39<贄塚
「じゃあな」
「アシュラン!!」
俺を呼ぶフリッツの声を振り切り荷台から飛び降りる
身体強化で着地の衝撃を和らげると翼竜の一匹が俺に向かって降下してきた
巨大な体、咆哮、威圧感……まだ距離があるにも関わらず体が震えた
当然怖い、当たり前だ、あんなの目の前にしたら誰だって怖いに決まってる
殺される可能性が高い魔物になんて立ち向かいたくはない
しかし隠れる場所は無い
だから身体強化をフル活用して立ち向かうしかない
領境を超えたら激痛の余りショック死しかねないのだから
可能性に賭けるならここで降りるしかなかった
この世界でやらなければならない事がまだ沢山ある
だから、なんとしてもこの場は生き延びてみせる
(ごめんなクラウス)
まともな別れも言えないまま飛び降りてしまった
フリッツたちならクラウスの事もある程度まで面倒見てくれるだろう
生き延びたらできるだけ早く迎えに行ってやりたい
立ち上がり腰に差していた剣を引き抜いて直後
後方に一定距離で俺とよく似た人影が浮かび上がった
どうやらエメラインが罠の導術を使ってくれたようだ
馬車は森の直前まで進んでおりこのままなら無事逃げきれそうな距離
保身のため、とは言ったがどうせ降りたなら囮役も存分に果たしてやりたい
翼竜は一匹相手にするだけでも上級冒険者相当の戦力が十以上は必要だ
中堅の俺一人で倒せるような相手でないのは解っているが
こうなってしまったものは仕方がない
一匹の魔物を前にショートソードを構えて腹を括った
生まれて初めて対峙する翼竜の初撃を見極めるなど愚行極まりない事だが
攻撃を避け続けてもどうせジリ貧
より確実に生き残るためにはやるしかないだろう
ホラ、熊だって逃げるより立ち向かった方が生存率高いって言うし
……熊相手でも見かけた時点で撤退一択だけどな
こんな状況でもなきゃ立ち向かえるか馬鹿野郎
「やってみるか」
風の導術を使われたら多分避け切れないだろうが
相手が直接降下して鈎爪を使ってきてくれたらそれが好機だ
漫画やアニメのヒーローみたいに一撃で首を落とせたら勲章ものだな
足元から僅かに土煙を上げ腰を低く構えた所で
くい、と
外套を引っ張られた
「は?」
嘘だろ、まさか
強敵を目の前にして視線を逸らすなんて暴挙は
おそらく俺がアシュランとして生きている人生で
一生に一度、この一回分しかないだろう
「なんで居るんだクラウス」
っていうかいつの間に一緒に飛び降りたんだ?
その瞬間俺の思考の中から迎え撃つという選択肢は消えた
襲ってきた翼竜の初撃は有難い事に鉤爪だったが、剣を鞘に納める間もなく急いで手放しクラウスを抱え上げて地面を転がり避ける事しかできなかった
翼竜に対抗できそうな唯一の武器ショートソードは
翼竜が降り立った風圧で遠くに転がり取りに行ける距離ではなくなった
魔導袋から新たな武器を取り出す時間も無い
エメラインの放ったデコイは翼竜の進行方向にある
それが役に立ってくれれば生き残るチャンスも生まれるだろう
攻撃が当たったように装って死んだフリ一択
クラウスを腕に抱えた今の俺に出来る事はこれしかなかった
あとは運を天に任せるのみ
「……サンキューエメライン、助かった」
襲ってきた一匹は最初に俺に向かって鈎爪を向けて以降
その先にいくつか置かれたデコイの影に惑わされそちらを攻撃し
進行方向が騒がしかった影響か結局他の翼竜の鳴き声に呼ばれたのか
最終的には五匹全部がフリッツらが逃げ込んだ森の上空に集まり騒ぎ出した
残りの四匹が最初から馬車に引き付けられていたのが
俺の生死の分かれ目となったのだろう
馬車が走り去った方角で派手な爆発音が響いているが
あれは翼竜を引き付けるためにワザとやってるに違いない
フリッツたちの機転に救われたな
無事森の中へ逃げ切ったフリッツたちだが
まだ進行方向の森上空に翼竜が羽ばたいている
その間に俺は少しでも翼竜どもから距離を稼がなければならない
死んだフリするために一度切った身体強化をかけなおし
ショートソードを拾いに戻ってからクラウスを抱えて来た道を走って戻る
卵運びの時に長時間導技を駆使しても早々疲れないと把握したからな
全速力なら町まで戻るのに馬車程時間はかからない
ある程度距離を離したら今度は俺が翼竜を引き付けるか
(袋の中に閃光弾があったな)
見た目も音も派手なので翼竜もこっちに気付くだろう
余り離れすぎても魔物の関心を引けないから絶妙な距離を見極めなければ
そう思いながら距離を測っていればクラウスを抱きかかえている場所から
舌っ足らずな声が聞こえてきた
「あしゅ」
「あ?」
クラウス、今何か言ったか?
