34<お隣の領地アヴァロッティまでの道のり
フリッツの捨て身の依頼に額を押さえて渋々引き受けた俺は
制約紋によって領地から出られないという事情を話した上で
『領境まで』という条件を付けたにも関わらず、先ほど突き返した
銀貨二十五枚分を今回の報酬として前払いで押し付けられ
上等な四頭馬車に揺られて見晴らしのいい草原を進んでいた
ルルムスに顔見せに行く暇も
ポセ支配人に業務改善計画書を用意する暇も無かった
別に先方と約束してたワケではないが拗ねたい気分に駆られる
長期に留守にするならポセ支配人の店に行ってボードに
『オーナー出張』の記載をしなければならない所だったが
領境まで往復で一日二日程度なら問題ないだろう
フリッツの強引さと行動力を侮った結果が今の状況だ
目指すお隣の領地は王都方面とは反対側
俺が住むセインツヴァイト領を挟んだ場所に位置している
領地名は数年前の領主交代で、今は確か……
「”アヴァロッティ”伯爵領、だったか?」
俺の言葉に正面に座っていたエメラインが頷いた
依頼の荷物と共に揺られる馬車の中は
大人が四人と子供二人が座っても十分に広い
日が出ている今の内に出発しないと中継地である次の町に着けないから
という理由での急きょ出立となったワケだ
御者一番手はコランダスが務めている
最低限舗装されているだけの街道は振動も酷く尻が痛い
定期的に尻の位置を改める行動を取るのは全員同じ、貴族依頼の積荷を運ぶためという事で副ギルド長の計らいにより上等な馬車が用意されたものの、道が悪ければ乗り心地も悪くなるのは当然だ
馬車全部が幌張りでなく外が見られる仕様になっているのが救いだな
晴れていて日差しも暖かく風通しもいい
乗り物に酔い易い者は馬車の後方を陣取っている、フリッツとトルピットだ
二人とも幌の隙間から顔を出して必死に外の風に当たっている
フリッツの隣に座っているのがクラウス、そして俺
トルピットの隣に座っているのがエメライン
御者台に座っているコランダスの後ろに位置する荷台に積み込んだ荷物と共に座っているのが次の御者係予定のヒユイだ、景色の見えない奥に座っていても平気そうな表情をしているあたり乗り物酔いには強いらしい
クラウスは、最後尾にいる二人のように外に顔を突き出すまではしていないが
幌の間から見えている外の風景を飽きずに眺め続けている
「最終目的地は領地中心部の都市『アヴァロ』
そこが私たちが普段から活動拠点としている都なの」
「アヴァロ?……ああ、そういや領主交代で都市名も変わったんだったか
アレグロスティ元伯爵が治めていた”華やぐ都、アレグロ”だったよな
生花栽培が盛んで、アレグロで咲く白薔薇は
王宮でも重用されるほど見事だったとか……
白薔薇を捧げて想い人に告白するっていう風習があるとも聞いたな」
「他領の事なのに詳しいのね」
そりゃあ時期公爵として隣接する領地の歴史も学んだからな
その延長で廃嫡後も周囲の情勢に関する情報は収集し続けていた
アシュランがやってたことなので殆どが悪事目的だったけどな
アレグロスティ元伯爵の失脚の際も混乱に乗じてがっぽり稼いだ記憶がある
どういうことかって?
事前調査の段階でフリッツたちが今回受けた依頼内容を確認した際
依頼者だった貴族が現アヴァロッティ伯爵の子飼いで
暴動勃発時にスキャンダルをつかんだアシュランが
思う存分脅しまくってたんまりと金を巻き上げたからだよ!
その子飼い貴族はそれよりも前から契約詐欺をやらかしてて
度々アシュランの餌食になってたんだけどな(※19話前半参照)
そして、脅してる過程で色々と知ってしまった
当時のアレグロスティ伯爵が親戚のアヴァロッティ子爵に陥れられたこと
子飼い貴族の直接的な上司はアヴァロッティ元子爵
アヴァロッティ子爵の上司がアレグロスティ伯爵
その後ろ盾は俺の元実家でもあるセインツヴァイト公爵家、だが
公爵が隣領地の下剋上騒動に直接関わったという物証はない
塒にあった金庫に保管している書類のひとつに暴動が起こった当時の詳細が記載されている、ビッグネームがオーケストラしてる問題の書類の一部に関わる事だ
他領の事だし、制約紋の制限があるからどう手を出せばいいか悩んでいたが
いち冒険者である彼らが該当領地に住んでいるからといって
事の真相を話した所でどうにもならないからなぁ
「何年前に『アヴァロ』に改名されたんだったか……」
「五年前」
「ん?」
「五年前、だ」
俺とエメラインの会話に苦しそうなフリッツの声が割り込んでくる
目を向けて見ればフリッツはぐったりと力ない姿勢で背を向けており
荷台から外に顔を出しているので相当乗り物酔いが辛いのだろう
「そうか、もうそんなに前になるのか
なんでもアレグロスティ伯爵の悪政が原因で暴動が起こって
領主交代を余儀なくされたとか……今は落ち着いてるのか?」
「なんとも言えないわ」
複雑な色を滲ませて笑うエメライン
妙な空気を感じ取ったので俺もそれ以上話を広げる様な事はしなかった
もしかして、暴動自体は沈静化したが
前伯爵を支持する声があって領民が二分している……
とかいう理由でもあるのだろうか
最悪な想定をすると領内でレジスタンスが組まれてるとか?
