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悪党の俺、覚醒します。  作者: ひつきねじ
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4<神職者の徳の高さを思い知った

目覚めた俺の視界に入ったのは、知らない天井だった


アシュランが塒にしている木目天井ではない

清潔感漂う綺麗に目張りされた白い天井

病院のような雰囲気が漂っているということは

もしかして神殿だろうか、俺は……助けられたのだろうか


ゆっくりと首を動かし、室内の様子を探れば

ざっと見た限りでは俺が寝ているベッドが一つと机と椅子が一組

そして窓が一つ、といった簡素な作りの個室である事が分かった

窓の外を確認して、見える外壁からやはりここが神殿の施設内である事に気が付く


「……」


生きてた


良かった


四十手前で()()死んだのかと思った


自然、じわりと目じりに涙が浮かぶ

視野狭窄も治療されており、涙で滲んだ視界は

ぱちぱちと瞬きしている間にクリアになった

ゆっくりと起き上がれば、ドラゴンに爪で抉られた脇腹と

派手に折られた片腕は多少痛むが動かせないほどではなく

それ以外の傷や怪我も綺麗に治療が施されたようだ

あれだけ泥だらけだったのに今体を包んでいる服も寝具も清潔で……

と、いうことは誰かが身を清めてくれたのだと思い至り

他人に裸を見られたと思うと居たたまれず恥ずかしさから両肩を竦める


……いやいや、いい年して恥じらいに身を縮めている場合ではない


記憶が途切れる直前の出来事は覚えているから

きっとルルムスが助けてくれたのだろう、礼を言いに行かなければ

しかし独断で動いていいものか、絶対安静だったりしたら

勝手にベッドから抜け出したら怒られるんじゃないのか?

一応動けるし歩けそうだけど公共施設で適当するのはよくないよな


「……誰か来るまで待っていよう」


アシュランであればこんな消極的な選択など絶対に選ばないのだが

生憎と俺は心を入れ替えたのだ、言葉通りの意味で。

顔も頭も洗顔洗髪後みたいにスッキリしていて気持ちがいい

改めてゆっくりと寝台に身を横たえて

窓の外の様子を眺めながら誰かが来てくれるのを待つ

こんな穏やかな時間を過ごしたのはいつ以来だろうか


田崎実であった頃も、鬱屈した日々を送り

心身共にじめじめしっぱなしだった気がする

目的なく過ごすだけの毎日は退屈で面白みも無かった


「もっと、旅行とかしとけばよかったなぁ」


今更何を思ってもどうにもならない

ぼんやりと呟いているとコンコン、と控えめなノックが室内に響く


「はい、どうぞ」


起き上がりつつ答えれば、間を置いて扉が開かれ

部屋に入ってきたのは怪訝そうな表情をしたルルムス

後ろ手に扉を閉めた彼は胡散臭そうなものでも見る様な目つきを隠すことなく

じっと私を見ながらベッドの傍らに立つ


「……調子はどうですか」


表情だけでなく声も非常に硬い

見下ろす視線には疑念やらなんやらが大量に含まれている

それも仕方のないことだ、なにしろ相手はあの悪党アシュランなのだから


「意識がなくなる直前までの事はよく覚えています

危ない所を助けて下さって有難う御座いました、アッパヤードさん」


感謝を込めて頭を下げる、しかし

頭を下げたまま待っていても一向に返事がなく不思議に思って顔を上げると

ベッドの傍に立っていた筈のルルムスとの距離が物凄く遠くなっていた


「打ち所でも悪かったんですか

それもと、何か変なモノでも拾い食いしましたか」


「えぇと……」


「何を企んでいるんです?」


俺の受け答えに不審を抱き壁際まで退いたルルムスは

眉間に深い溝を刻み、口元を盛大に歪ませて身構えている

これはつまり……この個室扱いはもしかしなくても

アシュランが暴れたり周囲に迷惑かけたりしない為の予防策なのでは。

現在の高待遇の意味を好意的に解釈していた俺は

それが勘違いであったと気付き、あまりの申し訳なさに身の置き場がなくなる


(これはイカン

この先も同じような勘違いをしないように気を付けないと)


