33<”暴”険者フリッツの更なる依頼
日中のギルド周辺は人の往来が激しい
冒険者が討伐した魔物の取り引きや商業の輸送貨物が行き来し
競りのブースも設けられているので
獲り立て下ろし立ての素材や商品が出回っている
多くの人が集まる活気に満ちた場所、それがこの町のギルド倉庫街だ
人が集まるのは出入りの便利な入口と中ほどまで
奥に行けば行くほど長期間荷物を預けておく顧客が多くなるので
自然と人の行き交いも少なくなる
そして夜になると一般人が寄り付かなくなる場所でもある
理由は闇取引。夜の倉庫街もそれなりに賑やかになる
悲鳴と怒号で、だけどな
この領地では町が持つ夜の顔の中でも”黙認”されているものがある
それが『闇ギルド』の存在
過去のアシュランにとって主要な仕事場でもあった
現在は絶賛無断欠勤中みたいなものだ
というかもう二度とそっちの世界に足を踏み入れるつもりはないけどな
闇ギルドに社長みたいな存在はなく
複数の犯罪勢力を一括りにした総称みたいなもので
定期的にそれぞれの勢力代表が集まって全体方針を話し合い
互いの利益を損なわぬよう調整しているといった感じだ
昔からその存在は囁かれてはいたが
本格的に勢力を拡大して暗躍し始めたのは
丁度俺が廃嫡された頃からだから、もう二十年近くになるか
国の人間がちゃんと取り締まらないものだから
今では後ろ暗い事を行う貴族や王族も利用するほど”重宝”されている
田崎の世界でもそういうのはあるんだろうな
政界と暴力団の癒着がニュースで取り沙汰されることも稀にあったし
闇ギルドに本拠地はない、ただ各勢力の代表が会合する場所として
この町が選ばれることが多い
そういう理由も相まって昼と夜の治安の落差が激しいワケで
なんの力も持たない庶民が近づけば命の保証などないことは
この領地の人間であれば誰でも知っている常識だ
日中でもなるべく人目につきたくない俺は
最奥端の空いているギルド倉庫を借りる手続きをした
と言っても買ったものを魔導具に仕舞うだけなので
所要時間は数十分にも満たない。
物凄く怪しむ目つきをしている倉庫番に貸出料金を支払い鍵を受け取る
名目は荷物の受け渡し、これなら手ぶらで出ても不思議がられることは無い
ついでにギルド保有の貨物用四輪幌馬車を即金で一台購入
これも当然魔導袋に突っ込む予定だ
でかい幌馬車を身体強化で引っ張りつつ
すれ違いざまに訝しむ人々の視線を無視して借り受けた倉庫へ向かう
クラウスは興味深げに馬車を観察しながら俺と一緒に薄暗い倉庫内へ
出入り口の大きな扉をしっかりと閉めて、窓に備え付けられているカーテンも隙間なく閉じると倉庫内は真っ暗になった
よし、光が漏れるような隙間は見当たらないな
俺は夜目が利くのでこの程度の暗闇なら問題ない
倉庫内照明スイッチの役割もある鍵を点灯配線に繋ぎ室内灯を点ける
この鍵も魔導具だ。明かりを灯すための導術が組み込まれている
導力補充は定期的にギルド職員が行っているらしい
広い倉庫内が照らされ感心したような表情を見せたクラウスは
広さを満喫するかのように倉庫内中央へ向かった
(少しずつ表情豊かになってきてるな)
ずっと無表情だったクラウスの変化に安堵しつつ
人が探りに来る前にちゃっちゃと積み込みを済ませておくか
外の気配を探りひと気がない事を確認してから
クラウスが背を向けている内に購入物と馬車を魔導袋に吸い込んでおいた
振り返ったクラウスが俺の方を見るなり頭の上にクエスチョンを浮かべ俺の傍へと戻ってくる。キョトキョトと周りを見渡し先ほどまであった筈の馬車の姿を探しているようだ
竜人の視界は少なくとも360度ではない事が証明されたな
見られていたなら分からないなりに説明して口止めしておこうと思ったが
見られていないならそれはそれで好都合だ
魔導袋は世界的にも至宝扱いされてるから
まだ会話も覚束ないクラウスに説明してやるには不安が残る
クラウスがヘタに喋って俺が持っているとバレたら物凄くやばい
いずれは魔道袋も密売ルートを割り出し不当に奪取されたものであれば本来の持ち主、然るべき場所に返す予定なので略奪対象になるのは極力避けたい
「内緒だぞ」
口元に人差し指を当てて笑みを浮かべつつクラウスを見下ろす
ぱちぱちと目を瞬かせたクラウスはコクリと頷き俺と同じ仕草を繰り返した
一見無表情だがどこか頼もし気な顔をしているように見える
可愛いなオイ
いい子だ、と言いながらクラウスの頭を撫でる
とりあえずベッドで寝られるような安眠空間は確保できた
馬は必要ない、俺には身体強化があるからな
いざとなれば俺が馬役になってやるわ
幌馬車は開けた土地でしっかりと疲れを癒すための寝室代わりだ
サイズもキングベッドよりやや大きめ
これ一つで十分安定した生活が送れる
貨物用の幌馬車を選んで正解だったな
当然寝る以外に他の用途でも駆使するけどな!
