28<忙しない夜長~現実はままならない~
騎士団の駐屯地に向かう前に賊の隠れ家で回収しなきゃならないものがあるからとフリッツを連れて戻ってきたワケだが
頭領の私室までの道のりで見かけた賊どもは
備蓄倉庫前の男一人を除いて全員殺された状態だった
俺が無力化した見回りの賊二名も含めて。
「……」
「悪い」
視線で問えば
目が合うと同時に俯いたフリッツはボソリと呟く
責めているつもりはなく単純に何故と思っただけだったんだが
この様子だと俺が責めていると誤解してるんだろうな
俺自身怒っているつもりはなかったので
誤解を解こうと思ったが……止めておいた
フリッツを見る目に多少の不快を含ませてしまったのは否めない
完全に無力化した人間にまで止めを刺すのは如何なものか、と
ほんのちょこっとでも考えてしまったからな
見回り二人に関してはわざわざ殺さずとも放っておいて害は無かった
味方の発見が遅ければ森の動物に生きたまま食われるだけだ
『 生かしておいた方が獣への撒き餌にもなる
陽動にも使えて便利だったのにな 』
と残念がっているのは悪魔のような男、アシュランだけなので
俺の心の中でのみ好きに囁かせておく
死体を見た所為で田崎側が酷い不快感を露にしているので
そっちもそっちで「この世界では仕方のない事なんだぞ」と
言い聞かせておいた。
そしてこれは田崎の影響だろう
時間が押してるとは分かっているのだが頭領の部屋までの道中
目に入った死体の開いたままの目を閉じてやる
どうしてもそうせずにはいられなかったんだ
出来る事なら両手を合わせて冥福を祈ってやりたいが
騎士隊の駐屯地にも急いで向かわなければならない
死体の脇を通り過ぎようとする度にその場にしゃがみ込んで
こと切れた賊の目元を手で覆う
「アシュラン……」
そんな俺の行動を見ていたフリッツが何か言いかけたが
結局その先の言葉を口にすることは無かった
フリッツを部屋の外で待たせて頭領の私室に踏み入りざっと見渡す
大事な物を隠しておく場所なんざ悪党は大概似たり寄ったりだ
”におう”場所を漁ってみればビンゴ、空き巣も吃驚の短時間で取引に関する書類を見つけてそれら全てを魔導袋に吸い込みついでに目についた金目の物も回収
不潔なマットレスをひっくり返して無数ある裂け目のひとつに手を突っ込めば高価な財宝が入った袋もゲットできた、そして室内を見渡し「金目の物はない」と確信をもって判断する
こんな時、アシュランの悪党ぶりが
どれほど身に沁みついているかを実感してしまう
金目の物をこんなにも鮮やかに回収できてしまうアシュランの能力は
ここまでくると「確率」ではなく「確定」の域だ
今後も悪い連中相手だけに思う存分発揮していきたい能力だな
(中身を選別してフリッツに渡す木箱に詰めとくか?)
頭領が独占しているだけに軽く見ただけでもかなりの上物が揃っている
でかい木箱に適当な物を詰め、小さく高価な本命を忍ばせておくのは
密輸が行われているこの世界でもよくある手口だ
密猟されたものを賊から横取りしたがる腹黒い貴族のことだ
箱一杯に藁が敷き詰められていても
その中に本命が隠れている事にはすぐに気付くだろう
中身が違うからと言ってフリッツたちが被害を被る可能性も低くなる
運搬する積荷も軽くなるし
クソ貴族の手に渡るブツも最小限でイイコトづくめだ
(よし、この案を採用するか)
木箱に詰める品は俺の目利きでも高級なら貴族も十分満足できるだろう
頭領の私室での用事を済ませて今度は騎士隊の駐屯地へ向かう
途中で再びフリッツがスタミナ切れを起こしたので
低級回復薬を飲もうとするのを留めて俺が持ってる回復薬を渡しておいた
フリッツの所持品を盗み見た所その一本しか持っていないようだし
低級じゃあ町まで帰る体力が持たない
フリッツもそう判断したのか申し訳なさそうにしている
「凄いなアシュラン、あんたまだ一本も消費してないんだろ?
