42<教皇になったが、超気になる急報に助けられた
『 継承の義 』
神殿組織の最高位である教皇が代替わりする際、必ず行われる儀式の事だ
聖典に記された「終末」に関わる第一の兆候が確認されたその日の早朝に王宮への召喚状が届いた。身支度を終えて王都へ向かい
王宮へ向かおうとしていた私の馬車を王都の神殿の使いが呼び止め
先に神殿へと出向くようにと言われたため進路を変更した
王都の神殿はセインツヴァイト領の神殿よりも二回り大きい
出迎えてくれた教皇は形式上の挨拶をなおざりにし
すぐさま私を神殿の地下へと導く
老齢であった教皇は息が上がろうともその足を緩めようとはしなかった
挨拶を省略しただけでも十分に異例な事だったが
更に珍しい事に余裕のない様を見て一抹の不安を覚え
「この場はもう一度通る事になる、道順を覚えなさい」と
促されるまま入り組んだ地下通路を歩き
いくつもの扉を通り過ぎてとある小さく粗末な扉の奥へと入った教皇
その背を追いかけた先にあったのは
三畳分もあるかどうかといった狭い小部屋に書斎机と椅子
机の上に魔導具の読書灯と数冊の本が置かれているだけの
一見すると一人で本を読む為だけの場所に見えた
机も椅子も、そして置かれている魔導具や本も全て年季が入っている
しかし埃っぽくはないので掃除や手入れは行き届いているようだ
読書灯に手を翳し導力を込めた教皇は
私を室内に促し入れ違いに通路へ出る
「一体何が起こっているのですか」
「本日、太陽が中天に座したる刻、襲名と継承の義を同時に執り行う
それまでに本の一言一句全てを脳に刻んでおきなさい
部屋を出る時に本を燃やすのです、誰の目にも触れぬ為に」
「教皇様、なぜこれほどお急ぎに」
問いかけるも教皇は狭い通路の暗がりへと姿を消してしまった
私が想像する以上に深刻な事態に見舞われているようだ
思い出すのは神殿までの道中、王都全体に立ち込めていた不穏な空気
気がかりは山ほどあるが教皇に指示された事が最優先だ
今は兎に角考えるのを止め、用意された本を読み全てを暗記する事に集中した
中天という事はもう何時間も無い、さほど厚くない本を読み終えた所で
それを待っていたかのように教皇の使いが私を呼びに来た
「お時間で御座います」
頭を含めた全身を覆い隠す真っ白な布、床に着くほどに長い袖と裾
それに金の腰帯を巻いた使いの姿は
神殿で規模の大きい儀式が執り行われる際に着用される神官の正装だ
教皇に言われた通り本を灰にしてから部屋を出る
地下を出て祭事の間に隣接された控室に入った私は
そこで目を伏せて待っていた十数名の神官の手に我が身を委ねる
奥の間で禊ぎを済ませ、浄化された香油で全身を丹念に磨き上げられた
控室に戻った私は用意されていた正装に袖を通し
金の刺繍が施された絹の帯を肩にかけ
繋ぎ目に装飾の施された白銀の外套を纏い
髪は金糸を織り交ぜた紐で結い上げられる
首を僅かに動かせば両耳の傍でシャラシャラと涼やかな髪飾りの音が鳴った
「これより襲名、及び継承の義が執り行われます
アッパヤード様、何が起ころうとも儀式に集中なさって下さい
我らも全力を尽くします」
この場に居る神官は全て教皇直属の手の者だ
一見しただけでは分からないが全員が武装している
そして、死を覚悟したような目をしている
私の返答など必要としていない振る舞い
全ての者がたったひとつの目的のためだけに動いているような印象
この時点で、教皇から話を伺う事は不可能であろう事を私は察していた
祭壇の間に入ると既に異様な光景が広がっていた
場に集まった数百名の神官は全員が祭壇に背を向けており
祭壇を囲む上位神官たちも祭壇を背にして壁側を酷く警戒している
神殿内は防音導術が施されている為外部の音は聞こえないが
外で何かが起こっているだろう事は直ぐに気が付いた
「アッパヤード様、これ以後
何が起ころうとも決して教皇様から
お気を逸らされませぬようお願い申し上げます
必ず我らがお守り致します」
それだけ言うと、私の後ろについていた最後の一人も持ち場へと戻ってゆく
その姿を見送り、教皇が立つ祭壇を見上げると
