35<二十年ぶりに再会した弟妹は兄に気付かない
さて、ここで状況を整理したい
整理せねばならんほどとっ散らかってるのかとは、どうか問わないでほしい
変態な身内が凸ってきただけだろと言われればそれまでなのだが
どうか時間を、猶予をくれ
フリッツは俺が公爵家の嫡男で廃嫡された事を知っていて
レストランにて料理人のニカがうっかり零した
「アースラム」という俺の本名も聞きかじっている
もし覚えていたなら現状の意味を理解し弁明できるのは
今この場においてフリッツと俺しかいないだろう
『 そ れ は 大 い な る 誤 解 で あ る 』 と……!!
「お兄様はね、寝起きは大層機嫌がお悪いの
共に朝を迎えたというのなら無事では済まないのよ
なのに!貴方は無傷でこの場に居る!!
それがどういう意味か、分かって!?」
「大層自慢していたそうじゃないか
濃密な夜を過ごした、と」
で、俺としては更に突っ込みたいのだが二十年も疎遠だった元実家の弟妹よ
未だにお兄様と呼ぶほどアシュランの事を慕ってたのか?
一晩過ごしたという言葉を曲解して激昂して
思わず駆けつけちゃうほど気にかけてたのか?
そもそもなんでそんな報告がお前らの所に行ってるんだ?
監視してたのか?廃嫡後二十年間ずっと?
子供の頃の弟を虐めて泣かして痛めつけた非道な兄を二十年も?
クエスチョンマークが付く度に弟妹への心の距離が
一歩、また一歩と遠ざかっていく
「お前のようなゴミがお兄様のご寵愛を得るなど万死に値する!
股の間を風通し良くして差し上げますわ!!」
「そういうことだ、理解はできただろう?
妹が望んでいるのだ、大人しく差し出して最後の晩餐にするといい」
……この双子絶対に普通じゃない、ヤバい奴だ
田崎世界の知識でいう所のヤンデレか
しかも双子、しかも結構な使い手の導師
リアルでは絶対に関わりたくない部類の連中だ
イカン、今がそのリアルだった
こういうキャラは狂気に駆られてブチ切れた日には
キェェェエエエエ!とか奇声を上げて発狂するに決まっ
「キェェェエエエェェェエエエエ!!!!」
よし、俺の心は決まった
全力で他人に成りすまそう
いざとなったら死ぬ気でフォローするぞフリッツ
どこまで通用するか分からんが身体強化で双子の虚を突いて
あわよくば一撃で二人とも気絶させるしかあるまい
ヤンデレに正論は利かないからな
双子の片方が発狂した状況においても
冷静さを失っていないらしいフリッツは淡々と進言を続ける
「公爵閣下に申し上げます」
「いいだろう、最後の言葉を聞いてやる」
「妹君様が仰られているお話は
本日昼食を取っていた下民の下世話な会話を
間違って解釈した者が広めた根も葉もない事にございます
確かに私は昨日アシュラン様と一晩中共に行動しておりましたが
それはここに控えている者たちも同様のこと
こちらの馬車に積み込んでおります積荷を
賊より取り戻す為、夜間の隠密行動に徹していたのです
仕事上のみの関りであった事を明言致します
ここにいる仲間全員と副ギルド長が証人でございます
我らは他領の冒険者、故に偶然町で知り合ったアシュラン様に
賊の隠れ家までの道案内を依頼致しました
その後副ギルド長よりアシュラン様にこれ以上関わらぬようにという警告を受け
アシュラン様がどのような人物であったかを知るに至りました
彼があれほど非道な犯罪者であるとは思いもよらず
私共も二度と彼と関わるまいと
急ぎアヴァロッティ伯爵領へ戻ろうとしている所です」
「私たちの兄とは何もなかったと言うのか」
「はい」
「ふむ……確かに、兄とは同行していないようだしな」
横に居並ぶ俺たちをひとりひとり確認するラクシャノス
俺ともバッチリ視線が合うがやっぱり気付いた様子はない
コイツらの今の言動を考えたらむしろ気付かれなくて良かった
っていうかあれほど執着してるっぽいのに本人目の前にして
気付かないってどういうことだよ
俺、そんなに老けたか?顔の小じわはそりゃあ増えただろう
でも肉体的には全く劣ってないつもりなんだが外套羽織ってたら
体つきもなにもあったもんじゃないか
場の全員が緊張を強いられる中、フリッツは本当に肝が据わっていた
この殺気の中平然としていられるなんて並大抵の精神力じゃねェぞ
「はい、町の外まで付きまとわれたため
振り切って逃げてまいりました」
「……ふ、ふははははは!!そうか、振り切って逃げたか!