どのような生活においても安眠だけは妥協してはならない!
……と、フリーターで平穏な日々を過ごし手を伸ばせば全ての生活が事足りる
狭い環境に慣れきった田崎が訴えておりましてだな
アシュランはというと野宿案が出た時点からそりゃあもう五月蠅いのなんの
野外で寝るなんざありえねェ!!と叫び暴れまくっている
どっちも俺の心の中での葛藤の話なんだけどな。
この二人の経験と価値観は面白いぐらいに極端だ
片や大豪邸での暮らしは当たり前
狭い部屋など以ての外と考えているアシュラン
片やワンルームが実用的で便利
広い部屋なんぞ無駄の極みと思っている田崎
そして二人の経験のお陰でどっちの利点もしっかりと理解している俺
弾けて混ざっていい塩梅になったという事で結果オーライだな
高文明出身な田崎の器用貧乏は今の俺には非常にありがたい知識だ
当たり前にある何気ない道具の新しい活用法も自然と思いつく事が出来る
これに関してはアシュランになかった発想だからな
用事も終わったので人一人が出入りできる裏口から出て鍵を閉める
目撃者無し、このまま人が少ない道を通って倉庫番に鍵を返しに行くか
往来の多いギルド倉庫出入口まで戻り先ほどレンタルの手続きをした倉庫番とは別の、忙しく動き回っている別区画担当の倉庫番を探しあえて声をかけ鍵を放り投げて返しておく
鍵をキャッチした倉庫番は俺の顔を見て鍵の番号を確認し、俺の目論見通り『一旦預けて外へ出る』と勘違いしてくれたようで他の仕事を優先すべく鍵を返却口には持って行かないまま作業ポケットに仕舞って元の仕事へ戻って行った
倉庫を数分だけ借りるなんて客はいない。
荷物の受け渡しという名目でも本当に名目通りの事が行われているかどうかの確認までは行われないのが通常だが生憎と借り手は悪名高いアシュランだからな、悪用されはしないだろうかと貸出手続きをしてくれた職員のように目を光らせるヤツもいたりするのでそいつらの目くらましも兼ねての陽動だ
魔導袋を使ってるからな、消えた四輪馬車の詮索をされる可能性を考慮すればそれぐらいの偽装はしておかないと安心できない
何にせよ、忙しい時間帯に借りられて良かった
倉庫街に入った時とは別区画の出入り口から出てギルド施設に入る
フリッツたちに報酬をもらうべく
大小含めて数十部屋並んでいる三階の会議室へ向かった
子連れという事で物凄い注目を浴びながら三階の受付に声をかけた
「副ギルド長と面会してる他領の冒険者はどの部屋を借りてる」
カウンターに肘を突いて身を乗り出し、受付嬢を思いっきり睨み付ける……
ってそうじゃねーだろ!!
もっと丁寧な態度で接しなきゃならんというのに
パンクな格好をしてる所為か威圧的な言動が口を突いて出てしまった
他人にナメられたらアカンっていう冒険者の基本があるのは分かるが
俺には必要ない、明らかに無害な人相手には礼節を持たねば。
受付嬢が震えながらも涙目で右奥から三番目ですと教えてくれる
ああ、この女の子も見覚えがあるぞ。罵声を浴びせつつ髪の毛を鷲掴んで
そのまま彼女の頭を振り回した、 ような、 覚え が……
アシュラン、ケツバット一万回な。
「あの時は乱暴して悪かった
詫びだ、これで美味いもんでも食ってくれ
教えてくれてありがとな」
怯える受付嬢に極力優しく微笑み、極力優しい声を心掛け
カウンターに金貨二枚を置いて教えてもらった部屋へ向かった
呆然とした様子の受付嬢の視線が背中に突き刺さるが
ここで振り返ったらまた怯えられそうなのでそのまま会議室へ向かう
扉の前に立ちノックを数回、すると物凄い勢いで扉が開かれ
呆気に取られた俺は怒った表情をしたフリッツに有無を言わさず部屋の中に引き入れられた
そしてそのままバン!と音を立てて扉が締められる
オイちょっと待てまだ通路にクラウスが居るんだよ
と思ったらいつの間にか腰回りにクラウスがしがみついていた
スゲェ反射神経だな、俺でも反応できなかったのに
と感心したけど吃驚したような表情でフリッツを見上げていたので
突然開かれたドアに驚いて思わず俺の腰にしがみついただけだったようだ
「どういう事だアシュラン!!」
「隠し子とかじゃねェぞ?コイツは昨夜の帰り道に拾った子で」
「サブマスから警告された!
