38<元参謀だが、悪魔の計画書にブチ切れた
五年前――……
アレグロスティ伯爵は親戚であるアヴァロッティ子爵に陥れられ
最愛の妻と長男、地位、権力、財産、名誉、領地の全てを奪われた
領民はアヴァロッティの流言蜚語に惑い、利用され
結果としてアヴァロッティが領民の支持を得て領主の座に就く
その後、アレグロスティ領はアヴァロッティ領と名を改め
少しずつ……確実に衰退を始めた
先ず税が上がった
物流が滞り始めた、失業者が増え始めた
治安が悪化し、浮浪者も多くなった
災害が起こっても有効な対策は行われず、復興支援もない
華やぐ街、アレグロの象徴でもあった生花産業は先細りし
栽培用の土地が埋め立てられ娯楽施設が建設された
金をかけて勝ち負けを競う施設だ
遊びに来る貴族のお陰でそれはそれは繁盛しているらしい
最近では、これまで裏でしか出回っていなかった薬物まで
堂々と表の売買ルートに乗っていると聞く
町の衛兵や自警団は殆ど機能しておらず
貴族が従えている騎士隊の腐敗も目に見えるようになってきた
昼間でも人々の表情に生気は感じられず
表通りも身の危険を感じるほど物騒な気配に包まれている
町の外では野盗が出没し、商業馬車が襲撃される被害が後を絶たない
ギルド施設の冒険者にも被害が及んでおり
ギルド長が領主に上申しているそうだが取り合ってもらえていない
王族直属の組織である神殿は我関せずとこの状況を静観し続けている
ここまでの状況になっても領民が声を上げないのは
彼らが権力者に怯え諦めているからだ
民を守る筈の騎士が守ってくれるどころか自分たちの敵になっている
むしろ逆らえば罰せられてしまう、この状況に失望しているからだ
五年かけてじわじわと真綿で首を絞めるように
少しずつ、確実にこの領地は死へと向かっている
この領はなにもかもがおかしくなっている
「くそっ……アヴァロッティめ!どこまでも領民を苦しめおって!!」
この領地の元領主で今でも私の主であるアレグロスティ様が
憤り、手にしていた紙を握りしめてテーブルに叩きつける
「私が領主を退いて五年だぞ!何が革命だ!!
状況は悪くなる一方ではないか!」
「野盗への対処はこちらからも冒険者に依頼しておりますが
やはり全ては庇いきれませんね」
「彼らは食うに困り止む無く野盗に身を落としたのだ
それをヤツは!一片の情けもなく処断したのだ!
生まれたばかりの、赤ん坊まで殺したのだぞ……!」
今し方届いた報告書に記載されていた内容の事だ
テーブルに額を打ち付ける主の姿は痛々しい
当時の暴動の切っ掛けはたった一つの小さな諍いだった
領内視察に訪れた領主様が領民同士の小競り合いに遭遇しそれを仲裁した
今思えば、そこから全てがアヴァロッティの策略だったのだろう
ご子息が領内のとある町で商人と取引を行った際
不手際で大きな損害を出してしまい
それを助けたある貴族の勧めで薬物にのめり込み……
我々が気付いた時には既にアヴァロッティの手に落ちた後だった
領主様の大切なご子息と愛する奥様は
今現在も辛うじて生きているという報告は受けている
ただ、私は主に申し上げていない事があった
アレグロスティ様は、アヴァロッティに囚われた奥様とご子息が伯爵邸で恙なく過ごされていると思っており、自分が大人しくしてさえいれば二人に危害は及ばないだろうと信じていらっしゃる、しかし
現実は違う
神殿の知り合いに秘密裏に依頼して調べてもらった結果
奥様はアヴァロッティの妾にされ、既に二人の子を産んでおり
ご子息はアヴァロッティ令嬢の愛玩奴隷にさせられている事が分かった
実に胸糞の悪い話だ
当時の混乱の渦中ではそこまで調べ上げることはできず
後になって、アヴァロッティの真の目的が奥様である事を知った
もう一年も前の事だが、私は未だにその事実を主に告げられずにいる
これを伝えてしまえばこの方はなりふり構わず伯爵邸へ向かうだろう
そして、変わり果てたお二人の姿を見て
今度こそ心を折られてしまうかもしれない
アヴァロッティは晴れて大義名分を得て、私の主を殺すだろう
私の手元で扱える資金はそろそろ底を突こうとしている
このまま冒険者を雇い続けるのも難しい
資金繰りの方法も、闇ギルドにコネのあるアヴァロッティの妨害によって上手くいっていない。次男と三男の坊ちゃんは学舎を辞めて冒険者という立場になり少ないながら仕送りまでしてくれている
幼い妹君は父親の身の回りの世話をすると言って
金のかかる学舎へは決して通おうとしない
「今日の夕食はお嬢様が畑で育てた野菜を使うそうですよ」
