50<聖なる星々の国~聖女の難癖~
髪は歪に膨らみあちこちに撥ねており、綺麗な筈の金髪が土と泥で汚れている
お仕着せも決して清潔とは言えず手や首筋は細い
ひと目見て生活環境の劣悪さがよく分かる見た目だった
見た感じ十三・四……クラウスと同じぐらいか?
いやもっと幼いかもしれない、身長も低い
「驚かせて悪かった、俺はアシュラン
こっちはクラウス、賓客としてここへ来て
暇つぶしに神殿内を案内してもらってる」
「そ、そうでしたか
アシュラン様、クラウス様、突然お声をおかけしてしまい失礼いたしました
私はラピス、ラピス・シェアトと申します
今代ステラ様のプラムをさせて頂いております」
「プラム……というと聖女専属の傍仕えか
今、仕事中か?」
「ぇっは、ぁ ぃぇ……」
両肩を竦め、視線を泳がせるおどおどとした態度
人見知りなのか引っ込み思案なのか
兎に角こういった女の子にはあまり脅かすような話し方はしない方がいいな
目線を下げるために少女の前にしゃがみ込んで見上げ
極力優しい口調で話しかけた
「庭の手入れの最中だったか、仕事の邪魔をしてすまない
この部屋は丁寧に手入れされてる
色々見て回ったが、俺はここが一番綺麗だと思った」
俺の言葉のどこに驚く要素があったのかは分からないが
少女は目を見開き、暫し呆然とした後
今にも泣き出しそうな顔で笑みを浮かべた
おいおい、大丈夫かよこの子。雰囲気が儚すぎだろ
もっと栄養あるもの食わせて存在感ドッシリさせてやってくれよ
それともここでも児童虐待とかあるのか?
本当にここに滞在する事が決まったら俺、本気で介入するからな?
同じ建物に居るのに虐待いじめネグレクト放置とか冗談じゃねェわ
俺は児相のタカ派になるぞ、モンペ上等だコラ
「……あ り、ありがとうございます
私、この部屋のお掃除を任されているので
そう言っていただけてとても嬉しいです」
……よし!泣かせてしまいそうだがなんとか怖がらせずに済んだ
とりあえず今はこのまま平和的に退散しようそうしよう
こんなにもいたいけな少女にまで怖がられたら流石の俺も傷つく
その後一言二言他愛のない会話を終えて
お辞儀で見送る少女に笑みを返し初代聖女の部屋を後にする
「なぁ、さっきのプラムの事なんだが」
「あ~シェアト姉妹の姉の方ですね
可哀想な子ですよ、一番ステラにこき使われてて
臆病な性格が災いして色んな仕事を押し付けられてるんです
神殿の人手不足も今のステラの所為だっていうのに
本当は彼女も学園に通えてる筈が人手不足を理由に
雑務を押し付けて勉学も休日返上
かれこれ二年ぐらいになりますかねぇ」
「それだけ不遇な扱いを受けてるのに誰も改善しようとしないのか?」
「言いましたでしょ、今のステラの父親が国の重鎮だから
こういう事もまかり通るんです」
「あの子の両親は、自分の子供があんな目に遭っていたら
黙ってないんじゃないのか」
「シェアト姉妹は早くにご両親を亡くされており
後ろ盾などありません
さっきのは姉ですけど妹はその辺り処世術を知っているようでして
上手くステラに取り入って学園に通っています
姉の方はプラムに任命されるまでは
学園上位の成績だったみたいなので
学園に通えないのは勿体ないですよね」
今代の聖女は聖女の証である破邪の能力を持たず
国の権力で据えられただけのただの小娘であり
立場を利用して気に入った男子をタウィスにして肉体関係を強要し、学園の才女であった後ろ盾もない無力な少女をプラムに据えることで神殿での雑務を山ほど押し付け
周囲の大人はそれを見て見ぬふりして放置し続けている、と。
更に少女の妹は小娘に取り入り姉を差し置いて自分だけ学園に通っている
は い 、 ギ ル テ ィ 。
現時点での情報はおそらくまだ『さわり』の段階だろう
なのに、なんだこの情報の性質の悪さは。
嫌な予感続きで本来であれば一刻も早くここから立ち去りたいが
あの少女に出会ってしまった
俺の結論として撤退はナシだ
頼むルルムス、早く話し合いの結果を教えてくれ
そして
「聖女を探します、暫く滞在しますよ」
と言ってほしい、できれば悪い噂で持ち切りの女の子が
正式な聖女ではないという結論を踏まえた上で。
