40<弟妹が兄の存在に気付かなかった理由
「ルルムス!」
もしも俺がどこかの物語の主人公で
苦難に立ち向かうために地獄のような場所に立っていたなら
「ルルムス!!」
初めて出来た大切な友人の安否も分からないなんて
そんなあやふやな状況に陥る事はなかっただろう
「返事をしろォ!!」
領民を誰一人死なせる事無く町を守り切っただろう
町を破壊した元凶を撃退し悪の軍団は退いただろう
「……」
そして主人公は人々に賛美され綺麗な女性と出会えただろう
今この瞬間に起こっている悲劇も食い止めることができただろう
こんな風に、全てが終わった後のような場所で
無様に叫ぶしかできないなんて事もなかっただろう
俺はただの元悪党だ
人を傷つけ苦しめ、竜一匹と対峙しても逃げる事しかできなかった
ただ別世界で生きた記憶を持っているだけの
なんの役割も持たない無力な人間だ
死体の山を目にしてもどうする事も出来ない
生き残りを見つける事すらできない
なんの運命にも選ばれていない、大衆のひとりである俺に
こんな状況で一体何ができる?
死体が山のように積まれている光景を見て思い出したのは
アシュランが記憶していた『聖典』の知識だ
学導院でも聖典科目は必修とされており
貴族であれば知っていて当たり前の一般常識に分類される
内容は要約すれば主人公が巨悪に打ち勝つ、ありがちな創作冒険譚
幼少のアシュランは
聖典に出てくるような英雄になるんだと豪語していた時期もあった
男の子みんなが憧れるヒーローみたいなものだ
学導院で学んだ伝承の通りのようなことが
本当に世界の至る所で起こっているのだとすればそれは
”世界の終わりが始まった”という事に他ならない
アホらしいと笑い飛ばせたらどれほど良かっただろうか
脳裏に焼き付いている死体の山が消えるならいくらでも笑い飛ばしてやる
だがこの世界には不思議な力もあるし魔物だっている
俺の傍らには竜の子だって存在している
目を背けてなかった事にする方が難しい
聖典に出てくるような英雄になっていたなら、ひとつの町を
地獄絵図に変えてしまう古の王なんざ速攻で倒しにいってやるとも
聖女の力を持っていたなら殺された町民全員蘇らせているさ
賢者として存在したなら町の復興に死力を尽くしてる
騎士だったなら、導師だったなら……聖典に綴られている者たちのように
俺にも何か特別な力があったならとっくにそれを駆使してる
だが俺にはなんの力も無い
事の起こりも分からず誰が敵であるか味方であるかも分からない
こんな状況なのに災害大国を生きた田崎の知識なんぞクソほども役に立たない
別世界の知識があるからといっていざ有事に見舞われた際
ただ生きていただけの男の経験がどう役に立つっていうんだ
アシュランは仕方がない、よくある事だ、俺は関係ない
さっさと新しい拠点を探しに行こうと冷めきっている
田崎をして、アシュランをして、俺はどうすることもできず
全てが焼き払われなにもかもが終わった町をさ迷い
ただひたすらに生き残っている人を探し続けた
なんで真っ当に生きている彼らが死んで
悪さばかりしてきた悪人の俺が生きてるんだ、と
どうしようもない苛立ちを感じながら
夜を迎えても町を包む炎が消えることは無かった
まるで意志を持ったように延々と燃え続けた
時間が経つごとに建物がひとつまたひとつと倒壊する
臭いも、景色も、その町にあった全てを灰にしようとするかのように。
何時間も彷徨い歩いたが生存者は一人として見つけることが出来なかった
時間にして深夜を回った頃だろう
傍らにいるクラウスは何も言わない。気遣うような視線を向けることも無く
