47<聖なる星々の国~あおはる学生と不届き者~
「鎮まりなさい」
あの、ルルムスさん
不意打ちで麻痺導術を放った挙句対象を容赦なく踏みつけるその行動は
果たして聖職者として許される行為なのか?
「足を……っ退けろ無礼者!俺をっ誰だと思ってる!」
囲っていた他の連中は全員昏倒しているが
ルルムスに背中を踏みつけられている青年だけは
痺れながらも意識を保ち吠えている
周りにいる全員を含めてどう見ても十代の学生だ
何故学生だと分かるのかって?
そりゃあ全員が既定の制服を身に付けているからな
裾には共通して『ファミリア』という文字の刺繍
で、状況からして……
「痴情のもつれか」
「当たらずも遠からずです」
「青春してやがんなァ」
「目線がおじさんになってますよ」
「俺ァおっさんだよ、正真正銘」
「そんなに若々しい格好で?」
「いじるなソコを」
ルルムス、笑うならいちいち隠さずに思う存分笑え
顔背けて手で口押さえても笑ってるのがモロバレなんだよ
俺がこのパンクファッションを恥ずかしがっていると分かってから
ちょいちょいいじってきやがって……いつか仕返ししてやる
少女を背に庇い取り囲む青年たちに一人剣を向けていた男子学生は体格の良い美丈夫。ルルムスが放った麻痺導術は取り囲んでいた青年たちに向けられ
直撃した全員が地に倒れ伏している
安全が確保されたと分かった青年は肩の力を抜き、構えていた剣を鞘に納めるとルルムスに向かって綺麗なお辞儀を見せた
片手を鞘に添えもう片方の手を握り横一文字に腹に沿って片方の足を半歩後ろへ下げ腰から上体を折り曲げてキッチリ十五度頭を下げる……
騎士の称号を持つ者に共通する礼儀作法だ
「名のある導術師とお見受けします
危ない所を助けて頂き感謝致します」
「礼などより早く手当てをなさって下さい
少々看過できない傷も見受けられますよ」
「っこれは見苦しい所を、」
「セイ!私が手当てするわ、動かないで」
それまでずっと背中に隠れていた少女が
青年の腕を掴んで血の滲んだ袖に手を翳す
おおっ治癒導術か。ルルムスよりはずっと低レベルだが
それなりに傷を癒せている所を見ると才能があるんだな、羨ましい
ルルムスがやればすぐに治るだろうにそれをしないのは
若い男女の仲を考えての事なのだろうか
傍らにゆっくりと歩み寄ってきたクラウスが
俺の手を掴みながら事の成り行きを興味深げに見守っている
クラウスの姿を見た青年と少女は
珍しい肌の色や瞳の色に目を奪われたのだろう
暫くぼうっとクラウスを見つめて二人して感心しきったようなため息を零した
「凄く綺麗……」
「驚きました、そのような肌の色をした人には初めてお会いしました
お二方、異国の方でしょうか?
こちらでは余り見受けられない服装をしていらっしゃいますよね
そこの貴方は……冒険者?」
風で外套が捲れた際に下に隠れていたパンクファッションを
見られてしまったらしい。
俺だけが歳を弁えない弾けファッションしてるから
装備的な意味で冒険者と思われても仕方ないか
「俺は冒険者で合ってるぜ
こいつら二人を護衛してここまで来たんだ」
とりあえずそれらしい法螺を吹いておくが
青年が詮索してくる様子はない
「そうでしたか、今回のお礼がしたいので
聖都中央に立ち寄られた際はどうか俺の家にいらして下さい
俺はセイリオス・エヴィルと申します、ファミリアに通う四年学生です」
「機会があれば伺わせて頂きましょう
この者たちは私に任せて
貴方たち二人は町へ戻られるとよいでしょう」
「お言葉に甘えさせていただきます
行こうスピカ、ラピスが心配している」
「うん!」
場を離れられると分かってやっと安堵の表情を見せた少女は
ルルムスに向き直るとぺこりと子供っぽいお辞儀をし
「助けて下さってありがとうございました!」と可愛らしい声を響かせて
セイリオス青年と腕を組んで山を下って行った
あの様子は恋人同士なのだろうか
若い二人の背中を見送り、気を取り直すように鼻で息を吐いたルルムスは
踏みつけていた足から導力を流してぎゃんぎゃんと喚き続けていた青年に
再度麻痺導術を叩きこむと今度こそ足元の青年は沈黙する
静かになってやっと足を退けたルルムスだったが
地面に転がっている連中を心底見下した冷たい視線は相変わらずだ
「やっと静かになりましたか
この子供だけは導術に対する抵抗力が異常に強いですね……ん?」
「どうした」
腰を折って学生の首に手を伸ばしたルルムスが
金色のネックレスを引っ張り出し、学生から取り外す
「なるほど、妙だと思っていたら道理で……
抵抗系に特化した魔導具ですね
しかも盗品ですか、没収しておきましょう」
「いいのかよ」
「この者の魂の経歴を見たら
貴方もこうして踏みつけるぐらいはすると思いますよ
情けも慈悲も必要ないので安心なさって下さい」
そのコールドブリザードアブソリュートゼロな態度
過去の俺とやり合ってた頃の容赦ないお前を思い出すわ
「で、どーすんだ?コイツ等全員ここに放置していく訳にもいかんだろ」
「拘束して然るべき場所に連れて行きますよ
”ファミリア”と言いましたか、聖国の学び舎の事でしょうから
そこへ連れて行き話の分かる人に事情を説明します」
「お前の力って事の顛末まで分かるのか」
「秘匿事項です」
イエスって言ってるようなモンだろ、マジモンのジャッジメントだ
悪事を事前に察知できるとしたら内政面でもチート過ぎる
ルルムスが国の宰相にでもなればその国は安泰間違いなしだな
……あ、そうか。
だから国でも『教皇』っていう王直属の偉い役職が備わってたのか
しかし「完全看破」の能力を独占してた割には
俺が居た国はそんなに発展しなかったなぁ
双子のクーデターも事前に防げなかったみたいだし
ルルムスが伝承に由来する『導師』だから能力が特別に強化されてるとか?
