞こえてきた音無き声と共に返された挑発する言葉に
導師への明確な殺意が己の内から噴き出す
「貴様」
足元の水面をさざめかせ庭の草木を壁に押し付ける威力で導師に向けて殺気を放つも、奴はそれをそよ風のように受け流し笑みを浮かべる
翳された手は血塗れの寝台の上に転がる人間に向けられていた
結局は女を癒すのか、王を侮辱した愚かな女を。
竜帝の威嚇を受けながらも治癒の導力には揺らぎも乱れも見受けられない
奴の心身に一切の波風を立てられない脆弱な己が尚の事腹立たしい
やはりこの体のままではいられない
いざという時王をお守りする為、己が強くならなければ
目の前に持ってきた手を何度か握り直し、新たに得た導力の具合を確かめる
それを横目に見ていた導師は僅かに眉を顰めた
「お判りでしょうが
王は貴方より私を大事に想って下さっているのです
存在意義を失いたくなければ
大人しくしていた方が身のためですよ、竜帝」
「王が貴様を不要と判断したらその場で引き裂いてやる」
「ご随意に、ですが
私は決して彼を放しません」
世界の命運がかかっているのですから、と
閉ざされようとする心の声から微かに漏れ聞こえた音を拾い
苛立ちを散らすべく持ち上げていた右手を振り払った
傍らにあった噴水の石像が粉々に砕け
大量の水しぶきと共に振り払った方角へと爆ぜる
奴は聖者でもなんでもない
導き手などと烏滸がましいにも程がある
人心が読めるが故に掌握に長け心の弱みに付け入り洗脳する
王すらもその手中に収めようと欲する
聖者を騙る悪魔のような男だ、だが……
「貴様も所詮は人間の裏切り者
先で出会うだろう英雄が貴様の行いを知った時にどう判断するか見物だ」
「周りがなんと言おうと私の意志は変わりません
導き手の役割は聖者に限った事ではないと信じております」
「その頭蓋生きたまま噛み砕く瞬間を楽しみにしていよう」
「おや、私の導力回路の源が脳であるとお分かりですか
今し方ひとつ取り込んだだけでその成長具合なら
私のものを取り込んだ時は見違えるほどに力が付くのでしょうね
こちらこそ楽しみにしておきましょう
いつまで経っても私を取り込めず悔しがる竜帝が無様な姿を晒す時を」
減らず口を。
例え王の取り成しがあったとしても
この男とは生涯相容れることはないだろう
風を操って身を乾かし、髪を夜風に遊ばせながら
部屋の扉に触れる事無く手を振る動作だけで開け放つ
出入り口から一歩踏み出した所で立ち止まり回廊の天井を見上げた
足元には導師が眠らせた衛兵が数名転がっている
今、王は何処にいらっしゃるのだろうか
両眼を閉じ意識を集中させて気配を探り
ほどなくして見つけた場所へと向かって歩を進める
できる事なら、王のお傍で眠りたい
与えられた居室は、結果として一度も足を踏み入れることは無かった