「あしゅ、だいじょぶ」
「俺が大丈夫なのは分かってる
だがフリッツたちがだいじょばない
もう少し距離を取ったら今度は俺が引き付ける」
舌っ足らずな言い回しでテノールオペラ歌手みたいな
ダンディズム溢るる男声出すのやめてくれないか?
美少年とギャップがあり過ぎて緊張感の欠片もなくなるだろ
どうせならその声に相応しい逞しい見た目に成長してくれんものか
「ひきつけなくていい、だいじょぶ」
「だいじょばねェって」
「だいじょぶ」
「だからじょばね……」
振り返って翼竜の動きを見てみれば
諦めたのか五匹ともどこか別方面に飛び去って行く姿が見えた
相当走って離れたから森の大半が地平線に隠れてしまっているが
クラウスの言った通りだ、あの様子ならフリッツたちも無事だろう
「お前は怪我してないか」
「してない」
そうか、良かった
安堵に息を吐き森の方角を見つめる
今から戻って改めて別れの挨拶をしに行くか考えたが
森に入った馬車は引き返すのも大変だ、領境で待っていても
翼竜の襲撃を受けたばかりなので戻ってこない可能性の方が高い
暫し考えて結局このまま来た道を戻る事にした
拠点に戻ったら今度こそルルムスに報告がてら雑談しにいくぞ
何度となくこの計画がとん挫してるからな、今度こそ成し遂げてやる
ポセ支配人に業務改善計画書も作って渡さねば
あとやるべき事と言えば……
「久しぶりに闇ギルドに顔を出すか」
気が進まないが
アヴァロッティ領の件を片付けるにはどうしても人手が要る
ベスカトーレ卿に十二分の軍資金を手配したから金の面では心配ない
正しく配分すれば領地奪還後の復興も行えるはずだ
しかし彼はあくまでアレグロスティ家の忠実な家臣
頭の硬い所があるフリッツの手綱を
握れる立場になかった場合に備えておいた方がいいだろう
蛇の道は蛇
例の子飼い貴族だけを絞める程度なら俺一人でも問題ないが
フリッツたちは正当な形で罰を下そうとするだろう
当時の暴動に茶々を入れた俺が彼らの仇を処断するのもおかしな話だ
かといって何もせず傍観しているワケにはいかない
翼竜の気を逸らしてくれた恩もある、なので
できる限りフリッツの領地奪還の邪魔になりそうな勢力を完全無力化して
まな板の上に置いとくぐらいはしておこう
叩けば埃がわんさか出るような連中に手を緩めてやる必要はない
フリッツたちを裏から補佐できる手練れ連中に声をかけてみるか
そうと決まれば時間は無駄にできない
出発したばかりの町に戻ると馬を借り
クラウスと相乗りして拠点の町へ向かい始めた道中で空模様が怪しくなってきた
向かっている方角の空が異様に暗い
ゲリラ豪雨でも発生していそうなほど分厚く黒い雲が遠目でも確認できる
「なんだ?」
どうも様子がおかしい
嫌な予感を覚えながらも馬を走らせ続ける
荷物を乗せた馬車で積荷に配慮して一日かけた距離を
早さ重視で休みなく走り続けた所為で街に着く前に馬がバテてしまった
水辺のある木に手綱を引っかけ休ませる事にしたのだが
馬と共に休ませようとしたクラウスが一緒に行くと言って服にしがみつく