心の中で自分を戒めていると

不快な表情を露にしたルルムスが更に警戒を強めた


「今更敬語を使われても鳥肌しか立ちません

治療費を払っただけでも奇跡だというのに

これ以上何をやらかそうとしているんですか」


ただ真っ当になろうとしているだけなんです


なんて言った所でヘタしたら即座に叩き出されそうだ

無駄に警戒させて自分を気にかけてもらうのも心苦しい

治療状況を聞いて、あとは自然治癒で大丈夫と言ってもらえたら

すぐにでも塒へ戻った方がいいだろう


「治療費はあれで足りま……足りたのか」


ルルムスがこれ以上鳥肌を立たせない為にもタメ口に務める

敬語だと逆に警戒されるってどんな現象だ

たどたどしく言い直す俺に睨み付ける視線がほんの少し緩んだ


「ええ、今回の分はギリギリでしたが」


「これまでの未払い分も具体的な数字……請求書を用意してくれれば

すぐにというワケじゃないが、払う」


「どういう風の吹き回しですか」


当然の義務を主張したらまた身構えられた

いや別に嫌がらせとかそんなんじゃないですから

未払いの治療代払いたいだけなんです許してください

って、言った所で余計に睨まれるだけだろうなぁ

請求書ほしいって伝えられたし

後は退院してもいいかどうかだけ教えてもらおう

今はこれ以上話をしてもきっと分かってはもらえないだろうし

うんうん、焦らず急がず少しずつ確実に!が大事だぞ、俺


「俺はもう、外へ出てもいいのか」


「勝手にすればいいでしょう、これまでのように」


「アッパ……君の診断を聞きたいんだが」


君、と呼ばれたのが余程意外だったのか

気味悪そうな目で見られて相当何か言いたげな顔をされたが

相手も俺の変化をとりあえずは捨て置く事にしたらしい

小さな咳ばらいをしてやっと壁際から背を離し、歩み寄って来てくれた


「骨折が五箇所、左腕に関しては神経も傷ついていました

治療までの時間も相当かかったので

元通り動くようになるまでひと月はかかるでしょう

一番酷かった脇腹は私が特別に治療を施したので後遺症はありませんが

重度の感染症にも罹っていたので

暫くの間は体のあらゆる箇所で様々な症状が出ると思います

大体は安静にしていれば治まるでしょうから

放っておいても問題ありません」


「分かった」


「不測の事態で動けなくなるのは困るでしょうから

冒険家業も半月はお休みなさった方がいいですよ

これは忠告です、と言ってもどうせ

神官の言う事など聞きはしないんでしょうけど」


「いやいや、ちゃんと安静にしてま……しているから、その

忠告、感謝する」


「……やっぱり貴方、頭の打ち所が悪かったんじゃないですか?

追加の治療費が掛かりますけど頭の中も見ておきますか」


「い、いいや、その必要はない

俺は至って正常だ」


「酔っ払いが酔ってないと言い張ってるようにしか見えませんが」


「と、兎に角!七日後にまた顔を出す

その時に未払いの治療費の請求書をくれ

書類の準備に時間が必要であればまた出直す、から」


ルルムスの言い回しで退院の許可が出たと判断する

しかし、いそいそとベッドから降りたところで思い当たった

塒に戻る道中の服はどうすればいいのだろうか

今身に付けているのは病衣だし


「服なんだけど……今日の所は借りたまま帰ってもいいか?

顔を出す時にちゃんと洗濯してから返却する

あと、俺が身に付けてたものはどこに……?」


「感染症の原因になるので全て焼却処分しました」


汚物は消毒ってか、流石ルルムス容赦がない

俺まで焼却されなかったのは彼の恩情だろう


「貴方、一度家に戻って色々触ってるでしょうから

帰ったら触れた部分を全て消毒しておいた方がいいですよ

でないとまた感染症に罹ると思うので」


「分かった、ありがとうルルムス」


「気安く呼ばないでもらえますか」


「え、と、じゃあアッパヤード……」


「呼び捨ても止めて下さい、不愉快です」


「……あ、アッパヤードさん」


「敬称で呼ばれると嫌な予感しかしません」


どうしろと。


(……あ、)


そうか、分かった

アシュランに名前を呼ばれること自体が嫌って事なんだな

嫌いな人に呼ばれたくないよね、それぐらいすぐに気付こうよ俺。

さっきは「君」と呼んでギリッギリで返事してくれてたけど

嫌々なのは明らかだったので避けた方がいいだろう


(役職呼びなら許してもらえるかな)


この場合は「神殿長」だろうか

去り際の挨拶として試しに言ってみる


「では、また七日後に……神殿長」


「神聖な役職名に喧嘩売ってます?」


あの、ほんとにどうしろと。


肩をプルプル震わせながら思わず顔面を両手で覆って

こっそり両目抑えながら涙が出てくるのを必死に堪える

塩っていうかむしろワサビ対応過ぎて鼻の奥がツーンとしてきた

泣くな泣くな!すっごい辛いけど泣くな!大の男がみっともないぞ!!