「……そうか、きっと栄養満点なのだろうな
楽しみだ」
気分転換の為にも、ほんの少しでも心に優しい話題を振る
引きつっていた口元が僅かで緩んだ事に安堵を覚えて
領内に関する情報書類に目を通しながら、ふとある事を思い出した
「そういえば今日でしたね、フリードリヒ様がお戻りになられるのは」
「ああ、隣りの領地に荷物輸送の仕事で出向いたのだったな
セインツヴァイト領は昼と夜の落差が激しい事で有名だったが
今も相変わらずなのだろうか」
噂をすれば影とはこの事だろうか
バタバタと忙しなくも強い足取りには覚えがある
主も気づいたらしく私と目を合わせると共にくすりと笑みを浮かべた
幼い頃から快活で、四人兄妹の中で最も主に似た気質を持つ子だった
今ではもう二十歳だから立派な大人なのだが
幼い頃から成長を見守っていた為
”坊ちゃん”を見る目に老婆心を捨てきれない
間を置かず扉が開かれ
真剣な表情をしたフリードリヒ坊ちゃんが姿を見せた
冒険者としての立場では元貴族の身分を隠し
『フリッツ』と名乗っているのだったか。
四歳年上で幼馴染のエメライン嬢も一緒に行動していると聞く
ただの幼馴染だと双方言っていたが仲睦まじい様子なのも事実だ
フリードリヒ坊ちゃんには幸せな家庭を築いてほしいものだが
本人が意欲的にアヴァロッティを探っている今のような状況では
恋愛や結婚などしている暇はないのだろうな
「今帰りました、父上」
「無事に戻って何よりだフリードリヒ
して、首尾はどうだ?」
冒険者に囲まれた生活を送っている影響か
最近は主の事を「親父」と親し気に呼ぶようになった坊ちゃん
最初こそ礼儀正しく挨拶をするが、その姿勢は直ぐに崩れる
「多分、物凄いものを持たされたと思う」
「……”物凄いものを持たされたと思う”?」
「ああ、これなんだけど」
その台詞の全てが首を傾げずにはいられないもので
主が首を傾げるのと同時に私も顎に手を当て頭にはてなを浮かべてしまった
妙な言い回しだな
腰に下げていた袋から「これ」と言って取り出されたのは丈夫そうな革製の鞄
商人や下位貴族がよく手にしているどこにでもある普通の仕事鞄だ
物凄いもの、とはその鞄の事だろう
それは何故か主にではなく私に向けて差し出される
「ベス、中身を改めてくれ
送り手から『先ずは必ずベスに読ませる事、順番が大事だ』って
口酸っぱく遺言を残されたんだ
自分の命を犠牲にしてまで俺たちを守ってくれたヤツの最後の言葉だ
聞いてやらない訳にはいかない、だから先にベスに読ませるよ」
「お前の恩人の遺言ならば致し方あるまい」
父親の顔色を窺うように視線を投げた坊ちゃんに了承を示した主は
今度は私へ「読め」という意を込めてアイコンタクトしてきたのでひとつ頷き返し
坊ちゃんから渡された鞄を開けて中に入っているものを出そうとして
すぐにその異常に気が付き目を見開いた
出しかけたものを即座に鞄に引っ込めて
目の前で興味深そうに私の手元に集中している坊ちゃんに
表情を隠して声をかける
「これは非常に重要な書類のようです
坊ちゃん、一度退室して下さい」
「俺も読みたいからここに居るんだ」
「遺言は『先に必ず私に読ませる事』なのでしょう?
全てに目を通してからお渡しします」
「だけどな
俺だって気になって昨日なんかその所為で寝不足で」
「お聞き分け下さい、フリードリヒ坊ちゃん」
「うっ……わ、分かったよ……でも退室はしない
その書類を手に入れたのは俺だ、内容を知る権利がある
お前が読み終えるまでそこに座って待ってる」
私の仕事机から少し離れた応接用のソファーに勢いよく腰を下ろした坊ちゃんは隙のない視線を私へと向けて、梃子でも動かないぞという雰囲気を醸し出していた
退室の説得はできそうにないと諦め再度鞄の中身を改める
入っていたのは書状と書類、手紙の三つだ
書状と書類のタイトルは非常に気になるものだったが先ずは手紙
この鞄の送り主が私の知り合いである可能性が高い
でなければ読む順番を遺言にするほど重要視したりはしないだろう
私を名指しした手紙が入っていたのなら尚更だ
(先ず、貴方が何者であるか教えてもらいましょうか)
封を開け、折りたたまれた三枚の手紙を取り出すと一枚目から順に読み進める
その行動は私が人生最大に激怒するカウントダウンが始まった瞬間だった
十分後――……
「ぁ……あ、あ、ぁアリ得ないィ!!」
「……ベス?」
「フザけるな!貴様……っこの!……なんだと!?」
「ベスカトーレ?」
「なんっ……な、なんって事だ……!!