それに比べて俺は見返りを強要した挙句この体たらくか
性格だけじゃなく体力面でも足手まといだな、恥ずかしくなる」
「今回はイレギュラーな事が起こり過ぎてるからな
ままならねェのは世の常だ、次に生かせりゃ問題ねェよ」
「……そうか」
賊の隠れ家あたりから沈んだ表情をしていたフリッツは
言葉少なに俺から薬を受け取ると栓を抜いて中身を飲み干す
空になった瓶はそのままフリッツの持っているバッグの中に仕舞い込まれた
纏う雰囲気が落ち込んでいて気にはなったがもうすぐ駐屯地だ
無駄話をする暇も無く、茂みを三つ超えれば辿り着くという所で
途端に鼻を突いた覚えのあり過ぎる刺激臭に慌てて足を止める
後ろを走っていた気力全開になったばかりのフリッツは
身体強化を掛けなおしたばかりで突然の制止合図に対応が遅れ
横に伸ばした俺の腕に止められることでなんとか態勢を整えた
……車を運転中ブレーキを掛けた時
助手席に座る子供の体が前のめりになるのを押さえる親
みたいな構図を思い出した
あのな田崎、フリッツに至近距離でメンチ切られた時もそうなんだが
緊張感が漂う場面で雰囲気をぶち壊す想像するの止めてくれないか?
心の引き締めが大事な場面ってあると思うんだよ、な?
自分で自分に言い聞かせているが効果のほどは定かではない
「なんだ」
「様子がおかしい」
「……うっ!?なんだこの臭いは」
フリッツも少し遅れて刺激臭に気が付く
鼻をつまんで眉間に深い溝を作っている
これはまずい、とアシュランの経験が警告を発した
「フリッツ、これ飲んどけ」
「中和剤?
この臭いは毒なのか?」
「ドラゴンブレスの残り香だな
下山した時に頭の上をでかい影が通り過ぎただろ
飛んできた方角からして、アレがここを襲撃したに違いない」
「なっ……騎士隊の駐屯地はこの先に……」
言いかけたフリッツも最悪の事態を想定したらしい
言葉が尻すぼみになり血の気が引いたような顔色になった
もしこの予測が正しかった場合
騎士隊全滅どころか賊も巻き込まれて壊滅してるだろう
ドラゴンブレスはたった一撃でも強烈だ
身を以て経験した俺が言うのだから間違いない
例の巣の主が吐くブレスには燃焼と腐蝕の効果があった
攻撃を受けたものは焼け焦げ腐り落ち、掠っただけでも感染症に罹る
根本から治すには治癒師の治療導術が必要で
それまでの繋ぎとして回復薬と中和剤が無ければ確実に死に至る
しかも腐蝕部位は広がり続けることになるので
ただの死体とは比べ物にならないほど惨憺たる状況になってしまう
俺が巨竜に見逃してもらった時に見渡した森の景色と同じように。
「やはり動物の気配が無い……あの時と同じだな
腐蝕物には触るなよ、感染症に罹ると厄介だからな」
「分かった」
果たして
藪を抜けた先には予想通りの光景が広がっていた
鼻が曲がりそうなほど酷い悪臭の立ち込めた森の中で
不自然に開けたその場所は広範囲で扇状に焼け焦げ腐り落ちていた
人の姿をしたものや溶けた鎧、野営跡も見つかったので
ここが昼間に潜入した騎士隊の駐屯地であることは間違いない
ブレス一発で一瞬にして双方が壊滅したのだろう
もしかしたら森の奥に逃れた騎士か賊もいたかもしれないが
広い範囲で燃やし尽くされたのだから生き残りが居る可能性は低い
「誰か!誰か生きてる者はいないか!!」
フリッツが叫ぶが、辺りに声が木霊すだけで答える者はなく……
これだけの規模の戦闘があったにも関わらず
俺たちが気付けなかったのには地形的なワケがある
隠れ家から駐屯地まで直線距離で約二キロは離れているし
尾根を挟んでいて竜のような巨大な生き物が飛来しても
気付けない位置にあったからだ
「全員溶けて死んでるな」
「そんな……」
「ギルドに報告すれば他領の騎士団にも伝わるだろ」
「せめて形見代わりの物を持ち帰らないと」
「それはこいつらが所属してた騎士団の連中にやらせた方がいい
冒険者が騎士の身ぐるみを剥いだなんて知れたら誹謗中傷の的になる」
「……」
「テメェんトコの領の騎士隊が派遣されるまで
ギルドの連中に現場保存を頼んでおけよ
これだけ毒素が充満してたら他の動物も近づかないだろうしな
……おい、腐蝕物に触るな」
溶けた肉の塊に張り付いていた騎士の、おそらく鎧だったものへ
手を伸ばそうとするフリッツを戒める
腐蝕物に触れようとして寸での所で思いとどまった手は固く握り込まれ
表情は苦し気に歪んだ
これ以上この場に居ても得る物はなにもないと判断して町へ戻る事にする
少しばかり早い歩調でフリッツと共に森を抜けた
歩いている間に靴底に着いた毒性を拭っておきたい
町に入る前に川かどこか、洗える場所は無いだろうか
ルルムスも消毒が大事だって言ってたしな!