祀られている天間の輪の中心に非常に複雑に組み上げられた導力回路の球体が淡い光を放ってゆっくりと不規則な回転を繰り返しており
その球体から感じられる凄まじい力の気配にぞわりと全身が震える
「ルルムス・アッパヤード、これへ」
呼びかけられ、短い階段を登り教皇の隣へ並ぶその場は
真上から差し込む太陽の光でとても暖かだった
重い外套を翻し体の向きを変え
教皇と向かい合うと静かに片膝を突いて首を垂れる
「これより継承の義を執り行う
中天の導きに従い天間の輪を起動させよ」
祭壇を取り囲んでいた神官がそれぞれ片手を祭壇に向けて翳すと
光の粒子が祭壇の魔導具に流れ私と教皇の居る祭壇そのものが光を放ち始める
眩しい、そう思った瞬間
周りの全ての気配が消えた事に気付き反射的に頭を上げてしまう
「これは……?」
立ち上がり、周りを見渡すが私以外誰もいない真っ白な空間だった
誰かいないのか、と声を出しそうになったその時
目の前にうっすらとだが教皇の姿が浮かぶ
それは透き通っていて酷く不鮮明だ
「教皇様」
『 すまぬな、ルルムス
お主がセインツヴァイトに向かわねばならぬ羽目になったのはワシの不徳の致す所
教皇に据えることで奴らの要求を跳ねのけられるかと思っていた矢先に
第一の兆候が始まってしまった 』
「要求とは?奴らとは一体何者のことですか!」
『 ルルムスよ、今から伝えることを
よぉく、覚えておきなさい 』
(ああ、これは)
理解した、今この場に教皇はいない
私が見聞きしているこれは予め天間の魔導具に吹き込められていたものだ
目の前にいる教皇は、私と共に居てそれが仕事に関係のない私的な時間を過ごしている時にだけ見せてくれる優しいお爺様だった
一番大切な継承の義だというのに、しっかりと格式張るべき場である筈なのに
何故そんなにも普段通りの態度なのか、優しい口調をしているのか
理由を悟った私は涙を堪えることが出来なかった
年甲斐もなく泣き出した私に気付いているかのような慈しむ眼差しを向ける教皇は
静かに語り始めた
神殿組織の起こりからこの国に仕えることになった経緯
初代国王との契り、忠誠……そして
自身の起源について
『 お主はこの世界で唯一の導師直系の子孫
真の血族たるお主こそが古の王を討つ英雄たちの導き手となる
初代国王様よりお預かりしていた聖名を今こそお主に返そう
導師、ルルムセィオス=オーディア=アッパヤード
四人の聖者を見つけ出し古の王の玉座へと導き
これを討ち滅ぼすのが導師たる者の使命 』
名を呼ばれた瞬間
己の胸の内側から何かが溢れ出してくるような感覚を覚えた
真っ白な空間であった所為か己の胸元が光り輝いている事には気づかず
ただ懐かしい感覚に駆られ、それをほんの少しでも長く享受すべく目を閉じる
『 本の最終節を読み上げよ、それにより導師の継承はお主の中に芽吹こう 』
教皇……お爺様の言葉が沁み込んでくる
意識して思い出したわけでは無いのに
私の口はまるで初めから知っていたかのように
唱えるべき御言葉を紡ぎ出していた
「中天に座す星の定めにより水と風の祝福を」
『 この先数多くの困難に見舞われるであろうな……
それでも挫けず折れる事無く前を向いて歩き続けなさい 』
慣れ親しんだ優しい笑顔、穏やかな声
「緑豊かに光を注ぎ
我が神名において箱庭を見通せし眼を宿し賜う」
『 心許せる友を作りなさい、幸せにおなりなさい
ワシらはいつでも傍で見守っておるからの 』
パン、と世界が弾ける音と共に周囲の気配が戻ってくる
最初に祭壇で膝を突き首を垂れた体勢で目が覚めた
もう一度、最後にもう一度お爺様の笑顔が見たい
そう思って顔を上げた瞬間、目の前で天井に向けて血飛沫が上がった
「……」
あまりにも現実離れした光景を目の前に呆然とそれを見つめる
私の前に向かい合うように立っていたのはお爺様……教皇だった筈だ
しかし、首から上が今し方私の目の前で切り取られた
ゆっくりと傾いた教皇の体が重い音を立てて倒れ
切断された首から流れ出る大量の血が白い階段を赤く染める
何が起きた?