俺の我が儘が叶うならあの少女が
スカイツリー並みの存在感を主張できる程度に回復するまで滞在したい
神殿区域から宮殿区域に戻ると
紹介できる大体の案内を終えたので待合室へ向かうようにと促される
窓の外を見ると、思ったより歩き回ってしまっていたらしく
日が落ち始める時間帯になっていた
前を歩く使用人のお陰で大体わかった
さっきのプラムの少女……ラピスと言ったか
あの子の現状を見た限り使用人の話は信ぴょう性が高い
なので他から話を聞いても無駄足になりそうな気もするが
一応は他の連中からも話を聞いておかないとな
「あちらがお二人の控室です
先ほど上部会の会議が終了したという報告があったので
アッパヤード様も、もうすぐお戻りになられると思います
時間も遅いので本日はこのまま宮殿にご滞在下さい
お夕食の後に新しいお部屋にご案内させて頂きますね」
部屋まで目と鼻の先という所まで来て、向かいの回廊から
女性一人と複数の学生の一団が歩いてくるのが見えた
その光景を目にした使用人が小さい声で「げっ」と嫌そうな声を発したものだからあれらが誰なのかすぐに察してしまった
さっと振り返った使用人が申し訳なさそうに頭を下げる
「ご客人、彼女らが通り過ぎるまで頭を下げて頂けますか
先ほどお話しした例のステラとタウィスたちです」
ステラとタウィスか……もうちょっと情報収集したかったし丁度いいな
どっちに転んでも俺には得しかない
真実ステラが使用人の言うような人物であれば
俺の態度も、場合によってはクラウスの事も放ってはおかないだろう
……いや、クラウスは隠しとくか。教育上良くなさそうだし
「生憎だが俺たちは他国の人間でな
この国の法に倣う義務はねェ、好きにさせてもらうぜ」
「ええ!?こっ困ります!」
「問題ねェよ、宮中の案内楽しかったぜ
持ち場に戻ってくれ」
「ですが、」
「距離もまだ遠い、今から踵を返しゃあ咎められることもねェだろ
クソみてェな聖女に媚び諂う必要はねェ
厄介事には関わらねェのが正解だぜ」
使用人は嬉しそうににんまりと笑みを浮かべて頷く
「分かりました、では私はこれで」
「おう、お蔭で充実した待ち時間を過ごせた
ありがとな」
「こちらこそ、色々お話を聞いて頂けて助かりました
失礼いたします」
使用人はそそくさと俺たちの脇を通り過ぎて
俺を盾にするように後方の曲がり角の向こう側へと姿を消す
「俺らも控室で休むか、少し歩きすぎちまったな」
相手からクラウスの顔を見られないよう
壁側にして俺の影に隠し手を繋いだまま聖女一団とすれ違う
何事も無く通り過ぎることが出来ればそれでも良かったが
使用人が言った通り、やはり頭を下げなかったのが問題だったらしく
「待ちなさい、そこの男二人」
通り過ぎた所で聖女と思しき女生徒に声をかけられた
釣れた、と思いつつ
俺とクラウスはそれを無視して扉のノブに手を掛ける
「ちょっと!私の声が聞こえないの!?」
再度声を荒げられるがクラウスも全く反応を返すことなく
先にクラウスを室内に入れて、俺も部屋に入ろうとするも
カツカツと歩み寄ってくる音が聞こえて
華奢な手が室内に入ったばかりのクラウスに伸びた所で
面倒なと思いながらその手首を寸での所で掴み上げると
本格的にクラウスの前に割り込んで女生徒を見下す
「いたァい!!」
周囲に響き渡る大袈裟な叫び声
ただ引っ張り上げただけなのになんともオーバーリアクションな事だ
本当に泣き叫ぶぐらい力込めてやろうか、と苛立つ俺が頭の中で囁く
女生徒の叫び声に真っ先に反応した男子生徒が一人俺に向かって歩み出て来たが、よくよく見覚えのある生徒だった
「おい!今すぐその無礼な手を離……!」
「誰かと思ったら森で会ったクソ生意気なガキじゃねェか」
「きっ貴様ァ!!今朝はよくもこの俺をコケにしてくれたな!」
ルルムスが踏みつけた学生だ
聖女と一緒にいる所を見るとこいつもタウィスだったのか
「痛い!痛いわ!!助けてカストル!!」
「今すぐイプシロネを離せ!彼女はこの国のステラだぞ!」
「……冗談じゃねェぞ、ルルムス」
もしこいつが本当に『聖女』だったら
俺らは男を侍らせてるこのガキと一緒に行動しないといけないのか?