田崎が持つ手洗いうがいの清潔習慣もあって
帰りの道すがら差し掛かる川のルートを頭の中で組み立てる
「……だったんだ」
不意にフリッツの呟きが聞こえてきて
反射的に問い返す
「ん?」
「俺も、元は騎士隊に居たんだ
今回の隊とは別の……仲間には話してないが」
驚いた
騎士に憧れている冒険者ではなく、元騎士の冒険者だったのか
なるほど、憧れは元より異様なまでの騎士びいきは
騎士隊が古巣だったからか
ということはまさか、今回フリッツたちが騎士に冷遇されていたのは
フリッツが冒険者として参加していたからか?
別の隊と言っているから可能性は低いが……
「辞めたのか」
「辞めさせられたんだ
配属先の上司の所為で」
「それで試験を受けても無駄だって言ってたんだな」
「……」
隣を歩くフリッツが目に見えて項垂れる
醸し出される雰囲気も重々しい
沈痛な横顔を眺めていた俺は手を叩いて仕切り直す
「さて、騎士隊の状況も確認できたことだし
さっさと町に戻ってギルドに報告するか
その前にどっかで靴洗い流すぞ、感染症対策で念の為にな」
「……今、俺、真面目な話してたよな?
この流れでその対応って情が無さすぎないか?
もっと突っ込んで聞くとかしないのかよ」
「聞かねェでも大体察したからな
どうせ上司から『お前は騎士にはなれない』とかなんとか言われて
”敵”の発言の裏も取らず鵜呑みにして泣き寝入りしてるんだろ?
分かり切った話を口頭で説明される時間が惜しい」
「一晩じゃ語りきれない俺の騎士生活を要点二つに絞るとか鬼か!?
しかも大体合ってる所が余計に腹立つ!」
「この後にも予定が詰まってるんでな
忙しいが故の巻き対応だ、悪く思うなよ」
「この状況でまだ予定が詰まってるって
どれだけ働く気だよあんた」
「回復薬の代金は請求しねェから口裏会わせとけよ、フリッツ
信用を損なうことなく高評価で仕事を終えられる
テメェらの為でもあるんだからな」
「口裏ぁ?」
この場で語る姿勢であった身の上話を
ぶった切られたのが聊か不愉快だったらしい
仏頂面で問い返すフリッツにニヤリと笑みを返す
「喜べ、持ち帰る荷がひとつ減ったんだからな」
フリッツに渡すのは番号が印字された木片だけで十分だ。
筋書きは以下の通り
ドラゴンが騎士隊と盗賊を強襲、ドラゴンブレスによって壊滅
積荷の奪還は成功したが、以降
冒険者パーティは後方に下がるよう命じられていた為
ドラゴン襲撃の被害は免れたが積荷のひとつが持ち去られた
奪い返すために竜の巣へと潜入し
巣の中に孵化したばかりのドラゴンの幼体を二体確認
巣の周囲に散らばっていた木箱の番号が印字された部分を証拠として回収
辺りに散らばっていた藁などの状況から推察するに
積荷の中身は孵化直前のドラゴンの卵だった模様
輸送中、卵が孵化した為に親ドラゴンの強襲に遭ったものと思われる
「と、いう話の流れが大筋だ
くれぐれも説明する順番は間違えるなよ
報告の場にはお前らが信頼してるギルド職員を同席させておけばいい
積荷の検閲も済ませておけ、位の高いギルド職員に証明書を発行させて
賊の財宝をチョロまかしてない事もハッキリさせとけよ
他の仲間にも口裏合わせるように徹底しとけ」
「随分と悪知恵が働くんだな」
こんな世知辛い世の中で保身に全力を注がない方がどうかしてる
「生き抜く術と言え、それと」
可能性は低いが今回の件でフリッツたちが
騎士隊の損害を賠償する羽目にならないとも限らない
フリッツを辞めさせた上司の耳にでも入ったら面倒な事になるのは確実だろうが他領の出来事だ、行動範囲が制限されている俺ではその辺りの詳しい事情を調べることが出来ない