瞬く間に広がる赤を見つめ
やっと思考が働き始めた私の耳に第三者の声が届く
「「導師継承、心よりお慶び申し上げる」」
聞いた瞬間嫌悪を覚えた
声の方角に振り返れば、階下に立っていたのは
薄気味悪い笑みを浮かべる一組の男女
その二人の背後に広がっていた光景は、祭壇の間に集まっていた筈の
数百名の神官たちの黒く染まった骸の山
強固な筈の神殿の外壁は崩れ落ちており
外には建物全体を包囲するように王国軍が武装して立っていた
神殿に属する者で立っているのは私だけ
自分がどれほど危機的状況に陥っているかはすぐに理解できた
「当国は本日をもって滅亡致しました」
「この地に住む全ての者は一人として例外なく
我らが王の贄として捧げられる」
「まぁ!我らが王の為に命を捧げられるなど、なんという幸福でしょう!」
「つきましては教皇アッパヤード殿、貴方にも王の贄となって頂く」
「ご安心なさって?
元教皇様のように苦しまぬようあの世へ送って差し上げますわ」
「神殿襲撃の首謀者は貴方がたですか」
「古の王が配下、ラクシャノス=セインツヴァイト」
「同じく、ラクシャーサ=セインツヴァイト」
「この国は我らが王のものとなったのだ、ご理解いただけたかな」
(ルルムス様、地下通路へ……お逃げ下さい)
影の声が微かに聞こえた瞬間、導術で防護陣を展開した私は
奴らの攻撃を弾きながら祭壇を盾に回り込み
最初に教皇に案内してもらった地下通路へと飛び込んだ
まだ意識のあった私直属の影が地下への扉を閉じる様子が一瞬振り返った先に見えたが、手を伸ばし彼を助ける隙は見つけられなかった
しかし大して間も置かず轟音が響き
狂ったような女の叫び声が追いかけてくる、続く破壊音
地下でむやみやたらに導術を放つなど考え無しのやる事だ
入り組んだ道を教皇に教えられたとおりに駆け抜ける
暫くすると王都中心部から少し離れた路地裏の橋の下に出た
出入り口には予め破壊の導術が組み込まれており
力を流しただけで発動するよう準備されていた
(ありがとう……!)
そして、助けられなくて済まない
死にかけでも地下通路の入り口を塞ごうとしてくれた教皇の側近
逃亡の用意までしてくれていた神官たちに感謝の念を送る
この国は、敵対勢力に対し全てが後手に回っていた
セインツヴァイト領主が古の王の手先になっていたなど知りもしなかった
王国軍を統率している以上あの二人が言っていた事は事実なのだろう
早朝に王宮で国の重役たちの会合があったから
おそらくその時に掌握されたか、私もそれに参加する予定だった
王宮に向かっていたら危ない所だった
事の起こりを知っていた教皇が私を助けてくれたのだ
それでこれほど性急な形で継承の義を執り行った
王族は無事ではないだろう
この国は敵の手に落ちた
脳裏を過ぎったのは破壊された神殿の光景
私が継承を行っている間必死に戦ってくれていたのだろう
教皇は私が儀式を終えた直後に首を飛ばされた
最後の別れもできず、顔すら見ることは叶わなかった
殺された神官たちの姿はあまりに酷いもので
遺体は山のように積み上げられ、火で炙ったかのように黒く焼け焦げていた
『贄塚』などと、伝承の第二節に準えたつもりだろうか
人間の所業ではない、あの二人は悪魔に魂を売ったバケモノだ
先ほど防護陣を唱えた際、攻撃導術を何度か受け切った為
僅かな時間ではあるが『視る』だけでなく
相手の力量を感触でも推し量る事が出来た
結論は、かなり強力で異質
あの二人は今の私では到底太刀打ちできない力量を備えていた
継承の義によって新たに備わった力 『 完全看破 』 で見極めた古の王の配下を名乗る二人の力の詳細を分析したいが生憎と今は逃げるのに手いっぱいで暢気に考え事をする暇がない
追撃も休まることなく二人について回想する暇もない
「反逆者をひっ捕らえろ!」
索敵魔導具を使っているのだろう、外に出た途端追手が的確に先回りしてくる
二人の内の一人、女の方が空を飛び
地上を逃げる私の姿を捉え急降下してきた
あと少しで王都を出られるというのに……!
「逃げてはダメよ?
導師となった貴方は必ず殺さなければならないのだから」
「悪魔の手先め、そこを退け」
酷薄な笑みを浮かべる女に向かって目晦ましの導術を放つ
同時に防護陣も張り辺り一帯の視覚が機能しなくなった瞬間を狙って
西門の突破を試みた
時間をかければ王国軍が駆けつけ不利になる
女一人立ち塞がっている今でないと逃げ切れない
「小賢しいわねっ絶対に逃がしませんわよ!
お兄様を『アッシュ』だなんて愛称で呼んだ貴方を!