アシュランの所業を考えたら

この先も自己嫌悪で散々泣き散らす羽目になると思うから

心の中で泣いておけ!いっそ「心泣き」を身に付けろ!

愚か涙はドラゴンに見逃してもらったあの時一回で十分だ……!


えぇと、やっぱり嫌々返事してくれたものの「(きみ)」が妥当なのだろうか

ここまでくるといっそ本人に聞いた方が早い

そもそも呼ばれたくないと答えられればそれまでの話なのだが……

彼の希望通りにしよう、これまで一杯迷惑かけてきたんだし。


スー、ハー


と深呼吸をして両手を顔から離し、尋ねようと意気込んだ所で

向けられていた表情を前に呆気に取られる

驚いたことに、俺を正面に見据えていた筈の険しい目は半円を描き

引き結ばれていた筈の口元も見事な弧を形作っていた


ルルムスが、俺を見て笑っている……?


「ふっ……くくく……!」


「……」


「驚きました……貴方、本当に人が変わってしまったんですね

私が知っている貴方とはまるで別人だ

昨夜の出来事が無ければ私も信じられたかどうか……


まぁ、どんな事情があるにせよ

心を入れ替えて下さったのならこちらとしても大歓迎です

悪党も死にかけると悟りを拓けるんでしょうかね」


尋ねられているのか呟きなのか判断しにくい口調だ

突然好意的な態度を取ってくれたことへの戸惑いもあり

どう説明したものかしどろもどろになってしまう


「その、俺は」


「立ち入った事を伺うつもりはありません

貴方自身が変わろうとする意志こそが何よりも大切なのですから」


今度こそ本当に微笑みかけられた

今なら、今ならちゃんと謝罪の言葉を聞いてもらえるかもしれない

相手に謝る時は時期や状況を図るのもとても大切な事だ

聞いてもらえる姿勢がなければ闇雲に謝っても意味がない

心に届かなければ、価値もない


「これまで散々ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした

本当に……本当に、沢山のご迷惑を」


『謝罪』とは、受け入れてもらえる期間が存在する

その期間を過ぎれば何をしても、どんなに誠意を尽くしても言葉は届かず

修復不可能な関係が構築されてしまうものだから。

前世で散々に味わった、人間関係の難しさから学んだことのひとつだ


そして、幸いなことにルルムスは


「謝罪を重ねる必要はありません

貴方の真摯なお気持ちは十分に伝わっています

人の本質はあらゆる事象の今際に表れるものですから。

他の者たちにも申し訳ないと思うのでしたら

貴方が変わったという事実を今後の言動で示していって頂ければ

これ以上私から申し上げることはありません、ですから……


貴方を許します 『 アシュラン 』 」


そう言って、『 アシュラン 』 の謝罪を受け入れてくれた

気絶直前の謝罪は彼に届いていたらしい

嬉しくてまた目の奥が熱くなる、今度はワサビが原因じゃない

やっぱりルルムスは優秀な神殿長なんだなぁ

許す、と言ってくれた彼の背後に後光が見えたような気がしたんだから

立派な人、というのは彼のような人物を指すのだろう


(今回は関係改善の一歩を踏み出すことが出来たけれど)


悪事に塗れたアシュランをここまですんなりと受け入れてくれたのはきっと

ルルムスが神職に就いているのが大きな要因だろう

神殿の人たちはなんだかんだいって根が善人だから。

他の人たちも同じように受け入れてくれると思ったら大間違いだ

今後は一層気を引き締めていかなければ、と思う


「かく言う私も貴方とのやり取りで

まだまだ修行中の身であることを痛感しましたから。

精進しなければなりませんね、私も」


と、謙虚な言葉まで聞いてしまったら

俺の魂はどれだけ汚れまくっているのかと改めて自覚もするワケで。

極めつけに「お互い頑張りましょう」なんて言われ

くしゃりと歪んだ表情を隠すべく顔を伏せざるを得なくなった


頭を上げられなくなった様子から察してくれたルルムスは

困ったように笑みを浮かべてそっと退室し


俺が表情を取り繕えるようになるまで


ただじっと、部屋の外で待ってくれていた

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