答えよフリッツ、兄はどんな顔をしていた?!」
「……どこか追い縋ってくる子供のようでしたね
演技も巧いという彼の評判を耳にした以上
二度と関わるのはご免ですが」
「そうかそうか!追い縋ったか!!
シャーサ、聞いただろう?彼らはよくやってくれた」
「そう……そうだったの、わたくしったら早とちりしてしまったのね」
「褒めてつかわす、褒美だ
日銭にすら苦労する冒険者なのだろう?受け取っておけ」
「まぁ、たかがゴミに対してなんて寛大な振る舞いかしら
わたくしたちが自ら赴いただけでも十分な施しですのに」
白金貨が数枚地面に投げ落とされ
それを見た冒険者全員が頭を下げたまま表情を怒りに変えている
再び導術で体を浮かせた双子の内のひとり、ラクシャノスが
去りしなにフリッツへと振り返り見下しながら告げた
「二度と我が領地に足を踏み入れるな
次に兄と共に居るという話が私の耳に入ったその時は
今回のように見逃してはやらんぞ」
「寛大なる御心、感謝いたします
セインツヴァイト公爵閣下」
終始頭を下げ続けたフリッツを鼻で笑ったラクシャノスは
妹のラクシャーサを連れて空の彼方へと飛んで行った
姿が豆粒ほどになってようやく頭を上げる面々
「なにあれー!!超!超!超ムカつく!!」
「これだから貴族は嫌ェなんだよォ!!」
「副ギルド長から聞いてはいたがあそこまで狂ってる領主だったとは
よく領地運営が成り立ってるな」
「凄いわフリッツ、あの状況を切り抜けるなんて
流石にもうダメかと思っちゃったわよ……」
地団駄を踏むトルピットに怒りをぶつけるように地面を拳で殴るコランダス
震えながらも冷静に分析しようとするヒユイに
腰が抜けたのかその場にへたりこむエメライン
「俺の元弟妹がご迷惑をおかけして申し訳なかった」
「……色々突っ込みたい事山ほどあるんだけどさぁ
なんかもうどうでもいいや」
「反省しなさいトルピット、彼らが来たのは多分貴方の所為よ
昼間に大勢集まる場所でフリッツを揶揄ったりしたから」
「朝帰りの奴がいたら昨晩はお楽しみでしたねって言うじゃん!
本気にするヤツが居るなんて思わないだろー!?」
「とりあえず出発するかァ、はァ~~疲れちまったぜ」
地面に放られた白金貨を誰も拾う気配が無い
一介の冒険者であれば先ず手にする機会などないのだが
ここは俺が拾っておくか、元弟妹が放ったものだからな
金を拾い始めた俺を見たヒユイが荷台に乗り込みながら言う
「アシュランさん、そんなお金拾わなくていいですよ」
「元弟妹が落としたモンだ
元兄として迷惑かけた『詫び』に、これで美味いもん奢ってやるよ」
「だはは!いー事言うじゃあねェか!『詫び』なら貰ってやらねー事もねェ!