どうしてお前に近づくななんて言われなきゃならないんだ!?」
警告?一体なんの話……
「ああ、そりゃあ他領から来た事情を知らない冒険者なら
要注意人物への注意喚起くらいするだろ」
「やっぱりあんた、町の連中から陥れられて!!」
「落ち着いてフリッツ、話しが全く噛み合ってないわ
このイノシシが度々ごめんなさいね、おはようアシュラン
無事なようで安心したわ」
「…… ……」
「アシュラン?」
「お、おぅ……おはヨう……その……エメライン、だったよな?
昨夜は導術を使ってくれて助かったぜ、お蔭でギリギリ死なずに済んだ
コイツの迷惑振りには慣れたからわざわざ謝ってもらう必要はねェよ」
「おはよう」って言ってもらえた
「おはよう」って言ってもらえたぞ
しかも心配までしてくれてた、どうしようスゲェ嬉しい
いい人だなぁ独身かな結婚してほしいやまて落ち着けホント落ち着け
嬉しさの余り顔がニヤけそうになったがなんとか堪えた
必死に平静を装うとしてる俺の脇をサブマスが通り過ぎる
今の今までフリッツたちと話していたらしい
目の下のクマが酷いな
「おはようございます、アシュランさん
では皆さん、自分は退室させていただきます
仕事が立て込んでおりますので」
「おはようサブマス、仕事ご苦労さん
ちゃんと休憩取れよ」
「お気遣いありがとうございます、それでは」
愛想笑いしつつ軽く頭を下げて出て行く副ギルド長を見送る
副ギルド長もいい人だぁ独身かな結婚したいやもうだからホント落ち着け見境いなさ過ぎかそもそもサブマスは既婚者だし男だろうが飴ちゃんくれる怪しい人についてく子供じゃねーんだからおはようの挨拶を二度連続で交わせただけで暴走するな落ち着けェい!ェえイッ!!
その場にしゃがみ込んで膝と両腕の中に頭を埋める
よーしよしよしビークール・ビークール……
クールに行こうぜ
「おあよ」
真横から舌っ足らずなおはようの声がかけられる
目が飛び出そうな表情で隣を見れば
クラウスが至近距離で俺の顔を見つめていた
「おあよ」
おはよう追加入りました、なんて可愛いんだお前
その言い方寝起きの俺の真似だろ?
ホントにドラゴンの卵から生まれたのか?
寄り添うクラウスを思わずひしっと抱きしめてしまう
……ってイカンイカン、喜びに打ち震えている場合ではない
スーハーと何度か深呼吸を繰り返し必死になってすまし顔を作ると
何事も無かったかのようにスイっと立ち上がる……が、
突然しゃがみ込んだ俺の奇行を見たばかりなので
当然のように心配そうな顔をして俺を覗き込んでくるフリッツ
「どこか具合が悪いのか」
「なんだお前心配とかめっちゃ優し…… ン"ン!……いや、問題ない
俺もサブマス同様忙しいんでな、とっとと道案内の報酬を渡してもらおうか」
咳払いしつつ再度表情を取り繕ってキリっとした表情で言い放つ
傍で見ていたフリッツが呆れた眼差しで俺を見ていた
「アシュラン……隠しきれてないぞ」
「兄ちゃん一瞬別人みたいな顔してなかった?」
「もしかして、さっきのがアシュランさんの素……」
「だーはっはっは!!なんでェ悪ぶってるだけじゃねェか!!