あのクソガキ!こんな重要な事を今になって!
しかもっこれは!これを私がどれだけの時間をかけて探し続けていたと!
あの時にこれがあれば!どれだけの事が出来たと……!!」
「……」
「まさかっ あの脅迫はこれの取り引きをする為の!?
だがヤツの要求は……あ、あー!そういうことだったのか!!
分かるかこのクソッタレが!!!」
「……」
「フザけるな!フザけるな!!フザけるなぁぁぁあああ!!!」
いつも冷静沈着で穏やかだった参謀のあまりの豹変ぶりに
恐れおののいたフリードリヒがそっと父親に歩み寄る
同じく参謀の怒り狂う姿に言葉を失っていた父親も
椅子に座ったままだったがそろりと息子へ身を寄せた
「親父……」
「ああ、幼い頃からの付き合いだったが
あんなに取り乱したベスを見たのは生まれて初めてだ
お前の恩人は一体何をベスに送り付けたんだ?」
「アヴァロッティを引き摺り下ろすための証拠書類、の筈だけど」
「なんだと?フリードリヒ、送り主は誰だ」
「アシュラン……
セインツヴァイト公爵家の元嫡男だったアースラム=セインツヴァイト」
「なんと、彼が身を挺してお前の事を守ったというのか?
遺言と言っていたが、彼は死んだのか」
「今回の仕事の道案内として同行してもらってたんだ
領境で別れる直前に翼竜五匹に襲撃されて、そこで」
「翼竜が五匹だと?どの方角から飛んで来た
それぞれの個体の大きさは」
「方角?あー確か……俺たちが通り過ぎた町の方から
大きさは五匹ともかなり大きかったな」
「ありえん、翼竜の住処は領地の後方にある山脈に集中している筈だ
平野ばかりのセインツヴァイト方面から来るなど起こり得ない」
「でも、実際に翼竜は町の方角から飛んで来たぞ」
「それは何か異常事態が起こっている証拠だ
ベス、急ぎセインツヴァイト周辺の状況を探らせ……」
「親父、ベスの奴泡吹いて白目剥いてる」
「失神している場合ではないというのに!
ってこら、どさくさに紛れて書類を読もうとするんじゃない!」
「え、だってベス読み終わっただろ?」
「早まるな!滅多に怒らない温厚で穏やかなベスカトーレが
怒り狂って気を失うほどの内容が書かれているのだぞ!
私もお前も、内容を確認するのはベスが精査を済ませてからだ」
「でも、ずっと気になってて」
「それを読んで私まで憤死したらお前が困るだろう」
「そりゃあそうだけど」
「ならば大人しく待った方がよい
ベス、おい、目を覚ませ……起きる気配が無いな
フリードリヒ、タライに氷水を入れて持ってこい」
「それしたら心臓止まるんじゃないか?」
「気付けにはそれが一番だ」
机に広げられた書状や書類たちをあえて読まずに鞄に仕舞い
濡れない場所に遠ざけたアレグロスティ元伯爵は息子が持ってきた
氷水入りのタライを参謀が座っている机の中心に置くと
上を向いて脱力しきった参謀の首の根をつかみそのままタライに押し込んだ
「ぶは!ごほっ!つ、冷たい!!