町に着いたら酒を浴びるほど飲まねェとなァ!!」
エメラインを助け起こしたフリッツは何か考え込んでしまったらしく
それっきり町に着くまで喋ることは無かった
そろそろ日が沈むかという状況で魔物に襲撃されることも無く無事町に入った俺たちはギルド倉庫へと向かい馬車を預けると宿に入る
日中に双子の襲撃もあったことから俺は外套のフードを目深に被り
口と鼻を布で覆ってできる限り姿を隠すことにした
次に俺が一緒に居るという情報が弟の耳に入ったら
フリッツを殺しに来るらしいからな
ドアベルを鳴らして最後に入った俺が扉を閉じれば
人当たりのよさそうなおばちゃんがカウンターから声をかけてくる
「いらっしゃい、見ない顔だねぇ
泊まんのかい?」
「三人部屋と四人部屋を頼む」
「あいよ、夕飯は?」
「部屋でとる」
「おかわり出来ないよ」
「ああ」
「二階は四人部屋の三番、三階は三人部屋の二番を使いな
食事付きで銀五に銅三、小銅十だよ」
宿のおばちゃんから鍵を二つ受けとるフリッツの傍らで
言われた通りの額をチャリチャリと袋から出すトルピット
……の、財布の口が開いてる内に金貨を十五枚素早く放り込んでおいた
冒険者が白金貨なんか取り出したらもれなくカモられるからな
拾った白金貨をせめて使いやすいよう金貨に両替え中である
夜の内に隙を見て白金貨五枚分、しめて金貨五百枚分を
なんとかしてフリッツたち全員の懐に忍ばせねばならない
スニーキングミッション、開始である
「なにしてんのさ兄ちゃん」
意気込んでたら早々に気付かれてしまった
「募金だ」
「やめてよね~これ共同財布なんだから
入れるなら僕個人の財布にっ痛ァ!」
「油断も隙も無いわね」
いそいそと自分の財布を取り出したトルピットの耳を引っ張るエメライン
フリッツたちが階段を上がり始めた所で
カウンターのおばちゃんに金貨を一枚渡しておく
「アイツらの夕食は豪勢に頼む」
フリッツたちの背中に目配せしつつ頼めば
目をキラめかせたおばちゃんはいい笑顔で頷いてくれた
部屋割は既に決まっていたらしく俺とクラウス、フリッツ
他は四人部屋だ
今夜中にフリッツからなんらかの話があるんだろうな
親に会ってほしいって言われても
どんな用事なのか皆目見当もつかないのだが
ここは階が高くなるほど一部屋の人数が少なくなる宿らしい
三階の三人部屋に入るなり入口に近いベッドに荷物を放ったフリッツが
言葉少なに風呂行ってくる、と言って出て行ってしまった
う~ん、空気が重い
じっと俺を見上げるクラウスに俺たちも風呂に行くかと問うが
首振り拒否されてしまった。コイツを一人にしておくのも心配だし
俺もそんなに汚れても疲れてもないから
食事の時間までのんびりしておくか
しかし久しぶりだなーシングルベッド!せっま!!
キングサイズで慣れてたから両手両足伸ばしてベッド枠にぶつかるのが田崎的にはなんだか懐かしい、と思ってごろごろしてたらクラウスも隣に寝そべってきた
「お前はあっち、な」
と、隣のベッドを指させば首振り拒否されてしまった
流石にシングルベッドで大人と小学生高学年は狭すぎる
「ひとりで寝れる様にならないと
甘えん坊クラウスってバカにされるぞ」
「……」
おっ!?睨んできたぞ!頬も膨らませてきたぞ!
そうか、拗ねてるのか
そんなに一緒に寝たいのか~可愛い奴め!
なんだかんだで情が湧いてしまっているらしい
でも駄目だ、狭くて寝苦しいからな
そもそも竜人ってのは別名「竜神」
竜族の王様みたいな存在だろう?いわば竜の帝、竜帝だ
田崎のファンタジー知識ではボディビルダー顔負けの鋼の肉体に
すんっごい格好良い服装してて、ものっっそい格好良い調度品に囲まれてて
その光景を見ただけで女が腰を砕くような寝起きをかますんだぞ
その為の美貌、艶髪、金眼だろうが。最大限に使わずしてどうする
「クラウス、お前はその気になれば
ひとりで寝起きするだけでハーレムができるぞ」
その中にオッサンが添い寝してたらハーレムが台無しだろうが
オッサンが居るというだけでいろんなものが終焉を迎えるんだぞ
閉幕だぞ、閉店ガラガラだぞ
女たちの百年の恋も冷めるぞ、なにより
「男に添い寝してもらうなんて格好悪いぞ」
眉を顰めたクラウスは渋々といった体で起き上がり隣のベッドに腰掛けた
甘えたい時期なのだろうか
生まれてまだ一日だし早くに冷たくし過ぎただろうか
「しょーがねェな、クラウス
足をベッドより高く上げろ」
クラウスの座るベッドの反対側に回り込み
言われた通り両足を上げたのを見届けてからベッドの位置をずらす
床がゴリゴリっと音がしたが元々傷だらけなので文句は言われないだろう
ベッドの隙間を無くし、幅だけをキングサイズにしてやると
俺の行動の意味を理解したのか、振り返ったクラウスは
初めて歯を見せるほど嬉しそうに笑った
視認できた全ての歯がドラゴンと同じように鋭く尖っている
……そんなトコにあったのかよ、ドラゴン要素




