36<二人目の友人ができたので乾杯した
フリッツが風呂から戻ってきたタイミングで運ばれてきたのは
食べきれないほど豪勢な夕食
それを満腹食べ終えた俺とフリッツは互いにベッドに腰掛けて向き合っていた
クラウスはまだ山のように残っている食事をゆっくりと口に運んでいる
初めて人間の食事を口にするのだから食べるのが遅いのも仕方ない
クチャラーは嫌煙されがちである
故にクラウスの咀嚼は噛み始め速攻で矯正しておいた
竜帝がクチャラーなどありえん
俺が勝手に竜帝って言ってるんだけど
雄々しさと雄大さと格好良さのイメージ大崩壊だからな
偉大な人物はテーブルマナーもそつなくこなせる方が尊敬度も増す
あ、ドラゴンモードの時は遠慮なくクチャっていいと思う
むしろ血と汁ブシャー!ぐらいした方がドラゴンがドラゴンたり得る気がする
愛され系ご当地ゆるキャラを目指すなら
血と汁の代わりにトマトを噛み潰すとよいだろう
フレッシュで爽やかな酸味と香りが周囲を和ませる事間違いなしだ
……で、
そろそろ現実逃避も苦しくなってきたんだが
俺は一体いつまでフリッツと真顔の睨めっこを続けなければならないのだろうか
まだ二分ぐらいだろうけど体感で十分は続いてる気がしている
早く本題を切り出してくれないか?
無言で向き合うのにも限界があるのだが
「……アシュラン」
おお!やっと本題か、待ちかねたぞ
「なんだ?」
という喜びを表に出してはならない事など空気を読めば分かる
両膝に両肘を突いて顎の前で両手を組んでいるフリッツは
非常に深刻な表情をしている、究極の二択を迫られているかのような緊張感だ
そして彼の口から語られた真実とは―――……!?
「おやすみ」
「Hey man?」
「は?」
「うっかり母星語飛び出しただろうが
ここまで焦らされといて寝かせるかヴォケ!!」
「何語か分からないが状況的に良くない意味なのは理解した
あと満腹でこの運動は吐きそうだから止めてくれ」
勢いで胸倉掴んでガックンガックンと前後に揺さぶってしまったが俺は悪くない
謝罪を繰り返すフリッツからとりあえず手を離し
改めてベッドにドスっと腰を据えて向き合うとこちらから切り出す
「なんで親に会ってほしいなんて言ったんだよ」
「その事をずっと考えてたんだ……けど、うまくまとまらなくてな
どう説明したものかと悩んでる」
「テメェの親と俺は面識あるのか?」
「多分、会った事はある筈だ」
「名前は」
俺の問いかけにフリッツの視線が落ち、表情がくしゃりと歪む
言いたいけど何か理由があって言い出せない感じか
荷馬車ではちゃんと説明してくれそうな感じだったんだが
それが今では言い渋っている……その間にあった出来事と言えば
双子の襲撃しか思い当たらない
今でこそ縁を切っているとはいえ弟妹がフリッツたちを散々に貶める発言をしたのだ、兄である俺への印象が悪くなっても仕方がないよな、フリッツに至ってはセインツヴァイト領出禁になってしまった
「あー、聞き方を変えるか
つまりテメェは俺に何をさせたいんだ?」
フリッツの顔から力が抜ける
地面に落ちていた視線が俺に向けられ
目が合うと頼りなさげに眉を下げて笑みを浮かべてきた
「悪いな、気を遣わせて
つまり……そうだな、俺と一緒に戦ってほしいんだ」
「構わねェよ」
「え"っ
そんな簡単に」
「だが場所が重要だ
俺には制約紋が刻まれててセインツヴァイト領からは出られない
どこで戦ってほしいんだ」
「……アヴァロッティ伯爵領」
「そうか、じゃあテメェと戦うためには制約紋が邪魔だな
しかし厄介な事に俺はコレの解き方を知らねェし
エメラインの言う事が本当なら術者に解いてもらうよう交渉しなきゃならねェ
術者のいる公爵邸にはあのイカれ双子が住んでる」
「イカれ……お前の弟妹だよな?