死体を見てもなんのリアクションも示さなかった
ただ静かに俺の傍に寄り添い続けている
瓦礫に腰掛け目の前でゆらめく炎をぼんやりと眺めていた俺は
不意に夜空を見上げて気が付いた
「そうだ、公爵邸」
まだ探していない場所があった
町から南の方角にあるほんの少し離れた小高い丘に建っている公爵邸
急いで立ち上がるとわき目も振らずに走り出した
その後をクラウスが追いかける足音が響く
夜にも関わらず炎の所為で昼間のように明るい足元
近道をする為多少強引に炎の中を潜り抜け、髪の毛がほんの少し燃える
パチン、と真後ろで何かが弾ける音が微かに聞こえたが
木が燃えて音を立てているだけだと判断してそのまま駆け抜けた
そうして辿り着いた場所は炎に巻かれた様子もなく
ただ建物に明かりが灯っていないだけで平時と変わりなく存在していた
炎に巻かれている町の惨状とは隔離された世界のように感じられる
丘に上がれば町が一望できた
改めて見渡した町は、やはり何もかもが火に呑まれている
神殿が建っていた場所だけは燃えておらず黒く抉れ
中心が不自然に盛り上がっている
人間の死体の山は周囲の炎に照らされ丘からでもうっすらだが視認できた
「っ……」
表情を歪めて視線を切る
遠くからでも見つめ続けられるような光景ではない
向き直った公爵邸は窓から窺える建物内も闇に包まれ
不気味なほど静まり返っており町と同じく人の気配は感じられない
規模も大きい所為かお化け屋敷のような異様さを纏っていたが
ここだけが炎に巻かれていない、という事実だけで
調べる価値は十分にあった
高い塀を飛び越え二十年ぶりの懐かしい庭を足早に通り過ぎる
辿り着いた大きな玄関のドアノブに手を掛ければ
驚いたことになんの抵抗もなく開いた
扉の隙間から頭だけ突っ込んで周囲の様子を窺う
やはり人の気配はない、物音ひとつしない
人の死体が転がっている訳でもない、無人
ここの者が一人もいないのは問題だが屋敷の中が血塗れでないだけマシだ
玄関傍にあった燭台に火をつけ、それを手に一階から探索を開始する
もう二十年も前なのに屋敷の間取りはよく覚えていた
俺の記憶に残っている風景と屋敷の様相が同じだったからだ
二十年も経っているのだからもっと様変わりしてもいいものだが
何もかも廃嫡される前と同じ光景がまるで時が止まっているように感じられて懐かしさを覚える所か気味が悪いとしか思えなかった
(なんかこう、ねっとりした陰湿さを感じるというか……)
思い出したのは弟妹のイカれっぷり
兄貴である俺に妙に執着した風だったが一体何故そうなってしまったのか
食堂、客間、居間、広間……使用人の生活スペースは別棟だったか
一階を回りきり、相変わらず人っ子ひとりいない状況に眉を顰めながらも二階へ向かう。執事長やメイド長の部屋と諸々の調度品を保管しておく部屋、図書館、多目的室などをさらっと見回って更に上の階へ
三階は以前と変わりなければ家族の自室が並んでいた筈だ
先ずは俺の部屋だった場所へと向かってみる
しかし部屋に立ち入ることはできなかった、何故かって
扉が幾重にも鎖で封鎖され、異常な数の錠が掛けられていたからだ
見た目通り 『 封印 』 されている
(ぇぇ~……)
なんかもう、見るからに禍々しい執着を感じるほどドン引きの光景だ
嫌な予感しかしなかったのでとりあえず今はスルーして弟妹の部屋へ
そこで俺は足を踏み入れたことを心底後悔する
「なんじゃあ、こりゃあ……」
弟妹の部屋は物が少なく簡素ではあったが
置いている家具や位置が兎に角中二病全開だった
なんて言えばいいんだろうな、こう……
悪い事企んでる奴の部屋、洋風バージョン、みたいな?