教えてくれないかなぁルルムス、田崎のゲーム知識が役に立つなら
その表示内容次第で色々伸ばせそうな能力もありそうなものなのに
「分かっているとは思いますが
私の能力に関しては他言無用ですよ」
「拷問されたって言わねェよ」
「貴方が拷問されるなどあり得ません」
「なんでそんな自信満々に言い切れるんだ?
自慢じゃないが方々で恨みを買ってるから
結構そういう事態に見舞われる確率高いと思うぞ?」
「……」
「……」
つい、とルルムスの視線が逸れた先にはクラウス
そして見つめ合う二人……また二人で無言の会話か
物凄く何か言いたげな表情をしているルルムスと
その視線をあえて受け流してるっぽいクラウス
確実に何か話してそうなのは分かるが俺には心の声なんて聞こえないんだから意味深な顔を止めてくれないだろうか
無言の会話が羨ましいから地味にハブられてる気がして、さび……
おっと、面倒臭そうな考えは控えよう。
トントンと側頭部を軽く叩き思考の中から単語を追い出す
心を読まれるからと言ってそれに甘んじる訳にはいかないからな
聞かされる側もストレスだろうし
無言の会話を終えたらしいクラウスが気絶している学生たちを縛り上げ
収納していた幌馬車を持ち出しその荷台にぽいぽいと放り込んでいく
盛大に馬車を揺らす勢いで荷台に放り込まれた学生たちから発せられる痛そうな落下音……雑極まりない手際の良さだ、縄の縛り具合も心配になって来た
彼らが余計な怪我をしてないか見ておいてくれと言う為にルルムスへ目配せすれば丁度ぱちりと目が合い、伝える前にひとつ頷かれ荷台へと向かうルルムス
力仕事を事も無げに完遂し、どこか得意げに見える表情で歩み寄ってきたクラウスの頭を撫でておく。褒めねばという雰囲気にのまれたが
一応
「人はちょっとした事ですぐに傷つくし脆いから
あんな風に乱雑に投げ飛ばしたりしたら駄目だ
触れる時は極力優しくしてやれよ」
と付け加えておく
すると俺の言葉が余程意外だったのか、驚いたように目を見開いて数度瞬きをした後しっかりと頷いてくれたので今後は大丈夫だろう
ふと荷馬車の中の様子を確認しているであろうルルムスを見れば
あっちはあっちで呆れたような眼差しを俺に向け
あからさまに肩を落とし、ため息を吐いていた
(……俺、なんかおかしな事でも言ったか?)