「クラウス、お前も休んでろ」
「いっしょにいく」
「危ない状況だと判断したら馬と一緒にさっきの町まで引き返せ」
「いっしょに、いく」
「足手まといだ、聞き分けろ」
掴まれていた場所を手で振り払うが再度服を掴まれてしまう
町まではもう目と鼻の先
そこまで来て気が付いたのは分厚い雨雲だと思っていたのが
町の至る所から立ち上っている尋常でない量の煙であった事だ
建物が火事で焼けると上がる煙とよく似ている
つまり、町全体が燃えているという事だ
なのに避難民が一人もこちらに来ないのはおかしい
町から人が出てきている気配が無い
更に、緊急事態を知らせるギルドの狼煙まで上がっているのを視認したが
もうすぐ日が沈み始める時間帯である事と町から上がっている黒い煙の所為で相当近くまで行かないと見えない事から狼煙が役割は果たしていない事も分かった
上がっている狼煙の色は『赤』
意味は 『 壊滅的被害 』 もしくは 『 直ちに避難せよ 』
ヘタしたらその両方の意味が込められている事になる
つまりギルドは「この町には決して近づくな」と警告を発しているワケだ
だが狼煙は町の黒い煙に紛れていて意味をなしていない
俺のように天気が悪いと勘違いする人もいるだろう
周辺の村や町への注意喚起ができていないなら
分かり易く狼煙を上げ直してやる必要がある
「クラウス
俺は今から町で何が起こってるのか確認しにいく
お前にはここで町の様子を見ていてほしいんだ
それでもし町から逃げてきた人を見つけたら
馬に乗ってその人たちと一緒に遠くへ避難しろ」
「あしゅ、いっしょにいく」
「お前が来ても足手まといだ」
「あしゅ、よわい
いっしょにいく」
「……」
衝撃の余り絶句してしまった
子供に滅茶苦茶痛い正論吐かれるとは思いもせんかったわ
言葉の刃が不意打ち過ぎてガードする間もなく心臓を貫いている
大人げないのは解っているが流石にカチンと来たので
目の前の頭をアイアンクローしてお仕置きしてやった
「お前はもっと弱いわ生意気な口叩くな」
「あしゅよわい、すぐしぬ」
「……」
くっそ、威厳を示すために翼竜を一刀両断でもすれば良かったのか?
人間一人の力でそんな人外染みた事できるワケないだろいい加減にしろ
握力に全力を込めてみるがクラウスは平然としている
この俺渾身のアイアンクローが効いている気配がない、悔しい
竜人だもの、頭蓋骨だって人外に硬いよな
人型してるだけで細胞レベルで人間を上回る存在だもんな
人間如きの握力で苦しむはずがないか
力にものいわせて言う事聞かせるのは無理と見た
翼竜の時はうっかり庇ってしまったが
そもそも俺の庇護など必要としていないのでは?
……気付くの遅すぎだろ俺。
否、いつまでも子供の姿をしてるクラウスが全部悪い
大人はなぁ、本能的に守っちゃうんだよか弱い見た目の子供をよ!!
しっかしまぁ生意気な口叩きやがって!反抗期か?!
ドラゴンと比べたらそりゃあか弱いのは俺の方だわ!
すみませんねぇすぐ死にそうなほど弱くて!!