先ず一番に目に入ったのが肖像画
壁一面に何者かの肖像画が所狭しと飾られまくっている
壁が見えないほど隙間なく飾られている
ざっと見まわした限りでは全て同一人物だ
額縁には肖像画の人物の名前が彫られている物もある
余りにもイカれた姿で描かれた肖像画の人物は一体何者だろうか
彫られた文字を興味本位で読み、頭痛を覚えた
「……そらァ直接顔合わせても気付かんワケだ」
額縁に彫られた名前は『アースラム=セインツヴァイト』
俺の面影の欠片も無い全くの別人だったのだから。
テラスへと続く大きな窓の手前に
小さめの円卓テーブルと一人掛けの豪勢なソファーが星明りに照らされている
テーブルに置かれたワインとグラスが
窓の外の炎上する町の光景と相まって酷い演出を奏でていた
次に天蓋付きの巨大なベッドに視線を向ける
乱れたシーツから僅かにはみ出た物体が気になり
そろりとシーツをずらしてみると
隠れていたのは壁に飾られている肖像画と同じ絵だった
何故別人の肖像画がこんな場所に、と疑問に思うと同時に答えが出た
絵の汚れ具合から双子がここでなにをしていたかある程度察し、吐き気を覚える
「なるほどなぁ……そういう用途で消費され続けて
二十年かけて俺の肖像画がここまでトランスフォームしたのか」
元身内の弟妹に春画扱いされている俺だった人物の肖像画
(心底知りたくなかった)
何よりも一番に焼き払うべき悍ましい場所だぞここは
さて、どうしたものか。
公爵邸が焼き払われていないのは偶然ではない
町で意図的に築かれた死体の山は聖典の伝承を模倣した何者かの仕業だ
つまり、現時点で町に齎された被害は自然災害などではなく
イカれた殺戮者による『犯罪』だと俺は考えている
ここまでくると犯人は大体の察しがついているのだが。
このままここで待っていれば必ず元凶が戻ってくるだろう
町をあんな姿にし、大量の領民を殺して回った時点で正気じゃない
フリッツを処刑しようとした双子の姿を思い出し身震いする
領民に対してあれほど残酷な事が出来るという事は相当な導術の使い手だ
初級の導技、身体強化しかできない俺が太刀打ちできるような相手ではない
ここであいつらを待ち構えたとしても
良くて愛玩動物
悪くて奴隷もしくは殺されて剥製にさせられる
少なくとも俺の死体は双子の手によって存分に弄ばれるだろう
全く有難くない事だが、ベッドの惨状が俺の推測を確信に変えた
「全部持って行っちまうか?」
端から勝ち目がないと分かっているならとっとと退散した方がいい
しかし現状をそのままにしておきたくはない
敵がこの場所を燃やさずに置いているという事は誰かに知られると拙い類の重要な何かが隠されているという事だ。奴らに対して少しでも優位に立つためにそれを手に入れておきたい
……あの双子に何かやりかえしておきたいというのもある
日々頑張って生きてるフリッツたちを馬鹿にしやがったからな
公爵邸には別棟だけでなく地下も存在する
三つ目の魔導袋に納めたらどんな形で収納できるのかは分からないが
鬼の居ぬ間に全部まとめて持ち出しておいて後で安全な場所を確保し
ゆっくりと調べれば有益な情報が手に入るかもしれない
魔導袋の容量がとても心配だが入る所まで入れておくべきだろう
町と民を滅ぼした容疑者の本拠地だからな
制約紋の解除に関する情報も探しておきたい
「よし、やってみるか」
外に出ると邸宅の玄関前に立ち
大型収納の空間導術が施された魔導袋の口をひらく
実の所巨大なものを収納するのはこれが初めてだ
手に入れた段階で既に豪邸が二軒収納済みだったし
使い処も無かったので宝の持ち腐れ状態だったんだよな
「収納、開始」
建物に袋の口を押し当てると建物全体の空間が撓み
反動も無くするすると建物が吸い込まれ始める
「すげェな」
俺が感心する傍らでクラウスも少しばかり目を見張り魔導袋を凝視している