教育上大事な事を言ったつもりなのだが。
学生たちはここまで数頭の馬できていたらしく
近場に繋いであった馬もルルムスが回収し
二頭を馬車に繋ぐと残りは荷台の後ろから追随させて山を下り始めた
御者台には俺とおやつを食べているクラウス
荷台の中には学生の見張りとしてルルムスが座っている
雑木林と言えど木の少ない山だったので
有難い事に全ての行程を馬車で下山しきる事ができた
街道に出た所で御者台の振動もマシになり、一息つく
「宿を取ったら車軸見とかねェと」
独り言のつもりで呟いたが
それを拾ったルルムスが後ろから声をかけてきた
「その必要はありません
クラウスが馬車の性能を強化させています
そうでもしなければ、これだけの速度で自然の山道など通れば
どんな馬車でもとっくに分解してますよ」
「気付かなかった、そんな事もできるのかお前」
ご褒美のつもりで燻製にした魔物肉を骨に串刺しにして渡せば
受け取ったクラウスは嬉しそうな雰囲気を醸し出しつつ
骨ごとかみ砕き美味しそうに頬張り始めた
喜んでくれているようだ、良かった
「クラウスは付与術の才能もあるようですね
……何を食べさせているんです?」
「燻製肉だ、お前もいるか?精が付くぞ」
「燻製って……いつ仕込んだんですか」
「野営中」
「野営で出来る様なものではないのでは」
「魔導具使えば簡単だ、燻製時間も短めで柔らかくて旨い
付与術の才能も能力で最初から分かってたんじゃないのか」
ルルムスには肉だけを渡しておく
魔物の肉は魔素が多く含まれているがルルムスの能力で浄化済み
栄養価が高いのに市場に出回らないのは
魔素による毒と衛生面で多大な問題を抱えているからだ
それを問題なく新鮮な状態で持ち運べる魔導袋はマジで万能だな
「いただきます、クラウスは成長途中のようなので
これから更に情報が増えていくと思いますよ
先ほどまで付与術の情報は視えませんでしたから」
「ほぉ、そういうモンなのか
俺はどう視えてるんだ?分からない事があれば
教えてやれることもあるかもしれんぞ」
「秘匿事項ですから」
「別にいいだろ、俺自身の事なんだし」
「貴方自身のことであっても、ですよ」
「勿体ねェなぁ
その能力を伸ばしてやれるかもしれないのに」
「才能を鍛えていくのは本人がすべきこと
勉学と同じです」
「勉学と同じなら
教師が居れば学ぶ効率もよくなるんじゃねェの」
「師事できる分野であればの話ですね」
「……ケチムス」
「おや、久々に拳で語り合いますか
すぐに治して差し上げますから遠慮はいりませんよ」
ルルムスは文系に見えるがその実結構な脳筋だ
でなきゃ事情も聞かず学生に麻痺導術を放つワケがない
背後でバサリと幌が退けられる音がして、ルルムスが挑戦的な目をこちらに向けているだろうと察するが俺は振り返る事無く
前を向き手綱を持ち続けたまま語り掛ける
「なぁ、その……お前がもしその力で困ったり
悩んだりする事があったら遠慮なく俺に愚痴れよ
ひとりで溜め込んでもいい事なんてひとつもねェんだからな」
ガタゴトと馬車が揺れる音と
カポカポと馬が歩く音と
ガラゴロと車輪が回る音だけが響く
くさい台詞を言った自覚があるだけに後ろを振り向けず
気恥ずかしい気分で前方に集中し続け
無意識に両肩を縮めて背中を丸くしてしまっていた
「貴方は……」
暫くしてルルムスの声が聞こえてきた
「貴方は、何故そこまで簡単に受け入れられるのですか?
クラウスにしてもそうです、心が読めるなどと言われて
平常心ではいられないでしょうに」
「そりゃあ世間一般の認識ではそうだろうな
でも俺はお前の事を知らない仲じゃねェ
後ろめたい事も口じゃ言えない事も山ほどしてるが
心を読まれて困る事なんか一つもないからな」
「それどころか我々に気を遣ってますよね」
うっ、やっぱり読んでたのか
「悪ィな、ガキ臭くて」
「いいえ、貴方の心は他の者たち同様自由で守られるべきです
”思ってはならない”なんて考えないで下さい
抑制のし過ぎは精神の健全を損ないます」
「難しいな」
「そうでしょうか」
それはお前にも言える事だろうが
人心の声なんて聞きたくない内容の方が多いに決まってる
言葉にだって刃はある
それを耳にして傷つかない人間なんていない
俺は、相手に聞こえていると分かっていて
あえて心の声を垂れ流すようなヤツにはなりたくない
傷つけたくない、気遣わせたくない、甘えたくない
人の心には底がない、深ければ深いほど矛盾だって山ほど出てくる
だが今それを話した所でどうしようもないのも分かっている
だから俺は浅い部分にある本心を前置きして
体よく誤魔化す事しかできなかった
「男なら分かるだろ、情けない部分は見せたくねェ
見栄を張りたい時だってある」
「難しいですね」
「一緒に行動してりゃ慣れる部分もあるだろ
上手く割り切って行こうぜ、お互いに」
「ええ、ひとまずは寂しがり屋のアッシュの為に
クラウスとはなるべく言葉を交わし合うよう努力しましょう」
「お前の悪い所は物事を綺麗に終わらせようとしない所だ」
「知っています、態とですよ」
「サディストめ」
「貴方こそ
その性質の悪い悪癖を早めに改善して下さいね」
「なんの悪癖だよ」
「自ら気付き自覚する事もまた試練です」
「急に聖職者みたいなこと言い出しやがった」
「正真正銘の聖職者に何を仰るやら」
「国がないんだから教皇でもねェだろ」
「導師は聖女同様、聖職に分類されています」
「随分腕っぷしにモノいわせる聖職者サマだな」
「何か問題でも?」
「あーりーまーせーんー」
他愛のない雑談を挟みながら馬車は進む
関所は目の前に迫っていた