いいのかイカれてるなんて言って」
「二十年も会ってねーんだから血が繋がってるだけの他人みたいなモンだ
良い思い出がある訳でもねェのにあんなに執着されるなんて嫌な予感しかしねェよ
しかもあの様子じゃ解いてくれと頼んでも素直に聞いてくれるワケがねェ
どころか更に条件付きの制約紋を刻まれかねない状況になってやがると分かったからな
アイツらへの対策ができるまで元実家には極力近づきたくねェから
制約紋をすぐに解く事はできない」
「今のまま領外に出たらどうなるんだ?」
「全身が立ってられないほどの激痛に襲われる
過去に色んな場所で何度も試したからな
全身を巡ってる導力回路に直接作用しているようなモンだ
繰り返して慣れる様な類の痛みじゃない」
「そう、なのか」
肩を落として再び俯いたフリッツは組んでいた両手に力を籠めると
迷いを振り切るように勢いよく顔を上げて
強い眼差しで俺を見据えた、どうやら話す覚悟を決めたらしい
俺にとっては厄介ごとの臭いしかしないからできれば聞きたくないんだけどな
「アシュラン、どうか正直に答えてほしい」
「”正直”?俺が何をどう答えようと結局は
テメェが聞くか聞かねェかの違いでしかねェんだぞ」
「だが相手に正当性を求めることはできる、そうだろ」
「星なしに正当もクソもねェだろ」
自嘲めいて笑い、肩を竦ませるがフリッツに迷う素振りはない
どうやら本気で俺の答えを正直な回答として聞こうとしているようだ
本当に危なっかしい奴だなコイツは。
「他の連中は同席させなくていいのか
また相談も無く勝手にあれこれ決めたら説教くらうぞ
冒険者パーティ『アンブロシア』代表のフリッツ殿?」
「これからする話は俺の個人的な事情が絡んでる
冒険者という立場は関係ない、他の奴を巻き込むつもりもない」
「で、俺の事はしっかり巻き込むと」
「集めた情報が正しければ、あんたも関係者の一人だからな」
「何が知りたいんだ?」
「今回アンブロシアが引き受けた仕事の依頼人を知ってるか」
「知ってるぜ、道案内の事前調査で
テメェらの仕事内容も正確に把握しておきたかったからな」
「以前にもその依頼人に関わった事があるんじゃないのか?
詐欺や横領……恐喝で」
「……」
「情報料が必要なら支払う」
「金はいらねェ、代わりに教えろ
俺に声をかけたのは偶然か、必然か」
「……、必然だ」
「俺に依頼を持ちかけたのも、か」
「あんただと分かってて依頼した」
D E A T H よ ネ ~ ☆彡
ああ知ってたよ、分かってたさ
善意で俺に声をかけてくれる人なんてひとりもいない事は解ってた
おかしいと思ってたんだよ
あの町に来る道中いくつかの村や集落を経由してるのに
悪党アシュランの話を一度だって耳にした事がなさそうな素振り
ギルドで受付嬢が強く声をかけてきたのに後回しにした行動
レストランで俺の身分を知っても大して驚いた風もなく
何も聞いてこなかった事も
まるで信用のない俺に依頼する自体がありえない事だったのに
違和感を覚えながらも話しかけてもらえた喜びに浸っていたくて
俺自身も気付かないフリをしていた
今までのアシュランであれば馴れ合いなど早々に切り捨ててフリッツに問い質しただろう、俺はそれをあえて先延ばしにして出来る事なら最後まで知らないまま見送りたかったんだ
そうかそうか、結局はフリッツも目的があって俺に近づいたワケだ
……
……そっかぁ、そうだよなぁ
くしゃりと顔を歪めて自嘲する
だが、ドラゴンの卵を背負って危ない橋を渡ってくれたのは紛れもない事実だ
目的があって特定の人物に近づくことは決して悪いことじゃない
フリッツ自身が曲がった事を嫌う誠実な人柄である事も十分理解してる
俺の境遇を気にして、遠巻きにする領民に
突っかかろうとしてくれた姿勢まで否定するのは間違ってるよな
うんうん、打算で近づいてきたというのはちょっと寂しいが
フリッツは間違いなく良い奴だ、出来る事なら力になってやりたい
「アシュラン!!」
「うお!?」
寂しくて落ち込んでいた気持ちを自分で元気づけて持ち直そうとしていた所で
フリッツから豪快なハグを受けた
両腕が背に回り、力強く抱きしめられたのは一瞬ですぐに身を離し
俺の両肩をがっしり掴んで訴える
「確かに俺は目的があってあんたに近づいた!でも
あんたの手助けをしたいって思った事に俺の目的は関係ない
あんたが良い奴で、信頼を築きたいと思ったから行動したんだ」
「お、おぅ……」
「ちゃんと解ってるのか?俺はっあんたとダチになりたいから
こうやって、今!一緒にいるんだからな!」
「分かった分かった!分かったから離せ暑苦しい!」
ずずずいと顔を寄せて訴えられる、顔圧がすごい
勢いに気圧されはしたが言ってもらえたことは素直に嬉しかった
なにより、なによりだ!なにより二人目の友人ができた!!