ありそうだな、前伯爵のアレグロスティは中々に優秀だったと聞き及んでいる
子飼いがあのレベルじゃ現伯爵のアヴァロッティも底が知れてるだろうし
騎士隊の腐敗っぷりも関係あるかもしれない
市井とは一線を画している筈の末端の冒険者がこの反応じゃ
近い内にまた領主交代が行われるのかもな
そうなった時は汚い手を使って前伯爵を陥れたアヴァロッティを裸一貫にしてやろうか。そうする為には最低限伯爵邸に忍び込んで情報を抜き取るぐらいの対策をしておかないとリスクが高すぎる
やっぱり一番のネックは領地外に出ることを禁じている制約紋……って
何当たり前みたいに領主交代の段取り組もうとしてんだアシュラン
大人しくしてろこの犯罪者脳め。
領内で関わった悪事に関する清算を終えたら
他領で関わった事もちゃんと処理しよう
その時は制約紋を解除を願いに公爵邸に行ってみるか。
今回はそのアヴァロッティ領境までの案内、というか同行だ
そもそもこいつらが一度通ってきた道だし案内なんて必要ないのだが
外を見飽きたらしいクラウスが外套の上から腰に腕を回してしがみついてきた
服越しに脇腹に触れているクラウスの腕が温かい、眠いのだろうか?
ガタガタ揺れる馬車内で寝るのは至難の業だぞ
そうだ、俺が抱っこしてやれば少しはマシか?
体はトルピットぐらい大きいが中身はまだまだ子供だ
一度ぐらい膝の上に抱っこしてやってもいいだろう
愛情を知らない子供にはしたくないからな。
……竜人に人の愛情を教えていいものか甚だ疑問だが。
というわけでクラウスを膝の上に促し横向きに座らせると俺にもたれ掛からせる
少しの間ごそごそと動いて落ち着く姿勢を見つけたらしく
俺の首に顔を埋めて寝息を立て始めた
暖を取る為なのか姿勢を整える過程でクラウスの首から下は俺の外套にすっぽりと包まり、外套の下の……丁度制約紋が刻まれている上着部分を掴まれている
服を握れるほど手に力を込めているという事はちゃんと眠ってはいないということだ、すやすやと眠っているように見えるクラウスの顔をどういうつもりなのだろうかと思いつつ見ていれば
一連の様子を眺めていたエメラインが嬉しそうに笑った
「昨夜拾ったっていう割にはすっかりお父さんね
肌の色も初めて見るし、大陸から渡ってきたのかしら」
「ところで気になってたんだが、なんで俺の同行を依頼したんだ?
領境までとはいえ一度来た道だろ
案内なんて必要なかったんじゃないのか?」
クラウスに関してはあまり突っ込まれたくないので
話題を逸らすためにもずっと気になっていた事を尋ねてみる
するとエメラインは幌の外に顔を出しているフリッツに呼びかけた
「言い出しっぺ、説明したら」
「……今喋ったら、色々出る……」
「しょうがないわね」
エメラインが取り出した杖の先が淡く光りフリッツへ注がれる
どうやら状態回復の導術を使っているらしい、修導師だと言っていたので
大して効果は強くないだろうがフリッツは大助かりだろうな
同じくグロッキーなトルピットが僕もとせがむがエメラインは我慢しなさいと突っぱねた
俺と話しをさせる為に特別に導術を使ったのだろう
「助かった、エメライン」
「効果はそう長くないわ、また酔う前に事情を話したら?」
「分かってるよ……その、アシュラン」
「おう」
「単刀直入に言う、俺の親に会ってほしい」
……は?
意味が分からなさ過ぎて本気で口開けて呆けてしまった
え、なんでフリッツの親?面識ないのでは?