わたくしは絶対に許さない!!」
女の脇をすり抜ける事には成功した、だが
叫び声と共に目晦ましそのものを跳ねのけるほど膨大な導力を拡散され
激しく渦巻いた力が私の防護陣を破壊し背中の肉を削り取った
衝撃で門の外まで弾き飛ばされ、倒れ込みながらも急いで治癒を施した
目の前には森がある
あそこに身を隠せばおそらく索敵の魔導具も機能しなくなるだろう
なんとか逃げ込まなければ、なんとしても……!
背後からゆっくりと近づいてくる足音が響く、あれは死の足音だ
だが私はここで死ぬわけにはいかない
教皇から……お爺様から大役を任されたのだ
英雄たちを見つけ出し、彼らを束ね導くという役割を果たさなければならない
痛みと焦りから思うように治癒が進まない、まだ動く事はできない
足音が更に近づき、笑い声まで聞こえてきた所で私はぐっと目を瞑った
「急報!急報ー!!」
「今凄く楽しい所なの、邪魔しないで下さる?」
「ラクシャーサ様!アースラム様に関する緊急事態で御座います!!」
「お兄様の!?一体何があったの、早く言いなさい!」
女の関心が逸れた、今の内にと治癒を促進させて体力の回復を図る
「本日正午、冒険者パーティ『アンブロシア』が宿にて昼食を取っていた際
町民が見聞きした情報で御座います!アースラム様が……アースラム様が!」
「お兄様が、なんなの!?」
「アースラム様がフリッツという冒険者の男と昨夜一晩
情を交わし共に濃厚な夜を過ごされたとの事です!!」
「なっ……!?な、ん ですって……?」
「そして正午過ぎ、大罪人フリッツ率いる冒険者パーティが
アースラム様を連れて町を出たことが確認されております
目的地はアヴァロッティ領であるとのこと!
ラクシャノス様は既に出立の準備を整えておいでです」
「情……?う、嘘よ、お兄様に愛を注ぐのはわたくしたちの役目ですもの
どこの馬の骨ともつかない人間の愛情をその身に受けるなど
そんな、そんな……!!嘘よぉぉおおお!!!」
「ラクシャーサ様!お気を確かに!!」
絶体絶命の状況ではあるが物凄く気になる話だった
出来るなら最後まで聞いていたかったが今は生き延びることが先決
隠密導術を展開し、再び目晦ましの術も発動してその場から脱兎の如く離脱した
森に入り本格的に身を潜めることに成功したが
「絶対に奴を逃がすな!!」というヒステリックな女の叫び声は
ずいぶん遠く離れた私の所まで聞こえてくるほどだった
その後も大量の王国軍が追手として投入され
命からがら山をいくつか超えて
通りがかった町や村は全て焼き払われていた
破壊された神殿で見たものと同じ光景が
町や村の中心に広がっている事に言葉にならない憤りを覚える
人間の死体で黒い塚を築くよう厳命しているのは例の男女二人組だろう
二人はセインツヴァイト領の現公爵領主、アシュランの弟と妹だ
「どういう事だ、アシュラン……!」
聞きかじった話では隣領のアヴァロッティに向けて町を出たと言っていたが
奴もあの二人と同じく古の王の配下なのか?
心を入れ替えたと言っておきながら私を懐柔しようとした?
(いや、彼は真実心を入れ替えていた)
私が持つ特殊能力を前に何人たりとも己を欺く事はできない
アシュランは敵側の存在では決してない
ならば何故あれほどに執着されているのだろうか
私が導師としての役目を持つように、アシュランにもあちら側の勢力にとって代えの利かない重要な役割があるのかもしれない
王国軍の追手を巻きながら山に住む魔物を退け
セインツヴァイト領に戻って来るのに丸二日かかってしまった
第一の兆候が表れた所為かこれまでに無いほど魔物の活動も活発で
大した装備もなく山に分け入っている私は既に満身創痍
睡眠も休息もとれずそろそろ限界を迎える所であった
今いる山を越えれば、セインツヴァイト公爵邸のある町に辿り着く
公爵邸ならば灯台下暗し、捜索の対象にはならず
連中も王宮を掌握したばかりで長い間王都を離れることは出来ない筈
奴らの家ならば一晩ぐらいゆっくり休めるかもしれないと踏んでの行動だった
「ルルムス!」
覚えのある声が聞こえた
まさかと思い、声の方角に目を向けると
酷い顔をしたアシュランが真っ直ぐに私に向かって駆け寄ってくる姿が見えた
その瞳には私を心配する色だけが宿っている
ああ、私は逃げ切ったのだ
理解すると同時に、無意識に口元が笑みを模る
気が抜けた所為かふっと目を閉じた時には既に意識が遠ざかっていた
アシュラン、ありがとう
お前が一晩男と情を交わしていなかったら
私は今頃ここには居なかっただろうな……