町に入る前に赤の狼煙を上げた段階で魔導袋の存在は見せていたが
それでもクラウスは何も尋ねてくることなく黙っている
これを見せてしまったのだから最初にギルド倉庫でキャンプ道具一式と幌付き荷馬車を収納した時の事も気付かれているだろう、内緒と言った事も覚えてくれているなら誰にも言わない筈だ
じっとクラウスを見ていれば、視線に気づいたらしく俺を見上げて
そっと口元に人差し指を当てて暗に「誰にも言わない」と示してくれた
……クラウスって妙に察しがいいんだよな
魔導袋は生き物を収納する事は出来ない
別棟を含め敷地内の全ての建物を収納し終えた俺は
やはり全ての建物において無人であった事を理解する
屋敷の地下室も本館とは別の建物扱いで収納できた
地下単体で取り出す事もできそうなので
建物による構造上の不安はとりあえず解消されたと思って良いだろう
「今やっておくべきことは終わったな
クラウス、拠点を作りに行くぞ」
後ろに立っていたクラウスに向かって振り返ると
その背後には赤く燃える町が見える
火が消えたら再度神殿の周辺とレストランを見に行こう
料理人のニカはおそらくどこか別の町に移っていると思うが
ポセ支配人や従業員の安否は分からない
「俺が償いをする前に、何もかも燃えちまったな」
あの町には謝らなければならない人たちが沢山いたが
全て灰になってしまった
(……)
落ち込んでいる場合ではない
俺に出来る事を常に考えて行動しなければ。
この惨劇を引き起こしたのが真実俺の弟妹だというのなら
その証拠をキッチリと集めて然るべき場所で償わせなければならない
丘を降りようと歩き出した所でうっかり躓き転びそうになった
咄嗟に支えてくれたクラウスの頭を撫でる
「ありがとな」
「あしゅ、やすもう」
休もう、と言われた言葉で思い出す
そういえば俺、昨夜も殆ど寝ずに色々やってたんだったか
足元がおぼつかなくなるほど疲れているようだ
体だけではなくきっと、心も。
脳裏を過ぎったのは死体が山のように積まれた光景
それを振り払うように頭を振り、眉間に皺を寄せる
兎に角速やかにここから離れて
安全な場所を確保し休息をとらなければならない
「東の森の渓谷へ向かうぞ」
あそこなら複雑な地形が多いので身を隠すにはもってこいだ
そう思って東側……王都方面に初めて目をやり、気が付く
「マジかよ、王都も真っ赤じゃねェか」
宵闇の中で煌々と光っている赤
遠目だが方角と位置は確実に王都だ、あれだけ赤く光っているという事は
この町と同じ状況に陥っている可能性が高い
王都が陥落したという事は国が滅んだという事
公爵家の双子がクーデターを起こしたとしてもここまで大規模な粛清は行われない筈だ
王都に行って情報を探りたいが生憎と俺は領から出られない
制約紋を解除する手段を探る為に
明日にでも回収した公爵邸の探索を開始しなければ。
クラウスに手を握られて丘を降りる
東門だった場所を踏み越えて渓谷を目指して森に入った所で
少し遠くから誰かの気配を感じ、クラウスと共にその場にしゃがみ込んだ
「息を潜めろ」
小声で指示してその場に留まる
徐々に気配が近づいてきて、藪をかき分ける規則的な音で
その気配が人間である事を悟った
袖に忍ばせていた仕込みナイフを構えて更に身を低くする
ガサリ、と一際大きく茂みをかき分けた音を聞くと同時に人影を視認し
牽制すべくナイフを投げようと立ち上がり振りかぶった所で
その人物が誰であるかに気付き、反射的に叫んでいた
「ルルムス!!」
「……ア、シュ……?」
「ルルムス!無事だったのか、良かった!!」
名前を呼びながら一目散に駆け寄る
ボロボロの姿で俺を認識したルルムスは
俺の手が届く直前に安堵したように微かな笑みを浮かべ
突然力を失い、その場に崩れ落ちた