一応対策だけでもしておいた方がいいだろうか
裏も取れてないのに干渉し過ぎるのもまた問題になりそうだし
俺の名前が出れば貴族側を警戒させてしまう
牽制にはなるだろうが……悩ましいな
色々と熟考し過ぎた所為か
フリッツが訝し気な視線を向ける
「それと?」
「ああ、うん……そうだな
さっき違う隊に所属してたとか言ってたが、今回の騎士隊の全滅が
お前を辞めさせた元上司の耳に入る可能性はあるか?」
「これだけの大損害だ
入るだろうな、確実に」
「冒険者側に難癖付けてくる可能性は」
「……」
「ん?どうなんだよ」
俺の問いにきょとん、とした間の抜けた表情を見せてきたもんだから
さっさと答えろと圧を込めて更に問いかければ今度は
「アシュラン、あんたなぁ」と言いながら困り顔で笑みを浮かべるフリッツ
「過保護だ
そこまで気を回されたら俺の立つ瀬がなくなる」
「権力者相手は最初から首絞めとかねェと面倒臭ェぞ」
「ヒユイとエメラインで話を詰めておくから問題ない」
若干心配だが、本人がそう言うならこれ以上の根回しはしないでおくか
一旦前を向くもチラリと横目にフリッツの様子を窺えば
俺を見ていたらしいフリッツと目が合い、また笑われてしまった
「自覚してるのか?
あんた、今回の件で相当俺たちに対して上げ膳据え膳してるんだぜ
頼んでもない事をやり過ぎだ」
「テメェらの為にやってる事なんざひとつもねェぞ」
「無自覚ときたか」
「賊と隊を事前に調査したのは俺が
快適かつ安全に道案内を遂行するための備えだ
罠に関してもな」
「自称元悪党の割には当たり前みたいに人殺しも避けてるようだったし」
「殺す必要性を感じなかっただけだ」
「アシュラン」
「あン?」
「あんた、人殺した事ないだろ」
「だからなんだ」
「とても悪い奴には見えない」
「それ以外の犯罪なら山ほどやってる」
「ホラ吹くなよ」
「事実だ、だから俺は領民にあれほど嫌われてる
あの川縁で靴洗うぞ」
「町の連中が遠巻きにしてるのだって
誰かに陥れられたからじゃないのか?」
「あのな……」
アレか、フリッツは自分がそうと信じ込んだらそのまま突っ走る系なのか
俺が過去にどうしようもない悪党だったのは紛れもない事実なので
変に善人と思われるのも厄介だと弁明しようと思ったが
少し考えて面倒になったので適当に投げることにした
「もういい、勝手に思い込んどけ」
「ツレないな、仲間にも話してない事を教えたんだから
あんたの事もひとつぐらい教えてくれたっていいだろ」
「テメェが勝手に語ろうとしたんだろうが」
角の丸い石が敷かれた川辺で靴底を擦り洗う
フリッツも俺に倣って同じように靴底を川の水で洗い流した
粗方綺麗になった所で再び町に向かって走り出す
その後もフレンドリーに話しかけてくるフリッツに相槌を打ちながら塒に戻り
ベッドルームを覗いて竜人らしき子供がまだ眠っているのを確認してから
別室にてワザと叩き壊した木箱の印字が分かる部分をフリッツに渡し
共にギルドへ向かうと丁度詰めていたサブマスを捕まえて事情を説明
諸々の手配や伝達を任せ、ギルド前でフリッツと別れた時には
空が明るくなり始めていた
一日中走り回ったものだから流石に眠い
帰ったら先ずは睡眠を優先させて
それから竜の子供についての対処を始めよう
重くなった瞼を必死に支えながら塒に戻りノロノロと装備を解いていく
身軽になり覚束ない足取りで子供の眠る布団に入り
横になってすぐに意識が眠りに落ちていく
手足を存分に伸ばしても隣で眠る子供に触れることは無い
ベッドがキングサイズで良かった、と
しみじみ思った