確かに体つきだけは年に似合わずダイナマイツだが性格は最悪だ
不愉快極まりなく思わず掴む手を全力で握りしめそうになるが
ギリギリ理性を働かせて後ろで喚くクソガキに向けて押し付ける
「キャア!」
「イプシロネ!」
押し飛ばされたガキを全身で受け止めたクソガキが俺を睨みつける
どうやら昼間のアレでは懲りてないらしい
無事な様子でこの場に居るという事は
今朝の出来事はやはりもみ消されたか
そして不思議な事にクソガキに取り囲まれていた被害者側の男子生徒までもが複数の男子に紛れて立っていた、もしかして青年もタウィスなのだろうか
見た所、女生徒を本気で慕っているのはクソガキだけで
他の男子生徒は全くそうは思って無さそうな表情
むしろ嫌悪している様子すらある
その証拠に乱暴された女生徒を気遣う素振りは微塵も見せていない
慕われても無い男子を侍らせるなど
相当図太い神経をしてるんだなこの女生徒は
クラウスを背に隠したままガキどもに向かって一歩踏み出す
「で?客人に対して突然怒鳴りつけた挙句
掴みかかろうとした事に対する謝罪でもしてくれんのか?」
「無礼を働いたのは貴方たちのほうでしょ!?
ステラが歩いていたら頭を下げて通り過ぎるのを待つのが常識よ!」
「他国の人間である俺らにはなんの関係も無い常識だ
そもそも人としての常識すらなってねェクソみてェな聖女に
下げてやる頭なんぞ持ち合わせがねェんでな」
「なんですって!?」
「賓客である俺らに働いた聖女の無礼はよぉく覚えておくぜ」
「それはこちらの台詞よ!衛兵!彼らを捕らえなさい!衛兵!!」
それまで遠目から見ていた衛兵が渋々と言った様子で歩み寄ってくる
おいおいどんだけやる気ないんだ、せめて駆けつけてやれ。
俺の両サイドに立った衛兵は形ばかりに持っていた槍を俺の目の前でバッテンさせて態勢を立て直した聖女に向かって告げる
「彼らは我々が対処しますのでステラ様は神殿の方へお戻りください」
「ステラ様は居室へお戻りください」
「この場でその者の首を撥ねなさい!
頭の持ち合わせがないのならいらないも同然だわ!」
「ステラ様、どうかお部屋へお戻りを」
「何をやっているの!?早くそいつの首を撥ねて!!」
衛兵の言葉を全く聞いていないメスガキ……おっと言いすぎた
女生徒の前に、男子生徒の一人が歩み出る
森で複数の生徒に襲われていた青年、セイなんとかエヴィルだ
名前忘れたな
「ステラ様、神殿に戻りましょう」
「セイリオス……」
そうそう、セイリオス・エヴィルだ
青年のイケメンぶりにうっとり見惚れる女生徒
そのままこの状況が適当で終わりそうな空気になる前に
一層険しい表情を見せたクソガキが割り込む
「出しゃばるなエヴィル、イプシロネはその男の処罰を望んでおられる」
「よォ盗人な上に殺人未遂犯のクソガキ
あの仕置きじゃあ足りなかったか?
ならそのご自慢の顔面を治癒術でも治せないほど
ボコボコにしてやっても構わねェぞ」
「なっ……だ、誰が盗人だと!?