単刀直入過ぎるだろ、そういうのは端折ったらダメだろ
意味不明すぎる
他の連中に目を向けてみるがヒユイやトルピットも驚いた顔をしていた
エメラインは呆れたようにため息を吐いているからワケ知りか
コランダスは幌の向こう側で御者台で手綱を引いているので様子は窺えない
「お前の親に会わせたい理由は」
「それは……」
フリッツが事情を話し始めようとした時
馬の嘶きと共に馬車が止まった
ヒユイが御者台に続く幌を指先で僅かに避けて
少しできた隙間から潜め声でコランダスに声をかける
「魔物か?」
「違う、進路妨害だ……見ろ」
荷台の後方に座っている俺たちからは見えないが
御者台の後ろから進行方向を見たヒユイには何か見えたらしい
更に大きく幌の隙間を作り先の様子を確認して数秒動きを止め
脇に避けていた幌で進行方向の景色を遮ると俺たちに向き直る
「貴族風の見た目若い男女一人ずつが馬車の進路上に立ち塞がってる
一見して手荷物は一切見当たらなかった
見える位置に武装もない、付き添いの者もいない
人が隠れる様な場所はないから二人行動なのは確実だが
みんな、この時点でその二人が普通じゃないのは分かってるな
クラスは分からないが武器がない時点で二人とも高確率で導師だ
見習いの修導師より上のランクだったら拙いぞ」
「先ずは対話ね、敵対するようならいつも通りで行くわ」
「コランダス」
「分かってらァ…… よォ貴族のお二人さん!
こんな場所で待ち合わせでもしてんですかねェ!!」
「アシュランとクラウスくんはこのまま待機
危なくなったら合図するから全力で逃げてちょうだい」
「この際だ、手を貸しても構わんぞ」
「ダメよ
フリッツ、出て」
エメラインの指示に頷いたフリッツが荷台から飛び降りる
「フリッツ!女がひとりそっちに行ったぞ!
上に気を付けろ!!」
コランダスが叫ぶと同時に地面に着地したフリッツの目の前に
ふわりと柔らかな風を纏い、蛇腹のように細かいひだを折り重ねたスカートを均一に広げ細い足首を僅かに見せて降り立ったのは美しく着飾った長髪の美女
顔と頭以外一切の露出なく、しかし見事なボディラインを描く美女の服装はひと目見ただけで上質なものと解るほどの高級感を纏っている
襟や袖、裾を飾る細かな模様のレース
豊満な胸を一層引き立たせる宝石のブローチ
日焼けを知らない真っ白な頬に涼し気な目元、複雑に編み込まれた髪型……
円形に広がっていた髪の毛先が音もなく鎮まった頃には
荷台に居た全員がその女性の美しさに目を奪われていた
……いや、全員じゃないか
クラウスだけは起き抜けにチラっと美女を見ただけで
あとは俺をじっと見つめてきた
「見惚れる」とは別の意味で女性を凝視していた俺の視界を遮るように
上体を起こして、即行で俺の視界を遮って俺だけを見つめてきてる
それを右に避けるとクラウスの顔も同じ方へ動く、左に避けてみても同じだ
明らかに俺が女性を見ようとするのを妨害している、なんでやねん
「……」
ちょ、あのなクラウス、分かったから
お前の金眼がとっても綺麗なのはよく分かったから退いてくれ
あの女性俺が知ってる奴と物凄く似てるんだよ、面影があるんだよ
だから確認だけさせてくれ頼むから。
なんて思ってたらやっと退いてくれた
その時点で既に三人が女性に向かって武器を構えていたワケだが
「飛べる、ということはクラスは少なくとも魔導師ね」
厳しい表情を見せたエメラインは構えた杖に密かに導力を込める
剣を構えたフリッツはその体制を崩さぬまま呆けていた顔に力を籠めると
視線だけで場の全員をひとりひとり静かに観察していた女性を睨み据える
幌は乗り物酔い二人の為に全開していたので
後ろから見れば積荷の数や奥に座っているヒユイまで視認できる状態だった
「我々は冒険者、団体名を『アンブロシア』
パーティ代表のフリッツと申します
何処かの貴族の方とお見受けしますが
我々に御用がおありでしょうか?」
「はぁ、あれほど情報は正確にと言いつけておりますのに」
鈴のように紡がれた言葉はフリッツの問いへの答えではなく
落胆したように肩を落としため息を吐いた女性の独り言のようだ
繊細な細工が施されているのだろう光に反射して眩しくはない上品な煌めきを零す耳飾りをひと撫でした女性は独り言と同じ声量で言葉を続ける
「シャノス、お兄様はいらっしゃらないわ」
『それは残念だ』
耳飾りから男の声が響く所からして声を伝える魔導具だな
それにしてもシャノスって、もしかして……
「男の方もそっちに行ったぞ!」
コランダスが叫びながら御者台を降りる音が聞こえてきた
間もなくして剣を構えるフリッツの隣にコランダスが戦槌を担いで駆けつけ
美女の隣によく似た風貌の美男が降り立った、こちらも空を飛んで来たため
エメラインの言う通り魔導師かそれ以上の手練れだろう
無表情でこちらを見ている女性の眼差しはまるで養豚場の豚を見る様な目だ
次いで男の方は明らかな敵意を放っており、表情には笑みが張り付いている
纏っている服は文句なしに高級品
装飾からなにから職人が手掛けた一点ものだ
オーダーメイドなだけによく似合っている、威風堂々たる威厳も感じられる
若いのに大したものだ
「さて……用件、と言ったな
代表者のフリッツ君?」
「……ええ」
「挨拶も無く不躾であったな
私はセインツヴァイトが領主、ラクシャノス=セインツヴァイト公爵である」
あ、やっぱり俺の弟だ。
二十年ぶりか?でっかくなったな~!