心の中でだけキレておく
俺はいい年したおじさんだからな
表には出さず自制するぐらいできて当然だ
「分かった、そこまで言うなら自分の身は自分で守れ
付いてきたきゃ勝手にしろ」
馬はこのまま自由にさせてやろう
木に引っ掛けていた手綱を馬から外し
身軽になるよう鞍も取って捨てるのも勿体ないので魔導袋に仕舞う
馬を貸し出している牧場の印が付いた額革と項革のつなぎ目に
公爵邸のある町が壊滅状態である事
そちらの町でも避難準備をしておく事など記した紙を括りつけ
ついでにギルドで上がっている狼煙を
こちらでハッキリと分かり易く上げ直すことにした
「確か盗賊からせしめたブツに
赤い狼煙が大量に入った木箱があったよな」
その木箱まるごと火を点ければごん太な赤い狼煙を上げられる
人のいない草原のど真ん中で魔導袋からぬるりと引っ張り出した木箱を地面に転がし適当に油を撒いて着火、すぐに赤い煙が昇り始めるだろう
「これでよし、町に向かうか」
傍で見ていたクラウスが小さく頷く
これから日が落ちる、町がどんな状況になっているかは分からないが
領民全員が避難しなければならない最悪の事態を想定しておいた方がいい
町に着いたら先ず何をするべきかと考えながらちらりと隣の様子を窺う
(……流石竜人)
教えてもいないのに身体強化の導技を使いこなして俺の速さに付いて来ている
見ただけで覚えられるなら人間では併用不可能な導術まで使いこなしそうだな
そうしてクラウスと共に辿り着いた町の様子は
俺が想定していたよりももっと悪い状態だった
「……なんてこった」
全てが炎に包まれている
西日を背に受けながら西門だったであろう崩れた壁の瓦礫を乗り越え
少し高い位置から見下ろした町の光景は悲惨なものであった
炎の勢いが尋常でない事から人為的に付けられたものではない事が分かる
そして鼻を突く刺激臭、これは
「ドラゴンブレス?」
近くに巣を構えたドラゴンがとうとう町を襲撃したのだろうか
その割には腐蝕した部分が見当たらない、炎の勢いはすさまじいが
ドラゴンが吐き出した火炎ではなさそうだ
人の気配も感じられない、避難済みの状態であればいいのだが
まだ何が起こっているか分からないからな
予め中和剤を服用しておこう
バッグから取り出し口に放り込んで飲み込む
炎の勢いが弱い場所を見極めて進んでいく
西門に近い倉庫街は全て燃えておりギルド施設も完全に崩れ落ちていた
町の中心部にある神殿の様子も見にいかなければ
ルルムスや神官たちは無事だろうか
立ち込める熱気に汗を噴きながら生きている人がいないか探しつつ進む
迂回と侵入を繰り返してやっと辿り着いた町の中央には
目を疑うような光景が広がっていた
神殿が建っていた筈の場所には
隕石でも落ちたように巨大なクレーターができており
建物は欠片も残さず吹き飛んでいた
その中心に塚のようなものが築かれており
全てが黒く焼け焦げているらしく酷い悪臭を放っている
町に近づいた時から不快な臭いがしていたので
歩き回っている間にある程度慣れてしまったつもりだったが
この黒い山は別格だ
一歩近づいた途端、気絶しかねないほどの強い臭いを覚えて
反射的に鼻を摘まむ
「ぐっ……!」
キッッツい
あまりの空気の悪さに目が痛み涙が出てきた
玉ねぎを切った時とは違う、「沁みる」ではなく「刺す」類の痛みだ
辿り着いた場所は中和剤の効果もかき消すほどに酷い状況らしい
急いで追加の中和剤を多めに飲んでなんとか堪える
遠目から土を盛っただけのような山に見えたそれに慎重に近づき
「こりゃあ、な ん……」
それが何を積み上げられたものであるかに気が付いて言葉を失った
俺が手を伸ばして触れようとしたその黒い山は
数えきれない人数の焼け焦げた死体が積み重なってできたものだった