取り繕うんじゃねェよ水臭ェ!」
「ふふっ格好良くて可愛い人、好きよ」
イカン、他人から心配されるという初めての状況に
心の声がそのまま出てきてしまった
大層空気を読んでくれないフリッツたちは俺がうっかり零した本音とリアクションをしっかりと拾い上げて見やすいようにテーブルに広げるまでしてくれやがる、なんて血も涙もない奴らだ、見なかったフリくらいしてほしい
くそぅ、失態だ……ここは華麗にスルーに限る
と言っても顔が熱いから何度取り繕っても意味無さそうだが
「フリッツ、報酬」
さっさと用事を済ませて退散しよ。
眉を顰めてびしっと向けた指先でフリッツの胸元を突きながら催促すれば
豪快に笑っていたコランダスが小さい布袋を放ってきた
片手に収まるそれをキャッチして中身を改める
ジャラっと音がした時点で察していたが
銀貨三十枚か
「相場で構わねェよ、面倒事にも巻き込んじまったしな」
袋の中から銀貨五枚だけを抜いて残りを袋ごとフリッツに渡す
絶句するフリッツたちを一見することなく傍らに立っているクラウスに銀貨を渡すと用事は終わったので「じゃあな」と背を向けて扉の取っ手に手をかけ
「ちょっと待て!まだ話は終わってない
というか五枚だけでいいとか本気か?」
「依頼相場も知らねェのか?道案内は銀貨五枚……」
「そんな事知ってる!そうじゃなくて……ああもう!
いいよなみんな、依頼継続決定!」
「異議なし」
「異議、なし」
「異議な~し」
「異議なし!」
依頼継続?異議なし?……そしてまだ話が終わってないって事は
「テメェらの領地まで積荷を運ぶ案内をしろってヤツか?」
「話が早いな、その通りだ」
「断る」
「報酬には色を付けるぞ」
「いくら積まれても無理なモンは無理だ」
「忙しいっていうのだってどうせポーズだって分かってんだからな
一緒に行こうぜ!勿論そこの子供も一緒に、な!」
「待ってフリッツ、アシュランは『嫌だ』じゃなくて『無理だ』って言ってるのよ
理由くらい聞くべきだわ」
「理由は簡単だ」
強引なフリッツを留めて諭すエメラインの言葉に応えて
バサリと外套を翻し引き締まった腰を晒すとピッチリした上着を持ち上げる
俺の脇腹に刻まれた文様を見てもフリッツたちは馴染みがないらしく怪訝な表情をしたが、エメラインだけは知識があったらしく表情を一変させた
「それは……まさか、制約紋?」
「そうだ、依頼継続は諦めろ」
「エメ姉、せいやくもんって何?今兄ちゃんが見せてくれた模様のこと?」
「ええ、これは別名『奴隷紋』とも呼ばれてて
対象の行動を強制的に制限する事が出来るの、相当高度な導術よ
術者にしか解くことはできないと言われているわ」
「はァア?なんでそんなモンがコイツの腹に書かれてんだ」
「……アシュラン、あなた何をやってこれを施されたの?」
「だから言っただろ、俺は悪党だってな」
「元、だろ」
「ああそうだ、元悪党だ
けどな、今がどんなに真っ当でもやってきた過去は変えられない
傷つけてきた奴も悲しませてきた奴も大勢いる
俺はこの領地に住む殆どの奴から憎まれ恨まれてるんだよ
理由は分かるよな?
こんなもんを体に刻まれる程悪い事を散々してきたからだ」
「俺は……あんたが悪い奴だなんて思えない」
「そりゃそうだ
今は心を入れ替えて真っ当に生きようとしてるんだからな
テメェらは他領の人間だ、当事者が山ほどいるこの土地で
何も知らない部外者として今の俺しか知らないからそういう事が言える
他の奴の前で俺を擁護なんかしてみろよ
テメェら全員この領地から叩き出されるかフクロにされるだろうな
だから副ギルド長も警告したんだろうよ」
何を警告されたかは知らんけども。
場が静まり返る
全員が俯き考え込む中で、フリッツだけはまだ諦めていないのか
真っ直ぐに俺を見つめ扉の前に立ちふさがった
退室を阻むフリッツの行動に舌打ちする
「用は済んだ、退け」
「言っただろ、依頼延長だ
行動が制限されてるって言うなら来れる所まででいい
案内役として同行してくれ、報酬はこの銀貨二十五枚だ」
「拒否する」
「じゃあ退けないな」
「力づくで退かしてやろうか?」
「やれるものならやってみろ」
ガシャ、とフリッツの足元で音が響く
「……くそっ」
フリッツめ、腰に巻いてたソードベルトを外して丸腰になりやがった
しかもどうぞお好きにとばかりに両手を広げて両目まで閉じやがった
俺に無抵抗の奴をボコれってか?小癪な……!
……
ボコれるワケねーだろ俺のウィークポイント的確に突きやがってこの野郎!!