盗人は貴様の方だ!俺のネックレスをどこへやった!!」
「学園長に聞いてみろよ
『教師から盗んだ魔導具の首飾りはどこにあるんですか』ってな」
「ぐっ……」
「呆れましたねアルトバーン、盗みまでしていたんですか」
「黙れクルックス!!そんな事実はない!」
「兄さんの言う通り、早く神殿へ戻りましょう
ステラ様も他国の賓客に対して自国特有の礼儀を強要する権限はありませんよ」
「でも私の手首を掴み上げたわ!暴力に対する罰は必要よ!」
「先に手を出したのはアンタだろ……」
女生徒の言い分に呆れたボヤきが聞こえてくる
そうこうしている内に勝手に生徒同士で言い合いが始まってしまった
どいつもこいつも仲悪いんだな、相関図が更に入り乱れそうだ
覚える方の身にもなってくれないか?もっと簡潔な間柄を構築してくれよ
このまま連行してもらって滅多に足を踏み入れる事のできない場所、国の牢番事情も探れるかと思ったが場が子供だらけなものだから纏まりゃしねェ
衛兵も静観している辺り、タウィスの権限も高い位置にあるようだな
「騒がしいですね、どうなさったのですか」
ここで真打ち登場、ルルムス・アッパヤード!
いや~助かった
このカオスな状況をキュっとまとめ上げてくれないか
と、安堵に息を吐いたのもつかの間
歩み寄ってきたルルムスは手の動きだけで衛兵を下がらせると
なんとしてもクラウスを見せまいと扉の前を陣取る俺と
ステラとタウィスたちを見て
「……」
暫し沈黙、僅かに手が持ち上がる気配がすると同時に
一瞬だけ眉間に深い皺ができた
見逃さなかったぞ、頭を抱えようとして留まったなルルムス
どういう結論に行きついたのかは分からないが
俺に非難がましい視線が向けられた時点で
目だけで八つ当たりしてきている事は理解できた
その理不尽な睨みに肩を竦めて応えてみせれば
ルルムスは疲れたため息を吐いて、衛兵に一言
「どうやら私の同行者が非礼を働いたようですね
アッシュは今日一晩、牢で謹慎していて下さい
衛兵、彼を連行しなさい」
ナイス提案、これで目的の地下を探りに行ける
しかし、衛兵に向かって自ら歩き出そうとする前に女生徒が異議を唱えた
「お待ちになって!無礼を働かれたのは私よ?
貴方に罪を決める権限があるというの?!」
「これはこれは、自己紹介が遅れてしまいましたね
私は聖者の導き手、『導師』ルルムス・アッパヤードと申します
エスティール聖国公女におかれましてはご機嫌麗しく」
直後、場に居た全員がざわつき始めた
セイリオス青年も一瞬だけ驚いた顔を見せて姿勢を正している
宗教国家だから導師の存在も華美脚色誇張されまくってるんだろうなぁ
「聖者の導き手!?伝承に伝えられる
全ての真実を見通す”神の目”を持つと言われる、あの『導師』ですか!?」
男子の中で唯一眼鏡を装着した生徒がブリッジ部分を中指で持ち上げ
信じられないと言いたげに声を上げる
カストルと呼ばれたクソガキは顔色を悪くして首元を手で押さえながら黙り込んだ
自分の悪事が全て見透かされるかもしれないと怯えてるんだろうな
冷静にルルムスを観察しているのはセイリオス青年と、彼の事を
「兄さん」と呼んだ青年。顔は似ていないが二人は兄弟なのだろう
「やはり世界の終わりが始まったという噂は本当だったのですね」
「彼の国が魔王によって一夜にして滅ぼされたという話を聞きましたが
それは事実なのですか?」
「神眼の聖者……貴方様が……」
なんだなんだ、ここに来て厨二ワードが出て来たぞ
イカすぞルルムス!格好良いぞルルムス!
(神眼の導師、ルルムス・アッパヤード!)
見☆参!シャキーン!
なーんつって、
「痛ッ……!!」
魔法少女みたいなノリを想像していたら足の甲に聖なる鉄槌が落とされた
何もかも空気を読まない田崎のオタク思考の所為だ
痛すぎて思わずその場にしゃがみ込むと背後からボソリと追い打ちがかけられる
「しゃきーん」
おいやめろクラウス火に油を注ぐんじゃない