現実だよな?俺は明日にでも死ぬのか?ささやかでもお祝いせねば
丁度いいことに夕食と一緒に運ばれてきた樽いっぱいの酒がある
まだクラウスが食事を続けているテーブルから……って凄いなクラウス
俺たちが残した食べ物まで綺麗に平らげ空の皿を量産し続けている
今用意されている分全部食べつくしそうだ
食べている量が尋常でないにも関わらず全く膨れてない腹
まぁドラゴンだしな、食ったモンは身体エネルギーだとか
なんかわからん見えない力の糧になっているのだろう
「満腹になったらそれ以上は食べるなよ」と声をかけて
頬を膨らませ咀嚼しているクラウスの頭を撫でてから
食事していた際に互いが使っていたタンブラーを持って
樽の注ぎ口から一杯ずつ注ぐと片方をフリッツに手渡した
俺の二人目の友達記念に、乾☆杯!!
なんて言えるかこっ恥ずかしい!
嬉しさでニヤニヤする口元を必死で隠し
心の中でのみ音頭を取ってタンブラーを掲げれば
空気を読んでくれたフリッツも突然の乾杯に戸惑いながら俺に合わせてくれた
コンと器同士を当てた所で注意深く俺を見ていたフリッツが
俺が妙に上機嫌になっていることに気付いたのだろう
小さく吹き出し、酒を煽る直前にボソリと言う
「新しき友人に」
首から上が火を噴きそうなほど真っ赤になった自覚はある
仕方ないだろ嬉しいんだから!顔が赤いのは酒だ!酒の所為だからな!
ぐびぐびと飲み干し、二杯目を注ぎに立ってベッドに戻ると
半分ほど中身を減らしたフリッツが事の核心を話し始めた
「俺の父親はブロッサム・アレグロスティ
これから向かう領地の元領主だった男だ」
「そうか、盗聴防止は?」
「そこにある、エメラインから借りてきた
初めから起動させてある」
視線で促された先に在る枕元に盗聴防止魔導具が置かれている
正常に動作しているのを確認してフリッツへと向き直った
「で、父親の汚名を雪ぎたいから協力してほしいって事か」
「俺と戦ってほしいとは言ったが
あんたには教えてほしい事があるだけで
俺たちの抗争に巻き込みたいワケじゃない」
「どういう経緯で俺の関与を知った」
「今回の依頼人の貴族は親父を陥れた連中の一人だ
ありもしない罪が捏造された経緯を探すために調べていたら
あんたの名前が出てきた
セインツヴァイト公爵家は俺たちの……いや、今はアヴァロッティのだが
当時でもアレグロスティの後ろ盾だった、だから
元嫡男であるあんたの事を知った時は
公爵に太刀打ちできるわけがないと諦めかけたが……調べ続けたら
あんたが例の貴族を何度も脅して金を巻き上げてるのが分かったんだ
後ろ盾なのに、俺たちを陥れた貴族連中から金を巻き上げてるあんたが
敵なのか味方なのか分からなかった、だから
貴族に近づくついでにあんたの見極めも兼ねてこの領地に来たんだ
当時の話も聞けるかもしれないと思って」
「なるほど、それで帰りの道中で一度は俺に話そうとしたが
セインツ領主のイカれっぷりを知って
決断が鈍って今の今まで話を引っ張ったってワケか」
「あんたの人柄は理解したつもりだが……」
「あんなイカれ具合を見れば誰だって二の足を踏む
身内をこれ以上危険に晒せない立場なら慎重になって当然だ」
「黙って近づいて、悪かった」
「悪いことなんざねーよ
テメェの立場を考えりゃ黙っとくのが当たり前だ
あの双子に俺の事を話さずにいてくれたしな
フリッツには恩義しか感じてねーよ」
「その事も気になってた
兄弟なのに顔を知らない筈がない、なのに気付かないって事は
逆に俺の方が探られてるんじゃないかと思ってしまったんだ
……なんで双子はあんたに気付かなかったんだ?」
「俺にも分からん
二十年も会ってないから顔を忘れられてるだけかもしれない