って声かけたいんだけど全然そんな雰囲気じゃないな
俺は空気を読める、できる奴だ
「隣に居るのは双子の妹ラクシャーサだ」
隣のラクシャノスによく似た女の子の事も気になっていたが
双子っておい、初耳だぞ
弟だけじゃなく妹もいたのかよ
知らなかった俺ジーザスクライシスだこの野郎
成長して骨格こそ違うが造形はソックリだもんな
これが子供だったら絶対に見分けつかないだろ
兄弟は弟のラクシャノスひとりだと思ってたけどコイツ、ガキの頃から
悪戯っ子だったからな、もしかしたら双子だった事俺に隠してたのかも。
家族に関心が無かったから弟と遊ぶ時も俺から声かけた事なかったし
そもそも遊ぶって言うかあれは一方的な虐待だったというか……
子供って残酷だよな
という言葉で俺がラクシャノスに何をしていたか大体察してほしい
アレはアシュランが持って生まれた残虐性だったに違いない
弟が生まれた事すら当時は暫く知らなかったからなぁ
確か俺とは十歳以上年が離れてたんだったか?
あと、多分というか確実に
俺が兄貴だって気付いてないよな、こいつら
さっき妹が「お兄様はいらっしゃらないわ」って
言ってたのしっかり聞こえたからな
顔も忘れられてるって、辛いな……
俺はひと目見てすぐに気が付いたのに
ここに来てフリッツが剣を下げ、その場で片膝を突き首を垂れた
フリッツの行動に続くように全員が荷台から降り
フリッツに並んで膝を突いて頭を下げる
俺もとりあえずクラウスと共に馬車を降りて
コランダスの隣に並ぶと同じように頭を下げた
「このような場所で領主様と妹君様にご拝謁を賜り誠に光栄で御座います
私はフリッツ、そして右からトルピット、エメ」
「他の者はどうでもよい
用があるのはフリッツ、貴様だけだ」
「はい」
「我が領地で大罪を犯せし冒険者フリッツよ
今禍の罪に対する罰は極刑である
下された沙汰を当然の報いとし、懺悔しながらあちらへ旅立つがよい
領主自ら手を下してやることが最大の温情であり慈悲であると知れ
言い残す言葉はあるか」
弟の言葉で狼狽する四人だが、フリッツは冷静な様子で
臆することなく俺の弟を見据える
さりげなく下げられた手は直ぐにでも剣を取れる態勢だ
「恐れながらお尋ね申し上げます公爵閣下
私はどういった罪で罰せられるのでしょう
私が犯した罪過を明らかにせねば懺悔のしようがございません」
双子の表情が一気に険しくなり
明確な殺意が放たれた事を肌で感じ取る
「……ならば今一度貴様の罪を」
「分からないですって!?」
「シャーサ、落ち着け」
「己の罪に、自覚すらないですって!?
よくもォ……よくもそんなトボけた態度を!!」
弟は辛うじて冷静を保っているが妹は堪え切れなかったらしい
フリッツの質問は双子の逆鱗に触れてしまったようだ
露になった妹の感情の種類を『嫉妬』だと即座に判断する
こういう女性の怒り方には大体パターンがあるのだが……
極刑とまで明言しているからにはそれこそ絶対に女性関係肉体関係だろう
しかしフリッツは女遊びもしてないようだし妹とも初対面のようだ
ここまで女性が激昂する理由とは……
「アースラムお兄様を手籠めにしただけでは飽き足らず!
一晩中共に過ごした事をもう忘れてしまったというの!?
お兄様を穢した不届き者!絶対に許さないわ!!」
……もう一度言おう
ここまで妹が激昂する理由とは。