老体になんてことを!!」
「凄いな、一発で起きた」
「フリードリヒ、タオルを渡してやれ」
坊ちゃんが用意してくれたタオルで冷えた顔を拭い平静を取り戻す
顔を上げると白湯も差し出され、有難く受け取り喉を温め一息吐いた
「お見苦しい姿を晒してしまいました、お許しを」
「よい、フリードリヒが気になる事を言っていた
セインツヴァイト方面から翼竜の成体が五匹も出現したそうだ
調査隊を組ませたいのだが、頼めるか」
「調査する必要は御座いません」
「何故だ、明らかな異常事態であるというのに」
「おそらく予兆のひとつでしょうから」
「……ああ」
一瞬分からないといった顔をした主はすぐに思い当たり
納得したように頷く
予兆のひとつであれば我々に出来る事はない、それに
「セインツヴァイト方面という事は地図上では
『王都方面』と見ることもできます」
「事は重大か」
「嫌な予感ほどよく当たるものですからね」
「なぁベス、話の腰折って悪いんだが
『予兆』ってなんだ?」
坊ちゃんが不思議そうな顔をしている
学導院を一年通っただけで卒業はなさっておられなかったか
五年間修学すれば今私と主が言っている事も理解できたであろうが
今し方読み終えた資料を見た所為で
この五年の歳月を全て無駄にさせられたと思うと悔しくて堪らない
憎きアースラム元公爵子息の所為だと思うと余計に怒りが込み上げてくる
「予兆とは聖典に記されております『終末の黙示録』の事です、坊ちゃん」
「聖典科目はさわりしか学んでない」
「世間一般では『世界の終りの始まり』と言われております
古の王が復活し、世界を終焉に導くと言い伝えられているのです」
「それは知ってる
ただの言い伝えだろう?非現実的だ」
「既に数日前、第一の兆候が起こったのですよ
聖典に記されている第一節は 『 古の王目覚めし時、闇の楔が穿たれる 』
明け方前の事でしたので坊ちゃんは見ていないかもしれませんが
世界中のあちらこちらで天を貫くほどに高く巨大な黒の建造物を目撃した
という話が出回っているのです」
「俺の冒険者仲間も見たって言ってたな」
「そして第二節は 『 混沌より出る王の手足が贄の塚を築く 』
我が国の神殿の解釈では世界各国で古の王の配下とされる魔物が
跳梁跋扈する事を示しておりますが
巨大な魔物が引き起こす大海嘯だと解釈している国もありますね」
「古の王ってのは?」
「別名では悪しき王、魔物の王……『魔王』とも呼ばれております
我々人類にとっては永遠の仇敵です」
「翼竜の不可解な出現が聖典の第二節に関係してると思ってるのか?」
「ええ、聖典に記されている事とその解釈が事実であれば
あらゆる場所で魔物が湧きだす事になるでしょうから
これから数えきれないほどの人命が損なわれることになりますね」
「なんとかできないのか?対処法は!?」
「坊ちゃん……黙示録の事も確かに大事ですが私は
今
早急に
やらなければならない事が
山!積!しております
お分かりですよね?旦那様、坊ちゃん」
満面の笑みを浮かべてお二人を見上げれば
言葉と一緒に息も飲み込んだ様子で二人揃ってそそくさと部屋から出て行った
その様子を見送り、室内が静かになった所で
主の書斎机に移動していた資料を再び手に取り自分の席へと戻る
私は今、本気でキレている
アースラム=セインツヴァイト
奴は坊ちゃんの事を身を挺して守り死んだそうだが
私には到底信じられない出来事だ
あんな外道に誰かを守れるような精神性などない、しかし……
この手紙に書かれている切々とした謝罪の言葉
最初こそ怒りのあまり細切れに破り捨ててしまいそうになったが
冷静に読めるようになるまで何度も読み返してみるべきか
あの小賢しいガキの事だ、何かの暗号も忍ばせているかもしれん
そして手紙に同封されていた、ギルドで引き出す事のできる小切手に
記された額は目が飛び出るほどのものだった
何度も、何度も桁を確認し直すと
椅子の背もたれに上体を預け脱力する
「白金貨五万枚だと……?
年間国家予算相当の金額ではないか」
これほどの額を会った事も無い私に託すなど通常では考えられない事だ
それほどに坊ちゃんの存在が奴にとって大切だったということか?
しかし、こちらの事情を坊ちゃんが話したとて
これだけの額を出すに値するかと問われればそれは否だ
国家予算級の金額を無償で融資する動機にするには弱すぎる、ならば
「本気で……奴は本気で、この手紙の通りに……?」
過ち、罪、改める、心から謝罪する、申し訳なかった……
手紙に綴られている単語を繰り返し読む
金額は誠意の表れともいうが、それは余りにも大きい
明記されてはいないがとんでもない額の小切手が領地奪還に関して
「失敗は許さない」と圧をかけてきているようにも感じられた
これだけの資金があれば
同封された計画書の要点を押さえつつ不正の証拠となる資料を上手く利用すればアヴァロッティを失脚させる事など「容易」だ
その後の領地の復興費用も十二分に賄えるだろう
直ぐにでも行動に移すべきだ
「だが……」
胸中を不安が過ぎる
アヴァロッティを失脚させるという事は奥様とご子息の真実も
同時に白日の下に晒されるという事だ
「私は……どうするべきなのだろうか」
答えを出せず一年も沈黙を続けてしまった私はきっと
主や坊ちゃんたち、そしてお嬢様に責められる事になるだろう
アヴァロッティの件に片を付けた後、覚悟を決めねばならない
私が何よりも重要視しているのは
我が生涯の友
ブロッサム・アレグロスティの幸せなのだから