執着してる割には顔を知らないなんて有り得ねー事だからな
命拾いしたことに変わりはねェが」
ゆるっとスタイルなら気付かれない事も納得できたんだが
今の俺はアシュランスタイルだ、廃嫡前から変わらぬ趣向なので
いくら外套を羽織っていたからと言って
服装の所為で気付かれなかったとは考えにくい、やはり俺の顔そのものを
なんらかの理由で覚えていなかったとしか思えないんだが……
考えれば考えるほど矛盾に満ちている、この件はとりあえず置いとこう
「フリッツ、アヴァロッティをどうしたいんだ」
「確信を突くような事ばかり聞くんだな
この際だ、全部話すよ」
「いや話さなくていい、俺が知りたい事だけで十分だ
テメェは被害者側だからな、心象が入り混じった意見には齟齬が生じる」
「……冷たいんだが優しいんだか
俺はアヴァロッティを今の地位から引き摺り降ろしたい
奴が領地を好き放題荒らしてるのが理由だ」
「アヴァロッティを追い落とせたとして
その後はどうするつもりだ」
「当然、アレグロスティが領主として領地を治めていく
俺は三男だからな、領主である親父を支えて
領民の為に出来る事をしていく」
「いいだろう
セインツヴァイトから出られない俺が出来る事は
証拠の資料を提供し助言する事だけだ」
「証拠の資料?」
「当時のアレグロスティ伯爵は聡明で領主としての人気も高かったと聞く
その能力がこの五年の間に錆びついてない事を期待しておこう
領主補佐役だったベスカトーレ卿はご健在か」
「あ、ああ
ベスは今でも父と共に行動を、」
「共に行動しているなら都合がいい
卿はアレグロスティ伯爵より相当頭のいいキレ者だ
暴動に乗じて内通者の処分をした事も分かっている
直接会って話をしてはいないが
思い通りに動かず脅迫を跳ねのけたばかりか
主を守るために邪魔立てしてきたほどの人材だ
忠義は固い、奴なら信用できるだろう」
「きょ、脅迫?」
「明日にはお前たちとは領境で別れなければならない
それまでに渡しておかなければならない物がある
今夜一晩、ひと目を避けて準備しておきたい
悪いが今日は四人部屋の方で寝てくれ」
「お、……はい」
言いながら荷物を持たせ、用済みになった魔導具を投げて渡し
さっさとフリッツを部屋から追い出した
速やかに行われた退去行動に目を瞬かせる暇もなかったフリッツは
閉ざされた扉の前で自分の荷物を両手で抱えたまま暫し無言で立ち尽くし
はっと我に返ってボソリと呟いた
「カッ、ケぇ……」
話が進む内にアシュランの口調や態度が変わった
相当な権力者と話しているような錯覚に襲われたフリッツは
最後の最後には雰囲気にのまれ
気が付けば姿勢を正し、口調まで改めていたことに気が付いた
先ほどのアシュランの姿を思い出して全身がぞわりと総毛立つ
今の時点で彼の頭の中では既に
アヴァロッティ領が抱える全ての問題に対する何もかもが
決着しているように見えたからだ
それは過去、何かを成した時の己の父親に感じていたモノと同じ種類の何かだと気が付き目の前の扉に信じられない眼差しを向ける
何故だか、アシュランの助けがあればどうにかなると確信してしまった
なんの保証も確証も無いのに途方もない安堵感を覚えた
アシュランと話しただけでこんなにも安心している自分が居る
五年間、ずっと胸に抱えていた焦りが失せている自分に驚き
信じられない気持ちで拳を握りしめた
「人の上に立つ人間って……ああいうのを言うのか」
長い間膠着状態だった大きな山が動き出しそうな気配に
沸き上がる興奮を抑えることが出来ず、その日の夜
フリッツは中々寝付く事ができず頻繁に寝返りを打ち
ベッドをくっつけて寝る場所を貸してくれたトルピットとヒユイに
翌朝散々文句を言われてしまった




